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セルビアの首都ベオグラード

2017年1月19日(木) 午後も2時を回ると早や薄暗くなってくる。沿道にトヨタの販売店があP1190124る。日本からセルビアには、日本タバコ産業(2007年よりヴォイヴォディナ自治州センタ市に於いて紙巻きたばこを製造するJTIセンタ工場が稼働)とパナソニック電工(2010年よりスビライナッチ市で照明器具用の省エネ電子機器を製造)が進出している。セルビアでは葉タバコの栽培も盛んということか。失業率は20%に近く、国民ひとり当りのGDPは5100ドル、生活は厳しい様である。それでもバルカン6か国中ではセルビアが一番近代的で、インフラ整備等も進んでいるとか。ベオグラードはセルビア語で「白い町」の意味、人口は旧ユーゴスラビア地域最大の170万人超を数えP1190132る。15:00カレメグダン公園の駐車場に着く。現地ガイドのミロシュさんが合流し、公園上部のベオグラード要塞へ向かう。又も要塞見学?、セルビアの観光資源は要塞しかないのかと云いたくなる。開店休業状態のレストラン(Jelenの生が185DIN)の前を通り、自然史博物館の前を過ぎ、大砲や戦車が並べてある内堀(空堀)を渡り、時計塔のあるサハト門をくぐる。ダマト・アリ・パシャ(オーストリアとオスマン帝国がセルビアを主戦場として衝突した墺土戦争の際にオスマン軍を率いた宰相)の霊廟の前を通り、ようやく要塞のテラスに上がる。上流に発電所があるため凍らないサヴァP1190144川が左から、氷結したドナウ川に合流する様子を眺め、寒々と河岸に係留されたレストラン船や、ベオグラードのシンボル・勝者の記念碑(第一次大戦のセルビア王国の勝利を記念)を眺める。体が芯から冷えてきて長居は無用と下りにかかり、再び内堀を渡って軍事博物館の脇を通り、外堀(空堀)にいろいろな恐竜を並べたミニ・ジュラシックパークを過ぎ、フランスへの感謝の記念碑の前を通り、歩行者天国のメインストリート、ミハイロ公通りに進む。夏には大勢の人で賑わうという通りも厳冬期の今は閑散、先週は-15℃、今日も0℃では仕方がない。ブランドショップを眺めなP1200158がら南下し、とある角で左折して15:55バスに戻る。次は旧ユーゴスラビアの指導者ヨシップ・ブロズ・チトー大統領(1892-1980)の霊廟「花の家」へ。車窓を過ぎるホテル・モスクワ(ベオグラード最古のホテルで110年の歴史)、ベオグラード市庁舎(旧宮殿)、国会議事堂、セルビア郵政公社の建物など眺めるうち、外は急速に暗くなる。16:20ユーゴスラビア歴史博物館の駐車場でバスを降りる。石段を上り、先ずは博物館のトイレを借用、無料はありがたいが、女性3個室に対し男性は1個室しかない。歴史博物館は時間が遅いためか見学できず、チトー大統領の霊廟へ。歴史博物館の左手へ回り込み、チケットセンター(兼土産物店)を通り抜け、一旦下ってから丘上へ上り返す。途中にチトー像なP1200162どが立つが暗くて写真は撮れず。「花の家」と呼ばれるチトーの霊廟は天井がガラス張りで一見温室の様、中央に白大理石の墓石が置かれている。三番目の夫人と一緒に?眠っているらしい。霊廟の左側の部屋には、意匠を凝らした数多のバトン(チトーの誕生日の5月25日に毎年行われた「若者のリレー」に使われたトーチ型のもの)や軍服、手紙などの資料が置かれ、右側の部屋には執務室が復元されている。「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字」と言われるほど複雑な多様性を内包する地域を、一つの国家として統率したチトー大統領は、毀誉褒貶はあるにしても、セルビア国内では未だ十分に敬愛されている。帰りに細長い建物の資料館にも立ち寄り、陳列されている各国からの贈り物やユーゴスラビア各地域の民族衣装など見物する。17:05見学終了、バスに戻る途中市街地を眺めると、セルビア正教の大本山聖サヴァ教会がライトアップされて美しく夜空に映える。もうヨロヨロ、早くホテルへ入りたい。(続く)

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コメント

バルカン6ケ国にいらしてたのですか。
ボスニア・ヘルツェゴビナをちょっと通り、モンテネグロへ行ったことがあります。(クロアチア、スロベニアに行ったとき)。ですからセルビアもコソボもアルバニア、マケドニアも行っていませんので、凄く楽しみです。
バルカン半島は随分寒いのですね。昼間も0℃位ですか。
ビールなど物価がこの間のイタリアより安いですね。

投稿: tona | 2017年2月 2日 (木) 21:14

tonaさま
こんばんは。旅行代が安いのに魅かれて、バルカン半島へ行ってまいりました。モンテネグロとマケドニアを除けば一面銀世界、登山靴を履きホッカイロをポケットに忍ばせての観光でした。物価は日本の5分の1くらいかもしれません。それより、tonaさんは白内障の手術を受けられたようですね。術後の経過は良好と拝察いたしますが、尚お大事に、くれぐれもご自愛ください。

投稿: shikamasonjin | 2017年2月 2日 (木) 22:12

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