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種ジャガイモ植え付け&矩形自然薯支柱立て

2017年2月27日(月) 今日は丸一日畑仕事。午前、昨日のうちに畝立てしておいた2区画に、種芋のメークインを1㎏・27個(3列×9個)と、種芋の男爵1㎏27個(同)を植え付けました。男爵は21個しか入っていなかったため、大きめの6個をカッターナイフで半分に切りました。午後は、矩形自然薯の区画に支柱立て、中央にネットを張り、両側からありあわせの材料で支えました。毎年、同じ場所に作っているので、こぼれたムカゴから発芽してくるものあり、掘り残した芋から芽が出るものあり、又、子芋も20個ほど埋め込んであります。
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大吟醸 北秋田

P2160005_22017年2月25日(土) 秋田県大館市有浦2丁目2-3にある株式会社北鹿(ほくしか)の大吟醸酒「北秋田」です。アルコール分15度以上16度未満、原材料は米(国産)、米こうじ(国産米)、醸造アルコール。精米歩合は50%。上品なエステルフレーバーと甘味を感じます。同社は平成二十六年全国新酒鑑評会の金賞受賞蔵、平成に入ってから16回も金賞を受賞しており、酒造りの技術は確かです。味わいながら毎日少しづつ飲んでいます。

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フキノトウ

P22400012017年2月24日(金) 庭のフキノトウを5本摘みました。タイミングが遅くやや伸びすぎですが、天麩羅にすれば大丈夫、フキ味噌もこれ位の方が美味しくできます。

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関門海峡の両岸地ビール

P30100012017年2月22日(水) 関門海峡の両岸で地ビールを買ってきました。

1本は門司港レトロ散歩中に見つけた門司港地ビール工房・ペールエール、小瓶330ミリリットル容が540円、製造・販売は門司港レトロビール株式会社(北九州市小倉北区赤坂海岸9-11)、アルコール分5.5%の麦芽100%ビールです。

もう1本は下関市のカモンワーフで見つけた源平壇ノ浦ピルスナー、小瓶330ミリリットル容が540円、製造・販売は山口地ビール株式会社(山口市大字下小鯖1360-4)、アルコール分5%の麦芽100%ビールです。

さて、どちらに軍配が上がりますか。

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瑠璃光寺(山口市)

P22104452017年2月21日(火) 保寧山・瑠璃光寺(ほねいざん・るりこうじ)の所在地は山口市香山町7-1、曹洞宗の寺院で本尊は薬師如来。文明三年(1471)、陶氏七代陶弘房の菩提を弔うために夫人が山口市仁保に創建したのが始まり。毛利氏の萩移封に伴い、現在地にあった大内義弘建立の香積寺を萩に引寺したため、元禄三年(1690)、瑠璃光寺が跡地に移転してきて現在に至る。大内文化の最高傑作と云われる国宝・五重塔は、室町時代の嘉吉二年(1442)頃の建立、大内義弘の菩提を弔うため、弟である大内盛見が現在地に建設を始め、盛見の死後10年を経て完成した。
15:30長州苑瑠璃光寺店駐車場でバスを降りる。瑠璃光寺の境内である香山公園に入り、国宝の五重塔を池越しに眺める。端正な姿形の品の良い五重塔である。京都の醍醐寺、奈良の法隆寺のものと並び、日本三名塔の一つに数えられることもあるというが素直に納得、まあ東北県人としては、出羽・羽黒山の五重塔も加え四名塔として欲しい気もするが・・。「露山堂・枕流亭」を横目に眺めながら、「うぐいす張りの石畳」P2210441へ進み手を叩いて反響を確かめる。毛利家十三代敬親公夫妻、十四代元徳公夫妻、十五代元昭公夫妻が眠る国指定史跡の「萩藩主毛利家墓所」を見学、本堂で御本尊薬師如来にお参りし、更に水かけ地蔵にもお参りする。五重塔を真下から眺めてから池巡り、若山牧水の歌碑「はつ夏の山のなかなるふる寺の古塔のもとに立てる旅人」(明治四十年六月詠)と、司馬遼太郎作の「街道をゆく」の一節『「長州はいい塔をもっている」と惚れぼれするおもいであった・・』の石碑が建ててある。帰ったらもう一度「街道をゆく 1 長州路ほか」を読んでみよう。長州苑で夏みかんキャラメルとあん桜を購入P2210463すると観光終了、新山口駅へ送ってもらい、この3日間お世話になった防長観光バス運転手の山下さん、ガイドの中野さんと別れる。17:40のぞみ54号乗車、14号車の15A、15B席に座る。早速、駅弁を開き、夫婦あなごめしと山のおべんとうを食べる。車中の暇つぶしに、イヴォ・アンドリッチ著「ドリナの橋」を読み、バルカン半島旅行の思い出に浸る。22:13東京駅着、23:45無事帰宅。

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雪舟庭で出逢ったきのこ 

420170221p22104122017年2月21日(火) 常栄寺の雪舟庭の池の周りを散歩したら、筆塚の手前に並べてあった椅子代りと思われる広葉樹の玉切りに、センボンクヌギタケが発生していました。

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常栄寺(山口市)

2017年2月21日(火) 香山・常栄寺(こうざん・じょうえいじ)の所在地は山口市宮野下2001、臨済宗東福寺派の寺院で本尊は千手観世音菩薩。永禄六年(1563)毛利元就が息子P2210396隆元の菩提を弔うために、竺雲慧心を開山として、安芸国吉田に創建したのが始まり。その後、毛利氏の萩移封に伴い、慶長年間(1596-1615)山口市水の上町に移し国清寺と合寺、更に文久三年(1863)山口市宮野下に移り、大内政弘別邸跡にあった妙寿寺を合寺、現在に至る。大内政弘は明から帰朝した雪舟を招いて北側の後庭を造らせたと伝えられ、これが現在も残る名園、国の史跡並びに名勝「常栄寺庭園」(通称雪舟庭)である。
弥栄神社参拝を済ませ大急ぎで沙羅の木に戻る。松韻亭に上がり、国の登録記念物の庭園を眺めながら、予約しておいたコーヒーセット(特選ブレンドコーヒーに自家製源氏巻付)をいただく。コーヒーは香りが高くまろやかな味わいで絶品。仲居さんの話では、アンアン、ノンノ時代の萩・津和野ブームは完全に去り、観光客が減少して厳しいとのこと、リピーターが期待できないところは今後益々難しいかも。13:50津和野を後にし、最後の観光地山口市へ。国道9号線を走る。リンゴの駅徳佐(ダチョウ牧場併設)を過ぎ木P2210405戸山トンネルを抜けて、14:50常栄寺駐車場着。鐘楼門をくぐり、明治天皇宿泊の間(昭和42年当山に移築)を見学、本堂に上ってご本尊の千手観世音菩薩にお参りしてから、北側の雪舟庭、南側の南溟庭(なんめいてい)を見学する。雪舟庭は池泉回遊式庭園で、中央に心字池、枯山水と枯滝を配して雪舟の水墨画の世界を表現したものといわれるが、門外漢の自分には庭園の素晴らしさがいまいちよく分からない。庭に降りて心字池を一周する遊歩道を歩き、雪舟の筆塚や大内政弘公母君妙喜寺殿の墓などを見学、広葉樹の玉切りに発生したセンボンクヌギタケを見つける。次は瑠璃光寺へ。

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弥栄神社(津和野町)

P22103852017年2月21日(火) 弥栄神社(やさかじんじゃ)の所在地は、島根県鹿足郡津和野町後田67番地、津和野川河畔に鎮座する。祭神は須佐之男命。正長元年(1428)、三本松城主吉見氏が祇園社の分霊を太鼓谷山に勧請したのが始めとされる。永享九年(1437)吉見弘信が社地を下元原(現在地)に遷座し、三本松城の鬼門を守る社とした。創建時より「滝本祇園社」という社名であり、現在の社名に改めたのは慶応三年(1867)のことである。毎年祇園祭の7月20日(ご神幸の日)と27日(ご還幸の日)に行われる国の重要無形民俗文化財・鷺舞は弥栄神社の神事。
P2210388太鼓谷稲成神社にお参りしたのち、再び千本鳥居が林立する表参道の石段を下り、麓にある弥栄神社にお参りする。社殿の傍らに津和野町指定天然記念物、御神木の「弥栄神社の大欅(ケヤキ)」が生えている。樹齢は六百年以上、樹幹におおきな洞ができているが、樹勢今なお盛んな様子。時間が押してきたので、注文しておいたコーヒーを飲み損なっては勿体ないと、集合場所の沙羅の木へ急ぐ。

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太鼓谷稲成神社(津和野町)

2017年2月21日(火) 太鼓谷稲成神社(たいこだにいなりじんじゃ)の所在地は、島根県鹿足郡津和野町後田409番地。祭神は宇迦御魂神(うがのみたまのかみ)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)。安永二年(1773)、津和野藩七代藩主亀井矩貞が京都の伏見稲荷大社から分霊を勧請し、三本木城(津P2210359和野城)の鬼門に当る太鼓谷の峰に社を創建したのが始まり。今では中国地方有数の稲荷神社となり、「日本五大稲荷」と称している(他の4社は、京都市伏見区・伏見稲荷大社、茨木県笠間市・笠間稲荷、宮城県岩沼市・竹駒神社、佐賀県鹿島市・祐徳稲荷神社)。また全国に三万有余ある稲荷社の中で「稲成」の字を当てるのは当社の一社のみ(昨日、参拝した長門市の元乃隅稲成神社をカウントすれば二社)。
沙羅木を出て殿町通りを大橋まで戻り、弥栄神社の境内を通り、千本鳥居(実際には1170本あるとのこと)が連立する表参P2210374道へ。津和野川の河岸段丘斜面に取り付けられた参道は雷光型に山上へと続く。いきなりの急な石段登りに息が切れる。津和野川の流れと町並みを見下ろすテラスに出るとゴールは近い。山上広場には朱塗りの華麗な社殿が建ち並ぶ。正面の本殿は昭和44年(1969)の竣工、年間100万人以上の参拝客を誇る社だけあってさすがに豪壮なものである。拝殿にお参りし、本殿の後ろへ回って奥宮にお参りし、更に右手高処の元宮にもお参りする。これであっけなく津和野観光は終了、森鴎外記念館や西周旧居、津和野城址へも行ってみたかったが・・、まあ近くに島根県内最高峰の安蔵地山(標高1263m)もあることだし、登山がてら又来よう。

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津和野町散歩

P2210353_22017年2月21日(火) 11:10松陰神社を後に津和野へ向かう。峠越えの道、萩・津和野線(県道11号線)を走る。信号がない上に走る車も少ない。むつみ(鍛冶屋)で左折、県道13号線に入る。臙脂色の石州瓦を乗せた民家が印象的、道の駅うり坊の里を過ぎると間もなく、山口・島根県境にさしかかり津和野町に入る。12:20食堂兼土産物屋の沙羅の木駐車場に到着。早速、沙羅の木の男性スタッフ?に引率されて殿町通りを見学する。定番の堀割に泳ぐジャンボ鯉、水が濁っているし、水温が低いせいで動きも鈍い。津和野カトリック教会、津和野町役場津和野庁舎、多胡家老門、藩校養老館(保存修繕工事中)、津和野川に架かる大橋の橋詰に建つ鷺舞像まで。鷺舞像から引き返し沙羅の木に戻る。予め昼食を注文していた人は沙羅木の食堂へ、フリー食の人は出発時刻の13:50までフリータイム。我々は来る途中のバスの中でパンをかじり昼を済ませたので、日本五代稲荷の一つ、太鼓谷稲成神社へお参りに行く。

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松陰神社(萩市)

P22103222017年2月21日(火) 松陰神社の所在地は、萩市椿東1537番地。祭神は吉田松陰。明治二十三年(1890)、松陰の実家・杉家の邸内に、実兄杉民治が土蔵造りの小祠を建て、松陰愛用の赤間硯と松陰の書簡を神体として祀ったのが始まり。明治四十年(1907)、松下村塾出身の伊藤博文と野村靖が中心となって神社創建を請願し、萩城内にあった鎮守宮崎八幡の拝殿を現在地に移築して土蔵造りの本殿に付し、同時に県社に列格した。現在の社殿は昭和三十年(1955)の再建。
萩城城下町を後にし、松陰神社へ行く前に村田蒲鉾店に立ち寄る。板カマボコと竹輪を試食、どちらも香ばしく美味しい。高P2210310級魚エソすり身100%の「村次郎」とフグ皮入りカマボコを薦められたがパス。10:30松陰神社駐車場でバスを降りる。境内で、明治維新胎動の地石碑、「明治日本の産業革命遺産」の一つとして世界遺産に登録された松下村塾、松陰幽囚の旧宅、孝行竹、天皇陛下・皇后陛下行幸啓碑(平成六年11月19日)、皇太子殿下・妃殿下行啓碑(平成五年7月27日)などを見学してから、松陰神社と、その北隣の松門神社にお参りする。松門神社は松陰神社の旧社殿を移築し、久坂玄瑞、高杉晋作ら塾生・門下生の52柱を祀っている末社。

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世界遺産・萩城城下町散歩(萩市)

2017年2月21日(火) 8:30萩観光ホテルを出発、8:55萩城城下町近くの市営駐車場でバスをP2210261降りる。萩市(人口48,000人)は毛利氏36万石、13代260年間続いた城下町、関ヶ原の合戦に敗れ120万石から36万石に減封された毛利氏が居城を構えたところである。東北地方でいえば、上杉氏の城下町米沢市(人口87,000人)といったところか。萩城城下町は国の指定史跡に登録されており、碁盤目状に区画された町筋が今もそのまま残り、江戸時代の面影をとどめている。慶安橋を渡り、土塀が美しい江戸屋横丁を南から北へ歩く。高杉晋作・伊藤博文両公幼年勉学之所の看板を掲げた円政寺、藩医で蘭学者の青木周弼旧宅(安政六年・1859年築)、木戸孝允(桂小五郎)旧宅を外から眺め、呉服町P2210300すじ(御成道)へ出る。呉服町筋を東から西へ歩き、伊勢屋横丁を左に見送り、国指定重要文化財・菊屋家住宅の前を通り、日本の道百選に選ばれたなまこ壁が美しい菊屋横丁の北の角へ出て解散、10:00バス集合までフリータイム。せっかくなので御用商人の豪邸・菊屋家住宅(入場料600円)に入り内部見学。主屋(17世紀前期築)、本蔵、金蔵、釜場、米蔵(各々18~19世紀築)の5棟が重要文化財で、本蔵と金蔵は写真撮影禁止、米蔵は非公開。御成門、庭園、本屋内の帳場、電話室、御小用場、柱時計(百年以上現役!)、美術品や民具類(遠眼鏡、鉄扇、馬柄杓、陣笠、短筒、尺八、法螺貝、琵琶、短刀(一文字吉平、1250年頃)、長州鍔、雛人形)を順路に従い見学する。釜場には、仙台の我が家で今も使っている竹製椀篭が展示してある。本蔵と金蔵も見学してから退館、菊屋横丁を北から南へ歩き、長大ななまこ壁を眺め、人間国宝・三輪壽雪(1910-2012)の萩焼き作品が展示してあるという彩陶庵、高杉晋作誕生地、晋作広場の高杉晋作像に立ち寄りながらぶらぶら、9:55バスに戻る。次は松陰神社へ。

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厳島神社(萩市)

P22102372017年2月21日(火) 厳島神社(厳島大明神とも、以前は越ヶ浜明神社とも呼ばれた)の所在地は、山口県萩市越ヶ浜4区(萩市椿東6476)、明神池の池畔に鎮座する。祭神は、素戔嗚尊の娘である市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫尊(たぎつひめのみこと)の三女神。毛利二代藩主綱広公の時代、安芸国宮島より厳島大神をこの地に勧請し、越ヶ浜地区の氏神様として祭祀、現在に至る。
ホテルで朝食を食べた後、腹ごなしに近所の散策に出る。5分ほど下ると、明神池に出る。もとは島だった笠山が潮流が運P2210234ぶ砂や火山の溶岩で陸続きになったときに、埋め残されてできたる鹹水湖で、今も溶岩の隙間から海に通じているため、鯛、ボラ、チヌ、メバル、エイなど約20種類の海の魚が生息し、学術的にも貴重なものとして国の天然記念物に指定されている。池自体は何の変哲もなく、特別に風光明媚ということでもない。池畔にある風穴を見学、12~13℃という涼しい風が吹き抜け、夏なら天然クーラーが楽しめる場所らしいが、今は全く分からない。その先に三条実美の歌碑「この国の濁らぬ水にすむ魚は游ふさまさへ勇ましきかな」が建つ。橋を渡って厳島神社にお参りし、ホテルに戻る。

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萩観光ホテル(萩市)

P22002192017年2月20日(月) 17:15今宵の宿、萩観光ホテル着。日本一小さな火山、笠山(標高112m)の中腹に建つ。365号室に入る。何と今時珍しい純和風、床の間付き10畳と3畳の控えの間、テーブル・椅子が置かれたサンルーム、洗面所(2口)と内風呂、独立したトイレがあり、空の冷蔵庫、TV(SONY)、電気ポットと緑茶とお菓子(甘夏サブレ)、セーフティーボックスなど、アメニティーは完備。洋室に比べ使い勝手はいまいちだが・・。18:30-19:10大広間で夕食、昔の会社慰安旅行を思い出す。料理はフク尽くし、てっさ(薄造り)、皮の湯引き、唐揚げ、てっちり(河豚鍋)、ゆず味噌ホイル焼き、茶わん蒸し、河P2200224豚の釜飯など。デザートは昨日の北九州のホテルでも出たが豆大福、西国では豆大福がおもてなし?、お腹がいっぱいになった後のデザートはフルーツかアイスクリームの方が有難いが。20時過ぎ、地階の温泉大浴場へ行く。源泉名は「はぎ温泉」、泉質はカルシウウム・ナトリウム-塩化物冷鉱泉、湧出温度23度、pH7.3。ここの湯も循環ろ過・殺菌・加温・加水と何でもあり。内湯の大浴槽は20人位は楽々、洗い場は14口、シャンプー類は資生堂製と上等。10人位入れる露天風呂もある。日記を認め終わると23:00。

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世界遺産「萩反射炉」と「恵美須ケ鼻造船所跡」(萩市)

P22002072017年2月20日(月) 「明治日本の産業革命遺産」という名称で2015年世界文化遺産に登録された23遺産のうちの2つ、「萩反射炉」(16:30-16:45)と「恵美須ケ鼻造船所跡」(16:50-17:00)を見学。どちらもさほど感心しない。最近、どこの国へ行っても世界遺産は水膨れ気味、特級、一級、二級、三級とか、百遺産、二百遺産、三百遺産、・・、千遺産とか、ランク付けが必要に思う。わざわざ出かけて行って落胆することがない様に。まあ、日本遺産というなら文句はないけれど・・。

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金子みすゞ記念館(長門市)

2017年2月20日(月) 青海島遊覧を終えると雨が上がる。次は長門市仙崎出身の童謡詩人、金子みすゞ(1903-1930)の記念館へ。15:10観光船乗り場の直ぐ近く、仙崎漁協の手前でバスを下車。案内に従って進むと、みすゞが20歳まで暮らしていた実家、金子文英堂の再現家屋が建つ。1階には書店、2階にはみすゞの部屋が復元されている。記念館本館へは金子文英堂の1階店舗内からアクセスする。宮沢賢治記念館同様文字資料が多いので、じっくり見学するには時間が足りないけれど、直筆原稿を額装展示してあるみすゞギャラリーで、代表作『大漁』の原稿を見ることができました。15:50バスに戻り萩反射炉へ。
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北長門海岸国定公園 青海島(おおみじま)

P22001842017年2月20日(月) 元乃隅稲成神社を後にし、海鮮村北長門で昼食(13:05-13:55)、カニ御膳を食べる。売店で、お魚煎餅、鱚浜焼き、桜くず切り餅を買う。14:00青海島観光船発着場到着、雨は本降り、こんな悪天候で遊覧船に乗る奇特な客は我々だけ。定員80名のピンクシータス号(全長19.8m、総トン数19t)に乗りこみ、海上アルプス・青海島の大島コース遊覧に出船。先ずは青海島の東端、松島・屏風岩・仏岩へ向かうが、外海との境界域の為、非常に波が荒くボートは大揺れ、ジェットコースターの様で、大きく持ち上げられては奈落の底に沈みこむ。景色を見るどころじゃない、悲鳴が上がりっぱなし。P2200164波と雨が窓を叩き、水が滝のように流れ落ちる。写真を撮るどころではない。大島に移動するとピッチングもやや落ち着き、穴の口灯台、船隠し、中江洞門、龍宮を眺める余裕も生まれる。大島と笹島の間を抜けて内湾に入ると波が穏やかになり、水深4、5mの海底に貝がごろごろしているという貝積み場にさしかかる。窓が濡れているためか、或いは底荒れしていて濁りがあるのか、一生懸命見つめるがどうもよく分からない。15:00無事桟橋に戻る。観光どころか、難行苦行の修行のようでありました。

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元乃隅稲成神社(長門市)

2017年2月20日(月) 元乃隅稲成神社(もとのすみいなりじんじゃ)の所在地は、山口県長門市油谷津黄498番地、祭神は宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)。昭和三十年P2200137_2(1955)島根県津和野町の太鼓谷稲成神社から分霊を勧請したもので、日本に3万2千社あると云われる稲荷社で、「稲成」の字をあてるのはこの2社のみ。「元乃隅稲成神社由緒」によると、『近隣の、ある神社の関係者が、この地の景観を見初め、神社からこの地に移転の申し込みがあった。その日の深夜、一匹の白狐が、岡村斎の枕元に現れ、昔からのかかわりを、詳しく話した後、「斎、他の神を祀るとは何事だ、吾をこの地に鎮斎せよ、そうすれば必ずその真心に応えよう。」との、お告げに従い、昭和三十年四月元乃隅を神定の聖地とみなし、元乃隅稲成神社を奉斎。社P2200145は小さくとも、霊験は際立っており、多くの人々の口コミで広く知られ、商売繁盛、大漁、海上安全は元より、良縁、子宝、開運厄除、福徳円満、交通安全、学業成就、願望成就の大神です。 敬白」。
下関を後にし小月から日本海側へ山越え、響灘の海岸沿いを走る。風が強く海は大荒れ。道の駅北浦街道豊浦でトイレ休憩(11:05-11:20)、傍らに和久古墳がある。油谷湾を過ぎ日置町で左折、津黄峠越えの細い道を進み、12:10日本海に面する崖上に鎮座する元乃隅稲成神社到着。風雨が強く傘が役に立たない。社殿へ至る近道の水平道があるが、せっかくなので一P2200142旦展望台まで下って、千本鳥居をくぐって正式参拝する。ずぶ濡れになりながらもどうにか社に辿り着き、家内安全を祈願する。社殿の左手の高処に大鳥居があり、高さ5mの貫(ぬき)に賽銭箱が取り付けてある。そこに御賽銭を投げ上げて、上手く入った場合にはご利益も倍加するらしいが、雨がひどいのでチャレンジせず。此の地はもともと「龍宮の潮吹き」という奇観で有名な場所であるが、CNNが2015年3月30日にWEB上で発表した「日本の最も美しい場所31選」に選ばれて一躍有名になった由、残念ながら龍宮の潮吹きを見ることはできませんでした。

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赤間神宮(下関市)

2017年2月20日(月) 赤間神宮の所在地は、下関市阿弥陀寺町4-1、祭神は第八十一代安徳天皇。貞観元年(859)阿弥陀寺として開闢。建久二年(1191)勅命により赤間関(下関)に安徳天皇御影堂が建立され、建礼門院ゆかりの尼に奉仕させた。以後、江戸時代まで勅願寺として崇敬を受けてきたが、P2200119明治の神仏分離により阿弥陀寺は廃され、神社となって「天皇社」と改称した。明治八年(1875)官幣中社に列格したことで赤間宮に改称、昭和十五年(1940)官幣大社に昇格して赤間神宮に改称した。第二次世界大戦により社殿を焼失、現在の社殿は昭和四十年(1965)に再建されたもの。
8:00北九州八幡ロイヤルホテルを出発、関門橋を渡り下関市に入る。8:50唐戸市場駐車場着、歩いて赤間神宮へお参りに行く。赤間神宮の左隣に、日清講和条約締結会議の会場となった春帆楼が建つ。竜宮造りの水天門をくぐり、型通り拝殿にお参りする。そして拝殿の左手奥にある耳なし芳一木像を祀る御堂を見学、ここ阿弥陀寺を舞台とした物語は小泉八雲の「怪談」に取り上げられ広く知P2200117られている。また、その傍らにある平家一門の供養塔(七盛塚)も見学、壇ノ浦の戦いで敗れた大将中納言知盛、従二位尼時子を含む14名が祀られ、名前に「盛」の字が付く者が多いことから七盛塚と称する由。傍らに、高浜虚子の句碑「七盛の 墓包み降る 椎の露」が建つ。後日ネットで調べると、昭和60年(1985)源平800年を期に全国平家会が設立され、石川県輪島市にある平時忠の子孫「時国家」に分霊が親授され、能登安徳天皇社の称号が授与されたとのこと。小生が入社当時の社長が能登の上時国家の出身?だった縁で、時国家は会社の慰安旅行で見学したし、2011年5月の能登旅行でも訪ねたが、迂闊にも御社の存在に気付かずじまい。9:25バスに戻り、唐戸市場隣のカモンワーフへ移動しショッピング。地ビール源平壇ノ浦ピルスナーを1本購入する。

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北九州八幡ロイヤルホテル

P22000902017年2月19日(日) 18:30今宵の宿、北九州八幡ロイヤルホテル着。スペースワールドに隣接する高台にある13階建ての大型ホテルで、ダイワロイヤルホテルズグループ所属。903号室に入る。広々としたツインルームに、セミダブルベッド2台、書き物机と椅子、ソファと丸テーブル、TV(Panasonic)、冷蔵庫(空)、電気ポットと煎茶、セーフティーボックス、浴衣、スリッパが備えてあり、浴室にもドライヤー、歯磨きセット、ヘアーブラシ、資生堂のシャンプー・コンディショナー・ボディソープがある。日本のホテルのアメニティーは過剰なほど充実している。窓の下にジェットコースターだらけのスペースワールドP2190081(2017年12月末閉園予定)が見渡せる。19:15-20:15夕食。玄界灘の海の幸づくし、鯵の胡麻醤油、鰯のぬか炊き、海鮮鍋(鰤、鯛、海老、白サバ河豚、カジキ鮪)、造里(間八、胡麻鯖炙り、鰹、諸味烏賊)、揚げ物(河豚天麩羅、河豚唐揚げ)、蛸サラダなど。名物の焼きカレーも出て質量ともに十分、お腹一杯。今日の日記を認めてから3階の大浴場へ行く。露天風呂はないが、20人は入れる大浴槽があり、サウナもある。洗い場は16口。一応温泉で、源泉名は玄海さつき温泉。湧出温度31.3℃、pHは記載なし、泉質はアルカリ性単純温泉、循環ろ過・殺菌・加水・加温あり。源泉かけ流しでないと、2回入る気にはなれません。

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北九州市・門司港レトロ散歩

2017年2月19日(日) 宗像大社参拝の後、道の駅むなかた見学。鐘埼辨天丸のトラフグ身欠きが15,000円、椎茸栽P2190033培用クヌギ原木が1本650円などを確かめてから、名物の鎮国饅頭やさつま揚げなど購入する。16:00門司港レトロの駐車場でバスを降り、17:45までフリ-タイムとなる。門司港レトロは、JR門司港駅周辺に残る外国貿易で栄えた時代の建造物を中心に、ホテル、商業施設などを大正レトロ調に整備・集積した観光スポットで、国土交通省の都市景観100選を受賞している。1988年から整備を開始し、1995年にグランドオープン、出光美術館など事業開始後に竣工した施設も多く、整備・開発は今なお続いている模様。山中や森P2190038の中ならともかく、こういう街中でのフリータイムは大の苦手だが、まあ大正ロマンの雰囲気だけでも味わおうと、お散歩マップとガイドマップを持って散策開始。はね橋(ブルーウイングもじ、1993年竣工)がちょうど上がるところ、31階に展望室があるタワーマンションの門司港レトロハイマート(1999年築、黒川紀章設計、展望室へ上がるには300円かかるが、60円引きの割引券をもらう、結局使わずじまい)、旧門司税関(明治45年・1912年築)、国際友好記念図書館(1995年築)などを眺めながらぶらぶら。ツアーメンバー27名の殆どはオプションの遊覧船に乗って関門海峡方面へ出かけてしまったが、我々P2190048はパス。門司港ホテル(1998年オープン)を眺め、旧大阪商船ビル(大正6年・1917年築、国の登録有形文化財)は1階に入場見学(土産物店)、旧門司三井倶楽部(大正10年・1921年築、国指定重要文化財)も1階に入場見学(雛飾り、さげもん等)、2階には上がらなかったが、アインシュタインが1922年に宿泊した部屋や林芙美子資料室がある。角にある喫茶ドルチエで名物の焼きカレードーナツを買って食べる。味はまずまず。国指定重要文化財のJR門司港駅(大正3年・1914年築)は生憎保存修理中で見学できず、海岸大通りを西へじゃらんじゃらん。旧大連航路上屋は今日の北九州マラソンの救護所にP2190073なったらしく、その名残の看板など置いてある。向かいの海峡ドラマシップ(2003年竣工)は17時閉店、日曜日と云うのにこれから書き入れ時では。ザ・モントンテラス門司港を眺めながら岸壁沿いに歩き、アミコマセのアジ釣り・コノシロ釣りを見物し、跳ね橋を渡り、門司港地ビール工房で小瓶を1本購入、17:35バスに戻る。

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宗像大社で出逢ったきのこ

20170219p21900212017年2月19日(日) 高宮にお参りした帰り道、広葉樹の立木に生えている3~4年生のコフキサルノコシカケ(オオミノコフキタケかもしれません)を見つけました。御神域なので伐採される心配はなく、将来きっと大きく何層にも成長することでしょう。

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宗像大社(宗像市)

P2190006_22017年2月19日(日) 宗像大社・辺津宮(むなかたたいしゃ・へつぐう)の所在地は福岡県宗像市田島2331番地、祭神は末女神の市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)。宗像大社は、辺津宮から49㎞離れた海上に浮かぶ沖ノ島の沖津宮(祭神は長女神の田心姫神:たごりひめのかみ)と、同じく11㎞離れた筑前大島の中津宮(祭神は次女神の湍津姫神:たぎつひめのかみ)の三社の総称であるが、現在では辺津宮のみを指す場合も多い。創建は詳らかでないが、日本神話に起源を持つとのこと。天照大神と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の誓約(うけい)の際、天照大神が素戔嗚の剣を砕き、そのP2190008息から生まれたのが宗像三女神。彼女たちは天照の勅命を奉じ、皇孫を助けるために玄界灘に浮かぶ筑紫宗像の島々に降り、この地を治めるようになったのが起源とされる。宗像大社は、「神宿る島・宗像・沖津島と関連遺産群」の名称で、2017年7月世界文化遺産の登録審査が予定されている。
「世界遺産 萩・津和野・関門海峡と青海島・元乃隅稲成神社・門司港レトロライトアップ 3日間」というツアーに参加し、7:10東京駅発のぞみ9号で九州入り、11:55小倉駅到着。迎えのバスに乗り、13:15宗像大社駐車場着。今回のツアー、神社仏閣巡りがやたらに多く、最近の御朱印P2190014ブームをあてこんだものか。辺津宮拝殿(国指定重要文化財)、高宮(たかみや:神籬(ひもろぎ)を依代(よりしろ)としており、社殿が建立される以前の庭上祭祀を継承する祈りの空間)、第二宮(ていにぐう:田心姫神の分霊を祀る)、第三宮(ていさんぐう:湍津姫神の分霊を祀る)の順にお参りしたが、どこも参拝者が行列をなしている。日曜日ということもあろうが、よほどご利益がある神様のようである。御神木の「相生の樫」、「楢の木(樹齢550年)」を見学して、14:15バスに戻る。次は門司港レトロへ。

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吟醸 誠鏡(せいきょう)

P2160004_22017年2月18日(土) アルコール分15%、原材料は米(国産)・米こうじ(国産米)・醸造アルコールで精米歩合は58%。製造元は中尾醸造株式会社(広島県竹原市中央5丁目9番14号)。おしゃれなボトルに詰めてあり、味わいもまずまず。これも娘夫婦の引っ越し手伝いの駄賃、婿殿が福井県に転勤になり、昨日荷出し、今日荷受け。金融機関は2年ごとに人事異動があり、なかなか大変なようです。

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純米吟醸 光武(みつたけ)

P2140003_22017年2月15日(水) これも娘夫婦の引っ越し手伝いのご褒美?。元禄元年(1688)創業の合資会社光武酒造場(佐賀県鹿島市浜町乙2421)の純米吟醸酒「光武」です。アルコール分15%、原材料は米(国産)、米麹(国産米)。酒造好適米「五百万石」を58%まで精米して造られた純米吟醸酒は、とてもふくよかな味わい、穏やかな吟醸香と柔らかな旨味があります。

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くわの実ジャム

2017年2月14日(火) 先日、娘夫婦の引っ越しの手伝いに行った時にもらってきました。30年以上前になりますが、高崎P2140002に住んでいた頃、群馬県にはまだ桑畑がごまんとあり、熟した実を生食したことは数えきれないほど。ですが、ジャムを作った経験はありません。製造元は、あがつま農業協同組合(群馬県吾妻郡中之条町折田1862、電話0279-75-5513)。原材料は、桑の実(群馬県吾妻郡産)、糖類(水あめ・砂糖)、ペクチン、酸味料とあり、内容量は140gです。

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寂光不動尊(君津市)

2P2070042017年2月7日(火) 今日は、君津市の清和県民の森にある寂光山(標高246m)に登り、山頂直下にある寂光不動尊と山頂に祀られている寂光大権現にお参りしてきました(詳しくは、姉妹ブログ・自惚山人ノオトの「591. 寂光山(君津市)」をご覧ください)。寂光不動尊、寂光大権現とも安永七戊戌年(1778年)の創建、開山は安養山光明寺住職の妙覚師、施主は山麓の三か村、宿原村の市右エ門、同人母と、正木村の市郎右エ門、旅名村の惣右エ門、文右エ門、同人内方、嘉平治、宇兵エ。その後、御堂は明治十五年(1882)に再建され、また昭和五十七年(1982)に改修されています。御堂は山頂直P2070048下の岩庇の下に嵌め込む様に、懸崖造りで建てられており、島根県三朝町にある三仏寺の国宝投入堂に雰囲気が良く似ています。御堂の梁に架かる木製の大太刀は刃渡りが十一尺二寸二分、柄の部分が一尺五寸一分八厘もある代物で、文政十一年(1828)に奉納されたもの、他にも祈願成就の御礼に奉納された中小の木刀が沢山立て掛けてありました。中央の岩崖の窪みに小さな不動明王石像が祀られており、御賽銭を納め、御真言を3回唱えました。山頂には大小3基の石祠があり、大きなものが寂光大権現、左の小さな方は天狗神、もうひとつ小さな祠は祭神不明とのことです。

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立春大吉

2017年2月4日(土) まだ寒いけれど今日は立春、陽の光が心なしか強くなる。庭の片隅でフキノトウとギョウジャニンニクがいつの間にか芽を伸ばし、確かな春の訪れを告げている。久しぶりの山歩きにでも出かけたいところだが・・、そろそろ所得税の確定申告書類作成にかからねば。
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晩白柚の果皮のグラッセ

2017年2月3日(金) 果肉を食べた後の晩白柚の果皮でグラッセを作りました。果皮を幅約5㎜に短冊切り(長さも幅も適当)、苦みを抜くために大鍋に入れて茹でこぼし、冷水に晒しました(写真左上)。その操作を2回繰り返してから、果皮と大体同じ量の白砂糖を加え、弱火でじっくり煮詰めます(写真右上)。煮詰めた果皮を平底の浅い容器に広げて室内で乾燥させること丸1日(写真左下)、果皮を1個づつグラニュー糖に絡めると、風味の良い上品なグラッセが出来上がりました(写真右下)。
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イヴォ・アンドリッチ著「ドリナの橋」

Img0472017年2月1日(水) バルカン半島6か国周遊旅行の復習に、イヴォ・アンドリッチ著「ドリナの橋」を県立西部図書館から借りてくる。柏市立図書館には所蔵されていないので仕方なく。イヴォ・アンドリッチはボスニアヘルツェゴビナで唯一のノーベル賞受賞者、「ユーゴスラヴィアの歴史からの主題と人間の運命を描写した叙事詩的筆力」という理由で1961年ノーベル文学賞を受賞している。先月の1月20日に同国ヴィシェグラードを訪ね、著書名「ドリナの橋」ことメフメット・パシャ・ソコロヴィッチ橋(世界遺産)と、彼が幼・少年時代を過ごした「イヴォ・アンドリッチの家」を見学したので、その記念に読んでみることに。訳者は松谷健二氏、1966年の出版で発行所は株式会社恒文社である。面白ければ、三部作と云われる「ボスニア物語」(トラーヴニック年代記)、「お嬢さん」(サラエボの女)も読んでみるつもり。

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