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赤間神宮(下関市)

2017年2月20日(月) 赤間神宮の所在地は、下関市阿弥陀寺町4-1、祭神は第八十一代安徳天皇。貞観元年(859)阿弥陀寺として開闢。建久二年(1191)勅命により赤間関(下関)に安徳天皇御影堂が建立され、建礼門院ゆかりの尼に奉仕させた。以後、江戸時代まで勅願寺として崇敬を受けてきたが、P2200119明治の神仏分離により阿弥陀寺は廃され、神社となって「天皇社」と改称した。明治八年(1875)官幣中社に列格したことで赤間宮に改称、昭和十五年(1940)官幣大社に昇格して赤間神宮に改称した。第二次世界大戦により社殿を焼失、現在の社殿は昭和四十年(1965)に再建されたもの。
8:00北九州八幡ロイヤルホテルを出発、関門橋を渡り下関市に入る。8:50唐戸市場駐車場着、歩いて赤間神宮へお参りに行く。赤間神宮の左隣に、日清講和条約締結会議の会場となった春帆楼が建つ。竜宮造りの水天門をくぐり、型通り拝殿にお参りする。そして拝殿の左手奥にある耳なし芳一木像を祀る御堂を見学、ここ阿弥陀寺を舞台とした物語は小泉八雲の「怪談」に取り上げられ広く知P2200117られている。また、その傍らにある平家一門の供養塔(七盛塚)も見学、壇ノ浦の戦いで敗れた大将中納言知盛、従二位尼時子を含む14名が祀られ、名前に「盛」の字が付く者が多いことから七盛塚と称する由。傍らに、高浜虚子の句碑「七盛の 墓包み降る 椎の露」が建つ。後日ネットで調べると、昭和60年(1985)源平800年を期に全国平家会が設立され、石川県輪島市にある平時忠の子孫「時国家」に分霊が親授され、能登安徳天皇社の称号が授与されたとのこと。小生が入社当時の社長が能登の上時国家の出身?だった縁で、時国家は会社の慰安旅行で見学したし、2011年5月の能登旅行でも訪ねたが、迂闊にも御社の存在に気付かずじまい。9:25バスに戻り、唐戸市場隣のカモンワーフへ移動しショッピング。地ビール源平壇ノ浦ピルスナーを1本購入する。

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