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定点観察・廣池学園(柏市)

P33100032017年3月31日(金) 午前、近所の麗澤大学へ春告茸とも呼ぶトガリアミガサタケの観察に出かける。ここは私が知る限り柏市内でトガリアミガサタケが発生する唯一の場所、大木のイチョウの根元の植え込みの中がポイント。守衛所で記入させられる入園者用紙には、廣池学園が桜の名所なので「お花見」と書く。まさか「きのこ観察」とは書けません。サクラはまだ一分咲きでしたが、トガリアミガサタケは満開、10本ほど見つけました。

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ミツバ&ユキノシタ

2017年3月30日(木) ハリギリの若芽だけでは天麩羅の材料が足りないので、ミツバとユキノシタを庭で摘みました。今晩はビールが美味しく飲めそうです。
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ハリギリの若芽

P32900012017年3月29日(水) 某市の某公園でハリギリの若芽を採取してきました。本当はもう少し伸長した若芽の方が良いのですが、また出かけるのは億劫だし、それに競争相手に先を越されるかもしれないしで、まあ仕方ありません。ハリギリ(センノキ)はウコギ科の落葉高木で、山菜として人気があるタラノキやコシアブラの仲間です。後二者よりえぐみが強い分うまみも最高で、天麩羅にしていただくつもりです。 

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定点観察・船橋県民の森(船橋市)

2017年3月28日(火) モロッコ旅行から帰国以来、風邪気味となって体調を崩していましたが、この2日間雨がたっぷり降ったことだし、少し元気にもなったので、午後から久しぶりに森歩きに出かけました。きのこに大きな動きは未だありませんが、エゴノキタケ、キクラゲ、ニクハリタケ?、ニセニクハリタケ、ネンドタケモドキ、ヒラタケ、ヤケイロタケなど元気印を写真に納めることができました。(写真は、左がキクラゲ、右がヒラタケ)
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イチゴ咲く

P32400052017年3月24日(金) 畑でイチゴの花が咲き始めました。去年は11.5㎏も採れ、旬のイチゴを飽食しました。まだ冷凍庫にジャム用の備蓄がありますが、今年は果たしてどれくらい取れますか。

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ボケの花満開

03dsc021072017年3月20日(月) 我が家のボケの花がちょうど見頃を迎えております。通りがかりの人が愛でていきます。どこからか保育園の園児もお花見にやってきます。例年、秋になると黄緑色の実を何個か付けますが、このところ何年もボケ酒や木瓜ジャムを作っておりません。記録を調べると2005年、2007年、2009年と作っているので奇数年の今年は生り年の筈、取らぬ狸の皮算用に終わるかもしれませんが、実りの秋を楽しみに待ちます。

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モロッコ土産(3) アルガンオイル

P31800023月14日、ティシュカ峠(標高2260m)を越えてマラケシュへ向かう途中、少し下った処にあるアルガンオイル製造・販売所のASSAISS OUARGAN TICHKA(標高1800m)で、50ミリリットル容のスプレーキャップ付き瓶に入ったエコサート認定オーガニック・アルガンオイルを2本購入しました。値段は1本170ディルハム(約2,000円)也。現地ガイドのアミンさんは、日本で買うと5、6倍はすると強調していましたが、Amazonで調べると、メーカーは異なるものの、ほぼ同価格帯で売られており(ピンからキリで、50ミリリットル当たり1,242円~2,950円)、わざわざモロッコまで行って買わなくてもよかったようです。家内は要らないと云うので、娘2人にあげることにしました。

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モロッコ土産(2) サハラ砂漠の砂

P32100063月13日、南モロッコ観光のハイライトである砂漠ツアーに参加し、メルズーガ大砂丘へ日の出を拝みに行った時、サハラ砂漠の砂を採取してきました。瓶内の2層に分かれている砂の、下層部分は2007年2月にエジプトへ行った際に、ヌビア砂漠でサンプリングしたもの、上層部分が今回サンプリングした砂ですが、モロッコのサハラ砂漠の砂は鉄分が多いのか、随分と赤みが強いことが分かります。

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モロッコ土産(1) 陶器の置物

P31800043月11日、フェズ市内で立ち寄った陶器工房のART DE POTERIE ACHで購入したのは、タジン鍋の形をした直径8㎝の小さな陶器、45ディラハム(約500円)でした。フェズの陶器は有名らしく、その製法は1200年前から変わっていないとのこと、直径45㎝の大皿は1,250ディラハム(15,000円)の値札が付いていました。

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ドライアプリコットとデーツ

3月9日、ドバイの空港でカサブランカ行きの飛行機を待つ間に免税店を物色、買いたかったドライマンゴーはありませんでしたが、その代わりにドライアプリコットとデーツとを買ってきました。ドライアプリコットはトルコ産で500グラム入りパックが1,000円、デーツはサウジアラビア産で500グラム入りパックが700円でした。楽天市場でも同じ位の値段で入手できるので、遥々と運んでこなくてもよかったようです。
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モロッコのビール

モロッコにあるビール会社は、カサブランカに本社を置くブラッセリー・ド・モロッコ(Societe des Brasseries du Moroc)唯一社、ネットで調べると、醸造工場がフェズ、タンジール、カサブランカにあり、マラケシュにも瓶詰め工場がある様です。フランス統治時代(1912~1930年)の1919年の創業で、フランス流醸造技術で、ビールとワインを造っている様です。Casablanca_p3110256今回のモロッコ旅行では、同社のローカルビール、Casablanca(アルコール分5%)、Casablanca Light(同2.5%)、Speciale Flag(同5.2%)、Stork(同4.7%)と、ライセンス生産の33Exsport(同5.2%)を飲みました。いずれも原材料に水・麦芽・ホップしか使わない麦芽100%ビールで、すっきりした味わい、まずまずのビールでした(個々の評価はマイフォトの「私のビール図鑑」をご覧ください)。ホテルやレストランで飲むと値段は高く、250ミリリットルの小瓶が35~40DH(420~480円)、一番高かったフェズのホテルは330ミリリットルのCasablncaの小瓶が70DH(840円)もしました。また、敬虔なイスラム教徒が経営するホテルやレストランでは、アルコール類の提供が一切なく、飲めないこともありました。スーパーマーケット(カルフール)に行った時、売値を調べると、各銘柄の小瓶が10から15DH程度(120~180円)とリーズナブル、但しアルコール類の売り場は一般食品売り場から隔離されておりました。
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モロッコのトイレ事情

宿泊したSPクラスのホテルのトイレは全く問題なし、洋式で水勢も強く紙が流せました。昼食の、日本人御用達レストランのP3110310_2トイレも個室・洋式で全く問題なし、但しペーパーは便器に流さず、傍の屑籠に入れる必要があります。観光地にあるトイレ、長時間のバス移動中に利用したガソリンスタンド(併設の食堂兼売店)のトイレも概ね清潔で、出るものが出なくなる様な状態のところはありませんでした。但し、洋式のところとトルコ式のところがあり(混在している場合も有り)、ペーパーの備えがなくて水道の蛇口の傍に水桶が置いてある場合がありました。現地の人のように左手による水洗いと風乾で済ませられればベストですが、我々日本人は「備えよ常に」、トイレットペーパーかティッシュペーパーを多めに持参するほうが無難でしょうP3140772。また、入り口に清掃係の女性が居るところは有料で、1ディラハム(12円)支払う必要があります。上の写真は、フェズ市内の陶器工房 ART DE POTERIE ACHの洋式トイレ、ペーパーの備えがあり水洗用ノズルも付いてます。下の写真は、世界遺産「アイト・ベン・ハッドゥのクサル」入り口のレストラン HOTEL RESUTAURANT L'OASIS D'ORのトルコ式トイレ、ドアの蔭に蛇口と水桶があり、ペーパーの備えはありません。

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カサブランカ市内観光/帰国

2017年3月16日(木) 4:00モーニングコールにて起床。5:00ドアの外へ荷物を出して食事に行く。5:00-5:30朝食、昨日と代り映えしないが、ゆで卵とジャムを塗ったクロワッサンを食べ、コーヒーを飲む。未だ暗い6時、カサブランカへ向け出発。外は涼しい。珍しく空に雲が多いと思っていたら途中から雨が降ってくる。大地がしっとり潤うと見る間に大雨に変わる。車内にアミンさん選曲の郷ひろみ「哀P3161019愁のカサブランカ」が流れ、次いで沢田研二「カサブランカ・ダンディー」が流れる。やれやれ、どうせなら、自分好みの、伊勢正三「あの唄はもう唄わないのですか」、伊藤敏博「サヨナラ模様」、徳永英明「レイニー・ブルー」、鈴木一平「水鏡」、永井龍雲「つまさき坂」などをかけて欲しいのだが・・。7:55-8:10ガソリンスタンドでトイレ休憩。雨が上がり、西の空に大きな虹がかかる。ようやく車内TVに映画「カサブランカ」が映し出され、主題歌の「As Time Goes By」が流れる。9時、カサブランカの街が見えてくる。大西洋が見える。9:35ハッサン2世モスク到着、1986年から8年がかり、1993年に完成したモロッコで最大、世界でも7番目の大きさを誇るモスクは、20世紀最高の芸術作品と言われる。大西洋に面した9ヘクタールの敷地に建ち、内部には2万5千人が収容可能、塔の高さ200mは世界一。設計はフランス人のミッシェル・パンソー(Michel Pinseau)、モロッコ全土から職人と芸術家1000人を動員して造られ、美しく緻密な幾何学模様が施されている。内部に入場見学はせず、唯外から眺めただけ、地下1階に参拝客のためのアブルーション(身を清める泉)とトイレが男女別(男性は向P3161033_2かって右の地下、女性は左の地下)に設けられている。9:55ハッサン2世モスクのみでカサブランカの観光は終了、空港へ向かう。11:00ムハンマド5世空港到着、8日間お世話になった運転手のアブデュラさんと助手のハッサンさんに寸志を渡す。エミレーツ航空のカウンターで個人チェックインすると、ドバイ行きも成田行きも通路側座席を確保できず、まぁこれも修行と思って諦める。14:10ドバイ行きEK752便に搭乗、機種はB777-300、43E席に座る。ドバイまで6080㎞、7時間の空の旅始まる。白ワインを飲み、「新・平家物語」を読む。21:25ドバイ空港着、時計を現地時間に合わせる。さぁもうひと辛抱、日本へ帰ろう。(了)

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マラケシュ市内観光(2) 世界遺産「旧市街」

2017年3月15日(水) マジョレル庭園の次は世界文化遺産(1985年登録)の旧市街散歩、マラケシュはベルベル語で「神の国」という意味、フェズに次いで2番目に古い町で、1070年頃ベルベル人による最初P3150968のイスラム国家、ムラービト朝が此の地を都と定めた。10:20旧市街の城壁近くでバスを降り、歩いてクトゥビヤ・モスク(Koutoubia Mosquee)へ。メディナの西に聳え立つクトゥビア・モスクのミナレット(塔)は高さ77m、マラケシュのランドマーク&シンボルとなっている。1147年ムワッヒド朝の創始者、アブド・アル・ムーメンによって着工され、その息子ヤクーブ・ユーセフの時代に完成したが、後にメッカに対してモスク部分の位置が正しくないとして破壊され、その基礎が今も右側に残る。1199年、ヤクーブ・エル・マンスールによってモスク部分が再建され今日に至る。クトゥビア・モスクのミナレットは、西側P3150982イスラム世界で最も端正で美しく、セビリアのヒラルダの塔(高さ97m)と並びムーア様式の傑作と言われる。非イスラム教徒は内部には入れないが、モスクの天井は杉板やマホガニーが張られ、ステンドグラスが美しいとの事(アミンさん談)。そこから歩いてジャマ・エル・フナ広場へ移動、昨夜のカフェ・グラシエール前で一旦解散、12時までフリータイムになる。土産物屋の案内が全て終わってしまったために、現地スルーガイドのアミンさんのテンションは下降気味、アグノウ門、サアード朝の墳墓群、エル・バディ宮殿、バヒア宮殿など旧市街には歴史的建造物が沢山P3150985あるはずなのに・・、自分で行って勝手に見て来いという事か。今回は「地球の歩き方 E07 モロッコ」が何処の書店でも品切れで入手できなかったため、旧市街の地図も無し、見所も分からずで途方に暮れる。こんなところで迷い爺になっても困るし、仕方がないので、フナ広場を行ったり来たり。植木市を覗いたり、靴磨きを断ったり、ジュース屋、入れ歯売り、ヘナ(HENNE:ミソハギという植物の葉からとれる赤茶色の染料で手の平に魔除けの模様など施す)の店に感心したり。食用なのか籠に入れたイグアナまで売っている。陽射しはP3150992強いが暑くはない。12時漸くカフェ・グラシエール前再集合の時間が来て、アミンさんに引率され、竹の簾で日覆いしてある薄暗いスークの路地を通り抜けて昼食会場へ。12:15レストラン・モロッコ(RESTAURANT MAROCAIN)到着、内装は緻密なタイルモザイクに覆われイスラム宮殿風で素晴らしい。料理は前菜と鶏肉のクスクス、デザートはクッキーとミントティー。野菜をこうもくたくたになるまで煮込まなくても・・、クスクス(世界一小さなパスタ)は味がなく、全体に不味。食後、マラケシュ最大のスーパーマーケットCarrefour Almazarへ案内される。13:35-14:40買い物タイム。もはや何も買うものがない。モロッコワインはちょっと食指が動くが、如何せん重すぎる。アイスクリームを舐めながら、3階の椅子に座ってP3150996時間潰し、ホテルで市内地図を貰ってくればよかったのだが・・。15:00ホテルに戻る。MWを沸かしてコーヒーを炒れる。出国カードと税関申告書に記入していると、添乗員のIさんがドアをノックし、熱い日本茶を持ってきてくれる。どうせ夕食は期待できそうもないので、最後のカップヌードルを食べて腹ごしらえ、「新・平家物語(二)」を読み進める。19:00-19:30夕食、昨日と同じ料理が多いが、マッシュルーム入りの鶏肉の煮込みは新顔。ちょっと箸をつけてはみたが、結局ケーキだけ食べて部屋に引き上げる。風呂から上がると20:15、SCの最終パッキングを行い、明日は4時起きなので早めにベッドにもぐり込む。(続く)

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マラケシュ市内観光(1) マジョレル庭園

2017年3月15日(水) 6:15起床。5時半頃から外が騒がしい。モロッコは賑やかなところである。7:10-7:45朝食。ゆで卵、オリーブピクルス、焼きトマト、ヨーグルト、ジャムパン(アンズ・、イチゴ・、オレンジママレーP3150953ド・ジャム)を食べ、キュウリジュースとオレンジジュースとコーヒーを飲む。キュウリジュースは一口飲んだだけ、青臭くて不味い。9:00出発、マラケシュ市内観光へ。9:15新市街の北東部にあるマジョレル庭園到着。マジョレル庭園は、1920年代にフランスのアール・デコの画家ジャック・マジョレルが造園、彼の他界後、デザイナーのイヴ・サンローラン(1936-2008)が買い取り修復、経営を行った。入り口からしばらく竹林が続き、修善寺の竹林の小道の雰囲気を醸し出す。その先は世界各国から集めた様々な種類、様々な大きさのサボテンが所狭しと植えられ、ブーゲンビリアなど南国の花が咲いている。園内に美術館(有料:マジョレル作品&サンローラン・コレクションの北アフリカ美術品を展示)、ブティック、ブック・ショップ、カフェ、東屋などの建物があり、「マジョレル・ブルー」と呼ばれる濃いコバルトブルーに塗られている。園内で出逢ったパリジェンヌの2人はさすがにスマート、軽やかにポーズをとって、にこやかに撮影に応じてくれる。10:10バスに戻り、旧市街へ。(続く)

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モガドール・オペラ・ホテル&スパ(MOGADOR OPERA HOTEL&SPA)

2017年3月14日(火) 16:00モガドール・オペラ・ホテル&スパ到着、312号室に入る。SPクラスだが、今回の旅では一番立派、ここに2連泊は嬉しい。マラケシュ駅近くの交差点の角に建つ6階建ての中型ホテP3150891ル、オペラ座の向かい側。ゆったりした部屋にシングルベッドを2台つないだ大型ベッドがあり、書き物机に椅子、TV(SHARP製)、丸テーブルと椅子、セーフティーボックスがある。浴室には浴槽が付いており、ドライヤー、シャンプー、シャワージェル、ボディローションが置いてある。トイレの水流も勢いが良く、これなら四つ星クラスとして恥ずかしくない。16:45夕食までに大分間があるのでホテル付近の散策に出る。先ずはマラケシュ鉄道駅に行って見る。王宮の正門の様な造りの外観が素晴らしい。中に入ると、1階には切符売り場のほかに、両替所、ツーリスト・インフォメーション、レンタカー、携帯電話屋、レストラン、マクドナルド、ジェラート屋などがあり、2階は改装中でP3150901あるがレストラン、ケンタッキーフライドチキンなどが入っている。道路を渡ってオペラハウスを眺め、マラケシュ名物の観光馬車に見惚れる。道路を渡り返して、モハメッド6世通りを南下、スーパーマーケットのカルフールまで歩く。途中に、オペラ・プラザ・ホテル、ホテル・アトラス・アスニ、SAXOビル、国際会議場、リャド・モガドール・メナラ、モロッコ航空ビルなどがあり、ようやくカルフール・メナラ(Carrefour Menara)が入るメナラ・モール(MENARA MALL)到着。食品売り場と隔離されている酒類売り場を何とか探し出し、ビールの値段調べ。Casablancaの250ミリリットル瓶15DH(180P3150905_2円)、330ミリリットル瓶19DH(228円)、Speciale Flagの250ミリリットル瓶10DH(120円)、Storkの330ミリリットル瓶10DH(120円)など。これまでのレストランやホテルが暴利をむさぼり、3、4倍の値段で提供していたこと分かる。Casablanca Lightと33Exportの2本のビールを購入し、ヨーグルトを1本飲んでから、来た道を引き返す。18:40ホテルに戻る。19:00-19:45ホテルのレストランで夕食。スープ、魚料理、カリフラワーの揚げ物、茹でインゲンを食べる。デザートはケーキとミックスフルーツ。アルコール類の提供はなし。部屋に戻ってMWを沸かして日本茶を作ってから、夜のジャマ・エル・フナ広場探訪へ。20:30旧市街のど真ん中ジャマ・エル・フナ広場に着き、広場に面するカフェ・グラシエールの2階テラスに上がり、ミントティーP3150929を飲みながら広場の喧騒を見下ろす。風が冷たい。広場へ降りて屋台の冷やかし、ドライフルーツとナッツをうず高く積み上げた店、茹でたてのカタツムリを売る店、ケバブ屋、エトセトラ、客引きが寄ってきて実にうるさい。大道芸人もいろいろ、猿回し、蛇使い、曲芸師、ダンサー、実に賑やかなところである。こういう処は苦手、人に酔ってしまう。21:20カフェ・グラシエールに戻り、バスに乗ってホテルに帰る。浴槽に湯を張り、ゆっくり浸かって髪を洗う。MWをもう一度沸かしてカップラーメンを食べる。続いてカルフールで購入したビール、カサブランカ・ライトと33エクスポートの試飲。23時半ベッドに入る。(続く)

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アルガンオイル製造所 ASSAISS OUARGAN TICHKA

2017年3月14日(火) オート・アトラス山中のティシュカ峠(標高2260m)を越え、マラケシュへ方面へ少し下った標高1800m地点にあるアルガンオイル製造所 ASSAISS OUARGAN TICHKAで、アルガンオイルの昔ながらの製造法を見学しました。アルガンオイルは、モロッコ南部にのみ自生するアルガンノキ(Arbania spinosa)の種子から採取する油脂。果肉を取り除いた堅果(写真左上)を、台石に載せ石で叩き割って(写真左下)、種子(写真右上)を取り出す。この工程が最も人手を要し、近年生産が増加するにつれて、現地女性の就業拡大に結び付いているとのこと。種子は丁寧に焙煎してから石臼で挽いて油を抽出する(写真右下)。今は、機械を用いて抽出している様です。アルガンオイルは、不飽和脂肪酸が8割を占め、オリーブ油と比べて抗酸化作用が高い。従来から皮膚病の薬として用いられてきており、21世紀初頭にヨーロッパの化粧品会社がその効用に着目したことで、近年ではコスメ用途の高級植物油としてもてはやされている。
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ティシュカ峠を越えてマラケシュへ

2017年3月14日(火) 10:10アイト・ベン・ハッドゥを後にし、いよいよオート・アトラス越え、最高地点のティシュカ峠目指して山岳道路を上っていく。車内の退屈を紛らすかのようにアミンさんの話が続く。「モロッコ人の月給は銀行員や教師などで5~7万円程P3140851度、アミンさんは独身でフェズのアパートに住んでいるが、80平方メートルの部屋の家賃が3万円、電気代5千円、ガス代3千円、水道代2千円、食費2~3万円(自炊)、小遣い2~3万円で毎月10万円位生活費がかかる(モロッコに日本語の通訳は15人しかいないらしく、英語のガイドが1日30ドルに対し、日本語のガイドは1日100$。つまり自分は高給取りとの自慢?)。フェズ、イフレン、マラケシュ、カサブランカなど都会のマンションは1平方メートル30万円もするとか、他方、南の砂漠地方では1か月2万円もあれば暮らせるし、遊牧民なら1万円あればOK」。標高が1900mに上るとアトラス松のP3140856林が目立つようになる。草津志賀道路に勝るとも劣らない雄大な山岳道路をゆく。11:40ティシュカ峠に到達し写真ストップ。外は涼しい。峠名(COL DU TICHKA)と標高2260mを表示する立派な標識塔が建ち、広場には土産物店や食堂が軒を並べる。アンモナイトや黄鉄鉱?などを売る露店もある。標識の説明はフランス語なので正確に理解できないが、フランス保護国時代の1925年から1939年にかけて道路建設が行われ、開通した模様。峠から眺める景色は雄大、乾燥地帯の為緑は少ないが、黒褐色の山肌が重なりあう。峠から少し下ると、12:05道路脇のアルガンオイル製造・販P3140871売所兼食堂 ASSAISS OUARGAN TICHKAに到着、標高は1800mほど。食事の前にアルガンオイル製造法の見学。アルガンノキの堅果はギンナン位の大きさ、現地女性が堅果を台石に載せ、石槌で叩いてピーナッツの様な種子を取り出す。1個づつの手仕事なので相当人出がかかる。堅果と種子を手に取って匂いを嗅いで見ると、どちらも何の匂いもしない。種子を焙煎してから、石臼で挽いてアルガン油を抽出する。アルガン油はそのまま舐めると胡麻油のような風味、蜂蜜を混ぜたものをパンにつけて試食すると香ばしくて美味しい。アミンさんも売り子に加わり、併設の売店でアルガンオイルP3140886製品の大宣伝、クリームは1個140DH(1,680円)、石鹸は1個70DH(840円)。現地通貨をそろそろ使い切らねばならず、仕方なくアルガンオイルの50ミリリットル入りスプレー瓶を2本、340DH(4,080円)で購入する。女性陣は財布から1万円札を惜しげもなく取り出し、アルガンオイルの500ミリリットル瓶をどしどし購入する。昼食は、サラダ、アルガンオイルをたっぷり使った牛肉と野菜のタジン、フルーツ(バナナとオレンジ)。アルコール類は一切置いてない。食堂で砂漠ウォーキングの際にお世話になったJTBの添乗員氏に再会し、御礼を述べる。13:30出発、峠道を下りきると緑の沃野が広がり、俄かに景色が優しくなる。15:40マラケシュの街(標高466m)に入る。16:00マラケシュ鉄道駅近くの今宵の宿、モガドール・オペラ・ホテル&スパに到着。(続く)

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世界遺産「アイト・ベン・ハッドゥ」

2017年3月14日(金) 5時過ぎ起床。6時半から朝食、荷物をドアの外へ出してから行く。今回のツアーは全てポーター付きなので楽々、又そうでなければ、P3140754昨日と今日の砂漠ホテルはエレベーターのない2階建て、3階建てなので年寄りや女性は無理。モロッコ人男性は痩せているが筋肉質で力持ち、20㎏超のSCを2個抱えて階段を駆け上がり、駆け下る。食事の前に屋上へ上がって日の出(6:35)を拝み、雪を被るオートアトラスの山並みを眺め、道向かいのタウリルト・カスバを眺める。ヨーグルト、プルーン、レーズンと、アンズジャム、イチゴジャム、イチジクジャムを塗ったパンとを食べ、オレンジジュースとコーヒーを飲む。8:00出発、走り出して1分でタウリルト・カスバ(Kasbah de Taourirt)前で写真ストップ、1990年制作の映画『シェルタリング・スカイ』の舞台になったことで有名である。道路を挟んだ向かい側に映画博物館(Musee du Cinema)があり、そこも覗いてみる。ワルザザートは、「誰の声もしない処」という意味、観光名所こそ少ないが、『アラビアのロレンス』、『スター・ウォーズ』、『007P3140769リビング・デイライツ』、『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』、『グラディエーター』、『クンドゥン』など数々の映画撮影の舞台となった映画の街。再び走り出すと、右手に旧映画スタジオ(現在はレオナルド・ディカプリオのアイデアで三ツ星のオスカー・ホテルに改装)、次いで新映画スタジオのアトラス・コーポレーション・スタジオが現れる。見た目は何の変哲もない大きな箱型の建物だが、内部には近代的な撮影機材がぎっしり詰まっているらしい。現地ガイドのアミンさんが「カスバ」の意味を詳しく説明してくれる。「もともとは城P3140836壁に囲まれた旧市街の意味であったが、時代が下ると、大都市の旧市街はメディナと呼ばれるようになり、メディナの中で城壁で囲まれた場所をカスバと呼ぶようになった。アトラスの南で見られるような地方のカスバは、カスバとクサル・カスバに分かれる。カスバは司令官だけが住んだ宮殿で、クサル・カスバは複数の家族が住む村落共同体、これから訪ねるアイト・ベン・ハッドゥ(Ait Ben Haddou)はモロッコの代表的クサル・カスバ」。8:45アイト・ベン・ハッドゥを望む高台で写真ストップ。9:00麓のHOTEL RESTAURANT L OASIS d'OR(標高1300m)に着き、まずトイレを済ませる。P3140814それから土産物屋が並ぶ集落の中を通り抜け、川に架かる橋を渡ってクサル・カスバに入る。日干しレンガ造りの要塞村は丘の斜面を利用して作られているが、1755年のリスボン大地震で大半が崩れてしまい、今は三分の一くらいしか残っていないとのこと。それでも、周辺に点在するほかのクサル・カスバに比べれば保存状態は格段に良いらしく、1987年世界文化遺産に登録された。現在ここに住んでいるのはベルベル人の数家族だけで、かつての住民は殆どが対岸の新しい村の方に移り住んでいる。一本道を上へ上へ、石段やスロープを辿って見張り小屋のある頂上(標高1400m)まで上がる。丘上は遮るものがない360度のP3140818大展望、眼下に要塞村、青い川の流れ、対岸の集落、緑の耕作地などが広がる。碧空を断ち切るように連なるオート・アトラス山脈の遥かな雪嶺が眩しい。モロッコの空は本当に青い。下る途中で有名な職人が居る炙り絵の工房に立ち寄り、要塞村の中の現役の民家に立ち寄る。1階が居間と台所と寝室とトイレ、2階が客間、居間に王様一家の写真が飾ってある。橋の袂まで降りてくると、同じ日に成田を出てきたクラブツーリズムのグループ9名と再会、写真家の織作峰子女史と一緒にモロッコを巡る写真撮影ツアーの一行で、明日はもう帰国とのこと。10:10バスに戻りマラケシュへ向かう。(続く)

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ル・フィント・ワルザザート(LE FINT OUARZAZATE)

P31407322017年3月13日(月) 17:40今宵の宿ル・フィント到着、129号室に入る。このホテルも昨日の宿と同じくデザート・リゾートタイプ、中庭をロの字型に建物が囲む。直ぐにシャワーを浴びて、早朝のサハラ砂漠ウォーキングで被った砂や埃を洗い流す。ここワルザザートも砂漠の町、今日は終日砂嵐に見舞われたとみえ室内は赤砂でざらざら、浴槽の中にも机の上にも薄っすら砂が積もっている。まあ秘境ツアーなのでこの程度は許容範囲。ゆったりめの部屋にシングルベッドを2台つないだ大型ベッドが据えてあり、大理石製の書き物机に椅子、TV(Tomson製)がある。浴槽があるが、湯はちょろちょろしか出てこないので湯張P3140743りは無理、石鹸とシャンプーが有る。洗面台も大理石で出来てるし、クローゼットや扉は木製と重厚な感じ、まぁアメニティーは簡素でも、シャワーが浴びられればSPクラスということであろう。レストランへ行き夕食(19:30-20:30)、ビュッフェ方式で、スープ、野菜煮込、ミートボール煮込、白身魚煮込を少しづつ食べ、モロッコ産ビールSTOKEの小瓶を飲む。部屋に戻る頃には漸く風も収まる。MWを沸かし日本茶を喫し、21時ベッドに入る。(続く)

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エルフードからティネリール経由、ワルザザートへ

2017年3月13日(月) 9:45バスでエルフードのホテルを出発、ワルザザートへ向かう。今日は320㎞のドライブ。早朝P3130675の砂漠ウォーキングの疲れが出てうとうと。10:20地下水道跡で写真ストップ。今はダムができて、配管で給水されるようになったため使用されていないが、地下水脈の上に井戸が直線状に延々と並んでいる。有料だが、地下水脈のトンネル内に降りることもできる。傍らにカフェ兼売店のテントが建ち、アンモナイトなどの化石を売っている。土漠の中に一直線に延びる国道を淡々と走る。11:40テンジダイ(Tinejdad)の町を通過、エルフードから来ると、国道10号線に合流する地点で、その先のHotel Restaurant REDAでトイレ休憩(11:45-12:00)、1本10ディラP3130678ハム(120円)のシュウェップスを飲み、1.5リットル容PETボトルのMW(これも10DH)を買う。カンカン照り、陽射しは強烈で暑いけれど湿気はない。次第に風邪が強くなり砂塵が舞い始める。女性たちが川端に集まり洗濯している。この辺り家に水道がないので洗濯機は使えず、川端が洗濯場とともに格好の社交場のようである。13:00トドラ川沿いのティネリール・オアシス(長さ15㎞)を望む高台で写真ストップ、ティネリールは人口3万6千人、エルラシディアとワルザザートの中間にある。谷底に広がる緑地帯にはナツメヤシの林だけでなく、麦や野菜の耕作地も見える。褐色の建物群の中に、カスバ街道でも最大級の大きP3130687さを誇るグラウイのカスバ(Kasbah de Glaoui)があるというが、どれがその建物か分からない。13:15トドラ峡谷の核心部(標高1470m)に着き、バスから下りて河畔を20分ほど散歩。ロッククライミングの殿堂と云うモロッコ一の大峡谷は、モロッコのグランドキャニオンとも呼ばれ、トドラ川の両岸に高さ300mに及ぶ赤褐色の岩壁がそそり立つ。グランドキャニオンは大袈裟で、青森県の白神山地にある日本キャニオンとどっこいどっこい。近くのKASBAH HOTEL RESTAURANT Les Roches Todraへ行って昼食(13:40-14:30)。ハリラスープ、ケフタ(牛肉のミートボール)の卵とじ(タジン)、フルーツ(オレンジとナツメヤシ)を食べる。スープと鍋料理はP3130710ピリ辛、味がしっかりしていて美味。ビールが飲みたくなるがアルコール類はなし。いよいよカスバ街道へ。カスバ街道は、広義ではエルラシディアとワルザザート間の国道10号線区間を指すが、狭義にはブーマルン・ダデス村(Boumalne Dades)からエル・ケラア・ムグナ村(El-Kelaa M'Gouna)間の24㎞を指し、この区間に土煉瓦で造られた大小のカスバ(城壁で囲まれた要塞のこと)が集中している。バスが揺れるほどの強風が吹き荒れ、外はもうもうたる砂嵐となる。車内に藤圭子の「カスバの女」の唄が流れる。アミンさんの話、「イスラム教の男性が4人まで妻を持てるというのは未亡人の救済策、女性が子供を抱えて自活できる職業に就くことは難しく、夫がP3140726居ないと生活が成り立たない。但し、今は物価が高騰し一人を養う事すら難しく、モロッコでも晩婚化が進んでいる」、羨ましくも何ともない、さぞ大変であろう、男性に御同情申し上げる。15:55薔薇の栽培で有名なエル・ケラア・ムグナ(標高1460m)に入る。交差点にバラの花の大きなモニュメントが置かれ、建物もタクシーもローズピンク色。16:10-16:40バラ・エッセンスやハンドクリームを商う売店兼工場ROSEN OL NATERKELAAT MGOUNAに立ち寄る。何も買うものはないが、トイレを使えるのが有難い。ますます猛る砂嵐の中を走り、17:40今宵の宿ル・フィント・ワルザザート(標高1150m)に着く。(続く)

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メルズーガ大砂丘の朝日鑑賞

P31306222017年3月13日(月) 3時15分起床、髯をそり日焼け止めクリームを塗る。行動食の乾しイモとゼリーを食べ、コーヒーと味噌汁を飲む。朝の予想気温は4℃と聞いたが、そこまで寒くはない。念のため、靴下を2枚重ねノースフェースの厚手のヤッケを着る。4:45四輪駆動車に4、5人づつ分譲して出発。我々徒歩組4人は三菱のパジェロ。始めは快適な舗装路を突っ走り、途中ストップ、車外に出て満月と星空を眺める。日本の山で眺める満天の星・天の川には及ばない。その先はダート、運転手は右に左にハンドルを切って穴ぼこを巧みに躱して行く。5:20ラクダ・ステーション到P3130629着、外気温は10℃くらいか、涼しい。同行メンバー22名中18名はラクダ騎乗(料金は一人5,000円又は40ユーロ又は45ドル)にて、4名は徒歩にて日の出が見られる大砂丘の頂上へ向かう。ラクダ騎乗はあくまでオプションで、基本は歩きの筈だが、添乗員のIさんも、現地スルーガイドのアミンさんも口を揃えて、「靴が砂に潜って極めて歩き難く、又アップダウンも多くて非常に疲れるから、皆さん是非ラクダに乗るように」と、何日も前から執拗に薦める。これまでパック旅行のオプショナルツアーにはいろいろ参加したが、料金が高い割りに内容が貧弱なことが多かったので、今回もラクダP3130625騎乗の選択肢はなく、最初からサハラ砂漠を歩くことに決めている。例え1人になってもと思っていたら、女性3人も歩くことになり、又JTBの5人も加わり、ベルベル族?の案内人バリさんに引率されて、ラクダ組より一足早く出発、5:30月明かりの中の砂漠歩行を開始する。多少の起伏はあるが、砂地は固く締まっており、靴が潜り込む個所は殆どない。傾斜のきつい2、3か所の上りと下りは確かに砂の中に靴が潜ってしまい、靴の中に砂が入るけれど・・、まあ予備のスニーカーを持ってくれば、それで問題はない。案ずるより産むが易し、6:15砂丘の頂上に到着しラクダ組に合流する。歩き出すP3130650と厚手のヤッケは暑いだけで邪魔臭く、もっと軽装でよい。富士山のように土埃、砂埃がひどいのかとマスクをしたが、風がないのでそれも不要、山歩きに比べれば楽々、何てことはない。6:35日の出、あっという間に太陽が昇る。山で仰ぐご来光とは違い、砂丘の彼方から上る太陽はさほど神々しさはなく、感動も中ぐらい。サハラ砂漠の砂をビニール袋に詰めお土産に持ち帰る。ラクダ組より先に出発し、遥か彼方に見えるラクダ・ステーション目指してまっしぐら、帰りの方が距離は短い。砂漠に残る線状の足跡を辿ってスカラベを探したり、井戸?を覗き込んだりしながら歩くうち、7:15ラクダ・ステーP3130665ション到着、案内人のバリさんに一人20ディラハム(240円)づつのチップを渡し、記念写真を撮って別れる。砂漠を目の前にしたテントで簡単な朝食(7:20-7:40)、ゆで卵とカステラとヨーグルトを食べ、コーヒーと緑茶を飲む。運動した後だけに美味しい。再び同じ四駆に乗って8:20ホテルに戻る。9時荷出し、9時45分出発と決まり、靴の中の砂を払い落し、靴下とズボンを脱いで着替え、顔を洗い日焼け止めクリームを塗り直す。(続く)

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ホテル・エルフード・ル・リャド(HOTEL ERFOUD LE RIAD)

2017年3月12日(日) 17:45フェズ出発から9時間15分かかって漸く今宵の宿エルフード・ル・リャドに辿り着く。エルフード(Elfoud:標高850m)は人口2万4千人、サハラ砂漠への入り口の町であると同時に、タフィラルP3130601ト(ズィズ川一帯に広がるオアシス地域の名称)の中心的なオアシスでもある。デザート・リゾートタイプのホテルは、街中に立地し、ロの字型2階建ての建物と中庭を持つ重厚な造り。旧称はリヤド・サラム・エル、SPクラスと云うのでこの地では高級な方であろう。610号室に入ると、ゆったりした部屋にダブルベッド1台と書き物机と椅子、TV(Watson製)がある。浴室とトイレは独立している。浴室には浴槽があり、タオルとシャンプーと石鹸が置いてある。トイレの水流は強い。部屋全体が埃っぽく手がかさかさする。さすがに空気は乾燥している。明日のサハラ砂漠朝日鑑賞ツP3130603アーは4時半出発なので、持参の目覚まし時計を3時半にセットし、レストランへ夕食(19:30-20:15)を食べに行く。ビュッフェ方式で、どろっとした薄味のスープ、野菜の煮込み、パンを食べ、モロッコ産ビールSpeciale Flagの小瓶(240ミリリットル容)を飲む。1本40DH(480円)。部屋に戻り浴槽に湯張りすると、配管が錆びているのか湯は薄茶色に色がついている。まぁ砂漠のど真ん中の町で、たっぷりお湯を使って風呂に入れるだけでも最高の贅沢、例え冷蔵庫やドライヤー等の備えがなくても、四つ星ホテルの資格は十分にある。(続く)

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フェズからイフレンとミデルト経由エルフードへ

2017年3月12日(日) 5時半起床。5時前から外が騒がしく、クラクションの音と話し声が部屋まで上がってくる。耳栓が欲しいほど。それと、最上階にディスコがあるらしく、夜中まで音楽がうるさい。四つ星ホテルも興ざめ、ろくでもない。6:45-7:00朝食、ゆで卵とナツメヤシ3個食べ、コーヒーを飲む。8:30出発、今日はほぼ移動日、フェズからイフレン、ミデルト、エル・ラシディアを経由し、砂P3120515漠の入り口の町エルフードまで約9時間・450㎞。9:25人口1万5千人の殆どがベルベル人というイムゼール(Imouzzer Kandar:標高1300m)の町を通過。9:50モワイヤン・アトラス山脈の中腹に位置する人口2万5千人のイフレン(Iflane:標高1650m)到着。駐車場でバスを降り、APPART HOTELのレストランLE MASTERでトイレ借用、カフェ・オレ(15DH=180円)を飲む。その後少し街歩き、モロッコのスイスと云われる避暑地だけあって、切り妻屋根のカラフルな家々が建ち並び、ヨーロッパのアルペンリゾートの雰囲気が漂う。静かで清潔で美しい。モロッコに来て初めて、広葉樹P3120535の幹の洞にサルノコシカケ科のきのこを見つける。学生の姿は見えないが、唯一の私学、アル・アハワイン大学(Al Akhawayn University)もあるとか、こんなところで一日のんびり過ごしたいのに、格安ツアーの悲しさ、僅か30分の滞在で出発。バスはモワイヤン・アトラス(Moyen Atlas)山脈を越えるため、最高地点のザット峠(Col du Zad:標高2178m)へ向かって上って行く。沿道の両側にアトラススギ(マツ科ヒマラヤスギ属、Atlas Cedar)の巨木が覆いかぶさる。標高が上ってくると北面の日陰に残雪が目立つ。10:45モロッコ唯一のスキー場・ミシュリフェンP3120554(Misculiffen)を通過、その先は標高1900m前後の高原状台地を走る。いつの間にかザット峠を越えてしまい、下りにかかると、前方に雪を被る高峰が現れる。東部オートアトラス(Haut Atlas)の最高峰エアシ山(Jbel Ayachi:標高3737m)か。ブッシュしか生えていない土漠高原の一本道を淡々と下っていく。時々遊牧民のテントが現れる。テントはラクダとヤギの毛を紡いだもので、上からビニールを被せている。草もまばらにしか生えないような土地で、ヤギや羊の放牧で生計を立てている、こんな所にも人間の暮らしはある。標高1500mまで下りてくると石造りの箱型の住居が点在するようP3120567になり、道沿いに送電線も現れる。ガソリンスタンドも一軒ある。12:00小さな町を通過、小さな川が流れ、モスクがある。12:15ミデルト(Midelt)の手前のカスバスタイルのホテル・タダルト(Hotel Taddart)に到着し昼食(12:20-13:30)。大型観光バスが何台も停まっている。テラスから目の前にオートアトラス山脈の雪嶺が一望できる。料理は、スープ、鱒のバター焼き、デザートのケーキ。こんな砂漠のど真ん中でどこから調達してきたマスであろうか(地図を見ると、ミデルト近くにダム湖があり、そこで養殖されたものかも)。モロッコ産ビールSpeciale Flagの小瓶を飲む。ホテル・タダルトをP3120571_2後にして走り出すと直ぐにミデルトの街(標高1488m)に差し掛かる。ミデルトとはベルベル語で「中心」の意味、フェズなどの都市部とエルフードのある砂漠地帯のちょうど中間に位置しており、人口4万5千人。ミデルト周辺はリンゴの一大産地とのことで、ロータリーに林檎のモニュメントが置かれている。そこからいよいよオートアトラス山脈越えが始まり、タルゲート峠(標高1907m)目指して雄大な山岳道路をゆったりと上って行く。1本の木すらも生えていない荒涼とした風景の連続、赤褐色や黄土色の世界が続く。15:00標高が1350mに下がると、川の流れに出逢い、土壁の家が現P3120572_2れる。土壁の家は保護色の様に見事に景色に溶け込んでいる。15:30 1971年完成のモロッコ最大のダム、ハッサン・ダムのダム湖、ハッサン・アダヒル湖(Barrage Al-Hassan Addakhil)の青い湖面が左手に見えてくる。15:40ポリス・チェック・ポイント、警察官がバスのタコメーターの記録紙をチェックする。制限速度は、一般道が時速80㎞、高速道は100㎞。15:45-16:05 エル・ラシディア(Er Rachidia)の手前のガソリンスタンドでトイレ休憩。外は陽射しが強烈、MWの1.5リットル入りペットボトルを買うと10ディルハム(120円)、安い!。直ぐにエル・ラシディアの街を通過、砂漠色(赤褐色、褐色、ベージュ)の建物が多く、すべてが軍関係P3130598の施設で、人口5万人の殆どが軍人とその家族とのこと。16:50ズィズ峡谷のオアシスを望む国道脇の展望所で写真ストップ。ズィズ川一帯に広がるオアシス・タフィラルト(Tafilalt)はアフリカ一の長さで90㎞も続く。ナツメヤシの大産地でモロッコ全体の75%を産出する。谷は見渡す限りナツメヤシの濃い緑に覆われる。陸続とやってくる観光バスに、デーツ(ナツメヤシの実)売りがわらわらと群がる。デーツは500g入り1箱が50DH(600円)、5箱買うと1箱おまけ、ドバイ空港よりは安いけれども3㎏は重過ぎる。17:45ようやく今宵の宿エルフード・ル・リャド(標高850m)に到着。フェズを出てから実に9時間15分、長い一日がようやく終わる。(続く)

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ヴォルビリス遺跡に咲く野の花

2017年3月11日(土) 北アフリカに於ける古代ローマの都市遺跡として最良の保存状態を誇る世界遺産「ヴォルビリス」、遺跡そのものも素晴らしかったのですが、可憐に咲く野の花の美しさにも見惚れました。残念ながら種名は分かりませんが、一段目は左右ともキク科、二段目左はケシ科?、右はシソ科、三段目左はセリ科、右はトウダイグサ科、四段目左はマメ科、右はユリ科の植物です。
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世界遺産「ヴォルビリスの考古遺跡」

2017年3月11日(土) ヴォルビリスは、広さ40万平方キロメートルに及ぶモロッコ最大のローマ遺跡。紀元前40年頃P3120463に古代ローマ帝国の属領となり、帝国の勢力範囲の西限に位置する重要都市として、最盛期には人口2万人を擁する大都市となり、3世紀末まで栄えた。1755年のリスボン大地震で壊滅的被害を受け、さらに前後する時期にメクネスの建築資材として大理石の一部が持ち去られたが、1915年にフランスの調査団による発掘が始まり、現在まで凱旋門や神殿、礼拝堂などが修復された。1997年に世界文化遺産に登録されている。
メクネスから北へ走ること15㎞・30分、16:05ヴォルビリス遺跡到着、下の大駐車場でバスを降りる。現地ガイドのアミP3120473ンさんに連れられて入口から入場し、下から上へ時計回りに主な見どころを辿って行く。遺跡には様々な野草が小さな花をつけており、その写真も撮りたいし、アミンさんの説明も聞きたいしで非常に忙しい。オルフェウスの家(客間に描かれたオルフェウスのモザイク画の状態が良い)、オリーブ圧搾&製油所(オリーブを挽く石臼が復元されている)、ガリエヌス帝の浴場(中温浴室、高温浴室、冷浴室、蒸気浴室に区画されており、床下は空洞)、キャピトル(ゼウスを祭る神殿で柱は復元されたもの)、バシリカ礼拝堂(裁判や公的な会議、集会や時には市場として使われた当遺跡最大のモニュメント)、デザルP3120481ターの家(デザルターは、ギリシア語で馬から馬へ飛び移りながら2頭以上の馬を一緒に走らせる技術を持つ男のこと、古代ローマのサーカスの人気種目で、床に人馬のモザイク画が残っている)、カラカラ帝の凱旋門(当遺跡を代表するモニュメント。紀元212年に属州民税を廃止するアントニヌス勅令を発布したカラカラ帝への感謝の誠を表すために、紀元277年に建造されたもの)、ギリシア青年の家(ここから美しい青年のブロンズ像が出土したため、この名前がつけられた。ダイニングルームに、バッカス・モチーフのモザイク画が鮮やかに残っている)、騎士の家(ダイニングルームP3120489_2にバッカスと恋人アリアドネを描いたモザイク画がある。ナクソス島の海岸でアリアドネが眠っているのをバッカスが見つけたギリシア神話の一幕)、ヘラクレス功業の家(ヘラクレスはギリシア神話上、12の功業を果たすことになるが、その苦行の様子をそれぞれ描写したモザイク)、ディオニュソスと四季の家(ローマ神話のディオニュソスはギリシア神話のバッカスのこと、ディオニュソスの周りにニンフ、秋の場面にブドウと葉)の順で回り、左手はるかにタンジェ門を眺めながら引き返す。最後に、入り口近くにある資料館のお手洗いを借用、閉館間際であったP3120505_2が中を早回りして、モザイク画、出土品の家形厨子付き小像各種、壺などを観覧する。17:35ヴォルビリス遺跡を後にしフェズへ帰る。19:15ミンズ・ザラー・フェズ到着。19:30-20:00ホテルのレストランで夕食。スープ、野菜煮込み、ケーキとオレンジの3皿出るも殆ど手を付けず、部屋に戻って昼に食堂でもらったリンゴや持参の干しイモをかじる。MWを沸かして日本茶とコーヒーも飲む。今晩は羽田発のクラツー組と同宿なので、お湯が出なくなってはと、早めに浴槽に湯張りする。(続く)

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世界遺産「メクネスの旧市街」

2017年3月11日(土) 12:40フェズ(Fez)を後にメクネス(Meknes)へ。沿道に果樹園が連続する。アーモンド、オP3110402リーブ、ブドウ、リンゴなど、ピンクの花はアーモンド、白花はリンゴかな。14:00メクネス市内に入る。17世紀後半、現王朝のアラウィー朝第2代スルタン、ムーレイ・イスマイルは、メクネスを首都(期間は1675-1728)と定め、ヴェルサイユ宮殿に匹敵する王宮と、きらびやかな王都の建設を夢見た。そして、メクネスに新しい建物を次々に築き、強固な城壁を築いて王都の守りを固めた。けれども、1727年夢半ばで世を去り、政治の中心はマラケシュやフェズに移ってしまう。以降メクネスは衰退した。ムーレイ・イスマイル廟の傍でバスを下車、城壁に沿って暫く歩き、昼食会場のレストランへ行く。メクネP3110419ス旧市街の最大の見所であり非イスラム教徒でも入場できる唯一の霊廟、ムーレイ・イスマイル廟は現在修復工事中で、仮囲いのパネルが立て回されており、内部の華麗なモザイクタイルの装飾を見学することはできずじまい。せっかく地の果てまでやってきたというのに残念至極。旧市街にあるレストランLe Collier de la Colombeは、外観こそ赤茶色の粗壁で冴えないが、内部は天井・柱・壁が精緻なモザイクタイルで装飾され、高級感に溢れている。これなら料理もさぞやと大いに期待を抱いたが、スープ、イカ飯のタジン、カスタードプリンはいずP3120422れもいまいち。特にイカは冷凍品の様で、歯ごたえもなければ味もない。スペイン産のビールSan Miguelを飲むと、250ミリリットル瓶が40DH(480円)也。食後、旧市街のほぼ中央に聳える王都のメインゲート、マンスール門(1732年建造)へ行き写真撮影。表面は菱形、星形などの幾何学模様の彫刻で埋め尽くされており、模様と模様の間に緑の彩色が施されている。ムーレイ・イスマイルが造らせた最後の建造物、北アフリカ一とモロッコ人が自慢するマンスール門は、その巨大さと美しさとで、今も尚スルタンの見果てぬ夢を物語る。結局メクネスにはお昼を食べに来たようなもの、15:30バスに戻り、次のヴォルビリス遺跡へ向かう。(続く)

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世界遺産「フェズの旧市街」

P31102712017年3月11日(土) 5時半目覚まし時計で起床、髯をそり顔を洗って日焼け止めクリームを塗る。今日で東日本大震災から丸6年、東の空に向かって合唱し、般若心経を唱えて、無念のうちに亡くなった18,000余名の人々のご冥福を祈る。このホテル、早朝からクラクションの音や話し声が喧しい。6:15正確にモーニングコールの電話が鳴り、モロッコ人は意外に几帳面なことを知る。6:45-7:15朝食。ゆで卵、ハム、菓子パン、デーツを食べ、コーヒーを飲む。朝食はまずまず。8:00出発、連泊なのでスーツケースは部屋に置いたまま。5分ほど走っただけで新・旧市街地区にある王宮前でバスを下車。マリーン朝(13~15世紀)のスルタンの居城だったところで、現在はモロッコ国王がフェズに滞在するときに使われる。装飾タイルと金工細工のきらびやかな正門を眺め、その隙間から緑豊かな庭園を透き見する。正門に向かって左側の城壁は後ろに王宮がある故写真撮影は厳禁、正門と右側と王宮前広場(アラウィート広場)はOKとのこと。外国人の団体が続々とやってくるのを見て退却、南砦P3110286_2の展望台へ移動。市の南部、丘の上に建つ砦のテラスからフェズの街を眺める。左から順に新市街(ヴィル・ヌヴェル:フランス植民地時代以降建設)、新・旧市街(フェズ・エル・ジェディド:マリーン朝の13世紀~)、旧市街(フェズ・エル・バリ:イドリース朝の9世紀~)が切れ目なく並んでおり、特に正面の旧市街の屋根には夥しい数のパラボラアンテナが設置されているのが目につく。感度が良いアンテナになると、2000チャンネルもの衛星放送が視聴できるらしい。フェズの街の鳥瞰図が頭に入ったところで、近くの陶器工房ART DE POTERIE ACHの見学(8:55-9:25)。粘土の山、P3110320土練り、ろくろ成型、乾燥、下絵付け、施釉、窯詰め(窯はイタリア・FICOLA製電気炉)行程や装飾タイルの制作工程などの職人技を見学した後、店舗に案内されて御定まりのショッピング、お付き合いに小さなタジン鍋の置物を購入する。漸く旧市街見学、美しいタイル装飾が施されたブー・ジュルード門(1913年建造)をくぐる。さあ、いよいよ世界最大の迷宮都市に見参と思ったら、幾らも歩かないうちに一般民家に立ち入り、ミントティー・ブレーク。民族衣装をまとった御主人が、ラクダ型の金属ポットに煎茶とミントの生葉を入れてぐらぐら煮立て、ガラスコップに1mの高さから注ぎ入れるパフォーマンスを見せる。砂P3110372_2糖は各人の好みに応じて後入れ。客間や居間、台所も見学し、序でに手洗いを借用する。今度こそはと外へ出ると、幾らも進まないうちに、又も金属製品工房に連れ込まれる。真偽のほどは分からないが、先ほど見学した王宮門の制作を担当した職人がいるとのこと。ミントティー用のラクダ型金属ポットを頻りに勧められたが、単体のポットが15,000円、ポットと色付きガラスコップとのセットが28,000円もするので誰も買わない。それにしてもミントティーの試飲の後に間髪を入れず茶器売り場に案内するとは、なかなかアミンさんも隅に置けない。10:50一旦バスに戻り、別の旧市街入P3110381り口へ回って最大迷路へ突入、アミンさんが引率、現地アシスタントが遊軍、I添乗員が後詰の、絶対に徘徊行方不明者を出さない態勢で、右に曲がり左に入りと、ぐるぐる、ぐるぐる巡る。狭い路地をロバやラバや馬が曳く荷馬車、リヤカー曳き、通行人が通るので大混雑、擦れ違うのもままならない。カモミールなどの香草類、デーツなどの乾燥果実、オリーブの塩漬け、野菜(アーティチョーク、インゲン、ジャガイモ、タマネギ、トマト、ネギなど)、果物(イチゴ、オレンジなど)、肉類(羊の脚、ラクダの頭など)、カタツムリなどを商うスークをP3110389通り、カラウイン・モスク(9世紀建立)、ムーレイ・イドリス2世の墓があるザウィア・ムーレイ・イドリス廟(15世紀建立、18世紀再建)の前を通り、最後はなめし皮染色職人街(タンネリ)にある皮革工房に連れ込まれる。工房の屋上に上って染色桶が並ぶ作業場を見下ろし、旧市街の屋根と、近くのアンダルース・モスクの緑色の屋根とミナレットを眺める。メンバーの女性の中には高価な革製品を購入した人も居る。12:40バスに戻ると、頭の中が混沌としたままフェズの買い物ツアーは終了、次の観光地メクネスへ向かう。(続く)

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ミンズ・ザラー・フェズ(MENZEH ZALAGH FEZ)

2017年3月10日(金) 15:00シャウエンを後に一路フェズへ。リフ山脈の峠を越え、16:30-16:45モーテルのレストランでトイレ休憩。トイレだけ使わせてはくれないとの事なので、売店で1.5リットルのMWとアイスバーを買う。その先は見渡す限りの麦畑がどこまでも広がり、北海道よP3110262りも広濶な穀倉地帯が続く。ミカン園が連続するところでは、取れ立てミカンが道端の露店に山積みされて売られている。日が暮れてモロッコの空に満月が上ると、前方にフェズの街の灯りが見えてくる。19:10今宵の宿ミンズ・ザラー・フェズ到着、6階建ての大型ホテルの319号室(4階)に入る。少しゆったりめの部屋に、シングルベッド2台、書き物机と椅子、テーブルと椅子2脚、TV(Sumsung)、冷蔵庫(空)がある。浴室には浴槽があり、ドライヤー、石鹸、シャンプー、ティッシュボックスが備えてある。アメニティはまずまず、モロッコの四つ星ホテル(SPクラス)はこんなものであろう。P311025219:45-20:30ホテルのレストランで夕食。スープ、牛肉煮込み、ケーキを食べる。料理は香辛料がきつい割りに減塩食のように薄味、どれも不味。モロッコ産ビールCASABLANCAを飲む。風味はまずまずだが、330ミリリットルの小瓶が70DH(840円)は、いくら何でも高すぎる。部屋に戻って直ぐに浴槽に湯張り。我々の他に団体客はない様で、湯はたっぷり出る、ふんだんに使える。湯船につかり脚を伸ばす。風呂から上がると21時半、MWを沸かしてカップラーメンを食べ、味噌汁を飲む。これが一番うまい。TVは7チャンネルあり、1CHがBBC、6CHはALJAZIRA。MWで歯磨きして22時半頃ベッドに入る。(続く) 

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青の街「シャウエン」

2017年3月10日(金) 10:40ティトゥアンを後にし、シャウエンへ引き返す。1月のバルカン半島6か国周遊のときと同じP3100175く、今回も観光に費やす時間は短く、移動の為にバスに乗っている時間が長い。シャウエンに戻り、メディナ(旧市街)のメインゲート・アイン門(Bab el Ain)をくぐり、レストランBeldi Bab SSourへ行き昼食(12:30-14:00)。前菜、牛肉のケバブ、フルーツ(バナナ、リンゴ、オレンジ)を食べる。アルコール類の提供はなし。食後、アミンさんの案内で旧市街をぐるぐる、白壁の上にアクセントカラーのブルーを塗り重ねた低層の家並みが両側から迫る、狭い石畳の路地を上ったり下ったり。猫が多い。家の入り口石段に腰かけている子供の姿も多P3100210_2い。うっかりカメラを向けるとチップをせがまれる。どこをどう歩いたのやらさっぱり見当がつかないが、写した写真から、住宅街、衣料品街、樹齢二百年と云うオリーブの巨木、Casa Sabila、ハマム(Hammam El-Masiouhi、1927年建造)、食品街(パン、野菜)等を経由して、旧市街の中心ウタ・エル・ハマン広場に出たことが分かる。広場にはグラン・モスク(Rif Al Andalus Mosque、アンダルシアから逃れてきたイスラム教徒が、1540~1560年にかけて建立)が建ち、アラウィー朝のムーレイ・イスマイルによって建造された17世紀のカスバ(城塞)が隣接する。旧市街から出てバスに戻り、今P3100238宵の宿があるフェズへ向かう。5分ほど走った展望所で写真ストップ、これがシャウエンの街の見納め、もう二度とやって来ることはないであろう。シャウエンとはアラビア語で「山羊の角」の意味、その由来となったティスーカ山(標高2050m)とメッグ山(標高1616m)の2つの峰が背後に聳え、山麓斜面にへばりつくように青い街シャウエン(標高564m)が広がる。我々が昨日宿泊したホテル・シャウエン・アトラスが山の中腹に、建物群の最上部に見える。道理で下界の眺めが良かった訳である。(続く)

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世界遺産「ティトゥアンのメディナ」

2017年3月10日(金) 4時に目が覚めて、確かめると熱い湯が出る。早速シャワーを浴び、髪と体を洗ってさっぱりする。もうひと寝とベッドに横たわると、下の街から礼拝を呼びかけP3100115るアザーンの声が流れてくる。たまらず5時半に起きだし日本から持参の行動食で腹ごしらえ、昨日の夕食はケーキ以外食べるものがなかったので腹ペコ。6:30夜明け、部屋のベランダへ出ると、眼下に「青い街」の異名をとるシャウエン市街地が一望できる。7時ドアの外へSCを出してから食堂へ行く。朝食に並ぶ皿は簡素、生野菜、カットフルーツ、ジュースを敬遠するとパンしか食べるものがない。結局、菓子パン1個とコーヒーで済ます。8:00出発、ティトゥアンへ。今日も朝から日差しが強い。民家の軒先に下がる洗濯物がよく乾きそう。この辺りはリフ山脈の北麓に位置し「わが谷は緑なりP3100129き」のような風景が連続する。山麓一帯はオリーブの大産地、モロッコ全体の35%を産出し、山向こうではハッシシが生産されているとか。また、モロッコは農業国で、野菜、果物なんでも採れる。アーモンド、イチジク、センダンの木がある。ダム湖にさしかかると、山の斜面は一面の松林、案外モロッコ産マツタケ(オウシュウマツタケ:Tricholoma caligatum)はこんな所に生えているのかも、土産物屋など行かなくてよいから松林や山の中でフリータイムを取って欲しいのだが・・。9:20-9:35ガソリンスタンドAFRIQUIAでトイレ休憩。10:00ティトゥアン到着、キリスト教の教会と郵便局がある新市街の中心、ムーレイ・メフP3100133ディ広場でバスを降りる。広場から歩行者天国のムハンマド5世通りを東へ歩き、白壁に緑色のブラインドや窓枠を持つ建物を眺めながら旧市街(メディナ)の中心、ハッサン2世広場に出て、王宮を眺める。近年は国王が夏休みを過ごす町として人気が高まり、街も整備されて奇麗になっている由、新市街はスペイン情緒に溢れている。王宮近くのホテル・モロッコ(HOTEL MOROC)のところからいよいよスーク(市場)に入る。アミンさんに引率されながら、低層の白壁の家がトンネルのように重なる狭い路地を行き、食糧品(果物、野菜、P3100138_2肉、乾物、香辛料、パン等)、陶器、皮製品、染め物、木工品、金属製品などの店舗が軒を連ねる迷路状スークをぐるぐる、肩掛けバッグをしっかり前に抱え、迷わないようついて行くので精一杯、ゆっくり品物を眺めたりする余裕はない。どこをどう歩いたものやら、さっぱり分からないままに旧市街を抜け出して見学は終了、10:40バスに戻る。ティトゥアンは、1492年のグラナダ陥落でイベリア半島から逃れてきたイスラム教徒とユダヤ教徒によって築かれた町であり、抜けるような青空とアンダルシア風の白い街並みが売り、その一端には触れたものの、僅か40分の見学ではどうしようもなく、力なくシャウエンへ引き返す。(続く)

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ホテル・アトラス・シャウエン(ATLAS CHEFCHAOUEN)

P31000902017年3月9日(木) 15:55ムハンマド5世廟を後にし、一路シャウエンへ向かう。電柱、塔屋、煙突、屋根などの高処に、数多くのコウノトリ(シュバシコウ:White stork)が営巣しているのが見られる。最初は珍しいのかと思ったが、モロッコではどこにでもいる普通の鳥、日本で見るアオサギよりありふれている。ガイドのアミンさん、車中では観光案内よりもアルガンオイルとサボテンオイルの効用説明に熱が入る。いずれその手の店に連れ込まれそう。18:30-18:45ウェザーン(Ouezzane)の手前のガソリンスタンドでトイレ休憩、トルコ式で有料(1DH)。ちょうど日没を迎え暗くなる。この辺りはオリーブのP3100073一大産地とのこと。20:30今宵の宿アトラス・シャウエン到着、レストランに直行し夕食、スープ、牛肉料理、ケーキを食べる。料理は不味。モロッコ産ビールのSpecial Flagに初見参、味はまずまずだが250ミリリットルの小瓶が30DH(360円)と、価格は日本のホテル並み。飲酒禁止のイスラム国故にアルコール類は高いのかもしれない。22:00 108号室に入る。部屋はコンパクト且つシンプル。大理石の床にシングルベッド2つ、低いテーブルと椅子、エアコン、TV、電話があるだけ。浴室はタイル張りで、トイレがあり、シャワー室にタオルと固形石鹸、袋入りシャンプーP3100087が置いてある。書き物机や冷蔵庫、電気ポット、ドライヤー、セーフティーボックス、ティッシュボックスはなし。この地域では最高級ホテル(STクラス)との触れ込みだが、これでは先が思いやられる。山の中腹、高台斜面に立地していて、シャウエンの夜景を独り占めできる点がせめてもの慰め。今日は団体が4組も泊まっているため、湯タンクはすっからかんと見え、シャワーから出るのは生ぬるい水ばかり。やれやれ、風呂は明朝まで我慢することにして、デジカメ電池の充電を仕掛け、MWで歯磨きしてからベッドにもぐりこむ。(続く)

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世界遺産「ラバト:近代都市と歴史的都市が共存する首都」

2017年3月9日(木) 11:35カサブランカ空港着。荷物を受け取ってから両替所で現地P3100035通貨に両替しようと思ったら、少額はお断りとのこと、日本円なら4万円以上じゃないとと門前払い。何たる国ぞ、一体どうなっているのか、客のおもてなしが全くなってないと憤ってみてもどうにもならず。税関を出たところに3か所ある両替所の1か所だけが少額両替に応じてくれ、1万円をようやく現地通貨853ディルハム(DH)に両替する(1DH = 11.7円)。外は日差しが強く暑い。現地の最高最低気温は25~10℃というので厚手の服を多く持ってきてしまったが失敗、半そでシャツと短パンでも良いほど。緯度は九州と同じくらいだが、ヤシの木が林立し南国ムードが漂う。13:45迎えのバスに乗りP3100042込む。現地ガイドはアミンさん、運転手はアブデュラさん、助手(SCの積み下ろし他)がハッサンさん。早速ハッサンさんが500ミリリットル容ミネラルウォーター(1日1本支給)を配ってくれる。各人が2席を占め楽々、高速道路(ラバト・カサブランカハイウェイ)を走り首都のラバトへ向かう。左側に大西洋が見えてくる。右手には広大な緑の牧草地が広がり、羊やロバがのんびり草を食む。ウチワサボテン、リュウゼツランなどの多肉植物、ミモザ、ディエゴ?、ブーゲンビリアなどの花木、アトラス松、ブラジル松、ユーカリなどの樹木が認められる。また湿地にはシラサギが群れ、野には橙色の花が乱れP3100037_2咲く。砂漠のイメージとは程遠い。ベッドタウンと思われる四角四面なアパート群が現れるとラバトは近い。15:25ラバト市街南東部にあるムハンマド5世廟の前でバスを降りる。ムハンマド5世(1909-1961)はフランスからモロッコの独立を勝ち取った国民的英雄、1961年に没後、霊廟は1973年に完成した。霊廟の入り口を、真紅(モロッコカラー)の衣装をまとった騎馬兵が2人護っているが、今日は日差しが強く暑いので、人も馬も辛そう。霊廟は入場無料、外国人も自由に入ることができ、写真撮影もできる。モロッコの伝統的建築技術を用い、内外とも全面的に彫刻が施された華麗な建物であるが、特に内部の天井や壁は黄金細工や幾何学紋様の色タイルできらびやかに荘厳されている。中央の大きな石棺がムハンマド5世のものP3100046で、奥の両側に安置されているのは、前国王ハッサン2世と、彼の弟ムーレイ・アブドウラー王子の石棺とのこと。霊廟の北側広場の端に、未完のミナレット、ハサン塔が建つ。1195年にムワッヒド朝のヤークブ・マンスールが、この地で世界最大級のモスク建設に着手したが、4年後の彼の死によって完成を見なかった。計画では88mの高さになるはずだったが、現在の高さは44m、それでもセビリアのヒラルダの塔、マラケシュのクトゥビアの塔と並んで世界最大級の高さを誇り、ムーア様式の代表的建築物。はるばると30時間もかけてやってきたのに、初っ端の見学時間は僅か30分、15:55バスに戻り、今宵の宿があるシャウエンへ。(続く)

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憧れのモロッコ 7つの世界遺産感動物語10日間

2017年3月8日(水) 今日からクラブツーリズム社主催のモロッコ旅行に参加、15:05妻に南柏駅まで車で送ってもらう。我孫子と成田で乗り継いで、16:50成田国際空港第2ビル3階出発ロビー到着。おにぎり2個とイヨカンを食べ、吉川英治作「新・平家物語」をP3090008読みながら受付時間を待つ。受付と荷物預けを済ませ、手荷物検査、出国審査を終えて、20:50ドバイ行きエミレーツ航空EK319便に搭乗、通路側40G席に座る。機種はB777-300。幸い隣が空席だからよいものの、エコノミー席は非常に狭い。21:35離陸、まずはドバイまで9000㎞・12時間の空の旅始まる。22:15一回目の食事、チキンタジンを味見。暇つぶしに映画「君の名は」を観る。仮眠の後、さらに映画「Arrival」(邦題「メッセージ」、2017年5月公開予定)を観る。英語放送で字幕がアラビア語とあってさっぱり分からない。
3月9日(木) 7:15二回目の食事(朝食)、オレンジジュースP3090015のみもらう。8:52(現地3:52)ドバイ空港無事着陸、外気温22℃。参加者は22名(内訳は夫婦4組、母娘2組、女性の友人1組、一人参加が女性6名と男性2名)、女性添乗員のIさんに引率され、Bターミナルから搭乗口のあるCタ-ミナルへ移動する。搭乗時間まで間があるのと、帰りは乗り継ぎに余裕がないとのことで、免税店でナツメヤシと乾しアンズを購入、またミネラルウォーター(MW)も購入し、トイレで歯磨きしてさっぱりする。モロッコでは歯磨きにもMWを使った方が良く、サラダ、生ジュースはなるべく控えた方が良いとのこと、衛生状態はインドやネパール、ミャンマー並みと云う事か、気をP3090016付けねば・・。12:10カサブランカ行きEK751便に搭乗、通路側30C席に座る。機種は同じくB777-300、ほぼ満席だが隣は空席、今日は付いてる。13:00離陸、モロッコ時間(-9時間→4:00)に腕時計を合わせる。カサブランカまで尚6000㎞・7時間半、モロッコは遠い。水平飛行に入ると朝食が出て、パンとヨーグルト、カットフルーツを食べコーヒーを飲む。「新・平家物語」を読み進め、映画「シンゴジラ」を観たりするが、なかなか。8:00昼食、食事はパスしAmstel Lightを飲む。入国カードに記入。11:35(日本時間20:35)やっとカサブランカ空港に到着、家を出てから約30時間が経つ。(続く)

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桃若姫

2017年3月8日(水) 若い桃の実、グリーンピーチをまるごとひとつ使用した果実菓子・桃若姫は、宗家源吉兆庵の和菓子P3080002です。例年ならバレンタインデーのプレゼントに、ラミーやバッカスなど、質より量重視のチョコレートをチョイスする家人が、今年は珍しく、モロゾフの缶入りプレミアムチョコレートセレクションを買ってきてくれたので、ホワイトデーのお返しに、私も大奮発して楽天市場店から取り寄せました。家人のつぶやき、「こんな高価なお菓子もらうより、現金の方がよかったのに・・」。
やれやれ、私は今日から暫く一人旅に出ます。

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白山ワイン

P30100032017年3月6日(月) 白山ワインの赤と白、福井市へ転勤した娘の婿殿より届きました。暫くの間、苦労の多い単身赴任というのに、早速有難いことです。製造元は白山やまぶどうワイン株式会社(福井県大野市落合2-24)、ホームページを見ると、自らヤマブドウの栽培圃場を所有し、山梨大学と協同で日本のやまぶどうとヨーロッパのぶどう品種を掛け合わせて交配種を作出、それを用いて自家製ワインを醸造しているようです。赤ワインの原料ぶどうはヤマ・ソーヴィニオン、日本のやまぶどうとカベルネ・ソーヴィニョンの交配品種です。また白ワインの原料はヤマ・ブラン、やまぶどうとピノ・ノワールとの交配品種です。一体どんな味がすることやら、楽しみです。福井へ行く機会があれば是非このワイナリーを訪ねてみるつもり、永平寺も再訪したいし、深田百名山の荒島岳(1524m)も登ってみたいしと、やりたい事が次々と思い浮かびます。

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ギョウジャニンニク

2017年3月4日(土) 敷地の北側、建物の壁際でプランター栽培しているギョウジャニンニクがやっと本格化、今年は13本の芽が立ちました。1株が2株に増えているものは分結したと思われ、植えた覚えがないところから出芽したものは種がこぼれたものか、或いは不定芽と思われます。苦節6年、どうやら苦労が報われた様です。とりあえず1株から1枚の葉を収穫し、今晩おひたしにして春を味わいます。
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定点観察・船橋県民の森(船橋市)

2017年3月2日(木) 夜のうちに雨が降ったので久しぶりにきのこ観察へ出る気になる。一旦止んでいた雨が、第1駐車場に着いたときは本降りとなり、傘をさしながらの探索。サガリハリタケとセンボンクヌギタケは盛りを過ぎていたが、純白のツヤウチワタケ(アルビノ?)と、チャウロコタケ、ニクウスバタケ、ヒラタケ、フユノスギカワタケ、それぞれの元気な幼菌を見つける。(写真は、左がセンボンクヌギタケ、右がヒラタケ)
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仙台キノコ同好会 会誌第41号

2017年3月1日(水) 昨年入会したばかりの仙台キノコ同好会から、今日立派な会報が届きました。同封してあった名簿を拝見すると、2017年2月15日現Sendai41_img050在の会員数が185名、殆どが仙台市はじめ宮城県在住の方ですが、県外会員も小生含め9名居ます。うち男性会員が125名、女性会員は60名、地方のきのこ同好会としては有数の規模と思われます。記事の中で一番の関心事は、東北大学大学院理学研究科の木野康志さんの報告「2016年の自生キノコ中放射能濃度の動向について」(38~51頁)。福一原発事故から6年目のデータですが、宮城県内(採集場所は仙台近郊、宮城県中・北部山間部、宮城県南部山間部の3地域)では、依然として多くの場所で食品の基準値(100Bq/kg)を超える天然きのこが見つかるようです。まあ、可食きのこといえども食べない方が無難でしょう。特に県南部産は。去年の秋、これらのデータを知らずに、七ヶ宿町の傾城森で採ったアミタケをどっさり食べてしまいましたが・・。今年も何度か仙台に帰省しますが、タイミングが合えば観察会に参加するつもりです。

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