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世界遺産「ヴォルビリスの考古遺跡」

2017年3月11日(土) ヴォルビリスは、広さ40万平方キロメートルに及ぶモロッコ最大のローマ遺跡。紀元前40年頃P3120463に古代ローマ帝国の属領となり、帝国の勢力範囲の西限に位置する重要都市として、最盛期には人口2万人を擁する大都市となり、3世紀末まで栄えた。1755年のリスボン大地震で壊滅的被害を受け、さらに前後する時期にメクネスの建築資材として大理石の一部が持ち去られたが、1915年にフランスの調査団による発掘が始まり、現在まで凱旋門や神殿、礼拝堂などが修復された。1997年に世界文化遺産に登録されている。
メクネスから北へ走ること15㎞・30分、16:05ヴォルビリス遺跡到着、下の大駐車場でバスを降りる。現地ガイドのアミP3120473ンさんに連れられて入口から入場し、下から上へ時計回りに主な見どころを辿って行く。遺跡には様々な野草が小さな花をつけており、その写真も撮りたいし、アミンさんの説明も聞きたいしで非常に忙しい。オルフェウスの家(客間に描かれたオルフェウスのモザイク画の状態が良い)、オリーブ圧搾&製油所(オリーブを挽く石臼が復元されている)、ガリエヌス帝の浴場(中温浴室、高温浴室、冷浴室、蒸気浴室に区画されており、床下は空洞)、キャピトル(ゼウスを祭る神殿で柱は復元されたもの)、バシリカ礼拝堂(裁判や公的な会議、集会や時には市場として使われた当遺跡最大のモニュメント)、デザルP3120481ターの家(デザルターは、ギリシア語で馬から馬へ飛び移りながら2頭以上の馬を一緒に走らせる技術を持つ男のこと、古代ローマのサーカスの人気種目で、床に人馬のモザイク画が残っている)、カラカラ帝の凱旋門(当遺跡を代表するモニュメント。紀元212年に属州民税を廃止するアントニヌス勅令を発布したカラカラ帝への感謝の誠を表すために、紀元277年に建造されたもの)、ギリシア青年の家(ここから美しい青年のブロンズ像が出土したため、この名前がつけられた。ダイニングルームに、バッカス・モチーフのモザイク画が鮮やかに残っている)、騎士の家(ダイニングルームP3120489_2にバッカスと恋人アリアドネを描いたモザイク画がある。ナクソス島の海岸でアリアドネが眠っているのをバッカスが見つけたギリシア神話の一幕)、ヘラクレス功業の家(ヘラクレスはギリシア神話上、12の功業を果たすことになるが、その苦行の様子をそれぞれ描写したモザイク)、ディオニュソスと四季の家(ローマ神話のディオニュソスはギリシア神話のバッカスのこと、ディオニュソスの周りにニンフ、秋の場面にブドウと葉)の順で回り、左手はるかにタンジェ門を眺めながら引き返す。最後に、入り口近くにある資料館のお手洗いを借用、閉館間際であったP3120505_2が中を早回りして、モザイク画、出土品の家形厨子付き小像各種、壺などを観覧する。17:35ヴォルビリス遺跡を後にしフェズへ帰る。19:15ミンズ・ザラー・フェズ到着。19:30-20:00ホテルのレストランで夕食。スープ、野菜煮込み、ケーキとオレンジの3皿出るも殆ど手を付けず、部屋に戻って昼に食堂でもらったリンゴや持参の干しイモをかじる。MWを沸かして日本茶とコーヒーも飲む。今晩は羽田発のクラツー組と同宿なので、お湯が出なくなってはと、早めに浴槽に湯張りする。(続く)

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