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マルタ島/世界遺産「ヴァレッタ旧市街」

2017年5月15日(月) 12:15 EK109便マルタ行きに搭乗、通路側の43H/J席に座る。機種はB777-300型、3-4-3席並び。少し空席があり、7~8割の搭乗率。12:35(マルタ11:35)離陸、40分後に早速食事が提P5150613供され、ハムとチーズと果物を食べる。軽めどころかたっぷり。約2時間半の飛行で、14:05マルタ国際空港に着陸、外気温25℃。キプロスに比べると外は涼しく快適な気候、雲が多く陽の光が優しい。15:05迎えのバスに乗り込む。冷えたミネラルウォーターの500mlペットボトルを1本づつもらう。運転手はセルビアさん、現地ガイドは日本人女性のあき子さん。首都ヴァレッタ観光へ直行。『マルタの面積は316平方キロメートル、淡路島の3分の2、名古屋市の面積と同じ位、人口は42万人だが人口密度は高くヨーロッパで3番目。水道水は逆浸透膜で海水を淡水化したもの。聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団)は、聖地エルサレムへのキリスト教徒P5150641_2巡礼者の救護を目的として1113年エルサレムで創設、その後オスマン帝国に追われてキプロス島、ロードス島に本拠地を移転し、更にロードス島からも追われて放浪を余儀なくされたが、1530年神聖ローマ皇帝カール5世によりマルタ島が与えられた。云々』、直ぐにあき子さんのマルタ・ガイダンスが始まる。ここマルタもキョウチクトウの花盛り、市内は公園と樹木が多い。15:20-17:30ヴァレッタ旧市街観光、V字型に開いたシティ・ゲートから歩行者天国のリパブリック通りに入ると、国会議事堂、旧オペラ座(現野外劇場)、国立考古学博物館、聖ヨハネ大聖堂などが建ち並ぶ。先ずはマルタ騎士団の守護聖人ヨハネに捧げられP5150651た聖ヨハネ大聖堂(1573~1577年建立)に入場、二つの鐘楼を頂く大聖堂は中央にバルコニーがあり、新任騎士団長はそこから騎士たちに最初の挨拶を送ったと云う。入場料は大人10€、観光客が団体入口に行列を作り、内部は大混雑で身動きもままならない。それでも、ラピスラズリと色大理石・金銀で装飾された中央祭壇、騎士たちの出身地・言語別に設けられた8つの礼拝堂(プロヴァンス、オーベルニュ、フランス、イタリア、アラゴン、イングランド、ドイツ、ポルトガルとカスティーリャ)、聖ヨハネの生涯18場面を描いた見事な天井画、床一面に敷き詰められ色大理石で美しい紋様が描かれたその数400とも言われる有力家系出身の騎士の墓碑P5150684などを見学する。騎士団員はヨーロッパ各国の富裕階級の次男以下の子弟で構成されていたらしく、有力家系からの寄進や経済的援助、或いは相続による領地からの収入が注ぎ込まれた大聖堂内部の装飾は豪華絢爛、外観からは想像も出来ない。大聖堂に隣接する付属美術館も見学する。残念ながら内部の写真撮影は禁止、中央祭壇と思しき処にカラヴァッジョの傑作「聖ヨハネの斬首」が飾られ、周りの壁に同じくカラヴァッジョ作の「聖ヒエロニムス」、歴代騎士団長から寄贈された様々なタペストリー等が展示されている。大聖堂を出てマーチャント通りを歩き騎士団長の宮殿と武器庫見学へ。騎士団長の宮殿は1547年完成、現在は大統領府と議会が置かれており見学は一部(4室)のみ、今回はネプチューンの中庭に入り、2頭の獅子が守る議会(旧兵器庫)への入り口を確かめただけで宮殿見学はなし、武器庫へ直行する。武器庫にはヨーロッパ中から集められた甲冑、槍、剣、斧、弓、銃、大砲、18世紀の騎士団長の馬車などが所狭しと並べられている。とりわけ目を引くのが、ガラスケースに展示されているイタリア・ミラノ製の金P5150719メッキの甲冑で、1601~1622年に騎士団長を務めたアロフ・ドゥ・ワイグナーコート(Grand Master Alof de Wignacourt)が着用したもの、重さは110ポンド(50㎏)もあると云う。閉館間際の17時ぎりぎりに退館、パレス広場へ出て、再びマーチャント通りを歩く。外務省、旧イタリア騎士団員宿舎などを眺めて西下、殆どの建物が蜂蜜色の石灰岩(マルタ・ストーンと呼ばれる)で出来ているため、街並みは全体にくすんで見える。カスティーユ広場の隅に建つマルタ共和国初代首相Pawlu Boffa(1890-1962)の像や重厚なオーベルジュ・ドゥ・カスティーユ(旧スペイン・ポルトガル出身の騎士P5150724団員宿舎、現首相官邸)を横目にアッパー・バラッカ・ガーデンへ。アッパー・バラッカ・ガーデンはイタリアの見晴台とも呼ばれ、19世紀まではイタリア人騎士団員の遊びと休息の場だった所、堡塁の上に海に突き出る様な地形のため、天然の良港グランド・ハーバーと対岸のスリー・シティーズの街並を一望できる。公園には1661年当時の柱廊が今も残り、その手前に建つ「さまよう3人の子供の彫像」が可愛らしい。17:30バスに戻り、今宵の宿があるセント・ジュリアン市へ向かう。(続く)

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