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自生山那谷寺(小松市)

2017年10月31日(火) 今日から3泊4日の北陸の旅、娘夫婦が住む福井市へ。6:15出発、外環三郷西ICから高速に乗り、関越道、上信越道、北陸道を走る。片山津ICで高速を出て、14:00ようやく那谷寺大駐車場到着、柏から555㎞。那谷寺は今年開創1300年、しかも御本尊の秘仏十一面千手観Pa310005音菩薩が三十三年に一度開帳される年、しかも、しかも今日が御開帳の最終日(4月9日~10月31日)とあってお参りに寄り道。拝観料600円プラス特別拝観料200円を納め、山門をくぐって境内に入る。頂いたパンフレットに、「那谷寺は白山信仰の寺で、養老元年(717)越の大徳泰澄神融禅師(たいちょうじんゆうぜんし)によって開創されました。禅師は夢に見られた十一面千手観音菩薩のお姿を自らお造りになり、洞窟内に安置し、岩屋の胎内をくぐって、人としての罪を白く清める霊場としました。そして、この地にお堂を建立され、自生山岩屋寺と名づけられました。その後、寛Pa310010和二年(986)に西国三十三番札所を開かれた花山法皇がこの地においでになった時、洞窟内の観音様を拝せられ、西国三十三か所第一番紀伊の那智山と、第三十三番美濃の谷汲山の各一字を取って那谷寺と改め、七堂伽藍を御造営なされました。往時は寺院二百五十ヶ坊に及ぶ隆盛を極めましたが、延元三年(1338)南北朝の争い、弘治元年(1555)朝倉景隆により坊舎が焼き尽くされました。しかし寛永年間(1640)加賀藩主前田利常公がその荒廃を嘆き、後水尾天皇の勅命を仰ぎ、岩窟内本殿、拝殿、唐門、三重塔、護摩堂、鐘楼、書院等を再建、境内の一大庭園を復興Pa310014され今日のご祈願所とされました。こうして那谷寺は森の中の自然の曼陀羅の寺院として、今も大切に守られております」と由来が記されている。先ず金堂華王殿(平成二年建立)に入り、金堂本尊の大きな十一面千手観音立像にお参りする。次いで、特別拝観領域へ進み、庫裡書院(寛永十四年(1637)改築、国指定重要文化財)に上がって利常公御成の間などを見学、更に、三尊石琉美園に出て阿弥陀三尊のような自然大岩壁や苔に覆われた庭園、茶室、石像などを眺める。地下道をくぐって普門閣の前へ出て、老杉が林立する苔むした参道を本殿へと歩いていくと、Pa310059左手の池の向こうに国名勝指定園の「奇岩遊仙境」が現れる。観音浄土補陀落山を思わせる奇岩の山は太古の噴火跡と伝えられており、山内に自生稲荷大明神が祀られているが立ち入り禁止。本殿を構成する大悲閣拝殿・唐門・本殿は国の重文、拝殿は岩窟中腹に懸崖舞台造りで建てられ、唐門は岩窟入り口、本殿は岩窟内にある。岩窟内の厨子に安置される那谷寺のご本尊は十一面千手観音菩薩坐像、像高は30㎝位か、意外と小さい。ご本尊から延びる紅白の観音綱に触れてご縁を結び、御真言「オン バザラ タラマ キリク」を唱えてから般若心経も唱える。それから本殿のPa310032胎内くぐりを行う。その後は境内巡り、三重塔(寛永十九年(1642)建立、国指定重文、胎蔵界大日如来像を安置)、楓月橋、鎮守堂(白山妙裡大権現を安置)、庚申塚(青面金剛像は伝・平安時代作)、芭蕉句碑(芭蕉は元禄二年(1689)八月五日那谷寺に参詣、句碑は「石山の石より白し秋の風」)、翁塚(おくのほそ道の当該一節を刻印)、若宮白山神社、護摩堂(国指定重文、不動明王像を安置)、鐘楼堂(寛永年間の建立、国指定重文)を回り、最後に宝物館&休憩所・売店の普門閣に入り、青木木米作の青磁如意や初代徳田八十吉作の壺、狩野芳崖作の「不動明王図」などを見学する。15:40駐車場に戻り、福井市へ向かう。

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