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世界遺産「都江堰(とこうえん)」

2018年7月12日(木) 六時起床、日本茶を飲み、スーツケース(SC)のパッキング。酸素缶も全部吸って使い切る。七時、ドアの外へSCを出してからレストランへ朝食に下りる。「パンを食べたい、コーヒーを飲みたい」と思っても今朝もお粥と茹で卵と豆乳。食後、四階までの階段登りが一苦労、まだまP7120579だ慣れない、まだまだ辛い。八時出発、3日間世話になった新四姑娘山荘を後にする。バスに乗り込んだものの、ホテル側の備品チェック(タオル、マグカップ、電気ポットなど)が完了するまで待機、まさか日本人がそったらもの持ち去ったりはしないよ。10分ほどでOK、8:20猫鼻梁展望台で写真ストップ。皮肉なことに今日がこれまでで一番の天気、主峰の四姑娘山が雲の切れ目から少しだけ顔を覗かせる。2日間に歩いた海子溝の尾根も全貌が見える。朝山坪に建つチョルテンはためく仏塔も。帰りは旧道の巴朗山峠越えはせず、新道の巴P7120582朗山隧道(標高3868m・約10㎞)を抜けていく。抜けるとその先はぐんぐん下り、但し対向車が1台も上がってこないのでこの先の道路状況が心配になる。三日間の高地生活の疲れがどっと出てうとうと。9:55「55公理酒店」というドライブインでトイレ休憩、汚らしいトイレが有料(1元)というのでパス、傍らの畑にはキャベツ、インゲン、トウモロコシが植えてあり、養蜂箱も置いてある。海抜は2300m、呼吸が楽。その先直ぐの所で、この一両日降った大雨のために崖崩れが発生しておりストップ、重機が出て全力で復旧工事中、間もなく通行止めは解除される。漸く都江堰市内に入り、花溪魚港大酒店というホテルに着いて昼P7120596食(11:45-12:40)。場末なのか付近はシャッターが下りている店ばかり、大型ホテルなのに我々以外に食堂に客はなく閑散としている。春雨料理、トマト煮込み、ピーマンとベーコン炒め、香菜(パクチー)とベーコン炒め、チンゲン菜の炒め物、スープ、チマキと色々出てくるが全て不味、食べるものがない。昼食後、都江堰へ向かう。「青城山と都江堰の水利施設」という名称で2000年に世界文化遺産に登録されており、2004年の九塞溝・黄龍観光の旅行日程にも入っていたが、その時は四時起きして松藩の宿を出発したものの、汶川と映秀間の国P7120614道が崖崩れで不通となり、北川へ通じる間道を抜けて成都へ帰ったため、見学出来ず仕舞い、14年ぶりに見学が実現する。車窓から見る都江堰市内は至る所で工事中、道路は拡幅中、古い建物は取り壊され高層建築へ建て替え中、クレーンが林立している。中国における再開発やインフラ整備は、大都市が一段落し、今は都江堰市(人口60万人)のような中小都市に移行している模様。13:15都江堰到着、秦堰楼という河岸の斜面に建つ楼閣の道路に面する三階(秦堰楼出入口)から入場し、二階の回廊に下りて施設全体を俯瞰する。紀元前3世紀(BC256-251)の秦の時代、蜀郡郡守李冰(りひょう)がP7120604原型となる堰を築造したと伝わるが、岷江(みんこう)の中央に石を詰めた竹かごを積んで分水堤防を築き、河の流れを外江(向こう側)と内江(手前)に二分し、内江の流れを運河や用水路を整備した成都平原に導いている。完成までに数百年を要した大工事で、平原に流れ込む水は成都を「天府の国」と呼ばれる豊かな大地、大穀倉地帯へと変え、2300年を経た今も立派に水利施設としての役割を果たしている。やはり中国文明はすごい。楼内の階段と石段を下って河岸に下り、吊り橋を渡って分水堤防へ。吊り橋は良く揺れる。中国人観光客が圧倒的に多いが西洋人の姿もちらP7120607ほら。分水堤防にはカフェや露店が並び、ヤシの実ジュース売りや冷やしきゅうり売りの呼び声が姦しい。魚嘴(ぎょし)と呼ばれる分水堤防の先端を眺める。それにしても此処は物凄く蒸し暑い。北大門出入口から退出し、14時半バスに戻る。バスの中はエアコンが効き快適、一路成都へ向かう。成都市は人口1400万人の大都会、6車線道路が渋滞している。16:00天然ゴム(ラテックス)の寝具店に連れ込まれ、日本人オーナー女性(元旅行会社の添乗員?)の商品説明を聞く。現在、九塞溝が災害復旧工事の為閉鎖されており、日本人観光客が激減し経営が苦しいとか。17:25やっと解放されて外へ出ると雨。(続く)

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