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サマルカンド観光(2) レギスタン広場他

2018年8月22日(水) 14:10昼食を終えてバスに戻り、午後の最初の見学先はウルグベク天文台跡(14:30-15:00)。チュパン・アタという丘の上にあり、1908年にロシア人の考古学者ヴィヤトキンによって土に埋もれた遺P8220148構が発掘され、その存在が明らかになった。丘上の広場に、巻物を持った大きなウルクベクの座像が建ち、その前で新婚の花婿・花嫁と親族が写真撮影をしている。天文台跡は丸い基礎部分と六分儀の地下部分だけが残っており、六分儀の地下部分は筒状の建物で覆われ保護されている。入口から入って見学すると巨大な設備である。六分儀の弧長だけでも63m、天文台の建物の高さは11mの地下部分を合わせると40mの高さがあったと推定されており、現在の天文台に勝るとも劣らぬ巨大な観測施設が造られていたらしい。そこでP8220152の観測をもとに、ウルグベクは恒星時1年間を365日6時間10分8秒と推測したが、今日の精密機械で測られたそれは365日6時間9分9.6秒で、誤差は1分にも満たない。多分、ペルシャなどから招聘された著名な学者達が観測や計算に従事したのであろうが、望遠鏡もない時代に、あのガリレオの100年も前に、どうやって正確な数値を割り出したのか、天文学や星に全く疎い身には不思議と思う外はない。ティムールの孫ウルグベク(1394-1449)は為政者と云うよりは学者、偉大な天文学者&数学者であったようだ。天文台跡の向かい側に建つ博物館にも入場する。内部は2区画に分かれており、一方にティムール帝国の歴史とウルグベクの功績に関する資料が、他P8220165方に天文台の復元図など関係資料が展示されている。次はコニギルメロス紙漉き工房(15:10-15:50)、サマルカンド郊外にある広い敷地内には動力用水車(木の皮の繊維を搗いて砕く工程に利用)を回すために2本の水路が引き込まれ、白い幹のポプラの葉が風に揺れて涼やか。751年タラスの戦いで捕虜となった唐兵のなかに居た紙漉き職人から製紙法が伝えられ、8~9世紀のサマルカンドは中近東一の大規模な紙の生産地となった。サマルカンドペーパーは桑の木の皮を原料にしていたことと、仕上がった紙が絹のような光沢を持つことからシルクペーパーと呼ばれ、その高い品質から王の紙(スルP8220167タン・ペーパー)とも呼ばれていたが、19世紀半ばまでに西洋紙に押され生産は廃れてしまった。コニギルメロス紙漉き工房はサマルカンドペーパー再興のために1998年に建てられたもの、昔ながらの製紙工程が見学できる。①乾燥させた桑の枝を釜茹で、②茹で上がった枝の皮剥ぎ、③表皮繊維を柔らかくなるまで臼で搗いて団子状態に、④団子を水に溶かして紙に漉く、⑤剥がして風乾、⑥仕上げは石や角で紙の表面を擦って毛羽を取り除きつるっつるに。それにしても、表皮剥きしている女性は2人ともとびっきりの美人、看板娘?。温かい緑茶と飴の接待もあり、緑陰のテラスに幾台も置かれたテーブルに座ってのんびりする。トイレが無料なのも有難い。15:50バスに戻り、サマルカンドの中心、レギスタン広場へ移動。途中、広大なトウモロコシ畑が広がる。街中にはキリル文字P8220186の看板は殆ど見かけない。どんどん撤去されているそうで、二年前に親ロシア派の独裁者、カリモフ大統領が死去して以来、ロシア離れが進んでいる。16:05レギスタン広場到着、3つのメドレセ(神学校)がコの字型に建ち、とにかく広い。中央は1660年建立のティラカリ・メドレセ、左は1420年建立のウルグベク・メドレセ、右は1636年完成のシェルドル・メドレセである。中央広場で各メドレセの由緒をドストンさんから聴く。ウルグベク・メドレセは学者でもあったウルグベクの建造、自ら教壇にも立ったといわれている。入り口アーチにP8220206は、青い星をモチーフにした紋様が描かれている。シェルドル・メドレセは「ライオンが描かれた」メドレセの意味、イスラムのタブーを破って、入口アーチに小鹿を追うライオン(虎?)が人面を帯びた日輪を背に描かれている。最初にティラカリ・メドレセに入場、中庭に入り左側の青のドームの礼拝所に入ると、内部は黄金をふんだんに使って豪華に荘厳されている。まさしくティラカリ(金箔されたの意味)の名にふさわしい。カリモフ大統領の葬儀もここで行われた由。次いでウルグベク・メドレセの中庭に入る。1階は全て土産物屋、その中の一軒、レギスタン・タイル工房に入り、店主にマヨルカ方式とモザイク方式のタイル装飾技術を教えてもらう。最後に、シェルドル・メドレセの中庭に入り、ウズベキスタン観光協P8220215会歓迎プログラム「サマルカンドの夕べ・第一部」を楽しむ。観客は日本人のみで100~120人位か、チャーター便に乗り合わせてきた団体ツアー客である。音楽とダンスのショーで、民族楽器(ドイラ、カルナイ、スルナイ、スィピズガ、チャング、ギジャック、ルポブなど)の演奏と、民族衣装をまとった男性や女性のダンサーによる各地方地方の特色ある踊りが次々と披露される。総じて旋回舞踏が多い。竹馬踊りもある。デジカメの電池が切れてしまい、予備を持ってこなかったのは大失敗。18:45バスに戻り夕食へ。ニューアルバットレストラン(New-arbat Reestaurant)で夕食(19:10-P822021720:25)。米が入った辛いスープ(マスタヴァ?)、ミンチ・シャシリク(牛、鶏、羊肉)、リンゴパイを食べお茶と水を飲む。20:30バスに戻り再びレギスタン広場へ。21:00-21:30、歓迎プログラムの続きの「第二部・青と光のショー」を楽しむ。広場正面のティラカリ・メドレセの壁面を利用し、プロジェクションマッピング手法で人類の歴史&ウズベキスタンの歴史を映し出す。我々日本人団体客のみ特別待遇で最前列椅子席、欧米の観光客を含む一般の人はずっと後ろの柵の外で立ち見、申し訳ない。ショー自体は華やかだが騒々しいだけで何てことはない。但し、ライトアップされたレギスタン広場の美しい景色を写真に撮り損ねたのは誠に残念。21:45ホテルに戻る。(続く)

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