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世界遺産「ヒヴァのイチャン・カラ」(2)

2018年8月26日(日) 15:50ロビーに集合し徒歩でイチャン・カラ観光の第二部へ。南門から入城し、最初はイスラム・ホジャ・メドレセとミナレット。ヒヴァ最後のハンの大臣、イスP8260697ラーム・ホジャによって1910年に建てられ、ヒヴァで最も新しい建造物である。メドレセの内部は博物館になっており、柱や扉などの木彫品、民族衣装、キリム(絨毯)、陶器、青銅器などが展示されている。そのあと若干フリータイム、10000スム(160円)支払えばミナレットに上れることが分かり、若い人に交じってチャレンジすることに。118段の螺旋状に取り付けられた階段は、段差大きく踏みしろ小さく、擦り減っていてツルツル滑る。狭くて急で暗くて危ない。特に、体の大きな外国人とすれ違うのは一苦労、今まで事故はなかったと云うが、転げ落ちれば下の人は皆巻き添えを食う。ようやP8260726_3く辿り着いた最上部のテラスは10人くらいが立つと一杯、肩を寄せ合いながら、鉄格子の嵌る窓から城壁に囲まれたイチャン・カラ、その外側のディシャン・カラ、さらには郊外に広がる砂漠地帯を見渡す。さすがはヒヴァ一の高さ(46m)、360度の好展望。塔から降りると膝はがくがく、腰が痛む。年寄りの冷や水、止めればよかったが後悔先に立たず。やれやれ、明日は恐らく筋肉痛に見舞われるであろう。次はジュマ・モスクへ。ジュマ・モスクは10世紀建立の中央アジアで最も有名なモスクのひとつ。多柱式建築が特徴で、修復工事を重ね、今の形になったのは18世P8260735紀末頃。3m間隔で213本の木の柱がある。柱の彫刻は1本1本違い、最も古い柱は古代ホレズムの都から運ばれたもの、他にも4本が10~11世紀、25本が17世紀までのもの、材質はクルミ?。高さ42mのミナレット(別料金)には登らず、一番古いとドストンさんが教えてくれた柱に触れてから退場、次は新しい宮殿タシュ・ハウリへ。イチャン・カラ内は500mX250mの長方形、どこへ行くにも近くてよい。タシュ・ハウリは「石の宮殿」と云う意味らしく、1838年の建造、ヒヴァの中では最も豪華な装飾タイルやインテリアで飾られている。来客時にユルタ(移動式住居)を建てるための丸い土台が中庭に設けられている謁見の間、163ものP8260764部屋があると云うハーレム、そこへ通じる秘密の通路、豪華絢爛な内装と調度品が並べられたハーン(王様)の寝室など、ドストンさんの案内で順に見学する。最後に、クトゥル・ムラド・イナック・メドレセの中庭に入るが、淡褐色の地味な建物のせいか、他に観光客の姿はなく閑散としている。その斜め向かいの、元はアクリ・ハン・キャラバン・サライ、現在はクラフトマン・ワークショップという建物に入りショッピング、同じような品物を並べた店がひしめいており、客より売り子の方が多く、閑古鳥が鳴いている。もはや買いたい物もない。18:30アジア・ヒP8260783ヴァの駐車場に戻り、そこからディシャン・カラの南西にあるハンの夏の宮殿、クブラ・トザ・ボグ宮殿へ行って夕食(18:45-20:00)。内部は壁や天井の装飾が見事な高級レストラン、ホレズム地方の伝統料理とのことで、マスタヴァ(米が入ったトマトベースのスープ)、シュヴィト・オシュ(香草を練りこんだ緑色の麺に具を載せたもの)、フルーツ(スイカ、メロン、リンゴ、桃)の3皿が出る。いずれも美味。ビールはキブライ(QIBRAY)の中瓶を飲む。20:10ホテルに戻る。今日はたくさん歩いたので疲れがひどい。明日は早くも帰国日、風呂に入ってからSCを詰め直さねば。(続く)

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