« サマルカンド観光(2) レギスタン広場他 | トップページ | ザルガロン・プラザ(ブハラ) »

世界遺産「シャフリサブス歴史地区」

2018年8月23日(木) 5時トイレに起き、まだ眠いけれどそのまま起きてしまう。鶏鳴を久しぶりに聞く。昨夜はぬるく、ちょろちょろしか出なかった湯が、今朝は熱く、しかも勢いよく出る。P82302196:40スーツケースをドアの外へ出し、地階レストランへ。6:45-7:15朝食。クッキー2枚、目玉焼き、焼きソーセージ、ナス炒め、スイカ、桃、梨を食べ、オレンジジュースとコーヒーを飲む。クッキーは旨い。食後に痛み止めを一服、帰国したら又整形外科へ通わねば。8:00出発、朝は本当に爽やかで蒸し暑い日本へは帰りたくなくなる。暫くうとうとしたが、ガタガタ道で目が覚める。窓外を見ると土漠の様な乾燥地帯、樹木は1本も生えておらず、黄色いボサのような低灌木が目立つ。オアシスに近づくと人家と樹木が現れる。山羊、鶏など家畜の姿やロバに乗って牛を追う少年の姿も。一応舗装道路だが中央分離線もないような凹凸道、振動と騒音が激しくメモもとれない。車内も埃っぽく喉がイガイガする。たまらず持参のマスクを装着。インフラ整備はまだまだ、ウズベキスタンの西半分は砂漠P8230228地帯で人口密度も低い。道沿いにホテルやレストランはなく、ガソリンスタンドすら見当たらない。これでは青空トイレもやむなし。河が現れ一気に緑が濃くなる。集落には学校らしき建物も。また、切妻屋根を持つ民家も点在。川の土手はコンクリートで固めてあるが、水が浸み込むのを防ぐためか。9:40町に入り、初めて信号ストップ。ガソリンスタンド(GS)のトイレを借りて休憩(9:45-10:00)、有料1000スム(16円)也。給油スタンドには長蛇の列、外の日差しは強烈、汗が出ないので余計暑い。GSの緑地にオシロイバナ、ダリア、バラ、ヒルガオが咲き、橙色のミニトマトが実っているが、植物はなべて元気がない。シャフリサブスまであと25㎞。今回のツアーメンバー18名の内訳は、男性5名、女性18名。男性は自分も含め5名すべてが一人参加で最長老P8230233は85歳。女性は一人参加が3名、母娘が2組、友人の2人組と4人組の構成。いつもだと辺境旅行は、棺桶に片足を突っ込んでいるような年寄りの寄せ集めでさっぱり意気が上がらないが、今回は珍しく若い女性が3人、若い男性が1人居る上に、毎日お召替えして現れるので華やかで活気がある。有難い。今日の観光には3か所でカメラ撮影料が必要とのことで、ドストンさんが一人1万スム(160円)づつ集金する。10:35シャフリサブス到着、シャフリサブスはティムールの生まれ故郷として有名で、また、「緑の街」と呼ばれるほど緑豊かなオアシス都市して知られている。午前中一杯徒P8230243歩観光となるので、生茶のペットボトルを持ち、日傘代わりに使う折り畳みの雨傘を持つ。先ずはアク・サライ宮殿跡へ。日差しは強烈、最低でもサングラスとつば広帽子は必要である。ティムールは帝国を築くと、シャフリサブスをサマルカンドに次ぐ第2の都市として多くのモスクやメドレセを建造したが、アク・サライ(白い宮殿の意味)は彼が残した最も壮大な建造物、但し現在は入口アーチの残骸だけが残る。現存のアーチの高さは38mだが、崩壊前は50m以上の高さがあったと云う。アーチを通り抜けて、次のドルッティロヴァット建築群へ向かP8230255う。アク・サライ宮殿跡は大公園に整備されており、中央に巨大なティムールの青銅製立像が建つ。4年前に民家を立ち退かせて造成したとのこと、公園の外縁に瀟洒な住宅が建ち並ぶ。途中、若いカップルから一緒に写真に入ってくれるよう頼まれる。南インドでも経験したことだが、ウズベキスタンでも日本人はもてもて、まあ悪い気はしない。イパク・イリューリ通りを南下すること10分、ドルッティロヴァット建築群は、「瞑想の家」と呼ばれるティムールゆかりの建造物、中庭に入るとウルグベグが建てた青いドームのコク・グンバス・モスクに向き合って二つの廟が並んでいる。右側のP8230265_2グンバズイ・サィーダン廟(1437年建立)はウルグベクが子孫のために建設したもの、左側のシャムスッデン・クラル廟(1374年建立)はティムールが建造したもので、彼の父とその指導者シャムスッデン・クラルが葬られている。コク・グンバス・モスクに入って天井ドームのアラベスク紋様を眺めた後、シャムスッデン・クラル廟にも入場。後者の内部は足場を組んで修復中で、3人の職人が奮闘中。三ヵ所目はドルッサオダット(大いなる力の座の意味)建築群、ドルッティロヴァット建築群から徒歩5分。22歳で夭折した長男のためにティムールが建てたジャハンギール廟などの建築群である。樹齢650年のプラタナスの巨樹が三本屹立するハズラティ・イマーム・モスクの中庭を抜けると日干しレンガ造りのP8230278ジャハンギール廟が見えてくる。廟内には入らず、脇のテラスを通り抜けて、ティムール廟跡の墓室へ直行。ティムールが自分のために用意したものであるが、彼はサマルカンドに葬られたため、使われないままに石棺だけが地下6mの墓室にひっそりと安置されている。12:30ようやくバスに戻る。車内は冷房が良く効いて極楽、極楽。ホテルDILMUROD BOBOに着いて昼食(12:40-13:45)、日本人団体ツアー客御用達の店らしく何かと行き届いている。前菜(トマト、キュウリ、牛肉の和え物)、お粥、牛肉とカボチャの煮物、丸ごとのトマトとキュウリ、フルーツ(桃、プラム、ブドウ、スイカ、メロン)が出たが、料理は日本人向けの優しい味付け、特にお粥にはほっとする。ストリチノエの中瓶を飲む。やや軽いが冷えていて美味い。女将は日P8230290本語ぺらぺら、普段は教師で、夏休み期間中だけホテルと食堂を切り盛りするそうな。13:50バスに戻りブハラへ。うとうとして目覚めると15時過ぎ、エアコンが効きすぎて半袖シャツでは寒い。道路は幹線高速道、右へ分かれる道に入ると景色は一変し乾燥平原へ突入、車窓に映る景色が途端に単調になる。建売住宅のような全く同じ作りの建物は政府が用意した公務員住宅とのこと。GSでトイレ休憩(15:55-16:10)、有料1000スム。乾燥し過ぎと埃で手がざらざらする。ドストンさんの話では、天然ガスの80%はブハラ州で生産され、ロシア、カザフスタン、中国へ輸出されている由。メタンガスの方がガソリンより安い(メタン1リットル77円)ので、ガソリン車より改造メタン車の方が多く走っているそうな。そう言われれば、ガソリンスタンドには2種類あり、「BENZIN」と「METAN」の看板を掲げている。天然ガス、石油関係の工場が時々視界に現れる。そうこうするうちに、18:00今宵の宿ZARGARON PLAZA着。(続く)

|

« サマルカンド観光(2) レギスタン広場他 | トップページ | ザルガロン・プラザ(ブハラ) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« サマルカンド観光(2) レギスタン広場他 | トップページ | ザルガロン・プラザ(ブハラ) »