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タシケント市内観光/帰国

2018年8月27日(月) 6:00目覚まし時計で起床。夜中、右肩痛で反転、また反転。イスラーム・ホジャ・ミナレット登りが祟ったものか、腿も痛む。今日は飛行機に乗るので長袖シャツを着て、髭を剃り、日焼け止めクリームを塗る。MWを沸かしてコーヒーを飲みながらSCの荷造り、スリッパを捨て、ドアの外へSCを出してから、一階別棟のレストランへ行き朝食(7:00-7:30)。ゆで卵とシュークP8270788リーム?、干しブドウ、スイカ、メロンを食べ、ミックスジュースとコーヒーを飲む。8:00チェックアウト、鍵を返却すると、ロビーに待機しているルームメイドの女性が部屋の備品チェックへ向かう。添乗員のEさんからホテル発行の滞在証明書を受け取る。これで三枚、外国人はこれがないと、スムースに出国できないらしい。8:10バスに乗り込みウルゲンチ国際空港へ。ウズベキスタンの国内線は遅延や欠航が当たり前らしく、果たして今日は予定通りのスケジュールがこなせるか。下手したら帰国延期にもなりかねないが・・。そんな心配は杞憂に終わり、10:30タシケント行きHY52便に無事搭乗、4B席に座る。機種はA-320型、3-3席並び、ほぼ満席。10:55離陸、途中飲み物サービスがありコカ・コーラをP8270794もらう。11:55タシケント空港着陸、SCが出てくるまでえらく時間がかかる。13:00迎えのバスに乗り昼食へ。タシケントの人口は270万人、近代的大都会でシルクロードのオアシス都市の面影はどこにもない。昼食(13:15-14:30)はレストラン・ピリグリム(Art Restaurant Piligrim:タシケントのレストラン302軒中73位)にて、倉庫のように飾り気のないだだっぴろい食堂で味気ないけれど味は良い。前菜3種類(ビーツの千切り、ブロッコリーの炒めもの、豆煮込み)、マッシュルームスープ、羊肉のシシケバブ、デザートはアイスクリーム。食後、市内観光へ。最初は日本人墓地、第2次世界大戦後、ソ連に抑留され、此の地へ連行されて強制労働に従事させられ、亡くなった79名の日本人が眠る。ムスリムやロシア人墓地の一番奥の一角にあり、境内に六本の桜の木が植樹されている。中央に、『永遠の平和と友好 不戦のP8270810誓いの碑 1990年5月28日 「碑」建立実行委員会 日ソ親善協会福島県支部』と刻まれた共同慰霊碑が建ち、タシケント地区で亡くなった79名の一々の名前を刻んだ平板の墓石がその周囲に整然と並んでいる。共同慰霊碑に誰が準備してくれたのか(多分、会社経営者のSさん)生花とお線香とを供え、メンバー各位が焼香して亡くなった人々を懇ろに弔う(自分は般若心経の真言部分を唱えました)。本麒麟と日本盛生原酒大吟醸の缶を供えてくれた奇特な人も居る(これも多分S氏)。有難い。境内の後ろ側に、ウズベキスタン各地の強制収容所で亡くなった日本人の鎮魂碑も並ぶ。タシケント・ヤッカサライ墓地79名・タシケント墓地8名、アングレン133名、フェルガナ2名、ボスタンディクスキー13名、ベガP8270818ワート146名、チェアマ32名、カガン160名、コーカンド240名。ウズベキスタンに強制連行&収容された約2万3千人の日本人のうち、800名以上が亡くなっている。合掌。次いで市の中心部に戻り、ナヴォイ・オペラ・バレエ劇場へ。15:40噴水の手前でバスを降りると、劇場の周囲にはナラ、プラタナス、ヤナギの巨樹が聳え、緑陰を形成している。噴水は水の噴き上がりが綿花のように見えるとのことだが?。1947年に完成した1500人収容の劇場は、ソ連の捕虜となりタシケントに抑留されていた旧日本兵などに強制労働で造らせた建物のひとつ。六か所の休憩ロビーのレリーフが素晴らしいそうだが入場P8270834せずに素通りし、ぶらぶらとアムール・ティムール広場まで歩く。道路は歩行者天国、似顔絵を描かせている女性や、自作の油絵を沢山並べている絵描きがいる。マロニエの未だ青い実、ピラカンサの黄色い実、セイヨウナラの大きなドングリ、ヒイラギナンテンの黒紫色の実など色々な木の実を見る。今は暑くて植物も元気がないが、タシケントは緑が多い。ソ連様式の巨大ホテル、ホテル・ウズベキスタンをバックに、広場中央に建つティムール騎馬像を眺めてから、16:40街角で待ち受けるバスに戻る。夕食会場へ向かう途中、余っている現地通貨を使い切るため、一番新しいスーパーマーケットShopping NEXT Complexへ立ち寄り、30分間のフリータイム。皆さん最後の買い物に店内へ散っていったが、アイP8270845スクリームを1本購入して、外の公園ベンチで食べながら時間潰し。夕食は将軍酔飯店と云う店で中華料理(18:00-19:00)、阪急交通社としては気を利かせたつもりかもしれないが、ギョウザ、キャベツ料理、豆腐料理、トマトと鶏肉のスープ、牛肉炒め、バナナチョコのいずれも不味、これなら現地料理の方がずっとまし。残念な最後の晩餐になる。最長老のTさんから白ワインBAGIZAGANを1杯ご馳走になったのが救い。すべてのスケジュールを終えてバスに乗って空港へ。19:20タシケント国際空港到着。チェックインカウンター前で7日間お世話になったドストン氏と別れる。16kgのSCを預け、2回手荷物検査を受けて、20:00漸く出国。結局P8280850ホテルの滞在証明書は提示を求められず。21:40成田行きHY527便に搭乗、25J席(窓側)に座る。トイレの直ぐ後ろで前座席はなし、隣は同じグループの方で助かる。22:15離陸、腕時計を日本時間に戻す(→2:15a.m)。1時間後に飲み物サービス、何とビールがない!、仕方なく白ワインをもらう。機材が古く個人用TVはなし、宙吊りTVがあてがいぶちの映画を流すだけ、ウズベキスタン航空はサービスが極めて悪い。翼の真上の席でエンジンの音がうるさいし、トイレのドアの開閉音や排水音も煩い。皆お腹の調子が悪いらしく、同じ人が何度もトイレに通う。まあこれも修行。飛行機は大揺れ、忍、忍、忍。9:35(UZ5:35)7時間半のフライトで成田空港に安着。(完)

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コメント

ウズベキスタンを楽しく拝見しました。
湿度がなさそうで、色が鮮やかですね。
肩痛がひどかったのによく頑張られました。
それにお腹を壊さなかったのは用心されたのと、もともとお腹が強いのですね。何とも羨ましいです。ここ数年お腹が逆転して弱くなってしまって特に昨年あたりから外国旅行も行けないほどに弱くなりました。これも加齢の現象で私に顕著に表れた現象かなあと。大腸検査をしましたが癌ではなかったのですが。
それでモロッコが心配で、でも成立したので友人に申しわけないし、医者で14日分もロペミンをもらってきましたので、這ってでも行こうと決心しているところです。

有名な観光地をすべて制覇し、現地の美しい女性の姿やいろいろなお土産、可愛い子供たち、などなど観光地だけでなくたくさんのことを知ることが出来ました。バーチャル旅行をさせていただきましてありがとうございました。

投稿: tona | 2018年9月21日 (金) 14:29

tonaさんへ
いつもご愛読ありがとうございます。右肩痛は慢性化しており、発症以来もう丸1年になりますが一向に良くなりません。整形外科も最近ご無沙汰していますが、湿布薬も痛み止めもなくなったので、そろそろ通院を再開しようかと考えております。まあ直ぐには死ぬような事もなさそうなので我慢しています。
モロッコは異国情緒満点です。水と食事に気を付ければ大丈夫と思います。是非楽しんできてください。

投稿: shikamasonjin | 2018年9月21日 (金) 19:54

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