« ヤマボウシ | トップページ | アジア・ヒヴァ(ASIA KHIVA) »

世界遺産「ヒヴァのイチャンカラ」(1)

2018年8月25日(土) ブハラから450㎞をバス移動し、16:00漸くヒヴァに到着。休む間もなく観光スタート。ヒヴァは、首都タシケントの西1000㎞、ホレズム州にあり、州都ウルゲンチP8250538から南西に35㎞離れたアムダリア川下流のオアシス都市、古代ペルシャ時代からカラクム砂漠への出入り口として繁栄した。ホレズムとは「太陽の国」の意味で、年間300日以上一滴の雨も降らない過酷な土地。16世紀、この地にトルコ系遊牧騎馬民族ウズベク人がヒヴァ・ハーン国を建国し、シルクロードの中継点に過ぎなかったヒヴァに都を置いた。以来、ヒヴァはホレズム地方の中心地となり、「中央アジアの真珠」と称えられる。町は外敵の侵入を防ぐために外壁と内壁の二重の城壁で護られ、内壁に囲まれた内城イチャンカラには20のモスクと20のメドレセ、6基のミナレットP8250555など多くの遺跡や古い住居が残る。イチャンカラ内に居住している住民は約3000人、殆どが観光業に従事している。西門(オタ・ダルヴァザ)をくぐってイチャンカラ内に入城する。目の前に未完成の大ミナレット、カルタ・ミノルが聳える。右手に連なるムハンマド・アミン・ハン・メドレセ付属のミナレットであり、1852年に着工したが、高さ26mで工事は中断されたまま現在に至っている。基礎部の直径は14.2mあるので、完成していれば70~80mの高さになったものと推測される。青の彩釉タイルが夕陽に映えて美しい。内部、頂上は非公開。ムハンマド・アミン・ハン・メドレセは1852年完成、中央アジアでP8250571最大規模の神学校で、中庭を取り巻く2階建ての建物には125の部屋があり、1977年からホテルとして利用されている。東門へ続くメインストリートにはラクダや羊の毛の帽子、木彫りの書見台、木彫りの俎板など、名物の土産物が露店に並ぶ。カルタ・ミノルの先で左折し、クフナ・アルク(古い宮殿)の見学へ。17世紀に建てられたもので、1838年建造のタシュ・ハウリ宮殿が出来てから区別するためにこう呼ばれている。入口手前にある小さな監獄博物館を見学してから、宮殿門をくぐり、七宝タイルで覆われた玉座の間、当時の様子を再現した人形が展示されている造幣所、ハーレム、謁見の間の順で見学する。謁P8250577見の間がある中庭では、絣(かすり)模様の衣装を着た靴下売りの女性が美人だったので、1足買い求め、序に写真を撮らせてもらう。更に、暗くて狭い急な階段を上ってアクシェイフ・ババの見張り台へ出る。屋上の見張り台は360度の好展望、イチャンカラのパノラマ、ヒヴァの全景を楽しむ。右手間近にカルタ・ミノル、中央に高さ46mのイスラーム・ホジャ・メドレセのミナレット、その左に高さ42mのジュマ・モスクのミナレット、この3本が断然目立つ。今日の見学はここまで、イチャンカラ内をどう歩いたか、南門(タシュ・ダルヴァザ)から出て直ぐの所に建つ今宵の宿アジア・ヒヴァへ。(続く)

|

« ヤマボウシ | トップページ | アジア・ヒヴァ(ASIA KHIVA) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ヤマボウシ | トップページ | アジア・ヒヴァ(ASIA KHIVA) »