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菜園の恵み(192) 里芋

Pa3100012018年10月31日(水) 午後から畑へ行ってみっちり農作業。色々溜っている。イチゴ畝へのお礼肥え、サツマイモの茎葉細断処理、タマネギ苗の定植、丸葉コマツナ種蒔き、九条ネギ収穫などをこなしてから、サトイモを5株試し掘り。芋が小さい!。今年は8月の猛暑と日照り、9月の長雨と日照不足で作物の生育は不調、本日の収穫は1.1kg。別の一畝は少しましな気がするが、昨年の収穫量(28.8kg)は大幅に下回りそうです。

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菜園の恵み(191) キャンディ・ラディッシュ

Pa2900022018年10月30日(火) 9月10日に種まきした赤カブが穫れ始めました。商品名はキャンディ・ラディッシュ、品種はスパークラーホワイトチップ、先端がちょっと白い紅白ツートンのラディッシュです。種子の生産地はアメリカ、株式会社アタリヤ農園の販売です。播種後30~40日で収穫できると書いてありますが、現況の生育は今一、今日の分を入れてやっと5個です。せめて50個は穫れないと種代にもなりません。

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菜園の恵み(190) ジャンボピーマン

Pa2900012018年10月29日(月) 今夏の酷暑・猛暑のせいで花を着けても花が純白から薄茶色に変色し落花してしまう繰り返し、これまで収穫皆無だったジャンボピーマンが、漸く9月下旬に入ってから実が生るようになり、本日最初にして最後の収穫を行いました。15個で240g、1個平均の重さが16g、どこがジャンボ?、これでは2本で確か600円もした苗代にもなりません。去年は127個・5.2kg(1個平均の重さ41g)も取れたのに・・。趣味だから良いようなものの、これが生業だったらと思うとぞっとします。

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ポーランド土産(6) マグネット栞

Pb03000126日のクラクフ国立美術館で、レオナルド・ダ・ヴィンチ作の名画『白貂を抱く貴婦人』を鑑賞したので、その記念に売店で同図案のマグネット栞を5枚購入しました。1枚8ズロチ(1zl=36円として1枚290円)と安価でした。

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ポーランド土産(5) チャルトリスキ・コレクション図録

Pa29117526日午前、クラクフ国立美術館を見学しましたが、目玉作品のレオナルド・ダ・ヴィンチ作『白貂を抱く貴婦人』以外は殆ど見学する時間がありませんでした。仕方なく売店で図録を購入しましたが、本書はクラクフ国立美術館収蔵品の図録ではなく、ポーランド政府が2016年12月に一括購入したチャルトリスキ美術館の収蔵品図録でした。1冊39ズロチ(1,400円)、失敗とまではいえませんが、早とちりでした。

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ポーランド土産(4) ピエルニク

23日、トルン旧市街広場に面するピエルニク(Piernik:ジンジャーブレッド)の老舗コペルニック・トルン(KOPERNIK Torun:1763年創業)でピエルニクのミックスを1袋(300g入り、330円)と、ピエルニクのホワイトチョコレートがけを1箱(150g入り、260円)購入しました。前日の夕食のデザートにも出ましたが、ジンジャーブレッドと云うよりはクッキーで、日本の味噌パンのような食感、生姜味はそれほど感じません。中世の時代から作られているトルン名物とのことですが、風味は断然、金沢銘菓・柴舟の生姜煎餅の勝ち。
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ポーランド土産(3) ヴィエリチカ岩塩

Pa29117125日、世界遺産「ヴィエリチカ岩塩坑」を見学した後、記念に売店で岩塩を購入しました。アルミニウムの密封袋入りで、岩塩100%とオニオン入りの2種類、どちらも45g入りで値段も同じ5.5ゾロチ(約200円)、1㎏換算4,400円もする高級食塩です。
2010年4月にオーストリアのザルツカンマーグートで購入した岩塩も1㎏が確か3,000円相当でしたが、たかが塩なのに高すぎます。きのこの虫出しにはとても使えません。

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ポーランド土産(2) きのこの瓶詰

Pa291165boletus24日、シフィドニツアからクラクフへ向かう途中、トイレ休憩で立ち寄ったガソリンスタンドの売店にきのこの瓶詰が並んでいました。ヌメリイグチとアンズタケとヤマドリタケ?の3種類、全種類欲しかったのですが、重いので1種類だけ、ポルチーニらしい写真の1瓶を買い求めました。値段は1本9.99ゾロチ(約360円)。Podgrzybkiはヤマドリタケ(ポーランド名:Borowik)の仲間ですが、ヤマドリタケそのものではないようです。グーグル翻訳の助けを借りてラベルを読み解くと、360ミリリットルの瓶入り、総量は280g、きのこの湿重は120gとあり、成分は、水、ビネガー、砂糖、タマネギ、ニンジン、食塩、酸味料、ヤマドリタケ類、マスタード、粒状ペッパー、ローレルの葉とあります。果たしてどんな味でしょうか。

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ポーランド土産(1) ウオッカ

Pa2911692現地通貨が余ってしまい、27日、帰国便に乗る前のワルシャワ空港免税店で500ミリリットルのズブロッカを2本購入しました。1本19ズロチ(680円)。ラベルデザインは、ポーランドの世界自然遺産「ビャウォヴィエジャの森」に生息している絶滅危惧種のヨーロッパバイソン、その森で採れるバイソングラスを漬け込んだ伝統的なフレーバーウオッカとのことです。僅かに淡黄色の色がついており、アルコール分は37.5%。ズブロッカ・バイソングラスは日本国内でも販売されており、河内屋ではアルコール分40%の500ミリリットル入り瓶が1本1,000円、わざわざ現地で買って来るまでもありません。
写真中央のZUBROWKA BIALA(白)は、25日、クラクフのハイパーマーケットで購入したもの、200ミリリットル入りアルコール分37.5%で1本9.88ズロチ(350円)でした。無色透明で何度も蒸留を繰り返した製品のようです。製造元は、ベラルーシ国境に近いビヤウィストク市にあるポルモス社(1919年創業)。

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ポーランドで飲んだビール

往復の機内も含め、今回のポーランド旅行で飲んだビールは6種類、ZYWIECの缶1本、ZYWIECの生3杯、TYSKIEの生1杯、LECHの生1杯、LOMZAの缶1本、OKOCIMの生3杯でした。グダンスクの街中で生ビールの樽を配送するトラックを見かけましたが、ホテルやレストランで提供されるビールに瓶はなく生ビールばかり、小の300ミリリットルが6~12Zt(210~420円)、平均で1杯290Pa220213円と安いものでした。ガソリンスタンドの売店で購入した500ミリリットル缶は2.9Zt(100円)、日本の第3のビールより安いです。冬が厳しい寒い国のせいか、アルコール分は高めです。ポーランド航空機内で提供されるナショナルブランドのZYWIEC(ジヴィエツ)は、アルコール分5.6%、オリジナルエキス12.5%、1856年創業、現在はハイネケン傘下のZYWIEC BREWERY社の製品です。評価は☆☆★。TYSKIEはアルコール分5.2%、1629年創業のTYSKIE BREWERY(英語 Tychy Brewery)社の製品、評価は☆☆★。LECHはアルコール分5%、ポズナンにある1980年創業のLECH BREWERY Wielkopolski社の製品、評価は☆☆★。LOMZAはアルコール分7%、LOMZAにある1968年創業のLOMZA BREWEY社の製品、評価は☆☆。OKOCIMはアルコール分5.6%、1845年創業、現在はカールスベルク傘下のBRZESKOにあるOKOCIM BREWERY社の製品、今回飲んだビールの中では最も良く評価は☆☆☆。
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スーパーで見つけたきのこの瓶詰

25日の夜、クラクフで宿泊したホテルから徒歩30分のハイパーマーケットULで見つけたきのこの瓶詰、マリネかピクルスのようです。アカハツ(Rydze)、アンズタケ(Kurki)、ナメコ(Nameko)、ナラタケ(Opienki)、ヌメリイグチ(Maslaki)、フクロタケ(Slomkowe)、マッシュルーム(Pieczarki)、ヤマドリタケ(Borowik)など、他にもヌメリイグチの缶詰が並んでいました。300ミリリットルの規格瓶入りで、最も安いナラタケは190円(1PLN=35円換算)、最も高いヤマドリタケでも725円、全種類買いたくなりましたが、瓶入りで重い上に割れる心配があり、何より味が分からないので、見るだけにしました。
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世界遺産「ワルシャワ歴史地区」/帰国

2018年10月27日(土) 5:30目覚まし時計で起床、まずはコーヒーを沸かす。6:05モーニングコール、ポーランド人は愛嬌がなく冷たい感じを受けるが、仕事はきちんとする。TVの天気予報によるPa271032と今日の最高気温は9℃、曇り。6:45朝食に一階レストランへ下りる。朝食は超豪華、今回一番の食事、さすが五つ星。トースト、目玉焼き、ベーコン、生ハム、ソーセージ、焼きトマト、マッシュルーム炒め、魚の焼き物2種(鱒と鯖)、ヨーグルト、フルーツ(メロン2種、オレンジ、パイナップル)を食べトマトジュースとコーヒーを飲む。ロビーで現地ガイドの藤田さんが待ち受けており、8:25一緒にバスに乗って市内観光へ。天気は曇りも曇り、どん曇り、10月末でこれでは冬の暗さは堪らないであろう。今日がいよいよ最終日(帰国日)であるが、月2回のPa271027ヨーロッパ旅行はやっぱりきついね。ホテルの近くにシナゴークや改装中のユダヤ劇場がある。「戦場のピアニスト」の撮影舞台だそうな。8:40クラクフ郊外通りと新世界通りの継ぎ目にある聖十字架教会前でバスを降り、9時のミサが始まる前に入場しさっと見学。バロック様式の聖堂で重厚な雰囲気、主祭壇には金銀がふんだんに使われている。ショパンの心臓が埋め込まれているという石柱を見学、柱の根元に生花が供えられている。心臓は第2次世界大戦中持ち出されたが、1945年10月17日のショパンの命日に此処に戻ったとのこと。主祭壇のキリストの磔刑画を眺めて退場、続々と信徒がやって来る。新世界Pa271043通り(南側)の先には、ポーランド科学アカデミー(スタシッツ宮殿)の白い建物とその前の広場に建つコペルニクスの像が見える。そちらへは行かず、クラクフ郊外通りを北上、ショパンゆかりの地に置かれているというショパンベンチ(2010年、ショパン生誕200年を記念して設置されたもの、その場所とショパンの関わりを解説している他、ボタンを押すとショパンの曲が流れる)、ショパンが最初に住んだ家、ワルシャワ大学、ヴィジトキ教会(18世紀の建造、後期バロックとロココ様式の建物で第2次世界大戦のときも奇跡的に破壊を免かれた。ワルシャワ大学構内に中Pa271049・高等学校と音楽学校が置かれていて、1823~29年に学生としてそこで学んでいたショパンがこの教会の日曜ミサでオルガニストをしていたと云う)、無名戦士の墓(1925年建造)、ポーランドの英雄ユーゼフ・ポニャトフスキ像が護る大統領官邸(ラジヴィウ宮殿、1765年にポーランド初のオペラ上演、ショパンもここで初めてのピアノ演奏会を開いた。1994年から大統領官邸)、大統領官邸の北隣のカルメリテ教会(1643年創建)、その傍らの広場に建つ国民的詩人アダム・ミツキエヴィッチ像、ショパンが手紙を出した郵便局、ショパンが歩いた小道、有名なチョコレート店Pa271071のヴェーデル(WEDEL、2010年ロッテ・グループが買収)、聖アンナ教会(1454年創建)などを眺めながら、9:20中央にジグムント3世碑の高い柱が立つ王宮広場に到達、東側の赤レンガの大きな建物が旧王宮で、現在は博物館になっている。それにしてもワルシャワは何でもショパン。広場に面し南側にある化粧直し中のビルの地階に、この辺り唯一の無料トイレがあり漸くすっきりした後、王宮広場で、十字架を手にして石柱の上に立つジグムント3世像(1664年建造)をじっくり眺める。ジグムント3世は1596年、首都をクラクフからワルシャワに移した国王。更に、王宮(第2次世界大戦後の復Pa271097元)を眺めて、キャッスル・インの角を左に曲がり、洗礼者ヨハネ大聖堂、イエズス会教会を眺めて、9:50ワルシャワ旧市街の中心である旧市街広場に至る。広場の中心にワルシャワのシンボル、剣と盾を持つ勇ましい姿の「人魚の像」が建つ。市街地の建造物は第2次世界大戦で完全に破壊され、その84%を失ったが、戦後(1945年~)、国家再生にかけた国民の執念により奇跡的に昔日の姿に復興・復元され、1980年ユネスコの世界文化遺産に登録された。10:45広場集合でフリータイム。民芸店を覗いてからヴィスワ川を望む公園のテラスまで散歩、眺めは大したことがなく、石を抱える男性像を見ただけ。Pa271111民家の庭にナナカマドが深紅の実をつけている。旧市街広場に戻って、王宮広場へ行く途中、イエズス会教会(聖母教会、17世紀初めの創建、戦後の再建)と洗礼者ヨハネ大聖堂(14世紀創建、戦後の再建。ワルシャワで最も古い教会、ヨーロッパ最初の成文憲法「5月3日憲法」の発布式が1791年に此の教会で行われた)に入場して見学、西側の正門から旧王宮の内庭にも入ってみる。旧王宮の外観は極めて質素、南側の出口から出ると、外に太い石柱が横たえられている。第2次世界大戦で破壊された王宮の柱かと思ったが、銘板の写真を撮って帰国してからグーグル翻訳で訳してみると、「ピンクのイタPa271129リア産花崗岩で出来たジグムント円柱の二番目のシャフト、1887年に配置、1944年に破壊された」と読める。第二次世界大戦で破壊されたジグムント3世碑の柱のようである。10:40旧市街広場に再集合、三度藤田さんに引率されてバルバカン(16世紀に造られたバロック様式の馬蹄型砦、戦後の復元)をくぐり新市街に入る。電動式のセグウエイやスクーターが走り回り、危なくてしょうがない。まっすぐ進むと右側16番地にノーベル賞学者キューリー夫人の生家(現博物館)があるが、何んてことなし。11:10バスに戻る。藤田さんの話では「ポーランド政府は中国寄りで、習近平の一Pa271151帯一路構想にも協力的」とか。そういえばインターコンチネンタル・ワルシャワのルーム・サービスメニューは中国語併記であった。11:25ワジェンキ公園近くでバスを降り、園内の中央に建つショパン像を見学。風になびく柳の木の下に座り、故郷の自然を眺めるショパンを表現しているらしい。写真を撮ってからカエデの林を覗いてみたがきのこの姿はなし。シラタマノキのような実をつけた低灌木が生えている。公園入口に建つ像はユゼフ・ピウスツキ(JOZEF PILSUDSKI、ポーランド共和国建国の父にして初代国家元首)、ユゼフPa271161の兄ブロニスワフは樺太アイヌの女性と結婚し、文化人類学者にしてアイヌ研究の第一人者。写真を998枚撮って全ての観光が終了、11:45空港へ向かう。12:10ワルシャワ国際空港到着。ポーランド航空カウンターにSCを預ける。出国審査の前に免税店でウオッカ2本とミント1箱購入して41.5Zt、現地通貨をすべて使い切る。13:30搭乗口G23に到着、15:00成田行きLO79便に搭乗、メンバー間で座席を変更し、結局通路側18G席に座る。隣席はブリュッセル在住のベルギー美人とその連れ合いのカップル、3週間の日本旅行、しかも個人旅行とのこと、羨ましい。昨日の成田便は欠航したらしく機内は満席である。スリッパに履き替える。15:45離陸、9000㎞・9時間の空の旅始まる。暇潰しは「ブータンの瘋狂聖 ドウクパ・クンレー伝」の読書、飲み物サービスは白ワインをもらう。16:50モスクワ上空通過、腕時計を日本時間に戻す(→23:50)。もう8時間の辛抱、辛抱。(完)

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インターコンチネンタル・ワルシャワ

2018年10月26日(金) 8:45今宵の宿インターコンチネンタル・ワルシャワ到着、正真正銘の五つ星ホテル。ユニークな外観の43階建て高層ホテル、ワルシャワ中央駅まで徒歩5分と便利な立地にある。2915号室(29Pa271015階)に入る。ゆったりした部屋は青いカーペット敷き、大型ダブルベッドが1台、非常に位置が高く、寝床へ上がる踏み台付き、夜中に寝惚けて転ばねばよいが。湾曲した文机と椅子、丸テーブルとソファ1台、TVはPhilips製の大型壁掛け、冷蔵庫(ミニバー)、電気ポットがあり、MWの500ミリリットルペットボトル2本、インスタントコーヒー4袋(ノーマルとカフェイン抜きが各2)、エスプレッソ6袋、ココア2袋、緑茶2袋、ハーブ茶2袋、セイロン茶1袋、砂糖5袋、人工甘味料2袋、ミルク4個が付いている。更にアイロン、ドライヤー、ズボンプレッサー、ガウン、スリッパまで、さすがは五つ星。浴室には、浴槽、シャワールーム(独立)、ティッシュボックス、固形石鹸、シャンプ-、コンディショPa271002ナー、シャワージェル、ハンド&ボディローション、シャワーキャップなどがある。アメニティーは至れり尽くせり、申し分ない。トイレの水勢・水量も十分。デジカメ電池を充電し、水道水を沸かしてコーヒーとココアを飲む。御煎餅とゼリー菓子を食べながら帰国準備、SCを詰め直す。時間が遅いので浴槽に浸かるのを諦めシャワーにしたが、混合栓の調子が悪く大苦戦、熱い湯か冷たい水しか出ない。非常に微妙な調節が要り、なんとか洗髪し身体を洗う。まあ、ポーランドの五つ星なのでこんなものであろう。風呂から上がると23:15、さあ寝なければ。(続く)

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ホノラトゥカの夕食とショパンピアノコンサート

2018年10月26日(金) 16:55ワルシャワ空港着陸、17:40迎えのバスに乗り込む。現地ガイドは日本人女性の藤田さん、まずはショパンが通ったことで有名な1826年創業の老舗レストラン、ホノラトカへ行って夕食Pa270986(18:25-19:50)。ボルシチ、ポテトのパンケーキ、アイスクリームを食べ、ビールOKOCIMの生小を飲む。料理はまずまずだが、ビールの値段は12Zt(420円)と、これまでで一番高い。店内にはショパンの似顔絵が壁に描かれていたり、石膏で型取りして作られたショパンの手や楽譜などが飾られている。夕食後、バスに乗りショパンピアノコンサート会場へ移動、旅物語貸し切りとのこと。演奏者はロベルト・スッキーナ先生、なんでも各種有名コンクールの審査員で音楽大学教師、藤田さんは頻りに大先生、大先生と持ち上げる。20:00 DOM AZEMIOSLAという学舎のような照明の暗い建物の前に到着、貸しホールであろうか、二階の50席余の小ホールに着座する。スッキーナ先生は40~50歳位か、いきなり現れて我々にPa271000一礼すると、挨拶や歓迎の言葉なしにピアノ(BECHSTEIN製)に座って演奏を開始、藤田さんは演奏を聴くことなく会場を去ってしまう。20:05-20:40コンサート、ショパンの曲を7曲、門外漢の自分には悲しいことに曲名がさっぱり分からなかったが、「英雄のポロネーズ」、「雨だれのプレリュード」、「別れの曲」、「ノクターン」、「木枯らしのエチュード」、「子犬のワルツ」、「軍隊のポロネーズ」だったような。何とか居眠りせずに我慢する。演奏が終わると、先生はアンコールには応えず、写真撮影に応じたのみで足早に会場を去る。あっさりしたものである。助手が先生のCDを販売に来る。一枚100Zt(3,500円)か、ユーロなら30€、日本円なら3,000円、私は買わなかったが、半分くらいのメンバーが義理堅く購入する。バスに戻り今宵の宿インターコンチネンタルへ。(続く)

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クラクフ国立博物館本館

2018年10月26日(金) 旧市街観光に先立ち、クラクフ国立博物館本館へ。9:15-10:25の間、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-Pa2608761519)の名作『白貂を抱く貴婦人』を鑑賞。特別展示室には此の一作しかなく、団体観覧は20人に限定されるので、我々は15人づつ2つのグループに分かれました。リュックやコートは地階のクロークに預けなければならないし、写真撮影は当然禁止、部屋も極端に照明を落としているので薄暗く、緊張します。9:20からAグループ、9:55からBグループ。現地ガイドのモニカさんの説明に耳を傾けながら10分間じっくりご対面。1490年頃の作品で、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの愛妾だったチェチーリア・ガッレラーニ嬢(1473年頃-1536年)をモデルとした寓意的な肖像画とのこと。ルドヴィーコ・スフォルPa260881ツア公爵が注文したこの絵画は、当時「Ermellino Bianco」(イタリア語で白貂の意味)という通称名で呼ばれていた公爵自身を連想させる由。本物は撮影禁止でしたが、前の廊下に複製画が架かっており自由に撮影することができました。2016年12月まで「白貂を抱く貴婦人」を常設展示していたチャルトリスキ美術館は現在リニューアル中で、改装が完了すれば(1、2年後?)元に戻すとはモニカさんの談。来館記念に、売店で図録と栞を購入し、余った時間で武器と軍服部門、それと装飾美術部門(家具、衣装、ガラス器など)を大急ぎで見学しました。 

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世界遺産「クラクフ歴史地区」

2018年10月26日(金) 6:45起床。外は薄明るくなったものの雲が多く昨日と同じような天気、日本なら秋の長雨といったところ、今回の旅、本当に天気に恵まれない。7:20朝食に一階レストランへ。トースト1枚、ハム、スモークチーズ、焼きサバ、フルーツ(スイカ、メロン、オレンジ、グレープフルーツ)を食Pa260911べ、飲むヨーグルト、リンゴジュース、コーヒーを飲む。9:00出発、現地ガイドは日本語が達者な女性モニカさん、バスに乗ってクラクフ旧市街観光へ。クラクフの人口は76万人、11世紀中頃から1596年までの約550年間ポーランド王国の首都として栄えた古都、当時のクラクフはボヘミアのプラハ、オーストリアのウイーンと並ぶ文化の中心であった。歴史的な街並みは「クラクフの歴史地区」の名称で、1978年ユネスコの世界文化遺産に登録されている。旧市街観光の前に先ずはクラクフ国立博物館本館へ行ってレオナルド・ダ・ヴィンPa260920チ作の「白貂を抱く貴婦人像」を鑑賞(9:15-10:15)。10:25バスに戻り旧市街観光へ。10:30歴代ポーランド王の居城として名高いヴァヴェル城直下でバスを下車、坂道を登りタデウシ・コシチュシコ像(ポーランド・リトアニア共和国の将軍&政治家)を左斜め上に見上げながら城門をくぐる。まずヴァヴェル大聖堂に入場、大聖堂は14世紀から18世紀までの400年間、歴代ポーランド王の戴冠式を執り行った大聖堂であり、国王の墓所でもある。内部は豪華絢爛、残念ながら撮影禁止であるが、最初に目を引く中央に置かれた見事な銀細工の棺は、ポーランドの守護聖人である聖スタニスワフの聖遺物を収めていPa260922る。聖遺物を取り囲むように歴代国王の棺が置かれ、中央祭壇にキリストの磔刑画が架かる。中央祭壇の裏にあるポーランドの英雄ヤン3世ソビエスキ(1629-1696)と妻マリアの墓を眺め、ひと回りして、父と息子の紅い大理石製石棺(ジグムント1世とジグムント2世の墓?)が安置されている礼拝堂を覗いて退場する。大聖堂内部は他の観光客も多く大混雑、メンバー30名の最後尾を進んだので、モニカさんの矢継ぎ早の説明に全く追いつけない。次いで旧王宮の内庭に入り四囲の建物を眺める。王宮(現在、博物館)には入館せず、ヴァヴェル城の中庭へ出る。大聖堂、旧王宮のPa260938建物群に囲まれた中庭は広く、芝生や花壇も手入れが行き届いている。金のドームを頂いたジグムント礼拝堂がまばゆい。そこでのフリータイムの時間が短く、伝説の龍の洞窟へは行かず仕舞い。城を出て坂を下り、クラクフ一古い通りのKanonicza(神父通り)を北上する。左側に大司教区博物館、紋章の家、クラクフ国立美術館分館が建ち並ぶ。右折して十二使徒の像が建ち並ぶ聖ペテロ聖パウロ教会(17世紀建立、イエズス会教会)の前へ出る。その右手にある石造りの教会はクラクフ一古い聖アンドリュース教会、それを眺めてGrodzka(中央通り)に入り北上する。白Pa260946馬や黒馬に牽かれた観光馬車が何台も南下してくる。まっすぐに進むと旧市街の中心にある総面積4万平方メートルの中央市場広場に突き当たる。広場の真ん中にルネッサンス様式の堂々たる建物、長さが100mもある織物会館(14世紀建造、当時は衣服や布地の交易所だったことに由来する名前)が建ち、その左側(西側)に旧市庁舎の塔が建つ。旧市庁舎の建物は1820年に取り壊されて、この塔だけが残された由。広場の右奥(東側)には1222年に建立されたゴシック様式の聖マリア教会が建つ。塔の高さは82m。12:20集合でフリータイムになり一旦解散、織物会館を中心Pa260945に時計回りに広場を一周する。旧市庁舎の塔を眺め、客待ちの馬車の長い行列を眺めて、聖マリア教会へ。聖マリア教会は修復工事中だったが、入口扉が開いており、少しだけ中に入れる。豪華なステンドグラスや、15世紀に作られた国宝のファイト・シュトース作の祭壇を透き見する。織物会館の東側に建つ、ポーランドの国民的詩人アダム・ミツキエヴィッチの像を眺めるうちに、聖マリア教会の正午を告げる鐘が鳴り、トランペットの音色も聞こえてくる。織物会館の一階中央通路の両側は土産物街、民芸品やアクセサリー、玩具、マグネット、刺繍、毛皮の帽子、ガラス器、カバン、聖具などを売る小さな店がぎっしりと並んでいる。12:20織物会館一階入り口集合、モニカさんと別れて徒歩1Pa260975分のレストラン・デザルタル(C.K.DEZERTER)へ行き昼食(12:25-13:20)、野菜スープと豚肉のソテーを食べ、ビールOKOCIMの生小を飲む。料理は美味。13:30バスに戻り空港へ。14:00空港到着、21日のグダンスクから今日までずっと通しで安全運転してくれたピョートルさんと別れ、ポーランド航空カウンターに個人チェックイン、ANAマイレージカードも提示して航空券を2枚受け取る。SCはワルシャワまで。16:10、5番ゲートからワルシャワ行きLO3902便に搭乗、機種はボンバルディアDHC-8-40型、プロペラ機で2-2席並び、座席数は70余、10B席に座る。16:20離陸、16:55あっという間にワルシャワ空港到着。(続く)

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世界遺産「アウシュヴィッツ強制収容所」

2018年10月25日(木) 12:30バスに戻り、クラクフの西54㎞にある地方都市オシフィエンチPa250776_2ム(ドイツ名、アウシュヴィッツ)へ。かなり遠く、いつの間にかうとうと。目覚めると道の両側は深い森、いかにもきのこが豊富に発生しそうな感じ。ウクライナ民族建築博物館で見た田舎家に似た感じの家もある。13:50オシフィエンチムの町に入る。人口は5万人、鉄道駅の前を通過し、13:55アウシュビッツ博物館前の大駐車場到着。年間200万人の見学者があるとかで大型バスが続々到着する。ヴィエリチカ岩塩坑より見学者はずっと多く、しかも若い人が多い。高校生の社会見学らしい。灰色のテントの中で行われる手荷物検査が厳重を極め、遅々として進まないため長蛇の列、ヤッケのPa250781ポケットに入れて置いた岩塩の袋がアルミ製で金属検査に引っ掛かる。やれやれ。現地ガイドはアウシュビッツ博物館専属ガイドの中谷剛さん、現在唯一の日本語による日本人ガイド、「地球の歩き方A26、チェコ・ポーランド・スロヴァキア」の270頁に紹介されている。ナチス・ドイツが此の収容所を建設したのはポーランド侵攻の翌年1940年、青年時代から反ユダヤ主義に傾倒していたヒトラーは、ドイツ民族の優秀性を保持するには、劣等人種たるユダヤ人をドイツから排除せねばならないと云う人種感を展開、当初は支配地域からユダヤ人を追放する政策をとっていたが、300万人Pa250798以上のユダヤ人を抱えるポーランドを占領すると対処しきれなくなり、対ユダヤ人政策は、追放から組織的な大量殺戮へと移行していった。1941年にはユダヤ人絶滅の為、約2㎞離れたビルケナウ(ポーランド名、ブジェジンカ)に大規模な強制収容所が新設され、1945年1月にソ連軍の手で収容所が解放されるまで、少なくとも130万人の人々が虐殺された。その内訳は、ユダヤ人が110万人、ポーランド人が14-15万人、ロマ(ジプシー)が2万3千人、ソ連軍捕虜1万5千人など。人間の狂気が招いた悲劇を生々しく伝える殺戮の館は、1979年に世界文化遺産「アウシュヴィッツ=ビルPa250802ケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容所」としてユネスコに登録されている。中谷さんの案内で収容所の入口であったゲートから見学、「ARBEIT MACHT FREI」(働けば自由になる)のスローガンが掲げられている。労働力にならない老人や妊婦、赤ん坊、身長120㎝未満の子供はすぐさまガス室で殺され、選別に残った人々は軍需工場や石切り場で1日12時間以上の労働を強いられた。全部で28棟の囚人棟があるが、内部を見学できるのは一部、4号棟(絶滅計画:当時撮影された写真や資料を展示、地下ガス室のジオラマやチクロンBという劇薬の空き缶、被収容者から切り取られた毛Pa250809髪など展示)、5号棟(犯罪証拠:被収容者から没収した品々を展示、衣服、トランク、靴、義足、義手、食器、ブラシなど)を見学、正視するのも辛くおぞましい。ずっと般若心経を唱えながら歩く。犠牲者はユダヤ教徒やキリスト教徒、異教徒が唱えるお経では慰霊にならなかったかもしれないが・・。このナチス・ドイツと日本は第二次世界大戦当時、日独伊三国同盟を結んでおり、日本軍や日本人は此の大虐殺に直接加担してはいなかったとしても、間接的な責任はあるかもしれない。最後に、大量虐殺の現場ガス室と遺体焼却場、ゲシュタボ司令部、6000ボルPa250839トの電流が流れていたという二重の有刺鉄線や監視塔などを眺めてアウシュビッツ博物館の見学は終了、15:55バスに戻り、ビルケナウへ向かう。16:00駐車場到着、「死の門」と呼ばれるゲートまではかなり距離があり、鉄道引き込み線を渡って行く。死の門をくぐって広大な敷地内に入る。アウシュビッツより広い大規模な収容所で面積は1.4平方キロメートル、見渡す限り草の茂った広大な敷地に300棟以上の木造の細長いバラックが点々と建っている。我々を待ち受けていた中谷さんに再び案内してもらう。そこでは蚕棚のような隙間だらけの三段式木造ベッドが並ぶ収容棟と、棟Pa250835の長さ一杯のコンクリート台座に穴だけが開いているトイレ棟との2棟のみ見学、20分ほどで終わる。中谷さんが関連図書として薦めてくれた「アンネの日記」と「夜と霧」の2冊を、自分は未だ読んでいないので、帰国したら図書館から借りるつもり。16:40バスに戻りクラクフへ帰る。18:00-19:20クラクフ市内のAPART HOTEL(ul.Zwierzyniecka 29 31-105 Krakow)の洒落たレストランMIESZCZANSKA(ブルジョワ)で夕食、盛りだくさんのサラダ、豚肉料理とクレムフカ(ミルフィーユの一種)を食べる。飲み物はJTBの奢りというので、ビールOKOCIMの生小をご馳走になる。ホテルの部屋に戻って荷Pa260843物を置いただけでロビー集合、19:45添乗員Eさんの案内で有志10人でスーパー見物に行く。結構遠くて20:20 漸くハイパーマーケット到着、21:00まで各自広いフロアに散会して買い物、自分はポーランド産ウオッカを1本購入する。また、瓶詰めきのこが色々あったので喜んで写真に収める。21:30連れだってホテルに戻る。今朝、修理を頼んでおいた電気ポットの水漏れは結局直っていない。やれやれ、仕方なく持参の電気ポットで湯を沸かし日本茶を飲む。風呂から上がると23:15、寒い中を長く歩いたせいか左腰が痛むので、湿布薬を貼ってベッドに入る。(続く)

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世界遺産「ヴィエリチカ岩塩坑」

Pa250655_22018年10月25日(木) 夜中2回トイレに起き、冷え込んできたので薄い布団をクローゼットから出して2枚がけ、朝はかなり冷え込む。6:00起床、連泊なのでSCをさっと荷造り、髭を剃り、日焼け止めクリームを塗って、鼻炎薬を噴霧してと、いつもの朝の支度。エアコン(設定30℃)の風量を最大にするも部屋はなかなか暖かくならない。7:00朝食へ。ハム、ソーセージ、目玉焼き、焼きサバ、オイルサーディン、フルーツ(オレンジ、グレープフルーツ、スイカ、プルーン、メロン)を食べ、ブルーベリーヨーグルト、リンゴジュース、エスプレッソを飲む。外は雨、今日も陰鬱な天気、この時期のPa250698ポーランドは本当に天気がよろしくない。8:00ロビー集合、小雨の中出発、クラクフの南東約15㎞のところにある小さな町ヴィエリチカの地下に広がるヴィエリチカ岩塩坑へ。現地ガイドは日本語が上手な女性モニカさん。以下、バス車内の彼女の説明、『塩文化の始まりは7000年前、紀元前から岩塩採取は行われている。ヴィエリチカの岩塩採掘は1250年頃から1950年代まで行われていた。掘り進められた坑道は700年間で総延長300㎞、深さは300m以上に及んでいる。今は坑道崩壊の恐れがあり岩塩採掘を中止、その代わり塩水を汲み上げて食塩、入浴剤、化粧品に加工しているPa250688_2。19世紀には坑内に療養所(ヘルスセンター)が設けられて、塩の殺菌作用で浄化され且つミネラル分を含む空気を吸い込むことで、気管支喘息やアレルギー疾患、アトピー性皮膚炎などの治療に役立てられている。岩塩坑の見学コースは色々用意されており、一般的なのは10人単位で見学するツーリストルート(Tourist Route)、2012年にオープンした坑夫ルート(Miners'Route)の方は、つなぎの作業服に着替えヘルメットやヘッドランプを装着せねばならないが、坑木丸太切り、岩塩採掘と運搬、メタンガス濃度の測定などの疑似体験ができる。また、子供向けコースもあり、緑のPa250720_2学校(林間学校)の遠足でやってくる子供たちが多い。坑道内部は年間通して13~14度、見学者に開放しているのは地下9階まであるうちの地下1階、2階、3階の一部、約2.5㎞。岩塩坑内の撮影は有料で10Zt(350円)かかる。1978年、「ヴィエリチカ岩塩坑」の名称でユネスコの世界文化遺産に登録された』。
8:40大駐車場到着、中国人団体が居り、昨夜レストランで出合った日本人高校生の一団もいる。まず無料トイレを拝借、団体入口がなかなか開かず雨の中待たされる。9:00ようやく入坑、10人づつの3グループに分かれ、各グループにPa250731女性係員が一人付いて先導役、先ずエレベーターで坑道に降りる。坑道には間仕切り用の扉が沢山設けられており、その区画に入ると女性係員が一々扉を閉めに回る。何のため?、混雑回避が目的か?。坑道の天井や壁、坑木の表面は塩の結晶でびっしりと覆われ、採掘跡の空間には、コペルニクス像、キンガ姫伝説の群像(10世紀末、ポーランド王との婚礼の為、ハンガリーからやってきたキンガ姫は、道中の泉に婚約指輪を投げ入れ、ヴィエリチカの住民に掘り出すよう求めた。するとその泉の底から、岩塩層と指輪が発見されたと伝わる)、メタンガス検知係の像など岩塩でPa250745作られた数々の彫像が並ぶ。また、湿地帯に湧きだした塩水から塩を作る新石器時代・六千年前の人々の人形、釣瓶で塩井戸から塩水をくみ出す人、採掘した岩塩を木樽に詰める人、ロバに牽かせた馬車や手押し車でその木樽を運搬する人など各種作業に従事する坑内労働者の人形が並べてある。そして、坑道の途中には、危険を伴う坑内作業の安全を祈るため、鉱山労働者たちが祈りを捧げたであろう聖アンソニー教会(1698年建立、聖堂や祭壇、聖人像が全て岩塩彫刻から出来ている)や聖十字架教会(木製?彩色のキリストの磔刑像と聖母マリア像が祀られる)が設けられている。Pa250751現在汲み上げが行われている現役の塩井戸を過ぎると、カメラ撮影料10Ztを徴収する係員が居り、その先が当ルートのハイライト、聖キンガ礼拝堂。天井から吊り下がるシャンデリアを始め、壁面を埋めるイエスキリスト像や聖母マリア像、聖人像などのレリーフ、祭壇から床、階段に至るまですべてが塩の結晶で出来ている。信じられない出来栄え、まさしく塩の芸術の殿堂である。一つ一つを丁寧に見ていたら時間が幾らあっても足りないが、「最後の晩餐」を模したレリーフなど見学する。モニカさんに促されて聖キンガ礼拝堂を後にし、緑色に輝く塩湖を眺め、地下売店広場をPa250754通り抜け、エレベター前の大行列に並び、11:00地上階に戻る。普通は3時間コースというから、博物館をカットした分短かったのであろう。11:20まで20分間フリータイムになったので、売店で岩塩を5袋購入。その後、道向かいのレストランKARCZMA HALITで昼食(1125-12:10)、ビゴス(キャベツとザウアークラウトに、肉などを加えて煮込んだ家庭料理)とロールチキンカツレツを食べる。12:30バスに戻り、オシビエンチム(アウシュビッツ)へ。(続く)

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クラウン・ピアスト・ホテル&パーク

2018年10月24日(水) シフィドニツァの平和教会を後にし、14:30バスに戻る。クラクフへ300Pa240625_2㎞余の長距離移動、俄かに黒雲が空を覆い天気が怪しくなる。大平原を貫く道を走るが、道端に木を植えてあるのがアクセント、俄か雨、時雨れてきて強風はバスを揺らすほど。空いてはいるが一般道なので時間がかかりそう。どなたかが平和教会の売店で購入したCDがかかり、車内に重厚なパイプオルガンの調べが流れる。雨が上がり陽が射してくる。天気は目まぐるしく変わる。15:30高速道に乗る。16:00クラクフ迄221㎞地点通過。大穀倉地帯、トラクター畑の土を耕している。カントリーエレベーターの穀物サイロが建ち並ぶ。ポーランドは農業国である。高速道路にサービスエリアやパーキンPa240635グエリアは見当たらず、ガソリンスタンドがその役目を担っている。時々「鹿飛び出し注意」の標識。16:45-17:05ガソリンスタンドでトイレ休憩。売店できのこの瓶詰を発見、アンズタケとヌメリイグチとヤマドリタケ類、全種類買いたかったが重いのでヤマドリタケ類の1瓶のみ購入、9.99Zt(350円)也。いつもお世話になっている千葉菌の吹春先生(の奥様)にプレゼントするつもり。17:40クラクフまで100㎞地点、その標識をばっちり撮影する。高速道路にトンネルや橋梁が全くない。17:50カドヴィツェの町を通過、スズキの販売店がある。スーパームーンか大きな満月がPa250645中天に昇る。18:50漸くクラクフの街の明かりが前方に見えてくる。ポーランド第2の都会クラクフの街に入るとやや渋滞、18:55街角でバスを降り、公園の中を抜け、ヴァヴェル城の傍を通り、延々歩いて、やっとレストランBAZYLIA到着、夕食(19:15-20:30)にありつく。店内に日本人高校生の修学旅行の一団50名余が居る。カボチャスープ、鶏肉料理、アイスクリームを食べ、ビールZYWIECの生小を飲む。料理はまずまず。20:55バスに戻り今宵の宿へ。21:10クラウン・ピアスト・ホテル&パーク到着、表示は五つ星、一階の035号室に入る。少しゆったり目の部屋に、シングルベッド2Pa250650台、書き物机と椅子、長ソファ、TV(THOMSON)、冷蔵庫(ミニバー)、セーフティーボックス、電気ポット、ネスカフェコーヒー2本、紅茶2袋、クリーマー2本、砂糖4本、缶入りガス水2本、スリッパ2足置いてある。浴室には、浴槽なし、体重計、ドライヤー、ティッシュボックス、シャンプー&シャワージェル、固形石鹸があり、トイレの水勢・水量も十分であるが、お湯の出が悪い。ガス水に水道水を足して沸かし味噌汁を飲もうと思ったら、電気ポットが水漏れする。やれやれ、これじゃあ四つ星いくかどうか。シャワーを浴びてさっぱりすると早くも23:10、歯磨きして就寝。(続く)

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世界遺産「シフィドニツァの平和教会」

2018年10月24日(水) 11:10ヴロツワフの観光を終えてバスに戻り、南西に約50㎞離れたシPa240585フィドニツァの世界遺産「平和教会」へ向かう。チェコ国境に近いこともあって山がちの地勢となる。日差しが出てきて暖かい。農地に小区画に分かれ道具小屋が建つ貸農園?が見られる。シフィドニツァの街に入り、石畳の坂道で下車し、レストランKARCZMA ZAGLOBAで昼食(12:20-13:30)。イノシシの皮や熊の皮を飾ってあるワイルドな感じの民族レストラン、民族衣装を着たウエィトレスのサービスで、麺スープ、ポーランド風カツレツを食べ、ビールZYWIECの生小を飲む。カツレツは美味。バスに戻り平和教会見学へ。走ったと思ったら直ぐ降りる。13:40-14:35見学。シフィドニツァの平和教会は、「ヤヴォルPa240619とシフィドニツァの平和教会群」として2001年に世界遺産に登録された。これらの教会が造られたシロンスク地方(現在のポーランド南西部・チェコ北東部・ドイツ東部)は、住民の9割がプロテスタントだったため、三十年戦争の終結後にハプスブルク家(カトリック勢力)の支配下になっても”寛容の場所”として認められ、3つのプロテスタント教会が造られた。現在残っているのは2つで、グウォグフの教会は1758年に焼失してしまった。シフィドニツァの平和教会は聖三位一体を示し、ヤヴォルと同年の1655年に完成、3500本ものオーク材が使われておPa240608り(現在も95%がオリジナル)、木造建築の教会としてはヨーロッパ最大級と云われる。正門をくぐり参道を行くと、木組み白壁(チューダー様式?)の教会が見えてくる。建築の際に、「伝統的な教会建築様式を採用してはならない」などの様々な制約条件が課せられたため、木造の独特な教会になった由、レンガや石造りの巨大な威圧的な建物でない分、ほっとする。中に入ると、足場を組んで修復工事中で、職人が2人居る。バジリカ風の造りで信徒席が十字型に配置され、カトリック的な壮麗な装飾もあり、マルティンルターの肖像画も架けられている。4500本のパイプオルガンも見Pa240605事、バッハフェスティバルが毎年6月末から8月にかけて行われる。暖房設備がないので冬の堂内はマイナス6、7度になるらしい。外へ出て教会の周りを一巡り、裏手は墓地でやや荒れている。セイヨウナラの林があり、ドングリの実がいっぱい落ちている。冷えたせいでお腹が痛くなり、正門右手のカフェのトイレに駆け込みセーフ、2個室しかないが清潔、有料2Zt(70円)也。7Ztのコーヒーを飲めば無料だったが時間がない。14:30バスに戻りクラクフへ、約300㎞の長丁場。(続く)

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ヴロツワフ市内観光

2018年10月24日(水) 6:40目覚まし時計で起床。枕銭3Zt(100円)を置いてから、水道水を沸かして紅茶を飲み目を覚ます。夜中激しく降っていた雨、朝上がる。7:30-8:10朝食。フランスパンとバター、ベーコン、ハム、スモークチーズ、ヨーグルト、フルーツ(プルーンと洋梨)を食べ、オレンジジュースとコーヒーを飲む。食後、ホテルの写真を撮るため外へ出ると、身をPa240498切る様な風の冷たさ、真冬の風ぞ。但し、青空がのぞき、やっと傘さし観光から解放されるかも。9:00バスに乗ってヴロツワフ観光へ出発。今日は一番前の席、現地ガイドはマーチェさん、男性。車内で「ヴロツワフの小人マップ」が配られる。ヴロツワフはシロンスク(シレジア)地方の中心であり人口は63万人、6世紀には既にスラヴ人の集落ができていたという記録がある。その後14世紀になるとボヘミア王国に支配され、やがて神聖ローマ帝国に組み込まれた後、1945年まではドイツの一部だった。現在は6つの大学があり、12万人の学生が住む大学の街とのこと。最初は市の東に広がるシチトゥニツキ公園に建Pa240507grunwald_bridgeつ世界遺産の「百年記念会館」へ。9:20到着、百年記念会館は、ナポレオン戦争におけるライプツィヒの戦いの勝利から100周年を記念して、1911~13年に造られた巨大な建築物。世界最大級のコンクリート製円形ドームを持ち、近代建築に重要な位置を占めるとして、2006年にユネスコの世界遺産に登録された。現在は展示会場やコンサートに使われている由、内部に入場することなく外観のみ眺めて、名物の噴水も見ることなく、野外彫刻美術館?と金属製の高さ96mのオベリスク?を眺めただけでバスに戻り旧市街へ。途中、オーテル川にPa240518架かる石橋、1908-1910年に建造されたGrunwald Bridge(一名皇帝橋)を見る。9:55旧市街の街角でバスを下車、繊細な装飾が印象的な市庁舎が真ん中に建つ旧市場広場を、小人マップの小人像を探しながらうろうろ。ヴロツワフの小人は、観光客向けのアトラクション、即ち町おこしの手段として設置されたもの、もともとは1980年にポーランドの政党オレンジ・オルタナティブが当時の共産主義政治に対してのデモ「オレンジ・オルタナティブ運動」のため、風刺的に小父さん小人を旧市街地に設置したものであるが、現在は250体以上に増加し、街角の至る所に置いてPa24054798withdrawerある。小人マップには代表的な100体のみ掲載されているが、見つけ出せたのは1.SISYPHUS(シーシュポス)、7.PIGEON FANCIER(鳩愛好家)、76.BARTON(バートン・アイスクリーム・パーラー前)、91.LITTLE HELPER(ツーリスト・インフォメーションセンター入口)、98.WITHDRAWER(預金引き出し者)他12体どまり、ガイド付きの小人ツアーもあるらしい。途中、先週当選したばかりという新市長ヤーツァー・シュートレック(JACCK SUTRYK)氏にばったり、マーチェさんの知り合いなのか気さくに写真撮影に応じてくれる。10:30塩の広場で一旦解散、30分間のフリータイム。先ずは地下1階の有料トイレに入る。係りのPa240529jacek_sutryk女性にお金を払うが、男子用小便器(URINAL)は0.5Zt、個室(CABIN)は1Ztと表示があり、男性のみどちらか選択することができるようである。事が終わってから気が付いたので、結局1Zt払ってしまったが。市庁舎の周りをぐるぐる、広場に建つポーランドの詩人・劇作家・作家のALEKSANDER HR. FREDRO(1793-1876)の像を眺めたり、ビールの木樽を看板代わりに吊り下げた酒場SPIZを覗いたり、花屋をひやかしたりして時間を潰す。広場の外周を囲む商家はポズナン同様カラフルな5階建てから8階建て、見慣れてしまうと特段の感激はない。正11時、市庁舎の鐘楼の鐘が鳴る。11:10下車した処でバスに戻り、シフィドニツァへ向かう。(続く)。

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CAMPANILE WROCLAW STARE MIASTO

2018年10月23日(火) 15:05ポズナン散策を終えてヴロツワフへ向かう。16時近くなると陰鬱な暗さ、冬の足音が間近に聞こえる感じ、北国の秋は短く足早に去って逝く。所々で渋滞がありなかなか進まない。Pa240478GSでトイレ休憩(16:50-17:10)、外へ出るとスルメを焼いたような堆肥の強烈な臭いが漂う。町や村を縫う一般道を走っていくので時間がかかる。道行く人、特に男性の服装は、上下とも黒づくめで陰気臭い感じ。一歩町を出れば大平原の穀倉地帯が続く。18:55ようやくヴロツワフ到着、街角で下車し石畳の道を延々歩き旧市街のレストランKUZNIA SMAKUで夕食(19:00-20:30)。ジュレック(発酵ライ麦を使った酸味があるスープ、ソーセージと茹で卵入り)、煮込み料理、アップルパイを食べ、ビールLECHの生小を飲む。料理は塩辛くPa240483不味、未濾過の白ビールは柔らかく悪くない。20:40バスに戻りホテルへ。と思ったら即到着、今宵の宿カンパニーレ・ヴロツワフ・スタレ・ミヤスト(STクラス)にチェックイン、202号室に入る。先ずは水道水を沸かして日清カップヌードル(シーフード)を食べて腹ごしらえ、やれやれ、やっと人心地がつく。部屋はコンパクト、シングルベッドが2台並べてあり、横長の書き物机に椅子2脚、TV(LG)、電気ポットが備えてある。MWの500ミリリットル(ガスなし)が1本、インスタントコーヒー4袋(コーヒーとエスプレッソが2袋づつ)、紅茶(アール・グレイ)、ミントティー各1袋、砂糖4袋が付いてい
Pa240491る。但し、冷蔵庫やティッシュボックスはなし、ゴミ箱も浴室に1個だけ。浴室には浴槽があり、お湯もふんだんに出る。トイレの水勢・水量も十分、ドライヤーと大容量のシャンプー兼シャワージェルのディストリビューターが付いている。このホテル、STクラスというので余り期待していなかったがアメニティーは十分。コーヒーを飲んで煎餅を食べてから風呂に入る。浴槽に湯を張り半身浴でゆっくり温まる。何せ石畳の街歩きの連続に、座り心地が今一のバスに長時間揺られたせいで腰が痛む。外は大嵐、風音と雨音がうるさい、今回の旅の天気は今のところ最悪。昼にGSで購入した缶ビールの試飲をこなし、デジカメ電池の充電を仕掛けて、23:45ベッドに入る。(続く)

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ポズナン散策

2018年10月23日(火) 9:35トルン観光を終えてバスに乗り込む。今日は前から4列目、車内は温かいので走り出すと直ぐ眠くなる。外は雨で暗いし、Pa230424窓に水滴がついてよく見えないしで居眠りするしかない。車内のカセットデッキでシューベルトの「冬の旅」かショパンの「雨だれのプレリュード」でも聴かせてもらえば、少しは旅情の慰めになるかも。ガソリンスタンドで漸くトイレ休憩(11:15-11:30)、トイレチップ代わりに売店で500ミリリットルの缶ビールを買う。1缶100円也。ポズナン大聖堂の双塔を右に眺め、屋上にカールスバーグ(Carlsberg)の看板を掲げたビルを見ると、間もなくバス駐車場に入り下車、12:50歩いて旧市場広場へ向かう。ポズナンの人口は54万人(ポーランド第五の都市)、初代君主ミェシコ1世がポーランド王国を興した町であり、968年から1038年にかけてポーランド最初の首都として栄えた古都である。先ずは旧市場広場の旧市庁舎に隣接するレストランBAMBERKAで昼食(13:00-13:45)。ギリシャ風サラダとロールキャベツを食べる。ポーランド風ホットワインJEDYNY TAKIは一杯10Zt(350円)、他の人が注文したものをちょいと味見させてもらう。食後は14:50まで約1時間のフリータイム、ここは現地ガイドが付かないので、添乗員のEPa230435さんに教区教会見学に連れて行ってもらう。先ずは旧市庁舎(現在はポズナン市歴史博物館)の外観見学、第2次世界大戦で13世紀に建設されたゴシック様式の旧市庁舎は焼失してしまったが、その後イタリア・ルネッサンス様式で再建されたもので、瀟洒にして優雅。天気が良ければ更に美しいであろう。広場から南に2ブロック歩いて教区教会(The Parish Church of the City of Poznan、1651-1705年建造)に入場、内部はバロック様式の装飾で重厚に荘厳されている。静かに祈る信徒も居る中で写真撮影は申し訳なかったが、主祭壇、天井、壁、柱、パイプオルガンなど見学してかPa230426ら退場、再び旧市場広場に戻る。途中に岩塩坑を模したGROTA SOLNA(SALT CAVE)というヨガの店がある。広場に戻り、旧市庁舎隣の建物の地階にある公衆トイレに入る。女性係員が居て有料1.5Zt(50円)、ユーロは使えない。すっきりしてから旧市庁舎周りの広場をぐるぐる、戦後復元されたものであろうが、石畳の広場を3階建てや4階建てのカラフルな商家が取り囲む。広場には噴水と組み合わされて、聖人と天使像、ハープ弾きの像?、軍人像?、軍人像?、女神を抱く男神像?、水汲み桶を担ぐ婦人像など様々な意匠の像が建つ。また、旧市長舎の西隣にはヴィエルコポルスカ蜂起博Pa230452物館があり、1918年にヴィエルコポルスカ(大ポーランド)で発生した反乱に関する軍事資料を展示している。最後に、広場西側の丘上にある大きなレンガ造りの王城へ行ってみたが、入口がネットフェンスで塞がれ立ち入り禁止、その先の黄色の外壁の聖アントニオ教会を眺めて広場に戻る。バスの中に手袋を忘れたのは大失敗、体の芯まで冷える。傘が逆さになるほどの強風、もはや嵐、半端ない。15:05駐車場のバスに戻ったところでユッセナさんと別れ、今宵の宿があるヴロツワフへ向かう。(続く)

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世界遺産「中世都市トルン」

2018年10月23日(火) 5:40目覚まし時計で起床。髭剃り、洗顔、SCの荷造り。6:30-7:00朝食、P階(1階)レストランに下りる。朝飯が一番豪華、ハム、ソーセージ、スモークチーズ、茹で卵、クレープ、生野菜(キュウリ、トマト、レタス)、ヨーグルト、フルーツ(オレンジ、ブドウ、リンゴ)を食べ、チェリージュースとコーヒーを飲む。8:00出発、トルン市内観光へ。不要な荷物をバス車内に置き、Pa230333ホテルから歩き。現地ガイドはユッセナさん、日本語が話せる。風が冷たく寒い。首巻に手袋、ヤッケのフードを被り完全防寒態勢。トルン(Torun)の現在の人口は約20万人、13世紀にドイツ騎士団によって拓かれた町で、ヴィスワ川沿いに開けている。14~15世紀には商業都市としてめざましい発展を遂げた。また、地動説を唱えたポーランドの天文学者コペルニクス(1473-1543)が生まれた町として有名ある。ホテルから大通りを南下、交差点で向かい側に渡ってヨハネ・パウロ2世像を横目にしつつ、赤レンガ造りのニコラス・コペルニクス大学前の三辻に至る。大学の右隣り奥にPa230353大小の白い建物があるが、それはヴィラム・ホジツァ劇場。三辻を南下する通りに入ると右側の高い塀に囲まれた敷地に石造りの円筒形の建物が建つ。治安判事裁判所とのこと。左側の巨大なレンガ造りの建物は聖母マリア教会、14世紀後半の創建。そこから1ブロック南東に下ると旧市街広場に到着、「ヴァイオリンを弾く筏乗りの像」(トルンの都市伝説、街をカエルの災害から救った筏師の物語がモチーフ。トルンはヴィスワ川によるグダンスクまでの丸太浮送の拠点であり、筏乗り達の休憩地であった)を眺めるうちに雨が落ちてくる。近くに金ピカPa230386のカエルの像もある。広場の中央に1391年着工のゴシック建築、旧市庁舎(内部は博物館)が建つ。旧市庁舎もレンガ造り、トルン旧市街はレンガ造りの建物と石畳の道のオンパレード、中世のままの姿を今も留めている。中庭に入って時計塔を眺め、外へ出てコペルニクス像を眺める。ユッセナさん早口で声が小さく、イヤホンガイドの調子も悪くて、良く聞き取れない。傘を差しながらのメモも大変。旧市街広場からこれまた巨大なレンガ造りの聖ヨハネ大聖堂(13世紀起工)の建つ四つ角まで南下、右折して、鰐とヴァイオリンを掲げたレストランLIZARD KINGの前を通り、コペルニクスの生家(内部はPa230397博物館)に至る。外観だけの見学なのでどこもかしこも印象は薄い。9:00旧市街広場に戻り25分間のフリータイム、風雨が強まり外歩きには不向き、仕方がないので広場の南西角に建つ聖霊教会に入る。ミサの最中で厳かな雰囲気、長居はできず直ぐに出て、広場に面するピエルニク(ジンジャークッキー)の有名店KOPERNIK TORUNに飛び込み、ミックス1袋とホワイトチョコかけ1箱を購入する。雨はざんざ降り、傘が持っていかれるほど風が強く観光どころではない。今の時期、天気は変わりやすいとのこと、「トルンの斜塔」の傍を通ってヴィスワ河畔のバス駐車場まで歩き、9:35バスに乗りこむ。(続く)

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MERCURE TORUN CENTRUM

Pa230320_22018年10月22日(月) 19:50今宵の宿メルキュール・トルン・セントラム到着、204号室に入る。皆は、21時閉店という近くのスーパーへ走る。昨日と同じフランス系のMercure Hotels系列のホテル、ランクも同じSPクラス。やはりコンパクトな部屋にシングルベッドが2台、壁側にクロスするように置いてある。書き物机と椅子、丸テーブルと椅子、TV(Philips)、冷蔵庫(ミニバー)、電気ポットがあり、MWの330ミリリットル瓶が2本(ガス入りとガスなし各1本)、エスプレッソ4袋(内2袋はカフェイン抜き)、紅茶2袋、緑茶1体、ペパーミント1体、ミルク2個付き、セーフティーボックスはない。浴室に浴槽はあるが、カーテンPa230316や仕切りのガラス戸がない。ティッシュボックス、ドライヤー、シャンプー、シャワージェル、固形石鹸が付いており、アメニティは過不足なし。トイレの水勢・水量もまずまず。早速MWに水道水を足して湯を沸かし、備え付けのエスプレッソを飲む。デジカメの充電を仕掛けてから風呂に入る。浴槽に湯を張ると薄黄色に色づいている。配管の鉄錆びらしい。上がると22:00、日本茶を飲んでからベッドに入るも、スプリングが柔らかく、体が沈み込む。(続く)

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世界遺産「マルボルク城のドイツ騎士団の城」

2018年10月22日(月) 13:15バスに戻りマルボルク城へ向け出発。昼食のビールの酔いPa220303が回りうとうと。14:15マルボルク城到着、駐車場でバスを降りると現地ガイドの高齢女性ヤニーナさんが待っている。日本語は話せないので英語の案内、それを添乗員のEさんが通訳する。ドイツ騎士団(チュートン騎士団)は12世紀末、負傷した十字軍兵士を救済する病院から発展した修道会だが、軍事的な要素が強く、14世紀には異教徒との戦いを名目にバルト海一帯に勢力を振るって周辺諸国の脅威となっていた。騎士団は1274年、ポーランド北部にマルボルク城を建設、赤レンガで出来たゴシック様式の城は、東京ドームの4.5倍の広さを有し、1309から約140年間、騎士団本部となって1万人もの騎士を擁Pa220268していた。城内には礼拝堂とともに、武器庫、大砲鋳造所、牢獄があり、修道院且つ要塞としての機能を持っていた。しかし、1410年、ポーランド・リトアニア連合軍に敗れてから衰退の一途をたどり、城は1457年にポーランドに明け渡された。第2次世界大戦中の1945年、ソ連軍と籠城したドイツ軍との攻防戦により爆撃を受けて損壊したが、その後復元されて、1997年にユネスコの世界文化遺産に登録されている。雨がざんざ降る中、傘をさしての見学、それにしても巨大な城で、レンガ造りとしては恐らく世界最大級と思われる。空堀を渡って外壁Pa220287門をくぐり城内に入る。城館は4区画(高い城、中高の城、低い城、?)から成るらしく、世界遺産プレートが掲げられている内壁城門をくぐり広い中庭に入って騎士像を眺め、主館に入場して三階の礼拝堂(聖マリア教会?)に上がる。2014-2016年にアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェイの資金協力で保全修復工事が完了した旨の銘板が堂内の壁に嵌め込まれているが、内部はがらんどうに近く、壁に聖人像の残欠が並び、くすんで擦れたフレスコ画が見られるにすぎない。火の気のない城館内は身体が芯から冷える。真冬は堪らないであろう。石Pa220307_2炭を燃やし煙道を通して暖気を各部屋の床下や壁に送る暖房設備があるらしいけれど。専用のトイレ棟もあり、排泄物は三階から直接地階の排水溝へ落下する方式、衛生面に配慮してある。狭い中庭にはペリカンの屋根飾りを付けた井戸がある。最後に、広い中庭に面した建物の地階にある無料トイレを拝借し、内壁城門、外壁城門をくぐり、ノガト川に架かる長い木橋を渡って、16:15バスに戻る。バスの中は温かくほっとする。今宵の宿があるトルンへ向けてバスは高速道路を滑るように走っていく。アカマツの林が延々と続き、時々シラカバの林が交じる。ベラルーシやウクライナと同じ平原の景色、雨が上がり、Pa23031417:15地平線に黄金色の夕日が沈む。18:00高速道路を降り、18:20トルン城壁外のヴィスワ川河畔の駐車場着、外壁に沿って歩き、城門から市街に入って直ぐのホテルGROMADAのレストランで夕食(18:30-19:40)。三色サラダ、トマトスープ、チキン料理を食べ、ポーランドビールのティスキエ(TYSKIE)生小を飲む。デザートにトルン名物のピエルニク(ジンジャーブレッド)が付く。帰りも駐車場のバスまで10分間の外歩き、手袋とネックウオーマーが大活躍。バスに乗ってホテル到着が17:50.。(続く)

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グダンスク市内観光

2018年10月22日(月) 4:15トイレに起きそのまま起床。ガス入りMWを沸かしてコーヒーを淹れたが美味しくない。TVは18チャンネルがCNN、サウジアラビアの反政府Pa220033記者カショギ氏がイスタンブールのサウジ総領事館内で殺害された事件がトップニュース。6:30朝食を摂るため食堂に下りる。フランス系ホテルだけあってレストランがお洒落、コーヒーマシーンやジュースマシーン、ケチャップマシーンが垢抜けている。トースト、茹で卵、焼きトマト、ソーセージ、フルーツ(ブドウ、メロン、プルーン、グレープフルーツ)とヨーグルトを食べ、リンゴジュースとコーヒーを飲む。味はまずまず。エレベーターはカードキーを差し込んで自分の階のボタンを押さないと動かないし、他の階では下りられない。セキュリティーもしっかりしている。7:30漸く明るくなり、部屋の窓から大きな教会が近くに見える。8:00出発、曇り、風があって外は結構Pa220046寒い。グダンスク(Gdansk)はバルト海沿岸の港湾都市で人口46万人、ポーランドで最も美しい街のひとつ。1000年以上の歴史を誇り、14世紀にはハンザ同盟都市として繁栄を謳歌した。まずオリーヴァ(オリフスキ)公園へ。バスは指定席で一人参加者は2席占有と優遇されている。車内は冷え冷え、葉が散ってしまった裸木もあり寒々。街路樹はセイヨウシナノキ(セイヨウボダイジュ)が断然多い。バスはトラム通りを進んで行く。ちょうど出勤時間帯なので車が多い。グダンスク・オペラ座(Baltic Opera)、アカデミツキ公園、昔の貴族屋敷群、貧しい労働者のレンガ造り低層住宅群、最新ショッピングモール(Galeria Baltycka)、グダニスク大学、グダンスク市内唯一Pa220083のモスク、ワレサ元大統領の居宅(54番地)など、右に左にマルティナさんの説明があるけれど展開が早過ぎてついていけない。ワレサ氏の長男は、昨日投開票のグダンスク市長選に出馬したが落選したとのこと。8:30オリーヴァ公園駐車場着、オリーヴァ大聖堂の左手から園内に入る。マルティナさんの案内で園内をぐるぐる、元宮殿と云う黄色の壁の建物は民族博物館。園内の樹木はカエデ、セイヨウボダイジュ、ナラ、マロニエなど、今夏は異常に暑かった(32℃)とのことで茶色に変色して早くも落葉している木が多く、期待の紅葉・黄葉は美しくない。水辺もあって水鳥やリスが遊び、自然度は高い。また、Pa220104キクやバラ、ダリア、ラベンダーなど花壇の手入れも行き届いている。時期が遅いとみえ、きのこは全く見つからない。1108年創建のオリーヴァ大聖堂に入る。現在見られる2本の尖塔を持つバロック様式の美しい姿に改装されたのは17世紀、最大の見どころは7876本のパイプを持つ馬蹄型オルガン、ヨーロッパでも有名なオルガンらしい。内装は白を基調にした地味なものであるが重厚な感じ、祭壇中央に聖母マリア像が飾られている。又堂内にポーランド人初のローマ法王となったヨハネ・パウロ二世像がある。それにしても、これだけの大聖堂や大公園に公衆トイレがないのが不思議、日本ならちょっとした神社仏閣にも必ず備わっているのに。Pa2201239:15バスに戻り、次はグダンスク造船所と連帯記念碑へ。9:45ポーランドの民主化運動の資料を展示している博物館・ヨーロッパ連帯センター傍の駐車場に到着、高さ42m、三本の十字架型の連帯記念碑を眺める。記念碑は、「連帯」が政府の弾圧を受けた時、それに抵抗して命を落とした労働者の慰霊碑である。グダニスク造船所(旧レーニン造船所)の看板を掲げてある正門から入場し、造船所をイメージした鉄錆び色の角張った造りのヨーロッパ連帯センターに入館し、無料のトイレを拝借する。序に内部を見学、ワレサ元大統領は同造船所の一電気技師だった由、「連帯」議長時代の写真パネルの前で記念写真を撮る。トイレの便器や洗面台までが四角張った形に意匠統一してあPa220159るところが面白い。外へ出ると一天俄かに掻き曇る。北国特有の空模様で陰鬱。10:00バスに戻り、10:20旧市街の入口「高い門」近くでバスを下車。シェークスピア劇場、ポーランド国立銀行を眺めながら「高い門」に至る。高い門は旧市街の表玄関、1588年の完成で、門の上にポーランドとドイツ騎士団とグダニスク市の3つの紋章が飾られている。そこをくぐるとレンガ造りの高い塔が現れる。14世紀に建てられた「囚人塔」で、もともとは町の防衛のために造られたものだが、その後300年に亘り囚人を閉じ込めたり拷問するために使われた。現在、内部は琥珀博物館。その先に1614年完成の「黄金の門」があり、そPa220174こをくぐると旧市街のメインストリートであるドゥーガ(Dluga:長い道)通りに入る。通りの両側には第二次大戦で大きな被害を受け、戦後修復されて美しい姿を取り戻した街並、ゴシック、ルネッサンス、バロック建築の背の高い建物が軒を連ねる。商人の住宅、4階建て住宅、スターバクス、一番細長い民家、5階建てのロシア文化センター、現在グダンスク歴史博物館として公開されている高さ78mの尖塔を持つ旧市庁舎(1379年着工、1561年完成)などを眺めながら、ネプチューンの噴水(1633年完成)があるドゥーギ広場に至る。ネプチューン像の後ろの建物はアルトゥスの館で会議場とPa220190裁判所、向かい側の4棟は王様の民家と呼ばれる中世貴族屋敷、戦前と全く同じ姿に復元された建物で、向かって左からシンプル?様式、オランダルネッサンス、イタリアルネッサンス、バロック様式、・・と、マルティナさんの説明が続く。広場を突っ切り、緑の門(1568年建造)をくぐって、グダンスク港に注ぐモトワヴァ運河にかかる緑の橋に出る。その辺りが旧港で、バルト海につながるモトワヴァ運河はハンザ同盟華やかなりし頃から19世紀まで多くの船が行きかい、かなりの賑いだったという。しかし船舶の大型化で港の重要度はグディニアなどへ移り、今は小さな観光船が行きかう程度。運河の両Pa220202側には15、16世紀頃からの倉庫群が点在しているが、右岸は再開発の真っ最中、外観は昔風の家屋に似せ、中身はホテルやマンションの新築工事が進んでいる。緑の橋から引き返し、グダニスク名産の琥珀の店が軒を連ねる運河の左岸沿いを歩く。俄かに雨が落ちてくる。コウノトリの棟飾りをつけた昔の倉庫の、巨大な木造クレーン付属の足踏み式車輪を見学し、そこから再び街中へ。琥珀店が連なるマリアッカ通りを抜け、ライオンの噴水と、王室礼拝堂(161年完成)を眺め、レンガ造りの教会としては世界最大級の聖母マリア教会(1343~1502年にかけ160年を費やして建設)に入場する。グダンスクで2番目に大切な教会とのことPa220221で、1番目は今朝一番に訪れたオリーヴァ大聖堂の由。聖母マリア教会の内部は修復工事中で、主祭壇も聖人像も仮の姿、15世紀に作られた天文時計やパイプオルガン、ハンス・メムリンク作「最後の審判」の複製画(本物はグダンスク国立美術館に寄託)、星形円天井などを見学する。天井や内壁は全て純白で清々しい。教会の前の通りは左がパン通り(Chlebnicka)、右がビール通り(Piwna)と名付けられている。それを左右に見送ってドゥーギ広場に戻り、11:45昼食レストランLATAJACY HOLENDER着、マルティナさんにお礼を言って店の前で別れる。12:00-13:10昼食、魚スープとピエロギ(水餃子の一種、餡はジャガイモ他)の2皿、ジヴィエツ(ZYWIEC)の生小を飲む。13:15バスに戻り、マルボルク城へ。(続く)

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メルキュール ステア ミアスト

2018年10月21日(日) 19:10やっと迎えのバスに乗り込む。今日と明日の現地ガイドはポーランド美人のマルティナさん、京都に1年間留学?したことがあるらしく日Pa220025本語が上手い。運転手はピョートルさん、最終日前日のクラクフまで通しで運転してくれるそう。グダンスクの夜空に丸い月が昇る。19:35今宵の宿、メルキュール・ステア・ミアスト(MERCURE STARE MIASTO)到着、312号室に入る。SCを開けるスペース確保にも苦労するコンパクトな部屋に、シングルベッド2台、書き物机と椅子、丸テーブルとソファ2台、TV(PHILIPS)、冷蔵庫(空)が置いてあり、セーフティーボックス、電気ポット、ミネラルウオーター(MW)500ミリリットルペットボトルが2本(ガスなしとガス入り各1本)、エスプレッソ4袋、クリーマー2本、紅茶2袋、カモミール茶1袋、ペパーミント茶1袋が付いていPa220029る。浴室には、浴槽があり、ティッシュボックス、ドライヤー、コンディショナー入りシャンプー、固形石鹸が付いており、アメニティーは十分、トイレの水勢・水量も申し分ない。さすがSPクラス(四つ星)のホテル。先ずデジカメ電池を充電、コンセントプラグはC-2型。電気ポットでMWを沸かし、日清カップヌードル・カレーを食べる。機内食はろくに食べなかったので腹ごしらえ、これが一番美味い。浴槽に湯を張って風呂に入り温まる。排水はややのろま。22:05(日本時間、10月22日5:05)鼻炎の薬を飲んでベッドに入る。(続く)

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大満喫ポーランド8日間(成田→ワルシャワ→グダンスク)

2018年10月21日(日) 4:30起床、濃いめのコーヒーを飲んで目を覚ます。5:50南柏駅まで妻にハスラーで送ってもらう。我孫子、成田で乗り換え、成田空港第一ターミナルビル4階出発ロビーに着いたのが7:40、JTB旅物語のカウンターでPa210003受付を済ませ、LOTポーランド航空カウンターにチェックイン、スーツケース(SC)を預ける。ANAカードを提出しマイレージも加算してもらう。成田~ワルシャワ、ワルシャワ~グダンスクの2枚の航空券とも通路側座席をあっさり確保、幸先が良い。両替所で1万円をポーランドの通貨ズロチ(zlもしくはPLN)に交換、280zlと116円を受け取る(1zl=35.3円)。手荷物検査、出国検査を終えて搭乗口42へ進み、10:15ワルシャワ行きLO80便に搭乗、31G席に座る。機種はBoeing787 Dreamliner、座席は3-3-3席並び、隣はポーランド個人旅行の日本人の若いカップル。10:40離陸、ワルシャワまで11時間の空の旅始まる。欧州へPa210006の直行便に乗るのは久しぶり。小山市上空から富士山が綺麗に見える。新潟上空から日本海へ抜ける。金子光晴著「西ひがし」の頁を開き続きを読む。11:30の飲み物サービスに、ポーランドビールのジヴィエツ(ZYWIEC)をもらう。続いて12:00食事サービス、牛肉料理には手を付けず、パンとチーズ、サラダ、フルーツのみ食べトマトジュースを飲む。うとうとしたり、本を読んだり、18:30「西ひがし」読了。腕時計をポーランド時間に合わせる。10月最終週までサマータイムとのことでマイナス7時間。19:30モスクワ上空通過、あと1時間半。19:45二回目の食事サービス、パスタ料理。ポーランド航空の食事は簡素だけれど、これぐらいで丁度良い。うどんとサラダとパンを食べコーヒーをもらう。20:00ベラルーシのミンスPa210019ク上空、今月初めに訪ねたばかり。20:50(現地13:50)ワルシャワ・ショパン空港着陸、自宅を出てから15時間、やはり直行便は楽。外気温16℃、ヤマドリタケ(ポルチーニ)の本場、ポーランドに初入国。空港内入国審査は大渋滞、両替所を見ると1zlが35.5円で成田空港と変わらない。乗り継ぎ客の手荷物検査も長蛇の列、靴もベルトも時計も眼鏡も全て外させられる、厳しい。1時間を要して漸く国内線ビルへ、グダニスク行きの搭乗口45は一番端で遠いのなんの。しかも、16:35発のLO3815便は遅れているらしく搭乗口ロビーで大分待たされる。搭乗案内板をPa220023見るとリヴュウ(Liviv)行き便もある。先日お世話になったリヴュウ現地ガイドのタロスさん元気かな。17:15漸く搭乗、28B席に座る。機種はブラジル製のEmbraer190-200、細長い飛行機で2-2席並び、ほぼ満席、17:40離陸、飛び上がって直ぐに水とお菓子のサービスがある。トイレは最後尾に1か所のみ、短時間の飛行故か使用禁止、ひぇ~。18:15あっという間にグダンスク空港到着。SCがなかなか出てこない、しかもSCが壊れて出てきた人もいて更に時間がかかる。今回の参加者は30名(男性9名、女性21名、一人参加男性3名・女性5名・計8名、夫婦6組、母娘2組、女性友人3組)、19:10やっと迎えのバスに乗り込む。(続く)

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PARVA RES NERO D' AVOLA 2017

Nero_d_avola_pa2000022018年10月20日(土) パルヴァ・レス・ネロ・ダーヴォラはイタリアのシチリア産赤ワイン、ブドウ品種はネロ・ダーヴォラ100%、アルコール分13%、中口でまろやかでしっかりしたボディ感があり、美味しいです。個人的な評価は☆☆☆。生産者はカルーソ・エ・ミニーニ(CARUSO E MININI)。高島屋柏店のゴールデン・デラックス・セールで、12本セットをまとめ買いした中の1本です。輸入元はエノテカ株式会社(港区南麻生)。

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ズイキ干し

2018年10月18日(木) 里芋の茎を10本切ってきてピ-ラーで皮を剥き洗濯物干しに吊るす。畑の里芋品種が土垂(どだれ)の為、我が家のズイキは青ズイキ、本当は赤ズイキの方があくやえぐみが少なくて美味しいのだが・・。好天が続けば一週間で干し上る。お正月の雑煮用です、せっせと冬支度。
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キュソラ ブランコ(CUSORA BIANCO) 2017

Cusorapa1600052018年10月17日(水) イタリアのシチリア島産白ワイン、キュソラ ブランコ 2017年。2日前に開栓し、既に半分以上飲んでしまいました。生産者はカルーソ・エ・ミニーニ(CARUSO E MININI)、ブドウ品種はシャルドネ(Chardonnay)とヴィオニエ(Viognier)。輸入元エノテカ株式会社(東京都港区南麻布)のホームページでは1本1,800円とありました。アルコール分12.5%、味わいは、中口、あっさり、ややフルーティーといったところ、私の評価は☆☆。

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日本とウクライナの緑のトンネル比べ

2018年10月16日(火) 今月の初め、ウクライナ西部の僻村クレヴァニにある緑のトンネル(写真左)を見学してきましたが、あんな遠くまで行かなくても、房総半島の養老渓谷傍に緑のトンネルが存在します。大多喜町葛藤にある向山隧道(同右)がそれで、緑色の光に浮かび上がる幻想的な二重トンネルはパワースポットの資格充分、いずれウクライナの「愛のトンネル」の様に、日本の「恋のトンネル」、恋愛成就の願いが叶うパワースポットとして売り出され、世界中の人々を魅了する日がやってくるかもしれません。
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千葉菌類談話会 第84回観察会(いちはらクォードの森)

2018年10月13日(土) 今日は千葉菌の観察会、会場は養老渓谷近くのいちはらクォードのPa130005森(旧市原市民の森)で自宅から80㎞余あるため7:15出発、国道16号線を走る。10:00到着、受付を済ませNO.19の腕章を受け取る。全員の集合写真を撮影した後、吉田副会長からくれぐれも事故がないようにとのご注意を頂く。10:15-13:15いわき市から参加のDさんと一緒に、さくらコースを上がりもみじ谷コースを下って周回、バカマツタケを一生懸命探したが今回も見つけられず。見かけたのは、アンズタケの仲間、ウチワタケ、キシメジ、キタマゴタケ、サクラシメジ、シロアンズタケ、シロカノシタ、シロソーメンタケ、チリメンタケ、ナラタケ、ハダイロPa130066ニガシメジ(仮称)、ブナシメジ(写真)、ベニタケ類、ホウキタケの仲間、ミネシメジ、ヤケイロタケなど。まさか千葉県でブナシメジに出合えるとは・・、基材はケヤキの胴切り丸太なので、栽培品の胞子が着生したものかもしれません。鑑定会場のテ-ブルの上には、バカマツタケが9本、ハツタケが1本、ほかにもウラベニホテイシメジやサクラシメジ、タマゴタケ、ハタケシメジなどの優秀食菌が並びました。15:00鑑定会の途中で中座、18:40帰宅。

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ナラタケ採り

Pa1100082018年10月11日(木) 近所の富士浅間神社へ行き、クヌギの切り株周りに生えているナラタケ(多分、ワタゲナラタケ)採り。ナラタケの中では、毎年今頃いち早く発生する。塩水に浸けて虫出ししてから、春に採取して冷凍庫に保存していたハルシメジと一緒に得意?の佃煮作り。まずまず美味しくできました。

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菜園の恵み(189) シルクスイート

Pa1100012018年10月10日(水) 夕方、畑へ行ってサツマイモの試し掘り。タマネギ苗の移植場所を確保するため、一番遅く7月15日に植え付けた4株を掘り上げました。品種は、水捌けの悪い我が家の畑でもまずまず美味しい芋が穫れるシルクスイート、今日の収量は3.8kg。明日、友人と会う約束があるので、手土産に少し持っていきます。

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定点観察・下田の杜(柏市)

2018年10月9日(火) 午後から酒井根の下田の杜へ行ききのこ観察。前回9月26日に続く2回目、今回は下田の杜の自然をPa090083守る会のTさんに、関係者以外立ち入れない山林部分を隅々までご案内いただく。出合ったきのこは、初見のハラタケ科不明種(ニセモリノカサ?)を含め約30種、楽しい時間を過ごす。
《観察種》 1.アセタケ属、2.アセタケ属、3.アンズタケ属、4.イボテングタケ、5.ウスバタケ、6.エゴノキタケ、7.カレバキツネタケ、8.ガンタケ、9.キタマゴタケ、10.キッコウアワタケ?、11.クサウラベニタケ、12.コテングタケモドキ、13.シロオニタケ、14.シロニセトマヤタケ、15.スミゾメヤマイグチ、16.タケリタケ?、17.タマチョレイタケ(写真)、18.ツエタケ、19.ツルタPa09008511ケ、20.ニガクリタケ、21.ノウタケ、22.ハダイロニガシメジ(仮称)、23.ハラタケ科、24.ヒメワカフサタケ、25.フクロツルタケ、26.ベニタケ属、27.ベニタケ属、、28.ホウネンタケ、29.ミドリニガイグチ、30.ムラサキヤマドリタケ、31.ワタゲナラタケ?。

T様、ありがとうございました。

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カリンの蜂蜜漬け

Pa080003_32018年10月8日(月) 今年はカリンが大豊作、先日の台風24号の強風で落果したカリンが畑にごろごろ転がっていたのを拾い集め、庭の木に珍しく4個実ったカリンも合せて、今年3回目となるカリン飴作り、丸々半日仕事です。序に2個はイチョウ切りにして蜂蜜に漬けてみました。

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ヤマグリ

Pa0800012018年10月6日(土) 市内某公園へ例年通り栗拾いに出撃、ウクライナ・ベラルーシ旅行から戻ったのが4日だったため、今年は完全に出遅れ、既に誰かに拾われた後で、わずか5個しか見つかりませんでした。

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ウクライナ土産(5) 蜂蜜

Pa050839現地旅行会社からの頂き物、ベラルーシ産蜂蜜、50g4瓶、計200g。1瓶でもありがたいのにとても気前が良いです。ベラルーシ語表記なのでさっぱり分かりませんが、グーグル翻訳の助けを借りると、「お土産用蜂蜜」とあって、左から順に、ヒース(蜜源?)、牧草(同)、プロポリス、花の花(雑蜜?)と読め、どうやら4種類の蜂蜜が入っているようです。製造年月日は2018年3月31日。ごちそうさまです。

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ウクライナ土産(4) チョコレート

今回の旅行はバスの移動時間が極めて長く、トイレ休憩は専らガソリンスタンド、どこも清潔に維持されていて気持ち良く利用できた上に無料だったので、トイレチップ代わりに売店でお菓子を購入しました。写真左は、クルミ入りヌガー、ひと箱7個入り180gで380円。右は、チェリー・マーマレードと板チョコ。チェリーマーマレードは一口羊羹のようなものが5個入り120gで310円、「大統領」という名の板チョコはカカオ78%、100gで150円でした。
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ウクライナ土産(3) カレンダー

猫好きの家人のためにキャット・カレンダーをキエフ地下鉄のアルセナリア駅構内で購入しました。1部75グリヴナ(360円)。ウクライナは美人女性で有名ですが、街を歩く猫も負けず劣らずベッピン揃い。まあ値段が値段だけに日本のカレンダーのような上等な質感はありませんが、これで1年間機嫌よく楽しく暮らしてもらえれば・・。
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ウクライナ土産(2) フルーツゼリー

世界で一番深い地下鉄駅アルセナリア駅を出て徒歩10分、1996年創業の東ヨーロッパ最大の菓子メーカー、ロッシェン(ROSHEN)の店でフルーツゼリーを3種類購入しました。いずれも量り売りで合計が57グリブナ(273円)、信じられないほど安いです。源吉兆庵の陸乃宝珠や粋甘粛なら1個も買えない値段ですが、大皿一杯のフルーツゼリーは味もまずまず、超お買い得でした。
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ウクライナ土産(1) ワイン

Pa050843黒海に面したオデッサ地方にある1822年創業、ウクライナでも5本の指に入るワイナリー、シャーボ(SHABO)の2016年産赤ワイン、ブドウ品種はサペラヴィ(Saperavi)100%。キエフで宿泊したホテル・ウクライナの目の前の独立広場地下にあるスーパー・ヴィラ(BILLA)へ行って購入しました。1本80グリヴナ(384円)、これでも棚に並んでいる国産ワインの中では最も値段が高いクラスです。とにかく、ウクライナは物価が安く、日本の3分の1から5分の1位の感覚、カタール航空の無料預入手荷物許容量は30kgなので、右肩さえ痛くなければどしどしお土産を買ったのですが・・。ラベルのウクライナ語をグーグル翻訳で調べると「セミスイートの赤」、どんな味わいか楽しみです。

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ベラルーシで飲んだビール

ベラルーシの滞在は丸1日しかなかったため、試飲できたビールは2種類に止まりました。1種類目は、9月30日、ミール城の目の前のレストランDoroga Zamkov(城の道)における昼食時に頼んだLIDSKOEの生ビール(写真左)、500ミリリットルの値段は4ベラルーシ・ルーブル(約200円)。小麦ビール(Weizen bier)のため泡立ちが良く、未濾過ゆえに白濁しています。苦味が弱く、雑味があって、評価は☆☆。製造元はリトアニア国境近くのリダ市(Lida)にある1876年創業のLidskoe Brewery。2種類目は同じ日のブレストで宿泊したホテル・ベラルーシのレストランで夕食時に飲んだハイネケン(Heineken)の小瓶、値段は2BLR(100円)、評価は☆☆★。ネットで調べると、2007年~2014年の間、ボブルイスク市にハイネケンをライセンス生産するビール工場があったようですが現在は撤退したとのこと、オランダ本国からの輸入品か、近隣国のビール会社のライセンス生産品かもしれません。せっかくなのでローカルビールを飲みたかったのですが・・。
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ウクライナで飲んだビール

先ず、往きのカタール航空、成田・ドーハ間の機内で飲んだのはKIRIN ICHIBAN、ドイツのフライジングにある世界最Kirin_ichibanp9270003古のビール醸造所、ワイフェンシュテファン州立醸造所が2010年10月からライセンス生産しているキリンビールの一番搾り。アルコール分5%、評価は☆☆☆。
ウクライナ国内で飲んだビールは全部で5種類、1種類目は、9月29日のキエフの昼食レストランBUD'MO!(乾杯)で飲んだ地ビールCHERNIHIVSKE LIGHTの中瓶、値段は25UAH(125円)。ハルキウ市にあるChernihivske社(1988年創業)の製品で、アルコール分4.4%、評価は☆☆。2種類目は、同じ日のキエフの夕食レストラン、コサック タラス・バルバで飲んだ生ビールの大(500ml)、値段は60UAH(300円)。レストランと同じ名前のジョッキに入っていますP9290232が、どこかに委託生産しているハウスビールなのかも知れません。評価は☆☆★。3種類目は、10月1日のリブネ市内の昼食レストランBURSHTYNで飲んだ1664 BLANCの生小(300ml)、値段は25UAH(125円)。1664はフランスのクローネンブルグ社のブランドですが、生なので近隣のビール工場でライセンス生産しているものと思われます。4種類目は、同じく1日のリヴィウの宿泊ホテル、スプートニクのレストランの夕食時に飲んだLvivske 1715の小瓶、値段は35UAH(175円)。地元リヴイウ市にあるLvivska Brewery(今はカールスベルグ・グループのSlavutych Breweryの支配下)の製品でアルコール分4.7%、評価は☆☆★。5種類目は、同じく1日、ガソリンスタンドの売店で購入したZhyve Pivo(Live Beer)の中瓶、価格は19UAH(95円)。テルノーピリ市(Ternopil)にあるPivzavod Opilliaの製品で、アルコール分4.1%、苦味弱く、DA臭があってだれる、評価は☆★。
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ウクライナとベラルーシのトイレ事情

ウクライナとベラルーシで宿泊したホテルのトイレは水勢・水量とも十分で、使用済みペーパーを便器に流すことが出来ました。また、長時間バスで移動する際のトイレは、ガソリンスタンド(GS)を利用しましたが、殆どが無料で、清潔に維持されており、ペーパーも付いていました。但し、男女とも個室は1ケづつしかなく、使用済みペーパーは流さずに傍の屑籠に入れねばなりません。また、トイレ休憩するGSは決まっていた様なので、日本人旅行客を案内できる衛生水準のGSだったのか、売店併設で売り上げアップが狙いだったのかもしれません。写真上段は、9月29日午前のウクライナ建築民俗博物館のトイレです。120ヘクタールの敷地に此処一か所というのは信じられませんが、コンテナを改造したようなトイレは内部に男女兼用の個室が3ケあり、専属の清掃担当の女性が居て、常に清潔に保たれています。下段の写真は、同じく29日の夕食のレストラン、コサック タラス・バルバの男女別トイレです。扉の表示が分かりやすく、便座シートまで備えてあり感激ものでした。
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帰国/天然温泉平和島

2018年10月2日(火) 19:55キエフ国際空港到着、カタール航空カウンターに個人チェックイン、マイレージカードを提出し、キエフ→ドーハ、ドーハ→成田の2枚の航空券を受け取る。メンバー23名中3名はドーハまでPa030817の航空券しか受け取れず、どうやらダブルブッキング?のようで、ドーハに着いたらトランスファーのカウンターで交渉してくれとのこと、乗り継ぎ時間が短いのに間に合うのか。安いチケットの団体旅行客は冷遇される。幸い自分は2枚とも通路側座席をもらえたが。手荷物検査と出国検査をクリアすると1時間ほどフリータイム、空港内のグリルでアイスクリームを食べる。獅子文六著の「コーヒーと恋愛」の続きを読む。23:05ドーハ行きQR298便に搭乗、22C席に座る。幸い隣は空席、旅行会社のアンケートに辛口の回答を記入する。23:30離陸、ドーハまで3896㎞、5時間の空の旅が始まる。
10月3日(水) 0:30食事サービス、パンとマンゴーチーズケーキのみ食べる。少しうとうと、映画を見る気にも本を読む気にもなれない。3:50間もなくドーハ国際空港着陸のアナウンスがあり、機内に照明がとPa030825もり明るくなる。4:30まずはドバイ空港安着、外気温31℃。トランスファーカウンターへ行ってキエフで成田までのチケットを発券してもらえなかった3人は、めでたく通路側の座席をもらえてニコニコ顔、それではと真ん中席のメンバーが座席変更を交渉してみたが、「I can't!.」とあっさり拒絶されてしまう。「人間万事塞翁が馬」、何が幸いするか分からない。手荷物検査を済ませ搭乗口B8のロビーに入る。6:35成田行きQR812便搭乗、20H席(通路側)に座る。7:00離陸、10時間の空の旅が始まる。日本時間に時計を合わせる(→13:00)。14:30食事、鮭弁をもらってはみたものの・・、Pa030827ヨーグルトとリンゴとクロワッサンのみ食べ、コーヒーを飲む。17:40水を貰ってトイレで歯磨き。なかなか遠い、まだまだ遠い。丸窓から氷雪に覆われた高山が見える。あと5時間、4700㎞。19:00 KIRINN ICHIBANを1本もらい、柿の種をつまみに飲む。19:50夕食、和食をもらい蕎麦と海苔巻きとケーキを食べ、マンゴージュースを飲む。「コーヒーと恋愛」読了。22:40ようやく羽田空港安着、外気温21℃。SCを受け取り税関を抜けて、ANA手荷物宅配センターへ行ってSCを預ける。女性の係員だが柔らかい受け答えなし、少々苛立ち気味。液体物は預かれないと強硬で、仕方なくSCを開いてワインを外へ出しリュックに収める。しかも届けは明後日とのこと、JTBの無料宅配券利用とはいえ面倒なもの。
10月4日(木) 0:40発のシャトルバスで天然温泉平和島へ。カタール航空のサービスで、同温泉の朝食付きのウェPa040828ルカムコース深夜パック(3,500円?)が無料で利用できる。昨日中の帰宅は困難なので、温泉に入って旅の疲れを癒し、朝までのんびりくつろぐことに。1:00天然温泉平和島到着、フロントで館内着とタオルセットを貰い、早速都内屈指の湧出量を誇るという温泉に入る。気泡浴、寝湯、全身浴、炭酸浴、ドゴール浴(天然ラドン温泉)など一通り試す。手荷物は全て鍵付きの個人ロッカーに収める方式、上がってさっぱりすると2:20、さあ寝よう。と、大広間を薄暗くしたリラックスルームのリクライニングシートに横になるが、雑魚寝状態で隣近所の鼾がうるPa040830さくて眠れない。シートも硬くて右肩が痛み駄目、ごろ寝部屋に移り畳の上で毛布を被ってうとうと。6:40起き上がると体中が痛む。まるで、無人山小屋の床板の上に寝起きした感じ、参りました。久しぶりにNHKのニュースを見ると台風25号が日本列島に又も来襲しそうとのこと、9月30日/10月1日の24号に続き連続直撃らしい。7:30-8:00朝食、トースト、ベーコン、ハム、ソーセージ、サラダ、スープを食べコーヒーを飲む。結局、メンバー23名中天然温泉平和島宿泊は9名、都内在住で昨夜のうちに帰宅できた人が多い。8:40発の京急平和島行きのワンコインバスの無料券をもらい、品川駅、上野駅、新松戸で乗り換えて10:15南柏駅無事到着。(完)

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キエフ市内観光(3) ペチュールスカ大修道院

2018年10月2日(火) 10:25立派な駅舎のリヴュウ駅到着、スーツケース(SC)をポーターに預ける。外気温14℃。底冷えする中、ホームに入ってからも大分待たされる。隣のホームに停車している列車からPa020763_2もくもくと排気ガスが出てきてアーケード式ホームに匂いが籠もり息苦しい。SLでもなさそうだし、今時まさか石炭暖房車?。ホームは低く線路から30㎝ほどの高さしかないが、線路の上はたばこの吸い殻だらけ、清掃係の叔母さんは居るものの、ホーム上のゴミや吸い殻を箒で線路上に掃き出すだけ。キエフ行きの列車が入ってきて、ホームで現地ガイドのタロスさんと別れ11:28乗車、2号室に座る。コンパートメントの下段ベッドに6人掛けなので非常に狭い。また、各客室の頭上の上段ベッドに23個全部のSCを上げる約束だったが、他の乗客も乗り込んできて狭い通路は大混Pa020777雑、ポーターは大苦戦と大混乱、結局、発車のベルも鳴らずに列車が動き出したため、廊下に10個の荷物を放り出したままポーターは大慌てに列車から飛び降りる。やれやれ、積み残しがなかったから良いようなものの、とんでもない旅である。列車は途中、全く駅に停車することなくキエフへ直行、それでも6時間近くかかる。仕方がないので同室の皆さんに得意のきのこ談義を披露して旅愁を慰める。面白いということで客室の梯子まで行う出血大サービス。今回はメンバー23名全員がひとり参加だが、自分は観光ではいつも最後尾を歩いて写真を撮り、バス車内ではしきりとメモばかり取っていたので誰もが話しかけ難く、いつのまにか奇人・変人と思われていたらしい。中で口の悪い御仁は変態とまで言っていたらしいけれど・・、列車内の講義ですっかり見直されて面目一新、呼びかけも「先生」とか「博士」とか「仙人」とか尊称?に変わる。そうこうして退屈を紛らしているうち、17:15漸くキエフ駅到着。SCは再び2$づつ払ってポーターに運び出してもらう。駅構内で、音もなく忍び寄る若い2人組女性に、リュックや肩掛けバッグのチャックを開けられたメンバーも居たが、貴重品にPa030795まで手が伸びる前に気が付いて事なきを得る。ジプシーによるスリ被害が多いとのことで油断できない。17:40キエフ・ガイドのニーラさんと再会し、バスに乗り込む。最後の観光は世界遺産の「ペチェルスカヤ大修道院」、正門に着いたのは18:15、大分薄暗くなる。修道院の歴史は1051年、ギリシアの修道僧2人がドニエプル河岸の洞窟で修道生活を営んだことに始まる。境内は広く、上の修道院と呼ばれる北側には、ウスペンスキー大聖堂を取り囲むように聖三位一体教会、大鐘楼、ウクライナ歴史文化財博物館、トラペズナ教会が建つ。この他にPa030807修道士たちの地下墓地がある南側の下の修道院と呼ばれる区域もある。とても30分や1時間では見学しきれない。結局、ミサの最中のトラペズナ教会にだけ入場し、蒔絵を施したオリエンタル風の柱や内部の壁面を覆う20世紀初頭に描かれた見事なフレスコ画をさっと鑑賞しただけで退場、トラペズナ教会の出口階段を下りると展望テラスに出る。テラスから暮れなずむドニエプル川と新市街の高層ビル群を一望する。最後の最後に、境内の清潔な無料トイレを拝借してすべての観光が終了、19:00バスに戻りキエフ国際空港へ向かう。(続く)

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世界遺産「リヴュウの歴史地区」

2018年10月2日(火) 六時、目覚まし時計で起床。いよいよというか早くも最終日、朝は冷え込み、エアコン(設定23℃)入れる。髭を剃り、日焼け止めを塗ってから、SCを詰め直して帰国準備。枕銭を25グリブナPa020668(1米ドル相当)置いて、現地通貨をほぼ使い切る。ドアの外にSCを出してレストランへ。朝食(7:00-7:30)に、酢キャベツとキュウリのピクルス、プルーン3個、ケーキを食べ、トマトジュースとコーヒーを飲む。8:00出発、世界文化遺産の街リヴュウ旧市街観光へ。現地ガイドは40歳前後の男性タロスさん。リヴュウ(リヴォフ)は人口80万人、ポーランド国境に近く、13世紀に起源を持つ古都。14世紀にポーランド領、18世紀にはオーストリア領、1939年にはソ連に併合され、その後ウクライナ共和国の一部になり現在に至る。歴史に翻弄された国境の街である。ロシア正教発Pa020671_2祥の地キエフに対して、「ウクライナ・カトリック教会」の司教座がある聖ゲオルギー大聖堂を擁するリヴュウには、17世紀から18世紀に造られたバロック様式やゴシック様式の建造物が数多く残されている。僻遠の地にあるためか訪れる観光客が少なく、「埋もれた宝石」と呼ばれるらしい。市内を縦横に路面電車が走る。タロスさんの話では『大学があるし、喫茶店が多いし、修道院に起源を持つクラフトビールの工場が7、8か所ある』とのこと、なんだか嬉しくなる。市の中心へ向かう道は渋滞している。路面電車の走る石畳の道はゴトゴト、凹凸と振動がひどい。街行く人はオーバーやダウンジャケットを羽織り早くも冬の装い、ディパックを背負い、ポケットに手を入れ、少し前屈みになって、駅へ学校へ職場へとぐんぐん歩く。8:40昔の城壁の一部が残り、学校が建つ場所でバスを降り、タロスさんの案内で徒歩観光に移る。先ずは昔の路面電車がコーヒーショップに改造されているのを見学、その前の広場には「東スラヴの印刷の父」と称されるイワン・フョードロフ(1525-1583)Pa020685の像が片手に本を抱えた姿で立っている。その足元は古本市、ちょうど店開きが始まるところで、お姉さんが商売物を並べている。旧市街に入り、丸いドームを持つ18世紀のバロック式教会、ドミニコ聖堂の前を通り、1735年創業のリヴュウ最古の薬局兼薬局博物館に入る。現役の薬局の中に、医薬を司るギリシャ神話のアスクレピオスやローマ神話のミネルバの像、昔の薬棚、挽き臼、天秤、手回し計算機など、色々アンティークな興味深いものが並べてある。薬局博物館を出て中心にあるリノック広場をかすめてアルメニア教会へ。1363年建立の古い歴史を持つ教会で、2001年Pa020705にアルメニア教徒に返還され、その際教会の名も生神女就寝(しょうしんじょしゅうしん)大聖堂と改められたとのこと、内部は暗いが、天井の独特な装飾と壁のフレスコ画が重厚で、正面祭壇には小さな聖母子のイコンが慎ましく飾られている。次は、大聖堂へ。旧市街をリノック広場を中心に反時計回りに回っている感じ、大聖堂は1349年にポーランド国王であったカジミェシュ大王によって創建されたローマ・カトリックの教会。教会の内部は18世紀にバロック様式に改築され、現在も中世を思わせる礼拝が行われているそうな。入口に、礼拝式のスケジュールが掲げてあり、それに拠ると、「日Pa020734曜日は、7:00 ポーランド語の礼拝、8:00 ラテン語の礼拝、9:00 ウクライナ語の礼拝、10:15 子供たち、11:30 ポーランド語の礼拝(メイン)、13:00 ポーランド語の礼拝、15:00 英語の礼拝、17:30 晩課の礼拝、18:30 ポーランド語の礼拝(若者たち)、平日は、7:30 ポーランド語の礼拝、10:00 ポーランド語の礼拝、17:30 ウクライナ語の礼拝、18:30 ポーランド語の礼拝」とある。ポーランド人或いはポーランド語を理解する人が多いのであろうか、圧倒的にポーランド語による礼拝の回数が多い。堂内は色とりどりの大理石がふんだんに使われ、中央祭壇は祭壇Pa020739画と聖人像、天使像で荘厳されているが、キリスト像やマリア像は見当たらない。なんでも中央祭壇にはこの教会で最も重要なイコンが収められているとか、日本のお寺で云う秘仏なのであろう。大聖堂から出て、近くにあるファストフードOPENという店のトイレを借用しすっきり、何も注文することなく、ぞろぞろと大勢で店内に入り込み申し訳ない。市庁舎前のリノック広場で一旦解散し30分のフリータイム、9:55再集合となる。広場をじゃらんじゃらんしたり、市庁舎の中にも入ってみたが、時計塔には登らず。リヴュウの旧市街が一望できるらしく、惜しいことをした。10:10バスに戻りリヴュウ駅へ向かう。バス車内でリヴュウ駅のポーター代3米ドルを添乗員のMさんに支払う。10:25リヴュウ駅到着。(続く)

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ホテル・スプートニク(SUPUTNYK HOTEL LVIV)

Pa0206462018年10月1日(月) 到着して即レストランに直行し夕食(20:30-21:30)。リンゴサラダ、白身魚のフライ、ケーキを食べ、付いていた紅茶を飲む。いずれも美味しく初めて完食。地元のビールLVIVSKE 1715の小瓶を飲む。これも悪くない。21:40、305号室に入る。これまでに比べるとやや狭く、シングルベッド2台をつなげたダブルベッドに、書き物机と椅子、ソファ1台、TV(ELECTRON)、冷蔵庫(ミニバー)、セーフティーボックスがあり、スリッパ、靴ベラ、靴ブラシまである。浴室は、浴槽はなくシャワールームであるが、ドライヤー、シャンプー、固形石鹸、シャワーキャップが揃っている。表示は一応Pa020634四つ星であるが、まあ三ツ星クラス。トイレの水勢・水量もOK。此処は当初予定のホテルではなく、2,490円の差額が返金になった代替ホテルなので心配したが、これなら安心。早速デジカメの電池を充電し、持参の電気ポットでMWを沸かし、コ-ヒーと味噌汁を飲む。明日飲む日本茶も作る。最後に、ガソリンスタンドの売店で購入したビール中瓶Zyhve Pivoの試飲、それが終わると午前様の0:20a.m.、毎日毎日お疲れ様と自分に言い聞かせてベッドに入る。(続く)

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クレヴァニ、愛のトンネル

2018年10月1日(月) ベラルーシとポーランドとの国境の町ブレスト(BREST)を朝の7:15にバスで出発。昼飯も食べずに延々と走り続けてリブネ(RIVNE)近郊のクレヴァニ村(英名:クレーヴェン、KLEVAN)にある「愛のトンネル」に到着したのは14:30、そこは一日に貨物列車が一往復するだけの鉄路で、クレーヴェンとオルツィヴをPa010573結ぶ全長6.4㎞の線路の大部分、約5㎞が両側から覆いかぶさる樹木により美しい緑のトンネルを形成している。2014年公開の日本映画「クレヴァニ、愛のトンネル」(今関あきよし監督、小山田将・未来穂香主演)の撮影舞台となり、恋愛成就のパワースポットとして各種メディアにも取り上げられて、今やウクライナ観光の最大の目玉かも知れない。グループの皆さんはインスタ映えする写真を撮りに枕木を伝って線路の奥へ奥へと歩いて行ったけれど、古希を過ぎてもはや恋も愛も遠い昔の線香花火となってしまった自分は、偶々傍に居合わせたウクライナ人家族の写真を撮らせてもらっただけで、早速両側のオークの森に踏み込んできのこ探し、フリータイムの30分間、アワタケ(Xerocomus subtomentosus)、ウスキテングタケ(Amanita gemmata;写真上段)、クロハツ(Russula nigricans)、ニガクリタケ(Hypholoma fasciculare;写真下段)、ヒメモグサタケ(Bjerkandera fumosa)とのランデ・ブーを楽しみました。
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ブレストからリヴネ経由リヴィウへ(移動日)

2018年10月1日(月) 5:00目覚まし時計で起床。中味の薄い割にハードな旅行である。今日は殆ど丸一日バス移動、実質5日間しかないのに丸々観光したのは二日目のキエフのみ。朝晩は冷える。今日の最低気温は6度、長袖、ヒートテックの下着に厚手の登山シャツを着こむ。今月下旬のポーランド旅行は防寒対策が必要になりそう。6時半、ドアの外へSCを出して朝食へ。なにせ7:15出発なので慌ただしい。ソーセージ、パンケーキ、ヨーグルトを食べ、リンゴジュースPa010528とカプチーノを飲む。急いで部屋に戻り、歯磨きとトイレを済ます。7:15バスに乗り込む。現地ガイドのベラさんとはそこでお別れ、列車でミンスクへ帰る由。出発した途端に女性陣のおしゃべりが始まる。バスの座席は日替わりの指定席だが、前後にブロックでスライドする移動の為、いつも周りは同じ顔触れ、これなら自由席の方が良い。おひとり様限定の旅がかくも賑やかとは・・、皆さんテンションが上がりっぱなし。7時半日の出。車内温度がなかなか上がらず冷え冷え。草地に霜が降り、川霧が立ち上る。GSのガソリン価格はリッター1.35~1.45BLR(65~80円)程度、ウクライナより大分安く、これもロシアの援助を受けているのであろう。8:10Pa010534ベラルーシ国境到着、国境はあらゆるものが写真撮影禁止なので、ウクライナ入国まで暫くカメラの出番なし。まず、係官が乗り込んできてパスポートの表紙のみチェック、日本国査証であることを確認。次に全員バスを降りて出国審査の窓口へ。割合あっさり出国印を押してくれる。早朝のせいかツアーの大型バスは我々のみ、スムースに手続きが進む。免税店でカカオ78%のチョコレート(0.95€)を買ってベラルーシ・ルーブルを使い切る。釣銭があったが店員にプレゼント。バスに乗って出発、と思ったら直ぐ停車、又女性係官が乗り込んできて人数チェック、9:00漸くベラルーシを出国する。時間はかかるが、バルカン六ケ国のように国境審査官にワイロを贈らなPa010549ければならない国に比べればまし。9:05ウクライナ国境到着、天気は下り坂、雲多くなる。自家用車が長蛇の列、今度は待たされそう。係官は朝食でも摂っているのか、トラックも、乗用車も、我らがバスも、30分近く経つのに全く動かない。9:30ようやく係官がバスに乗り込んできてパスポートを集めて持っていく。少し前に進んで荷室のSCチェック。乗用車は後部ボンネットを開けさせて、係官が一々写真撮影している。ベラルーシとウクライナは仲が悪く、国境警備は厳重を極める。10:10やっとパスポートを返してくれてバス出発、無事ウクライナに再入国、やれやれ国境を通過するだけなのに2時間もかかる。景色は緑野ばかりで一向に変わり映えがしないので眠るしかなく、うつらうつら。11:40-12:00ガソリンスタンドOKKOでトイレ休憩、個室は男女1個づつしかないが、清潔で個室内に手洗いと紙タオルまで備えてある。焼きソーセージが旨そうだったが、時間がないのでお菓子(チェリーママレード)を購入、ウクライナ通貨を減らす。お昼が大分遅くなりそうなので、車内で柿の種や白エビ煎餅Pa010553をつまむ。牛、馬、羊、山羊、アヒル、鶏、何でも放し飼い。干し草小屋、コウノトリの巣、ヤドリギ、樹下に落果したまま拾う人もいないリンゴ、家庭菜園、墓地、畑に捨ててあるカボチャ、キャベツを収穫する農夫、川で釣りをする太公望、バス停の待ち人々、いろいろな景色が車窓に流れては過ぎて逝く。13:25-13:40ガソリンスタンドWOGでトイレ休憩、そこも清潔で無料、チップ代わりにチョコレート2箱と地ビールの中瓶を1本購入する。14:30ようやく「愛のトンネル」があるクレヴァニ村に入る。今日唯一の観光場所「愛のトンネル」入口のバス駐車場に到着し25分間のフリータイム。皆は緑Pa010606のトンネルの写真を撮りに行ったが、自分はドングリの森の中できのこ探し、アワタケ、ウスキテングタケ、クロハツ、ニガクリタケ、ヒメモグサタケを見つける。ようやくハラタケ型のきのこに出合え満足、「クレヴァニ、愛のトンネル」については次の記事参照。14:55愛のトンネルを後に暫く走ってリブネの街(人口25万人)に入り、やっと超遅めの昼食にありつく。レストランはBURSHTYN、15:45-16:35の間、スープ、肉とジャガイモの餃子、ナポレオンケーキを食べ、生ビール「1664」の小を飲む。1664はフランスのクローネンブルグの銘柄だが・・?。ナポレオンケーキがでか過ぎる!。このお店、入口に月曜日から金曜日までのビジネスランチ日替わりメニューを掲げており、それによると、サラダが100UAH(500円)、一の皿が200UAH(1,000円)、二の皿が250UAH(1,250円)、全部頼むと550UAH(2,750円)、結構高級なレストランなのかも。朝食はイギリス式が70UAH(350円)、コンチネンタルが60UAH(300円)、季節の果物入りオートミールが45UAH(250円)とある。16:40今宵の宿があるPa020622リヴュウへ向け出発、まだまだ遠い。大型コンバインで麦刈りの真っ最中の所もあれば、刈り入れの済んだ農地からはあちこちで藁焼きの煙が立ち上る。秋は深い。道端に、網袋に入れたジャガイモを売る娘の姿、カボチャを売る農婦の姿がある。雲間から光の矢(天使の梯子)がウクライナの沃野に降り注ぐ。18:05-18:20トイレ休憩、そこも無料、便座シートまであり清潔。19時半真っ暗、ようやくリヴュウの街に入る。オペラハウスの前を通過し、朝にブレストのホテルを発ってから13時間後の20:20、ようようホテル・スプートニク(SUPUTNYK)到着。(続く)

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ホテル・ベラルーシ(BELARUS HOTEL BREST)

Pa0105242018年9月30日(日) 20:00ホテル・ベラルーシ着、パスポートを提出してからレストランへ直行、漸く晩飯(~21:00)。サラダ、酢キャベツ、牛タンのクリーム煮とジャガイモの練り物、焼きリンゴを食べる。ビールはハイネケンの小瓶を飲む。21:10 最上階の717号室に入る。広い部屋の左右の壁際に離れ離れにシングルベッドが1台づつ置かれ、書き物机と椅子、TV(SUMSUNG)、冷蔵庫(空)、年季の入った貫禄あるソファが1台。浴室には浴槽があり、シャンプー、シャワージェル、固形石鹸が備えてある。シンプル、簡素、質素。電気ポットやドライヤー、セーフティーボックス、ティッシュボックスはない。三ツPa010519星、それとも二つ星?。ゴミ箱が浴室に1個しかないのも不便。まあ、シャワーの湯が何とか出るのとトイレの水勢・水量が十分でペーパーが流せるのが救い。紙質は良くない。明朝は5時起きなので忙しい。デジカメの電池を充電(220V、プラグはC-2)し、目覚まし時計をセット、風呂に入ってから、MWを沸かしてコーヒーと日本茶を飲みながら本日の復習、リンゴも食べれば爪も切る。夜中に一度トイレに起きて、寒いので毛布を被る。(続く)

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ブレスト要塞

2018年9月30日(日) 15:30バスに戻り、ポーランド国境に近いブレストP9300479へ向かう。平坦な緑の平原、穀倉地帯が地平線まで続く。とりとめもなく広い。トウモロコシ、小麦、大麦、ライムギ、ジャガイモ、ビートなどが栽培されている様子、樹木はアカマツとシラカバが優占種で、カエデやモミの木が交じる。民家の庭には必ずといっていいほど、リンゴ、ザクロ、プルーンなどの果樹が植えられ、収穫された果実が道端に露台を出して売られていたり、ネスヴィジ城のような観光地の露店で販売されている。農家の主婦の素朴な副業である。17:10-17:25ガソリンスタンドでトイレ休憩、清潔な上に無料、有難い。傍の広葉樹の林できのこを探したが見つからず。車窓から見える風景はPa010492平坦な緑の草原ばかりで、ウズベキスタンで見た砂漠地帯と同じく単調であるが、時々ススキが一面に生い茂る湿地帯が現れるのが救い。草原にぽつんと巨大なヨーロッパバイソンのモニュメントが建つ。野生個体は絶滅したが、ポーランドとベラルーシの国境地帯にまたがるビャウオヴィエジャの森に純粋種が導入されている由、国を挙げて保護しているのであろう。ウクライナもベラルーシも観光地としてはまだまだこなれていない。土産物も貧弱、農家の主婦が夜鍋仕事で作ったような品物を並べている。中国人や韓国人の観光客はさっぱり見かけないし、我々以外に日本人のPa010489グループも居ない。日没間際の19:10ようやくブレスト要塞到着、19世紀初期にロシア帝国によって造られた星型要塞で、大急ぎで一周する。1941年6月22日に始まったナチス・ドイツの侵攻で破壊された兵舎や城壁が当時のままに保存されている。右手に白い正教会スヴァト=ニコラエフスキー・サボールを、左手に屋根が緑、壁が赤レンガのブレスト要塞博物館(ムゼイ・ブレスツコイ・クレポスチ)を、正面に高さ100mのオベリスクを眺めながら進んでいくと、人の顔をかたどった巨大なコンクリート製のモニュメント(ブレスツカヤ・クレポスチ)の前に出る。ブレスト要塞の城門を抜けてプーク川に架かる橋のところまで行って引きPa010502返し、兵士像の記念碑(ジャシュダ)、広葉樹の立ち木に生えるアイカワタケなどを眺めながらバスに戻る。19:25日没、急激に暗くなる。ブレストの観光はこれでお終い、僅か30分弱の殺風景な要塞見学のために、こんな辺鄙な所まで連れて来られた訳がさっぱり分からない(→明日以降のウクライナ側の「愛のトンネル」観光や世界遺産「リヴュウの歴史地区」見学に行くには便利な位置にある為か)。これではグーグル・アースで画像検索するのと大差はない。20:00今宵の宿、ホテル・ベラルーシ着。(続く)

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世界遺産「ミール城」と「ネスヴィジ城」

2018年9月30日(日) 11:45ミンスクを後にしミールへ。夜行列車の疲れが出てうとうと。12:15トイレ休憩(無料)。バスはP9300449大平原を貫く道を飛ばしていく。12:15「ミール城の建造物群」という名称で2000年に世界文化遺産に登録されたミール城到着。ミール城は15世紀末、地元の有力者により5つの塔と城壁を持つゴシック様式の城として建造された。1579年にはリトアニア大公国の大貴族ラジヴィウ家の所領となり、ルネサンス様式の要素を交えた改築が行われた。その後、北方戦争やナポレオン戦争、第二次世界大戦で被害を受け荒廃したが、19世紀末に修復されて、現在は博物館として公開されている。見学は外観のみで僅かに20分、中庭に入っただけで引き返す。まあ城館内に入ったからとP9300453云って何がある訳でもないのかもしれないが慌ただしすぎる。せっかく遥々とやって来たのに・・、勿体ない。コンサートがあるのか中庭には椅子が並べられ、城の周囲は公園に整備されている。水辺もあり、小学生の一団が遠足なのかのんびり散歩している。城の近くのレストランDOROGA ZAMKOV(城の道)で遅い昼食(13:25-14:25)。脂身だらけの生ハム?、マッシュルームスープ、ジャガイモの練り物が満タンに入った壺焼きを食べ、小麦ビールLidskoeの生500ミリリットルを飲む。食後、ミールから南東30㎞にあるネスヴィジ村(ニャースヴィシュ)へ。15:00到着、ネスP9300468ヴィジ城入口のバス駐車場で下車。ここも「ネスヴィジにあるラジヴィウ家の建築的・居住的・文化的複合体」という名称で2005年に世界文化遺産に登録されている。ネスヴィジは1533年にラジヴィウ家の所領となり、1583年にイタリアから建築家が招かれ、当時最高水準の防御システムを備えた城が築かれた。以後、1939年にソ連の侵攻によってラジヴィウ家が追放されるまで改築が繰り返され、現在の六角形の中庭をもつ宮殿が残された。そこでも見学時間はたった30分、土産物屋が建ち並ぶ駐車場から湖の中道を暫く歩くと、堀に囲まれたネスヴィジ城が現P9300469れる。橋を渡って城門をくぐり中庭に入る寸前のゲートまで。そこから先は有料なので、アーチ門から中庭周囲の建物を眺めただけで引き返す。バスに戻る途中、カエデの林、湖岸の草地を覗いたがきのこの姿はなし、湖畔に釣り人の姿がある。遠路遥々やって来たのに何とも勿体ない、もっと時間をとって希望者だけでも城内見学ができるとよいのだが・・。これではTVのBS放送「世界遺産」番組を観るよりお粗末である。15:30バスに戻り、ポーランド国境の町ブレストへ向かう。(続く)

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ミンスク市内観光

2018年9月30日(日) 8:38ミンスク駅着、ホームで現地ガイドのベラさん(女性)の出迎えを受ける。列車は車台が高いので、客車からホームに23個のスーツケース(SC)を下ろすのに一苦労、男性陣の中で一番体力があるKP9300391さんとYさんが奮闘し、何とか無事に荷物も人もホームに集まる。駅からバス乗り場までがまた遠く、延々とSCを転がして歩き、9:05漸く迎えのバスに乗り込む。外気温6℃は関東なら真冬、寒い。先ずは両替とトイレ休憩の為、ホテル・ベラルーシへ直行。今夜ブレストで宿泊するホテルも同名なので、系列ホテルを利用させてもらうらしい。ベラルーシの首都ミンスクは人口190万人の大都会、今日は日曜日なので広い道路は空いている。『ウクライナの最高峰は標高345m、殆どが平地と湿地で、森と湖の国。また、女子テニスのシャラポワ選手の両親P9300398_2はベラルーシのゴメリ出身、ウクライナ同様ベラルーシも美人国の誉れが高い。楽天が買収したViber Mediaは、本社はキプロスだが開発拠点はベラルーシ』など、万事控えめで好ましい大和撫子のようなベラさんの説明を聞くうちに、9:25ホテル・ベラルーシ到着。ソ連式の巨大なホテルである。トイレを借用し、蛇口からお湯が出るので顔を洗う。10時まで両替所が開かないので、先ず観光一か所目の涙の島へ向かう。ミンスクはヨーロッパで一番美しい街と謳っているようだが、広い通りにソ連式のビルディングが整然と建ち並ぶ街並みはどこか冷たくて威圧的、これを美しいと感じるかどうか。バス車内で現地旅行会社からのプレゼント、蜂蜜セットが配られる。涙の島は市内を流れるスヴィスラチ川に浮かぶ中洲で涙の形をしていると云うが、ドローンでも飛ばさなければ分からない。橋を渡って島内に入ると、アフガン出兵(1979-1989)で戦死したベラルーシ人771人を慰霊する記念碑や涙の天使像などが建っており、ベンチが置かれて公園となっている。キエフでも慰霊碑や戦闘機・戦車・大砲などP9300406のモニュメントをしばしば見かけたが・・。両都市はモスクワとワルシャワを結ぶ線上にあるため、過去、幾度も戦乱に巻き込まれている。そのような苦渋の歴史を風化させないためのモニュメントであろう。涙の島から戻る途中、河畔の土手のボダイジュにヒラフスベ(アイカワタケ)を見つける。河畔近くのトラエツカヤ旧市街地区へ徒歩で向かう。戦前の商家などベラルーシの古い街並みを再現した地区で、ソビエト・テーマパークと揶揄されるミンスクの中では異質、カラフルでこじんまりした建物が寄り集まっており、ヨーロッパの街並みの様な感じ。この地区はP93004071980年代に主に学生ボランティアにより復元されたとのこと、早朝のせいかカフェや土産物屋は閉まっている。三角屋根を持つ赤レンガの教会や結婚証明発行所などを眺めてからバスに戻り、両替の為にホテル・ベラルーシへ引き返す。ホテルのロビーに銀行(Belinvestbank)の両替所があり、5米ドルだけベラルーシ・ルーブル(BLR)に両替、10.52BLRを受け取る。1BLRは約52円。ベラルーシ滞在は今日1日だけなので、食事の時のビール代とホテルの枕銭だけあれば十分。ウクライナの通貨グリブナは、隣国のお金なのに両替してくれない。親ソ(ベラルーシ)と反ソ(ウクライナ)で両国の仲は険悪なのかも。再びバスに乗り市内観光を続行、二箇所目は勝利広場、第二次世界大戦のソ連の勝利を記念しP9300428た、高さ40mのオベリスク(1954年建立)が聳える広場で、衛兵交代の最中であったが、バスを降りて写真を撮っただけ。三箇所目は聖霊大聖堂(11:00-11:20)、スヴィスラチ川を見下ろす丘の上に建つ白亜のバロック様式の教会。1642年の建立で元はベルナルディン修道院の教会であったが、ミンスクが帝政ロシア領になった後の1852年、ロシア正教の教会となった。ファザードに34mの双塔を持ち、その間に「オラント」スタイルの聖母のモザイク画が描かれている。聖堂内に入ると、日曜日だけに大勢の信者が詰めかけミサの真っ最P9300426中、内部は豪華なイコノスタスと数々のイコンで荘厳されている。有名なイコン「ミンスクの聖母」の写真を撮りたかったけれど、厳かな雰囲気に気圧されて諦める。四か所目は聖シモン・聖エレーナ教会、ネザレージナスツィ広場の国会議事堂向かいにある赤レンガのカトリック教会で1910年の建立、堂内には入らず、境内に設置されている、長崎の浦上天主堂から贈られたという鐘のみ見学。広場には今でもレーニン像が建つ。一国の首都観光が僅か2時間で終了、見どころが少ないのかも知れないが、中味が薄すぎる。また、6~10℃の寒空での外歩きというのに利用できるトイレが1か所もなく、年寄りには酷。11:45バスに戻りミールへ向け出発。(続く)

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