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世界遺産「アウシュヴィッツ強制収容所」

2018年10月25日(木) 12:30バスに戻り、クラクフの西54㎞にある地方都市オシフィエンチPa250776_2ム(ドイツ名、アウシュヴィッツ)へ。かなり遠く、いつの間にかうとうと。目覚めると道の両側は深い森、いかにもきのこが豊富に発生しそうな感じ。ウクライナ民族建築博物館で見た田舎家に似た感じの家もある。13:50オシフィエンチムの町に入る。人口は5万人、鉄道駅の前を通過し、13:55アウシュビッツ博物館前の大駐車場到着。年間200万人の見学者があるとかで大型バスが続々到着する。ヴィエリチカ岩塩坑より見学者はずっと多く、しかも若い人が多い。高校生の社会見学らしい。灰色のテントの中で行われる手荷物検査が厳重を極め、遅々として進まないため長蛇の列、ヤッケのPa250781ポケットに入れて置いた岩塩の袋がアルミ製で金属検査に引っ掛かる。やれやれ。現地ガイドはアウシュビッツ博物館専属ガイドの中谷剛さん、現在唯一の日本語による日本人ガイド、「地球の歩き方A26、チェコ・ポーランド・スロヴァキア」の270頁に紹介されている。ナチス・ドイツが此の収容所を建設したのはポーランド侵攻の翌年1940年、青年時代から反ユダヤ主義に傾倒していたヒトラーは、ドイツ民族の優秀性を保持するには、劣等人種たるユダヤ人をドイツから排除せねばならないと云う人種感を展開、当初は支配地域からユダヤ人を追放する政策をとっていたが、300万人Pa250798以上のユダヤ人を抱えるポーランドを占領すると対処しきれなくなり、対ユダヤ人政策は、追放から組織的な大量殺戮へと移行していった。1941年にはユダヤ人絶滅の為、約2㎞離れたビルケナウ(ポーランド名、ブジェジンカ)に大規模な強制収容所が新設され、1945年1月にソ連軍の手で収容所が解放されるまで、少なくとも130万人の人々が虐殺された。その内訳は、ユダヤ人が110万人、ポーランド人が14-15万人、ロマ(ジプシー)が2万3千人、ソ連軍捕虜1万5千人など。人間の狂気が招いた悲劇を生々しく伝える殺戮の館は、1979年に世界文化遺産「アウシュヴィッツ=ビルPa250802ケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容所」としてユネスコに登録されている。中谷さんの案内で収容所の入口であったゲートから見学、「ARBEIT MACHT FREI」(働けば自由になる)のスローガンが掲げられている。労働力にならない老人や妊婦、赤ん坊、身長120㎝未満の子供はすぐさまガス室で殺され、選別に残った人々は軍需工場や石切り場で1日12時間以上の労働を強いられた。全部で28棟の囚人棟があるが、内部を見学できるのは一部、4号棟(絶滅計画:当時撮影された写真や資料を展示、地下ガス室のジオラマやチクロンBという劇薬の空き缶、被収容者から切り取られた毛Pa250809髪など展示)、5号棟(犯罪証拠:被収容者から没収した品々を展示、衣服、トランク、靴、義足、義手、食器、ブラシなど)を見学、正視するのも辛くおぞましい。ずっと般若心経を唱えながら歩く。犠牲者はユダヤ教徒やキリスト教徒、異教徒が唱えるお経では慰霊にならなかったかもしれないが・・。このナチス・ドイツと日本は第二次世界大戦当時、日独伊三国同盟を結んでおり、日本軍や日本人は此の大虐殺に直接加担してはいなかったとしても、間接的な責任はあるかもしれない。最後に、大量虐殺の現場ガス室と遺体焼却場、ゲシュタボ司令部、6000ボルPa250839トの電流が流れていたという二重の有刺鉄線や監視塔などを眺めてアウシュビッツ博物館の見学は終了、15:55バスに戻り、ビルケナウへ向かう。16:00駐車場到着、「死の門」と呼ばれるゲートまではかなり距離があり、鉄道引き込み線を渡って行く。死の門をくぐって広大な敷地内に入る。アウシュビッツより広い大規模な収容所で面積は1.4平方キロメートル、見渡す限り草の茂った広大な敷地に300棟以上の木造の細長いバラックが点々と建っている。我々を待ち受けていた中谷さんに再び案内してもらう。そこでは蚕棚のような隙間だらけの三段式木造ベッドが並ぶ収容棟と、棟Pa250835の長さ一杯のコンクリート台座に穴だけが開いているトイレ棟との2棟のみ見学、20分ほどで終わる。中谷さんが関連図書として薦めてくれた「アンネの日記」と「夜と霧」の2冊を、自分は未だ読んでいないので、帰国したら図書館から借りるつもり。16:40バスに戻りクラクフへ帰る。18:00-19:20クラクフ市内のAPART HOTEL(ul.Zwierzyniecka 29 31-105 Krakow)の洒落たレストランMIESZCZANSKA(ブルジョワ)で夕食、盛りだくさんのサラダ、豚肉料理とクレムフカ(ミルフィーユの一種)を食べる。飲み物はJTBの奢りというので、ビールOKOCIMの生小をご馳走になる。ホテルの部屋に戻って荷Pa260843物を置いただけでロビー集合、19:45添乗員Eさんの案内で有志10人でスーパー見物に行く。結構遠くて20:20 漸くハイパーマーケット到着、21:00まで各自広いフロアに散会して買い物、自分はポーランド産ウオッカを1本購入する。また、瓶詰めきのこが色々あったので喜んで写真に収める。21:30連れだってホテルに戻る。今朝、修理を頼んでおいた電気ポットの水漏れは結局直っていない。やれやれ、仕方なく持参の電気ポットで湯を沸かし日本茶を飲む。風呂から上がると23:15、寒い中を長く歩いたせいか左腰が痛むので、湿布薬を貼ってベッドに入る。(続く)

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