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ヴロツワフ市内観光

2018年10月24日(水) 6:40目覚まし時計で起床。枕銭3Zt(100円)を置いてから、水道水を沸かして紅茶を飲み目を覚ます。夜中激しく降っていた雨、朝上がる。7:30-8:10朝食。フランスパンとバター、ベーコン、ハム、スモークチーズ、ヨーグルト、フルーツ(プルーンと洋梨)を食べ、オレンジジュースとコーヒーを飲む。食後、ホテルの写真を撮るため外へ出ると、身をPa240498切る様な風の冷たさ、真冬の風ぞ。但し、青空がのぞき、やっと傘さし観光から解放されるかも。9:00バスに乗ってヴロツワフ観光へ出発。今日は一番前の席、現地ガイドはマーチェさん、男性。車内で「ヴロツワフの小人マップ」が配られる。ヴロツワフはシロンスク(シレジア)地方の中心であり人口は63万人、6世紀には既にスラヴ人の集落ができていたという記録がある。その後14世紀になるとボヘミア王国に支配され、やがて神聖ローマ帝国に組み込まれた後、1945年まではドイツの一部だった。現在は6つの大学があり、12万人の学生が住む大学の街とのこと。最初は市の東に広がるシチトゥニツキ公園に建Pa240507grunwald_bridgeつ世界遺産の「百年記念会館」へ。9:20到着、百年記念会館は、ナポレオン戦争におけるライプツィヒの戦いの勝利から100周年を記念して、1911~13年に造られた巨大な建築物。世界最大級のコンクリート製円形ドームを持ち、近代建築に重要な位置を占めるとして、2006年にユネスコの世界遺産に登録された。現在は展示会場やコンサートに使われている由、内部に入場することなく外観のみ眺めて、名物の噴水も見ることなく、野外彫刻美術館?と金属製の高さ96mのオベリスク?を眺めただけでバスに戻り旧市街へ。途中、オーテル川にPa240518架かる石橋、1908-1910年に建造されたGrunwald Bridge(一名皇帝橋)を見る。9:55旧市街の街角でバスを下車、繊細な装飾が印象的な市庁舎が真ん中に建つ旧市場広場を、小人マップの小人像を探しながらうろうろ。ヴロツワフの小人は、観光客向けのアトラクション、即ち町おこしの手段として設置されたもの、もともとは1980年にポーランドの政党オレンジ・オルタナティブが当時の共産主義政治に対してのデモ「オレンジ・オルタナティブ運動」のため、風刺的に小父さん小人を旧市街地に設置したものであるが、現在は250体以上に増加し、街角の至る所に置いてPa24054798withdrawerある。小人マップには代表的な100体のみ掲載されているが、見つけ出せたのは1.SISYPHUS(シーシュポス)、7.PIGEON FANCIER(鳩愛好家)、76.BARTON(バートン・アイスクリーム・パーラー前)、91.LITTLE HELPER(ツーリスト・インフォメーションセンター入口)、98.WITHDRAWER(預金引き出し者)他12体どまり、ガイド付きの小人ツアーもあるらしい。途中、先週当選したばかりという新市長ヤーツァー・シュートレック(JACCK SUTRYK)氏にばったり、マーチェさんの知り合いなのか気さくに写真撮影に応じてくれる。10:30塩の広場で一旦解散、30分間のフリータイム。先ずは地下1階の有料トイレに入る。係りのPa240529jacek_sutryk女性にお金を払うが、男子用小便器(URINAL)は0.5Zt、個室(CABIN)は1Ztと表示があり、男性のみどちらか選択することができるようである。事が終わってから気が付いたので、結局1Zt払ってしまったが。市庁舎の周りをぐるぐる、広場に建つポーランドの詩人・劇作家・作家のALEKSANDER HR. FREDRO(1793-1876)の像を眺めたり、ビールの木樽を看板代わりに吊り下げた酒場SPIZを覗いたり、花屋をひやかしたりして時間を潰す。広場の外周を囲む商家はポズナン同様カラフルな5階建てから8階建て、見慣れてしまうと特段の感激はない。正11時、市庁舎の鐘楼の鐘が鳴る。11:10下車した処でバスに戻り、シフィドニツァへ向かう。(続く)。

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