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世界遺産「ワルシャワ歴史地区」/帰国

2018年10月27日(土) 5:30目覚まし時計で起床、まずはコーヒーを沸かす。6:05モーニングコール、ポーランド人は愛嬌がなく冷たい感じを受けるが、仕事はきちんとする。TVの天気予報によるPa271032と今日の最高気温は9℃、曇り。6:45朝食に一階レストランへ下りる。朝食は超豪華、今回一番の食事、さすが五つ星。トースト、目玉焼き、ベーコン、生ハム、ソーセージ、焼きトマト、マッシュルーム炒め、魚の焼き物2種(鱒と鯖)、ヨーグルト、フルーツ(メロン2種、オレンジ、パイナップル)を食べトマトジュースとコーヒーを飲む。ロビーで現地ガイドの藤田さんが待ち受けており、8:25一緒にバスに乗って市内観光へ。天気は曇りも曇り、どん曇り、10月末でこれでは冬の暗さは堪らないであろう。今日がいよいよ最終日(帰国日)であるが、月2回のPa271027ヨーロッパ旅行はやっぱりきついね。ホテルの近くにシナゴークや改装中のユダヤ劇場がある。「戦場のピアニスト」の撮影舞台だそうな。8:40クラクフ郊外通りと新世界通りの継ぎ目にある聖十字架教会前でバスを降り、9時のミサが始まる前に入場しさっと見学。バロック様式の聖堂で重厚な雰囲気、主祭壇には金銀がふんだんに使われている。ショパンの心臓が埋め込まれているという石柱を見学、柱の根元に生花が供えられている。心臓は第2次世界大戦中持ち出されたが、1945年10月17日のショパンの命日に此処に戻ったとのこと。主祭壇のキリストの磔刑画を眺めて退場、続々と信徒がやって来る。新世界Pa271043通り(南側)の先には、ポーランド科学アカデミー(スタシッツ宮殿)の白い建物とその前の広場に建つコペルニクスの像が見える。そちらへは行かず、クラクフ郊外通りを北上、ショパンゆかりの地に置かれているというショパンベンチ(2010年、ショパン生誕200年を記念して設置されたもの、その場所とショパンの関わりを解説している他、ボタンを押すとショパンの曲が流れる)、ショパンが最初に住んだ家、ワルシャワ大学、ヴィジトキ教会(18世紀の建造、後期バロックとロココ様式の建物で第2次世界大戦のときも奇跡的に破壊を免かれた。ワルシャワ大学構内に中Pa271049・高等学校と音楽学校が置かれていて、1823~29年に学生としてそこで学んでいたショパンがこの教会の日曜ミサでオルガニストをしていたと云う)、無名戦士の墓(1925年建造)、ポーランドの英雄ユーゼフ・ポニャトフスキ像が護る大統領官邸(ラジヴィウ宮殿、1765年にポーランド初のオペラ上演、ショパンもここで初めてのピアノ演奏会を開いた。1994年から大統領官邸)、大統領官邸の北隣のカルメリテ教会(1643年創建)、その傍らの広場に建つ国民的詩人アダム・ミツキエヴィッチ像、ショパンが手紙を出した郵便局、ショパンが歩いた小道、有名なチョコレート店Pa271071のヴェーデル(WEDEL、2010年ロッテ・グループが買収)、聖アンナ教会(1454年創建)などを眺めながら、9:20中央にジグムント3世碑の高い柱が立つ王宮広場に到達、東側の赤レンガの大きな建物が旧王宮で、現在は博物館になっている。それにしてもワルシャワは何でもショパン。広場に面し南側にある化粧直し中のビルの地階に、この辺り唯一の無料トイレがあり漸くすっきりした後、王宮広場で、十字架を手にして石柱の上に立つジグムント3世像(1664年建造)をじっくり眺める。ジグムント3世は1596年、首都をクラクフからワルシャワに移した国王。更に、王宮(第2次世界大戦後の復Pa271097元)を眺めて、キャッスル・インの角を左に曲がり、洗礼者ヨハネ大聖堂、イエズス会教会を眺めて、9:50ワルシャワ旧市街の中心である旧市街広場に至る。広場の中心にワルシャワのシンボル、剣と盾を持つ勇ましい姿の「人魚の像」が建つ。市街地の建造物は第2次世界大戦で完全に破壊され、その84%を失ったが、戦後(1945年~)、国家再生にかけた国民の執念により奇跡的に昔日の姿に復興・復元され、1980年ユネスコの世界文化遺産に登録された。10:45広場集合でフリータイム。民芸店を覗いてからヴィスワ川を望む公園のテラスまで散歩、眺めは大したことがなく、石を抱える男性像を見ただけ。Pa271111民家の庭にナナカマドが深紅の実をつけている。旧市街広場に戻って、王宮広場へ行く途中、イエズス会教会(聖母教会、17世紀初めの創建、戦後の再建)と洗礼者ヨハネ大聖堂(14世紀創建、戦後の再建。ワルシャワで最も古い教会、ヨーロッパ最初の成文憲法「5月3日憲法」の発布式が1791年に此の教会で行われた)に入場して見学、西側の正門から旧王宮の内庭にも入ってみる。旧王宮の外観は極めて質素、南側の出口から出ると、外に太い石柱が横たえられている。第2次世界大戦で破壊された王宮の柱かと思ったが、銘板の写真を撮って帰国してからグーグル翻訳で訳してみると、「ピンクのイタPa271129リア産花崗岩で出来たジグムント円柱の二番目のシャフト、1887年に配置、1944年に破壊された」と読める。第二次世界大戦で破壊されたジグムント3世碑の柱のようである。10:40旧市街広場に再集合、三度藤田さんに引率されてバルバカン(16世紀に造られたバロック様式の馬蹄型砦、戦後の復元)をくぐり新市街に入る。電動式のセグウエイやスクーターが走り回り、危なくてしょうがない。まっすぐ進むと右側16番地にノーベル賞学者キューリー夫人の生家(現博物館)があるが、何んてことなし。11:10バスに戻る。藤田さんの話では「ポーランド政府は中国寄りで、習近平の一Pa271151帯一路構想にも協力的」とか。そういえばインターコンチネンタル・ワルシャワのルーム・サービスメニューは中国語併記であった。11:25ワジェンキ公園近くでバスを降り、園内の中央に建つショパン像を見学。風になびく柳の木の下に座り、故郷の自然を眺めるショパンを表現しているらしい。写真を撮ってからカエデの林を覗いてみたがきのこの姿はなし。シラタマノキのような実をつけた低灌木が生えている。公園入口に建つ像はユゼフ・ピウスツキ(JOZEF PILSUDSKI、ポーランド共和国建国の父にして初代国家元首)、ユゼフPa271161の兄ブロニスワフは樺太アイヌの女性と結婚し、文化人類学者にしてアイヌ研究の第一人者。写真を998枚撮って全ての観光が終了、11:45空港へ向かう。12:10ワルシャワ国際空港到着。ポーランド航空カウンターにSCを預ける。出国審査の前に免税店でウオッカ2本とミント1箱購入して41.5Zt、現地通貨をすべて使い切る。13:30搭乗口G23に到着、15:00成田行きLO79便に搭乗、メンバー間で座席を変更し、結局通路側18G席に座る。隣席はブリュッセル在住のベルギー美人とその連れ合いのカップル、3週間の日本旅行、しかも個人旅行とのこと、羨ましい。昨日の成田便は欠航したらしく機内は満席である。スリッパに履き替える。15:45離陸、9000㎞・9時間の空の旅始まる。暇潰しは「ブータンの瘋狂聖 ドウクパ・クンレー伝」の読書、飲み物サービスは白ワインをもらう。16:50モスクワ上空通過、腕時計を日本時間に戻す(→23:50)。もう8時間の辛抱、辛抱。(完)

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