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世界遺産「マルボルク城のドイツ騎士団の城」

2018年10月22日(月) 13:15バスに戻りマルボルク城へ向け出発。昼食のビールの酔いPa220303が回りうとうと。14:15マルボルク城到着、駐車場でバスを降りると現地ガイドの高齢女性ヤニーナさんが待っている。日本語は話せないので英語の案内、それを添乗員のEさんが通訳する。ドイツ騎士団(チュートン騎士団)は12世紀末、負傷した十字軍兵士を救済する病院から発展した修道会だが、軍事的な要素が強く、14世紀には異教徒との戦いを名目にバルト海一帯に勢力を振るって周辺諸国の脅威となっていた。騎士団は1274年、ポーランド北部にマルボルク城を建設、赤レンガで出来たゴシック様式の城は、東京ドームの4.5倍の広さを有し、1309から約140年間、騎士団本部となって1万人もの騎士を擁Pa220268していた。城内には礼拝堂とともに、武器庫、大砲鋳造所、牢獄があり、修道院且つ要塞としての機能を持っていた。しかし、1410年、ポーランド・リトアニア連合軍に敗れてから衰退の一途をたどり、城は1457年にポーランドに明け渡された。第2次世界大戦中の1945年、ソ連軍と籠城したドイツ軍との攻防戦により爆撃を受けて損壊したが、その後復元されて、1997年にユネスコの世界文化遺産に登録されている。雨がざんざ降る中、傘をさしての見学、それにしても巨大な城で、レンガ造りとしては恐らく世界最大級と思われる。空堀を渡って外壁Pa220287門をくぐり城内に入る。城館は4区画(高い城、中高の城、低い城、?)から成るらしく、世界遺産プレートが掲げられている内壁城門をくぐり広い中庭に入って騎士像を眺め、主館に入場して三階の礼拝堂(聖マリア教会?)に上がる。2014-2016年にアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェイの資金協力で保全修復工事が完了した旨の銘板が堂内の壁に嵌め込まれているが、内部はがらんどうに近く、壁に聖人像の残欠が並び、くすんで擦れたフレスコ画が見られるにすぎない。火の気のない城館内は身体が芯から冷える。真冬は堪らないであろう。石Pa220307_2炭を燃やし煙道を通して暖気を各部屋の床下や壁に送る暖房設備があるらしいけれど。専用のトイレ棟もあり、排泄物は三階から直接地階の排水溝へ落下する方式、衛生面に配慮してある。狭い中庭にはペリカンの屋根飾りを付けた井戸がある。最後に、広い中庭に面した建物の地階にある無料トイレを拝借し、内壁城門、外壁城門をくぐり、ノガト川に架かる長い木橋を渡って、16:15バスに戻る。バスの中は温かくほっとする。今宵の宿があるトルンへ向けてバスは高速道路を滑るように走っていく。アカマツの林が延々と続き、時々シラカバの林が交じる。ベラルーシやウクライナと同じ平原の景色、雨が上がり、Pa23031417:15地平線に黄金色の夕日が沈む。18:00高速道路を降り、18:20トルン城壁外のヴィスワ川河畔の駐車場着、外壁に沿って歩き、城門から市街に入って直ぐのホテルGROMADAのレストランで夕食(18:30-19:40)。三色サラダ、トマトスープ、チキン料理を食べ、ポーランドビールのティスキエ(TYSKIE)生小を飲む。デザートにトルン名物のピエルニク(ジンジャーブレッド)が付く。帰りも駐車場のバスまで10分間の外歩き、手袋とネックウオーマーが大活躍。バスに乗ってホテル到着が17:50.。(続く)

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