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ブレスト要塞

2018年9月30日(日) 15:30バスに戻り、ポーランド国境に近いブレストP9300479へ向かう。平坦な緑の平原、穀倉地帯が地平線まで続く。とりとめもなく広い。トウモロコシ、小麦、大麦、ライムギ、ジャガイモ、ビートなどが栽培されている様子、樹木はアカマツとシラカバが優占種で、カエデやモミの木が交じる。民家の庭には必ずといっていいほど、リンゴ、ザクロ、プルーンなどの果樹が植えられ、収穫された果実が道端に露台を出して売られていたり、ネスヴィジ城のような観光地の露店で販売されている。農家の主婦の素朴な副業である。17:10-17:25ガソリンスタンドでトイレ休憩、清潔な上に無料、有難い。傍の広葉樹の林できのこを探したが見つからず。車窓から見える風景はPa010492平坦な緑の草原ばかりで、ウズベキスタンで見た砂漠地帯と同じく単調であるが、時々ススキが一面に生い茂る湿地帯が現れるのが救い。草原にぽつんと巨大なヨーロッパバイソンのモニュメントが建つ。野生個体は絶滅したが、ポーランドとベラルーシの国境地帯にまたがるビャウオヴィエジャの森に純粋種が導入されている由、国を挙げて保護しているのであろう。ウクライナもベラルーシも観光地としてはまだまだこなれていない。土産物も貧弱、農家の主婦が夜鍋仕事で作ったような品物を並べている。中国人や韓国人の観光客はさっぱり見かけないし、我々以外に日本人のPa010489グループも居ない。日没間際の19:10ようやくブレスト要塞到着、19世紀初期にロシア帝国によって造られた星型要塞で、大急ぎで一周する。1941年6月22日に始まったナチス・ドイツの侵攻で破壊された兵舎や城壁が当時のままに保存されている。右手に白い正教会スヴァト=ニコラエフスキー・サボールを、左手に屋根が緑、壁が赤レンガのブレスト要塞博物館(ムゼイ・ブレスツコイ・クレポスチ)を、正面に高さ100mのオベリスクを眺めながら進んでいくと、人の顔をかたどった巨大なコンクリート製のモニュメント(ブレスツカヤ・クレポスチ)の前に出る。ブレスト要塞の城門を抜けてプーク川に架かる橋のところまで行って引きPa010502返し、兵士像の記念碑(ジャシュダ)、広葉樹の立ち木に生えるアイカワタケなどを眺めながらバスに戻る。19:25日没、急激に暗くなる。ブレストの観光はこれでお終い、僅か30分弱の殺風景な要塞見学のために、こんな辺鄙な所まで連れて来られた訳がさっぱり分からない(→明日以降のウクライナ側の「愛のトンネル」観光や世界遺産「リヴュウの歴史地区」見学に行くには便利な位置にある為か)。これではグーグル・アースで画像検索するのと大差はない。20:00今宵の宿、ホテル・ベラルーシ着。(続く)

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