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ミンスク市内観光

2018年9月30日(日) 8:38ミンスク駅着、ホームで現地ガイドのベラさん(女性)の出迎えを受ける。列車は車台が高いので、客車からホームに23個のスーツケース(SC)を下ろすのに一苦労、男性陣の中で一番体力があるKP9300391さんとYさんが奮闘し、何とか無事に荷物も人もホームに集まる。駅からバス乗り場までがまた遠く、延々とSCを転がして歩き、9:05漸く迎えのバスに乗り込む。外気温6℃は関東なら真冬、寒い。先ずは両替とトイレ休憩の為、ホテル・ベラルーシへ直行。今夜ブレストで宿泊するホテルも同名なので、系列ホテルを利用させてもらうらしい。ベラルーシの首都ミンスクは人口190万人の大都会、今日は日曜日なので広い道路は空いている。『ウクライナの最高峰は標高345m、殆どが平地と湿地で、森と湖の国。また、女子テニスのシャラポワ選手の両親P9300398_2はベラルーシのゴメリ出身、ウクライナ同様ベラルーシも美人国の誉れが高い。楽天が買収したViber Mediaは、本社はキプロスだが開発拠点はベラルーシ』など、万事控えめで好ましい大和撫子のようなベラさんの説明を聞くうちに、9:25ホテル・ベラルーシ到着。ソ連式の巨大なホテルである。トイレを借用し、蛇口からお湯が出るので顔を洗う。10時まで両替所が開かないので、先ず観光一か所目の涙の島へ向かう。ミンスクはヨーロッパで一番美しい街と謳っているようだが、広い通りにソ連式のビルディングが整然と建ち並ぶ街並みはどこか冷たくて威圧的、これを美しいと感じるかどうか。バス車内で現地旅行会社からのプレゼント、蜂蜜セットが配られる。涙の島は市内を流れるスヴィスラチ川に浮かぶ中洲で涙の形をしていると云うが、ドローンでも飛ばさなければ分からない。橋を渡って島内に入ると、アフガン出兵(1979-1989)で戦死したベラルーシ人771人を慰霊する記念碑や涙の天使像などが建っており、ベンチが置かれて公園となっている。キエフでも慰霊碑や戦闘機・戦車・大砲などP9300406のモニュメントをしばしば見かけたが・・。両都市はモスクワとワルシャワを結ぶ線上にあるため、過去、幾度も戦乱に巻き込まれている。そのような苦渋の歴史を風化させないためのモニュメントであろう。涙の島から戻る途中、河畔の土手のボダイジュにヒラフスベ(アイカワタケ)を見つける。河畔近くのトラエツカヤ旧市街地区へ徒歩で向かう。戦前の商家などベラルーシの古い街並みを再現した地区で、ソビエト・テーマパークと揶揄されるミンスクの中では異質、カラフルでこじんまりした建物が寄り集まっており、ヨーロッパの街並みの様な感じ。この地区はP93004071980年代に主に学生ボランティアにより復元されたとのこと、早朝のせいかカフェや土産物屋は閉まっている。三角屋根を持つ赤レンガの教会や結婚証明発行所などを眺めてからバスに戻り、両替の為にホテル・ベラルーシへ引き返す。ホテルのロビーに銀行(Belinvestbank)の両替所があり、5米ドルだけベラルーシ・ルーブル(BLR)に両替、10.52BLRを受け取る。1BLRは約52円。ベラルーシ滞在は今日1日だけなので、食事の時のビール代とホテルの枕銭だけあれば十分。ウクライナの通貨グリブナは、隣国のお金なのに両替してくれない。親ソ(ベラルーシ)と反ソ(ウクライナ)で両国の仲は険悪なのかも。再びバスに乗り市内観光を続行、二箇所目は勝利広場、第二次世界大戦のソ連の勝利を記念しP9300428た、高さ40mのオベリスク(1954年建立)が聳える広場で、衛兵交代の最中であったが、バスを降りて写真を撮っただけ。三箇所目は聖霊大聖堂(11:00-11:20)、スヴィスラチ川を見下ろす丘の上に建つ白亜のバロック様式の教会。1642年の建立で元はベルナルディン修道院の教会であったが、ミンスクが帝政ロシア領になった後の1852年、ロシア正教の教会となった。ファザードに34mの双塔を持ち、その間に「オラント」スタイルの聖母のモザイク画が描かれている。聖堂内に入ると、日曜日だけに大勢の信者が詰めかけミサの真っ最P9300426中、内部は豪華なイコノスタスと数々のイコンで荘厳されている。有名なイコン「ミンスクの聖母」の写真を撮りたかったけれど、厳かな雰囲気に気圧されて諦める。四か所目は聖シモン・聖エレーナ教会、ネザレージナスツィ広場の国会議事堂向かいにある赤レンガのカトリック教会で1910年の建立、堂内には入らず、境内に設置されている、長崎の浦上天主堂から贈られたという鐘のみ見学。広場には今でもレーニン像が建つ。一国の首都観光が僅か2時間で終了、見どころが少ないのかも知れないが、中味が薄すぎる。また、6~10℃の寒空での外歩きというのに利用できるトイレが1か所もなく、年寄りには酷。11:45バスに戻りミールへ向け出発。(続く)

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