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埋納サトイモの掘り出し

P1300002 2020年1月30日(木) 昨秋の11月9日に一旦掘り出して、親芋から外した子芋、孫芋を畑に埋め戻して保存しておいたが、そろそろ先発のイモがなくなってきたので昨日、今日と掘り出して洗浄。掘ったり、埋めたり、又掘ったりと重労働だが、これで新鮮な状態の芋が手に入り、あと2、3か月は食いつなぐことが出来ます。

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春の兆し/ギョウジャニンニク

P1200003 2020年1月20日(月) プランター植えの行者ニンニクが例年より1~2週間早く芽出ししました。やはり暖冬なのかもしれません。
昨夜遅く、チベット旅行から這う這うの体で帰国。富士山頂と同じ標高3650m~3750mのラサ市内観光は高山病の影響で、夢遊病者のようにふらふらと過ごし、その上天候悪化のせいで飛行機が飛ばず、ラサに1日長く滞在する羽目になり四苦八苦、殆どが高齢者揃いのツアーメンバーには過酷でした。

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チベット土産(1/1)拉薩ビール

P1200001 2020年1月19日(日) チベット旅行の土産は缶入りのラサ・ビールが2本だけ、16日に拉薩市内のネパール料理レストランで1缶10元(173円)で購入しました。食事時に飲みたかったのですが、高山病でふらつくし、食欲もないので、これ以上状態が悪化してはと自重しました。未だ飲んでいませんが、原麦汁濃度10%、原材料が麦芽・米・ホップで、アルコール分は3.3%、ずいぶんライトなビールです。製造元は拉薩市内のセラ通り36号の西蔵拉薩麦酒有限公司、多分、世界で最も標高が高い場所で作られているビールでしょう。

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帰国(西安→上海→成田)

2020年1月19日(日) 2:55 MCで起床、目覚まし時計が鳴らず30分ほど寝過ごしてしまう。速攻で歯磨き、トイレ、SCの荷造りを済ます。3:30朝食の弁当(パン、ヨーグルト、茹で卵、紙パックのピーナッツ牛乳、リンゴ)を受け取りバスに乗り込む。それにしても連日夜討ち朝駆け、何たるツアーであるか。西安の夜空に上弦の月がかかる。4:05西安空港ターミナル3到着、中国東方航空カウンターでSCを預け、搭乗券を受け取る。この6日間お世話になった田さんとそこでお別れ、田さんもこれでやっと任務完了、これから会社へ顔を出すとか、ほっとした事であろう。安全検査と出国審査を済ませ、搭乗口H04へ向かう。6:20 上海行きMU9910便搭乗、A321型、3-3席並び、通路側の39C席に座る。ほぼ満席、24日から始まる春節の里帰りなのか、子供連れの中国人家族が多い。6:25離陸、7:10朝食サービス。ヨーグルトとコーヒーのみもらう。気流が悪いのか機体はかなり揺れる。8:15無事上海空港に着陸、SCを受け取り、現地係員男性の張さんの出迎えを受ける。9:15迎えのバスに乗り上海浦東国際空港へ、何と1時P1190269 間もかかるとのこと。上海は西蔵に比べると緑豊か、冬枯れとはいえ目にしみる。張さんによると、上海国際空港で成田行き便に搭乗するまで4時間以上待ち時間があるので、小籠包のお昼付き地下鉄&リニアモーターカー(上海トランスラピッド)乗車体験小旅行に2500円(あるいは150元)で連れて行ってくれるとのこと、儲からないのか余りやる気はなさそう。10:25浦東国際空港到着、空港内は大混雑。中国東方航空カウンターにチェックイン、11:50ようやくSCを預けて身軽になる。成田行きMU271便は16:20の搭乗予定、4時間半も時間がある。今回のツアー、空港での待ち時間が非常に長い。一昨日6時間、昨日3時間半、今日8時間、空港見学ツアーのようなもの、半端ない。やっと出国審査をクリアし、シャトル電車に乗って搭乗口へ。なにせG552まである巨大空港、12:50漸く搭乗口のG138に辿り着く。未だガラガラの椅子に座って、朝食弁当の残りを食べる。その後、チベットのガイドブックと「パンと野いちご」を読んで時間潰し、又、空港Wifiでメールが使えるようなので妻に連絡、ポタラ宮の写真を添付して、今日帰国すること、昨日までの顛末を伝える。16:30搭乗、これでやっと日本に帰れる。エコノミークラスの前から2列目、通常3-3席並びだが非常ドアの傍で2席並びの通路側。機種はA321でビジネスクラスが20席ある。成田到着が21:00と遅いせいか空席もぽつぽつ。17:20離陸、日本時間に時計を戻す(→18:20)。19:10夕食サービス、チキンライス、腊八粥、マッシュポテトのサラダ、パン、バター、オレンジジュース。20:40成田空港安着、無事帰国、よし。21:35成田空港第2ビル発の電車に間に合い、成田駅と我孫子駅で乗り換え、ラインで連絡を取って家内に南柏駅まで迎えに来てもらう。23:16南柏駅、何とか午前さまにならずに帰宅。(完)

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ラサから西安へ

2020年1月18日(土) 4:30起床、もう滅茶苦茶、3時間くらいしか寝ていない。これだから中国奥地の旅は怖い。果たして無事日本に帰れるか?、日本から持参の生茶を1本全部飲んで目を覚ます。今朝はふらつき無し、大分高地に馴れたのかも。朝になってもお湯は出ず、同じような目に遭ったカッパドキアの洞窟ホテルを思い出す。ラサの水道水は手が切れるように冷たく、とても水の親玉のようなシャワーを浴びる気になれず。とりあえず髭を剃り、保湿クリームと日焼け止めクリームを塗る。5:45田さんがMC代わりにドアをノックして起こしに来る。律儀で真面目、今回のツアー、阪急交通社から西安の現地旅行会社に丸投げされているのであろうが、今回のような大きなトラブルがあると、現地添乗員の田さんの一存では判断できず誠に気の毒。6:30ロビーに下りてチェックアウト、朝食の弁当を受け取る。中身は茹で卵、紙パック牛乳、菓子パン。ロビーは中国人乗客で一杯、昨日やはり足止めされた人々らしい。相乗りで29人目一杯乗客を乗せた中型バスが次々とホテルから出発していく。8:00再びラサ空港到着、空港は朝から大混雑、老弱病残至急服務柜人(Special passngers Service P1180254 Counter)に並びSCを預け搭乗券をもらう。もはや窓側や通路側など座席希望の贅沢は言わず、乗せてもらうだけで、飛んでくれるだけで良い。安全検査は靴を脱がされ、靴下の裏側もチェックされる物々しさ、大騒ぎして通り抜け、出発ロビーに入る。出発ロビーも大混雑、しかも西安行きMU233T便は9:15搭乗予定がたちまち11:20に延期、昨日の悪夢が甦る。空港ロビーから家内へメール送信を試みるが下書き保存になってしまい駄目。今頃心配していることだろう。今日中にはとても帰国できそうにない。まぁとにかく待つしかなし。
11:15 MU233T便に漸く搭乗、通路側の40C席に座る。隣は騒々しいチベット族の若い女性2人組、11:45砂塵で煙る拉薩空港を離陸、機内圧は3460m→3350m→2637m→2055m→1820mと30分ほどで大分上昇する。土獏の山に続いてヒマラヤの雪山が窓から望めるが、帰りも通路側で残念。12:20軽食サービス、青裸麦のお菓子、ヤクの干し肉、人参サラダ、パン、オレンジをもらい牛肉ライスはパス。アルコール類はなく水とコーヒーをもらう。13:15機内圧が高度P1180258 1370mにアップ、大分呼吸が楽になり頭がはっきりしてくる。やっと読書をする気力が湧き「パンと野いちご」の続きを読む。14:20黄砂で煙る西安空港に無事着陸、やれやれ先ずは一安心。海抜は405m、空気が濃い。空港ビルへ出るとスタバがあり、大都会に戻ってきた感じでほっとする。田さんがパスポートを集め、明日の日本へ帰る便の手続きに行ってくれる。16:45マイクロバスに乗り込み東方航空手配のホテルへ。今日は一人参加の人は一人部屋を使えることになり、追加料金の150~200元は旅行会社持ちとのこと、やっとすっきりする。それにしても、一人部屋の追加料金が200元としたら4泊で800元(14,000円)、旅行会社へ我々が支払った一人参加の割り増し料金は35,000円、どういうこと?、ぼり過ぎでは。また、ホテルの支払いに日本のクレジットカードや日本円が使えないのが難、つくづく面倒な国である。18:00ホテル錦紅之星到着、スタンダード級か、1422号室に入る。部屋に荷物を置いただけで直ぐ一階にP1180260 下りレストランでバイキング形式の夕食(18:25-19:15)。昨夜もそうだったが航空会社持ちの夕食は簡素、豆腐料理、キャベツ炒め、チンゲンサイ炒め、スープ、蒸しパン、ライス、それとデザートのオレンジ。どの料理も薄味、不味、まあ文句は言えない、多分。19:20部屋に戻る。だだっ広い部屋にダブルベッド2台、床張りはフローリング、が内装は安っぽい。書き物机と椅子、丸テーブルとソファ、TV(LE)、電気ポット、コーヒー、緑茶、紅茶各1袋、550ミリリットルのMWが2本付いている。浴室はシャワールームのみ、お湯は出るが洗面台の排水がよろしくない。ドライヤー、歯磨きセット、櫛、壁掛けボトル式のシャンプーとアメニティーはまずまず。早速MWを沸かしてコーヒーを飲む。デジカメの電池も充電、やっとくつろげる。と、外の近くのビルから大音量の音楽が漏れ来る。うるさい、車の音も上がってくる。やれやれ安普請、ゆっくりも出来はしない。それにしても濃霧は天災?、自然災害?、航空会社も旅行会社もツアー客も三方一両損といったところか、まあ一人参加の料金の膨らまし方を考えれば、旅行会社に損はない筈。シャワーを浴びてさっぱりしてから、腰にピップエレキバンを貼る。明朝は何と2時半起きと忙しいので、今夜のうちに髭を剃り、21時過ぎ就寝。(続く)

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拉薩市内観光(3)ノルブリンカ

2020年1月17日(金) 7:10起床、目覚まし時計の調子が良くない、帰国したら買い替えねば。昨日ほどではないが、やはり多少ふらつき足元が覚束ない。MWを沸かして味噌汁とコーヒーを飲み煎餅を食べて、今日も朝食はパス。本日の午前中の観光でラサ滞在も終わる。長居は無用、早く下界へ降りねば。8:25二階の食堂を覗きに行き、フルーツ(オレンジ、スイカ、ブドウ、メロン)を食べ、もう一杯コーヒーを飲む。9:00チェックアウト、バスに乗り込む。さすがに朝は冷え込み、マイナス2℃くらいか。今日はメンバー15名が勢揃い、昨日体調不良で観光を棒に振った女性2人も、ポタラ宮の階段で転倒して病院へ直行した男性も何とか大丈夫そう、骨折しなかったのが不幸中の幸い。9:40拉薩市街地の西側に位置する2001年登録の世界文化遺産、ダライ・ラマの夏の離宮ノルブリンカ(“宝の庭”の意味)に到着。入場料は60元、中に入るのに手荷物検査が2回、ようやく東門から入園する。
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ノルブリンカはダライ・ラマ7世が1740年代に造営を始めたもの、36平方キロメートルの面積を持つ広大な敷地に、歴代ダライ・ラマが造営した幾つもの離宮が建つ。内部の見学が許されているのは、ダライ・ラマ7世、8世、14世の離宮のみ、東門をくぐると右手に落葉高木の冬枯れの林が広がる。
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公園の境界塀は白壁、離宮を囲む塀は黄壁、それらを眺めながら先ずダライ・ラマ7世の離宮ケルサン・ポタンへ。残念ながら離宮内は写真撮影禁止、お香の煙や燈明のバターの匂いが立ち込める堂内は仏殿の様で、とてもくつろげる雰囲気ではない。祭壇中央にダライ・ラマ7世像、左右に仏像が居並ぶ。祭壇のお供え花は造花、チベット族の巡礼者があげるお賽銭は1元札か5角札が多いが、ご本尊の前には100元札も置いてある。また、内陣の四方の壁はタンカ(仏画)で荘厳されている。次はダライ・ラマ14世の離宮タクテン・ミギュル・ポタン、チベット語で「永劫不変の宮殿」を意味し1954年に竣工、二階建てでノルブリンカ内の離宮中最大の建物である。黄壁の塀に沿って進むと、康松司倫(Khamsum Zilnon、別称:威鎮三界閣)なる楼門前を通過、どういう訳かチベット族の衣装を身に着けた男女が衛兵のように佇立している。何かの写真撮影かも。
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タクテン・ミギュル・ポタン前の中庭に入る。ダライ・ラマ14世は、チベット動乱が勃発した1959年3月、此の建物より脱出しインドに亡命した(最終的には北インドのダラムサラに亡命政府を樹立)。離宮の外見は西蔵様式であるが、内部に入ると洋式トイレ付きのシャワールームがあったりしてかなり近代的、外国から贈られた絵画やラジオ、レコードプレーヤーなども展示されている。圧巻は1000kgの黄金を使って造られたと云う玉座、珊瑚や宝石も散りばめられている。但し、ポタラ宮の霊塔でも感じたが、金の純度はさほど高くないのかも。まるで真鍮のような輝きである。30分ほどで14世の離宮見学を終え、薄氷が張った池の上に建つラカン・ヌプ(西龍王殿)とツォキル・ポタン(湖中楼)を横目に眺めながら、石橋を渡りダライ・ラマ8世の離宮ツジン・ポタンへ。
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ツジン・ポタンのご本尊は千手千眼観世音菩薩、小さな仏殿様の離宮である。その傍らに温泉跡という石積みがある。拉薩の近郊には温泉が多く、標高は4000mを越えるとか、日本の最高所温泉、立山みくりが池温泉の2430mなぞ目じゃない、でもそんな高所で温泉に入ったら年寄りは心臓麻痺か脳溢血でも起こしかねない。黄壁沿いの一直線の長い通路を歩き、出口専用の北門から退場、その前に北門近くにある公衆トイレに寄る。洋式が1か所、残りは全て蹲式だが世界文化遺産内のトイレだけあってまずまず清潔、11:20バスに戻る。今日は此処まで4.120歩、3.0㎞。
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疲れてバスの中でぐっすり眠るうち、空港近くのレストランに着いて中食(12:15-12:55)、西安料理を食べる。米の麺と青菜と肉のスープ、ナンのサンドイッチと軽めだが味はまずまず。さあ、ラサ空港へ、帰心矢のごとし、早く低地へ戻りたい。レストランから空港までは僅か1分、13:00空港到着。姚さんと田さんに手伝ってもらい個人チェックイン、SCを預けて搭乗券をもらう。窓側座席を希望したが43L、いいかも。靴も脱がされて安全検査、MWは取られてしまう。13:50漸く出発ロビーに入る。ロビーの椅子に座り込んで搭乗を待つが、西安の天候不良で飛行機は遅れている模様、離陸予定時刻の16:05を過ぎても飛行機がやってくる気配はなく、案内掲示板の搭乗予定時刻はどんどん後ろへずれる。19:00まで待たされてとうとう予定便はキャンセル、ひぇ~ラサにもう一泊、マジですか?、それはない!。同様に成都行き便もキャンセルとなり、中国内陸部は濃霧(黄砂?)で余程天候が悪いらしい。最後の最後まで今回のツアーは修行強いられる。ラサ市内に戻って中国東方航空手配のホテルに延泊することになり、SCを受け取ってから、やはり航空会社手配の大型バスに乗り込む。バス車内で各自搭乗券を見せて宿泊券をもらう。やれやれ、窓側座席も水の泡。21:10四つ星ホテルの雪域天堂国際大酒店に到着、ロビーの天井やフロント後背の壁面装飾はチベット様式、高級ホテルにまずはひと安心。
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但し、部屋割りは航空会社の規定により2人1部屋になるとのこと、一人一部屋利用なら150元の追加料金が必要とのことで、すったもんだの挙句に、現地添乗員の田さんが気の毒なので、大部分の人が追加料金の150元をホテルに支払い一人部屋にしてもらう。漸く別館の三階9302号室に入る。夕食(22:00-22:40)は近所のレストランでバイキング、これも航空会社持ち、品数は少なく、豆腐と野菜とキクラゲの炒め物、シイタケと青菜の炒め物、茹でジャガイモ、饅頭、ご飯。味付けが今一、食欲がない。22:45部屋に戻る。
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さすがは四つ星ホテル、酸素濃縮器、加湿器が備えてある。此処は無料の様だが使い方が分からず。部屋にダブルベッドが1台、ソファ1台、丸テーブル、大型壁掛けTV(KONIKA製)、冷蔵庫(Haier、空)、電気ポット、お茶2袋、体重計、セーフティーボックス、ティッシュボックス、浴衣、スリッパがある。浴室の洗面台はTOTO製、浴槽とシャワールームが独立しており、ドライヤー、歯磨きセット、櫛、シェービングキット、綿棒、シャワーキャップなどアメニティーは充実している。この3日間まともな食事をしていないので、水道水を沸かしてカップヌードルのシーフードを食べる。お湯が88℃で沸いてしまうため、麺が硬めで美味しくない。持参のコーヒーも飲んで口直し。シャワーでも浴びようかと思ったらお湯が出てこない。暫く待っても駄目、ヤレヤレ、下着だけ取り換えてベッドにもぐりこむ。うとうとしかけたら、田さんが部屋をノックし、明朝は6:30ロビー集合を告げに来る。もう午前様、寝る時間がないぞ。(続く)

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拉薩市内観光(2)セラ寺とバルコル

2020年1月16日(木) 13:15ポタラ宮見学を終えてバスに戻る。乗り込むと早速MW1本が配られ有難い。昼食(13:15-14:05)は市内のレストラン「菌王府」できのこ料理を食べる。チベット高原のような標高4000m前後の渇いた高地できのこなど採れるのだろうか?。入り口に「不入菌王府、不知山珍美」と看板が掲げてある。きのこ好きの私としては大いに期待を膨らませたが、最初のきのこ鍋の材料を見てがっかり、エリンギとブナシメジとキクラゲしか入っていない。すべて栽培品のありふれた種類、山の幸、山の珍味と看板に謳うほどの内容ではない。
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きのこをすくってしまうと、青菜やモヤシや肉団子を投入、スープの味付けが今一、きのこ入りのモモ(チベット風ギョウザ)も感心しない。店構えや内装から判断して、昨日からのレストランはいずれも高級なのであろうが、高山病で胃腸が弱っているせいか何を食べても美味しくない。昼食後、予定にはなかったが、姚さんが食品スーパーへ案内してくれる。14:25西蔵天下良食超市到着、店内はガラガラ、日本人御用達の店のようで現地の人は誰も居ない。マツタケも売られていたが、どうも怪しい。殆どのメンバーが何も買わず30分で退場する。次は河口慧海が単身ヒマラヤを越えて鎖国状態のチベットに潜入し、1901年3月から1902年5月まで修行したセラ・ゴンパ見学へ。15:30拉薩の中心部から北に8㎞の所にあるセラ・ゴンパ(色拉寺)到着。山門前に黄金(金箔張り)の象が安置してあり、象の背中に猿、猿の上に兎、兎の上に鳩?が乗っている。何のおまじないであろうか?。
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セラ寺はゲルク派の大寺院で、開祖ツォンカパの弟子ジャムチェン・チュジェ・サキャ・イェシェによって1419年に創建された。背後の山の中腹に奥の院のセラ・ウツェが建つ。最盛期には5500人の僧侶が修行に励んでいたと云われ、河口慧海の他に多田等観も1913年(大正2年)~1922年(大正11年)の10年間この寺で修行している。山門をくぐり、上り勾配の長い参道を進む。セラ寺の海抜はポタラ宮の最上階と同じ3730m、道理で歩き出しただけで息苦しい。参道の左右に白壁の僧舎(僧坊)らしき建物が続く。慧海が寝泊まりしたのはモンゴル人僧侶が住まう僧坊ということだが、どの建物であろう。石段を上り小さな門をくぐって問答修行が行われる中庭に入る。
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問答修行は平日の15:00~17:00の間に行われ、カメラ撮影は禁止だがスマホや携帯の撮影はOKとのこと、??。時刻は15:45、ちょうど僧侶たちが数人づつのグループに分かれ、中庭の大樹の下で独特のジェスチャーで丁々発止の問答を繰り広げている。15分ほどで問答修行の見学を終え、次は砂曼荼羅を展示している仏堂へ。色砂で描かれた三面の曼荼羅がガラスケースに収められてあり、撮影料は10元也。次いでお経の印刷所を見学、多数の版木が収納されており、印刷された経本も販売されている。最後に、顕教を学ぶセラ寺最大の学堂セラ・チェ・タツァン(セラ・チエ学堂)へ。
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堂内に入り、正面の基壇に並ぶ高僧像を拝観した後、左手にあるタムディン・ラカン(馬頭明王堂)に入り、チベット族信者の後ろに並んで、ご本尊馬頭観音像の足下の座布団に頭を擦り付けて加護を願う。16:40バスに戻る、スマホ万歩計の記録はそこまで11128歩、8.2㎞、きつい修業ぞ。次はバルコル(八廓街)へ。17:15旧市街でバスを降り、バルコルへ続く狭い路地を歩く。金銅仏を並べる仏具屋、燈明用のヤク・バターを売る店、マニ車や敷物を商う土産物店、衣料品店、金物屋、果物屋などが軒を並べチベットらしさが感じられる街区、マンホールの蓋には「八廓古城」の文字が認められる。
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バルコルは旧市街中心に位置するジョカン(大昭寺)を囲む長さ1Kmの周回路、バルコルに入るにも手荷物検査があり、マッチとライターのチェックが厳しい。ジョカン前広場での焼身自殺を警戒しているものと思われる。バルコルに入って直ぐのお土産屋でティーブレーク、姚さんの知り合いの店らしく仏画やアクセサリー(天珠や玉のブレスレット)などのチベット特産品を扱う。其処で一旦解散になりフリータイム、メンバーの半数はバルコル散歩に出かけたようだが、自分は疲れたので土産物屋の店内でお茶を飲みながらひたすら休憩する。18:20再集合し、八角南街を時計回りに歩いてジョカンの正面に出る。ジョカンは7世紀中期に創建された吐蕃時代の寺院で、2000年に世界文化遺産として登録されている。拝観料は85元(1,500円)、体調が良ければ、さっきのフリータイムの間に入場して、文成公主が唐から持参した釈迦牟尼像など拝観するのだが・・、せっかく拉薩までやって来たのに残念至極、富士山頂迄登って浅間大社奥宮に参拝せずに下山するようなもの、残念無念。
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ジョカン入り口前に大勢のチベット族巡礼者が五体投地を行っている石畳があり、その傍らに釈迦の髪から生じたという柳の木、18世紀に天然痘が二度と流行しないようにと建てられた痘痕碑、821年に唐と和平を結んだときに建てられた唐蕃会盟碑がある。ジョカン広場を西に横切り、丹傑林路を右折したところにあるレストラン拉薩厨房(LHASA KITCHEN)で夕食(19:00-19:45)、ネパール料理を食べる。
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ガイドブックにも載っている有名店で、初めに出たヤク乳入りお茶が甘くて温かくて美味しい。メニューは、焼きそば、ホウレンソウ炒め、山羊肉と野菜の炒めもの、マッシュルームスープ、豚肉のカレー煮、ナンなど、味はいまいち。20:05バスに戻り、ポタラ宮のライトアップの写真を撮りに行く。再三、再四の手荷物検査を受けてポタラ宮広場に入り、ライトアップされたポタラ宮の正面写真を撮る。
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20:50ふらふらになってホテルの部屋に戻る。今日の累計歩数は15,880歩、3650m~3750mの高地を11.7Km徘徊、いやはや大変な一日でした。昨日は入らなかった風呂に入る。シャワーを浴びてさっぱり、22時過ぎダウン。(続く)

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拉薩市内観光(1)ポタラ宮

2020年1月16日(木) 7:30起床。脳に酸素が行き渡らないのか、ふらついて真っ直ぐ歩けない。腰が抜けたようになる。これはまずい!、今日が今回のツアーのハイライト、こんな有様ではポタラ宮の350段余の階段を昇れそうもない。とにもかくにもMWを沸かしてコーヒーを飲み頭をすっきりさせる。更にMW2本を一気飲み、血液に酸素を補給する。髭を剃り日焼け止めを塗るが、一つ一つの動作が緩慢でかったるい。食堂に行くのは止めて、煎餅をかじり、歯磨きして出発準備、8時を過ぎると外が薄明るくなる。9:00ロビーに下りてバスに乗り込むとメンバーが13名しかいない。2名は尚も具合が悪く今日の観光を見合わせてホテルで休むとのこと、今回の旅行は5日間の日程であるが、観光らしい観光は今日と明日の午前中の1日半だけ、遥々とチベットまでやって来たのに・・、全く気の毒なことである。外はそれほど寒くない、0℃くらい?。9:15ポタラ宮前に到着し、まず北京中路を挟んだ向かい側の小山、チャクポ・リ(薬王山)の照景台に上がる。
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僅か63段の石段登りだが息切れがひどい。照景台からポタラ宮の全景写真を撮り、次に展望台から下りて、入り口ゲートで手荷物検査を受けて、西蔵和平解放記念碑の建つ広場に入る。手荷物検査の重点対象物は、ライター、マッチ、ペットボトルの3種類、いずれも持ち込み禁止、一時チベット族(僧侶)で多発した抗議の焼身自殺を警戒しているものと見える。広場から北京中路を挟んでポタラ宮正面の写真を撮影する。次いで道路を渡ってポタラ宮直下の広場に移動、姚さんからパスポートナンバーの入った入場予約券を受け取る。入り口で警察官?によるパスポートと入場券の照合があり、再び手荷物の安全検査があって、漸く中庭に入る。
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公衆トイレは中庭に一か所と、デヤン・シャルという中屋上に一か所の2か所しかない。皆が中庭でトイレを済ます。10:30いよいよ階段上りの始まり、ポタラ宮の右手外側に雷光型に取り付けられた石段を、途中に置かれた石のベンチで休み休み、メンバーの最後尾をゆっくりゆっくり上がっていく。
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階段ばかりでなくスロープもあるが、それでもきつい。建物の内部に入ると間もなくの12:05、中屋上のデヤン・シャルに出てようやく皆に追いつく。中屋上には公衆トイレの他に売店があり、MWなど売っている。そこまで234段、高度差はたった60m。正面に本格的なポタラ宮観光の始まるポタン・カルポ(白宮)が聳え立つ。ポタラ宮はダライ・ラマの宮殿で、高さ115m、東西360m、南北300m、総面積41平方キロメートル、1994年にユネスコの世界文化遺産に登録された。ポタラと云う名はサンスクリット語のポタラカ(potalaka:観音菩薩が住むと伝えられる山の名、日本仏教では補陀落)に由来する。
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ポタラ宮の建設は、吐蕃王朝(7世紀初~9世紀中)が都を拉薩に移した7世紀に始まったとも云われるが、本格的にはダライ・ラマ5世の17世紀中期(1645年)からで、全てが完成したのは1695年、それ以降ダライ・ラマ14世がインドに亡命する1959年3月まで、ポタラ宮は西蔵の政治と宗教の、即ち聖俗両面における中心であった。宮殿内は残念ながら写真撮影は禁止、もっともダライ・ラマ14世が健在で御座せば、我々のような一般の観光客が宮殿に立ち入り、内部を拝観するなど不可能であったろう。今はヴェルサイユ宮殿やシェーン・ブルン宮殿などと同じく、主が居なくなった抜け殻の博物館を巡る趣向であるが、それでもチベット族の人々には有難い聖地なのか、家族連れや単独で歌うように念仏を唱えながら堂内を右回りに巡拝していく。
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姚さんの引率でデヤン・シャルから三排梯(さんはいてい)と呼ばれる階段を23段昇って白宮に入る。壁、柱、天井が絵画で荘厳され、壁面に文成公主(唐の皇女、640年吐蕃王に降嫁)の嫁入りの場面が描かれている。そこから踏み代が狭くて急な木製階段を48段登る。政治(俗)の中心だった白宮はダライ・ラマ13世と14世が暮らした場所で、仏間、謁見室(客間)、会議室、瞑想室、寝室などがある。白宮の最上階から屋上テラスへ出て、聖の中心だったポタン・マルポ(紅宮)の第4層に入る。紅宮は4層より成り、ご本尊の仏像、ゲルク派の高僧像、立体マンダラなどを祀る仏殿、各ダライ・ラマの霊塔殿(霊廟)が連続する。堂内を時計回り(右回り)に進み、第4層では弥勒仏殿、聖観音殿、ダライ・ラマ7世、8世、9世の霊塔を見学。階段を下りて第3層では、チベット密教の最奥義とされるカーラチャクラの立体マンダラがある時輪殿を、第2層の仏堂は公開されていないので第1層まで階段で下りて、ゲルク派の高僧を祀った菩提道次第殿、ニンマ派の開祖であるパドマサンバヴァなどを祀った持明殿、そしてダライ・ラマ5世の霊塔殿(世界荘厳殿)を見学する。
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ダライ・ラマ5世の霊塔は圧巻、高さ17mの塔は5トンもの黄金を使い、瑪瑙やダイヤモンドなど1,500個の宝石を散りばめた煌びやかなものである。ポタラ宮の観光を終了し、紅宮第1層から建物の外へ出る。そこのテラスから拉薩の西側に広がる新市街地を眺め一服。直ぐ下に自動車道路(もとはダライ・ラマ専用)が上ってきており駐車場がある。ポタラ宮の北側に取り付けられた石段を宮殿の背面を眺めながらじぐざぐに下っていく。出口に降り着き外壁に並んでいるマニ車をひとつ回してから、商店街を抜けてバスが待つ駐車場へ。振り返ればポタラ宮背面のフォルムが美しい。13:15バスに戻る。ポタラ宮観光の歩数は6,630歩(4.9㎞)、海抜3650mの地上から海抜3725mの紅宮第4層を往復、階段のカウントは332段までで曖昧になってしまったが、何とか歩き通す。夜中や朝のふらつきや腰砕けでは今日の観光はダメかと諦めかけたが何とかクリア、次は市内のレストランへ中食に。(続く)

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西安から拉薩へ

2020年1月15日(水) 4:00起床、荷造り。顔に保湿クリームと日焼け止めクリームを塗る。ブレンディスティックのカフェオレを飲んで目を覚ます。4:30正確なMCの電話が鳴る。5:15チェックアウト、ロビーに集合し空港へ出発。朝食の弁当(パン、ソーセージ、茹で卵、牛乳、洋梨)をもらいバスに乗り込む。外は寒い、マイナス2℃とか、厚手でダウン入りのロングコートを着て丁度良い。今回のメンバーは15名、普段 きのこ同好会で奇人・変人は見慣れているが、そんな私の目から見ても一風変わった、マニアックで個性的な人が多い。自分の事を棚に上P1150020 げて言うのも何だけれど。内訳は夫婦1組、女友達1組、男性の一人参加が6名、女性の一人参加は5名。年寄りが多く、最長老は83歳、次いで75歳、73歳、71歳、71歳、69歳、69歳、68歳、66歳、59歳など、最も若い人が35歳、中には年齢不詳の人も。函館や新潟から参加した人も居るが殆どは関東在住。外は真っ暗、車も空いている。6:00西安空港到着、団体チェックインでSCを預けるが空港内は朝から大混雑、1時間も待たされる。春節(1月24日~31日)の民族大移動がもう始まっている様子。ヒマラヤの山々が眺められる窓側の座席を希望したが、もらった搭乗券は44J席、どうやら通路側か。それから安全検査、H08の搭乗口に辿り着き、バスに乗り込む。外は雪が舞っている。7:45拉薩行きMU2333便に搭乗、機種はA319、3-3席並び、ほぼ満席。44J席は案の定通路側、しかも翼の上で残念のダブルパンチ、座席は本当に狭い。8:25離陸、西安(海抜405m)から拉薩(海抜3650m)へ高度差3250mをいきなり上がる。高度順化もなしに大丈夫かな、高山病に罹らねばよいが。9:05朝食サービス、ビーフライスをパスし、コッペパンと腊八粥(ろうはちがゆ:中国の家庭で旧暦12月に食べる薬膳粥、米・雑穀・豆P1150026 類・ナツメ・栗、ハスの実などが入る)とコーラをもらう。機内圧は標高2500m(腕時計の高度計の表示)で安定、途中最後尾の窓際の席に座らせてもらい東ヒマラヤの雪嶺の写真を撮る。素晴らしい!。チベット高原にさしかかると雪山から土の山に変わり、荒涼として緑は一切ない。機内圧力が標高2500m→3000m→3500mと落ちて来ていよいよ着陸態勢、11:25ラサゴンカル国際空港に安着。ジャスト3時間のフライト、外へ出るとカンカン照り、紫外線が強い。空気が薄く頭がふらふらする。拉薩の現地ガイド、35歳前後の男性、姚(よう)さんの出迎えを受け、迎えのバスに乗り込んだのは12:15、SCをバス迄運ぶだけでハーハー息苦しい。空が青い、少しも寒くない、外気温は10度前後?。早速車内でMW1本づつ配られる。ラサ市内まで50㎞、バスは高速道路を突っ走る。今の季節、雨も雪も降らず乾燥しているとのことで芝生は枯れ色だが、沿道に落葉高木が見られる。周りは標高5000m以下の岩山だが1本も木がないのは森林限界を超えている訳ではなく、燃料にすべて伐採してしまったのであろう。P1150033 チベットには標高7000mを越える山が75峰あり、6000m台の山には名前が付いていないとのこと。チベット第一の大河ヤルン・ツァンポを渡る。水は少ないが青く澄んでおり、川床はなかなか広い。6年前に完成したという7㎞の長いトンネルを抜ける。これができる前は山越えで市内まで2時間かかったが、今は1時間に短縮された由。姚さんの日本語も又分かりやすい。『拉薩は小麦(裸麦)しか穫れない。野菜、果物は全て四川省から入ってくる。成都との距離は2000㎞離れており、拉薩の物価は高い。水は88℃で沸騰するため、米や麺などの料理には圧力鍋を使う。ヤクは遊牧民の宝、肉も皮も捨てるところがなく、骨は装飾品に、糞は乾燥させて燃料に使う』。12:35ヤルン・ツアンポの支流ラサ河(キチュ)が見えてくる。チベット自治区第二の都市シガツェと拉薩を結ぶ鉄道は4年前に完成、シガツェからヒマラヤ山脈を抜け、ネパールの首都カトマンズまで延伸する鉄道は7年後に完成予定とか、中国の経済圏構想「一帯一路」はP1150046_20200131100401 着々と進行している。高速道路の両側は農地らしき平原が続き、放牧されているヤクが草をはむ。時々フラットな住宅群が現れる。13:00高速道路を出て拉薩の街に入る。ラサの人口は50万人、拉薩大学があるがレベルは今一、拉薩の住民なら北京大学に点数が低くても入学できる(中国政府のチベット族懐柔策?)ので、わざわざラサにマンションを買って他地方から移住する市民もいるらしい。街路樹は落葉高木、針葉樹もある。店やホテルは他の中国の街と変わらない。ノルブリンカの前を通り、五つ星の最高級ホテル拉薩飯店の前を通って、昼食を摂るためレストランへ。降りるとフワフワした感じでやや気持ちが悪い。後頭部が重い。生あくびが出る。大通りに面したレストラン「陶氏湯鍋」で中食(13:25-14:20)、メニューは鶏料理、キュウリ炒め、レバニラ炒め、チンゲンサイ炒め、トマト&卵料理、茎ニンニクと肉の炒めもの、キクラゲ炒め、青菜スープの8皿、味はまずまずだが食欲がない。バス迄戻るだけでふらふら、今日は風呂に入らない方が良く、酒も煙草も厳禁、のんびり部屋で休むようにと姚さんの指示。ホテル到着後、ドクターが各部屋を回って血圧など診 察してくれるそうな。14:35今日、明日と連泊P1150074_20200131100601 するホテル新鼎大酒店到着、8411号室(八階ではなく四階?)に入る。ゆったりした部屋にダブルベッド1台、書き物机と椅子、丸テーブルと椅子2脚、TV(中国Changhong製)、冷蔵庫(ミニバー)、個別エアコン、電気ポット、550ミリリットルのMW2本、ネスカフェのコーヒー2包、薬草茶と緑茶各1袋、スリッパ、浴衣、ティッシュボックス、傘、セーフティーボックスがある。これまで世界各地の色々なホテルに泊まったが、初めて見るものが酸素濃縮器と加湿器、前者は有料で1時間30元也、使い方が分からない。浴室はシャワールームのみで浴槽は無いが、ドライヤー、体重計、シャンプー、コンディショナー、バスフォーム、ボディローション各1本、シャワーキャップ、歯磨きセット、髭剃りキット、櫛、綿棒とアメニティーは申し分ない。ゴミ箱も部屋と浴室に1個づつ、昨日のホテルよりは上等で四つ星の資格は十分ある。約束通り、窓からポタラ宮が望める。朝食の弁当にもらった洋梨を剥いて食べ、牛乳も飲む。もうラサ に着いて5時間近く経つがなかなか高度に慣れP1150071_20200131100601 ない。16:30姚さん、田さんと白衣のドクターと称する男性の3人が部屋に回ってきて健康診断を受ける。測定項目はパルスオキシメーターによる血中酸素飽和度、心拍数、血圧の3項目、結果は酸素飽和度が65%、心拍数は110以上、血圧は165で治療を受けるように勧められる。が、いきなり平地から3650mの高地に上がれば誰でも数値はこうなるのでは?(私の血圧は普段から遺伝性高血圧のため150前後)、様子を見ることにして治療は丁重にお断りする。結局15名のうち7、8名が、酸素吸入、点滴、服用薬(ダイモックス?)3回分の治療を受け、費用は何と日本円で4万円とのこと、日本のクレジットカードや中国元は使えず、ひえ~!、それはないでしょう。海外旅行保険でカバーできるのかもしれないが、そこにつけこんだ阿漕な商売、これではチベット旅行の海外旅行保険の掛け金は跳ね上がるのでは?。多分、ドクター(本当の医者かどうか怪しいが・・)と現地ガイドが結託しているのであろう。儲けの薄い酸素缶の販売など全くやる気はなく、治療、治療と治療を受けることを薦めるばかり、部屋にP1150075_20200131100701 ある酸素濃縮器の使い方など教えてくれそうもない。中国人は、顧客第一などそっちのけでマネーファースト、これだから嫌になる。夕食の19:00集合までたっぷり時間があるので、体を慣らすためホテル周辺の散歩に出る。ふらつくけれど、ゆっくりゆっくりじゃらんじゃらん。先ずは南にラサ河の方へ歩いて川の畔ま行く。空は雲一つなく吸い込まれそうな青色。中国証券監督管理委員会西蔵自治区の前で引き返し、ホテルの前から反対の北側へ進む。蔵天縁(漢方薬店)、鑫鑫果(果物屋)、MINICRO(衣料品店)などの商店を眺めながらラサ河を渡り、金珠道路(318国道)へ出て西蔵自治区人民庁舎前まで歩く。途中のベンチで休み休み、息が切れる。ポタラ宮の前まで歩こうと思ったが叶わず、断念して引き返す。約5000歩、1時間半の散歩を終えて、18:20ホテルに戻る。と、カードキーで部屋の鍵が開かず、フロントに掛け合い事なきを得る。ベッドに倒れこんで20分休憩、やれやれ、まるで夢遊病者のようである。19:00ロビー集合、夕食のため外部のレストランへ。レストラン「喬一喬」に着いてチベット料理の夕食(19:10-20:10)、メンバーのうち4人は体調不良で脱落、参加したのは11人。
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メニューは、マッシュポテト料理、ポップコーン、ツァンパ、モモ(ギョウザ)、火鍋(野菜と豆腐)、薬膳の炊きこみご飯など、どれも不味、食べるものがない。ステージで生歌(民謡?)や民族舞踊が披露されるがやかましい。20:30ホテルの部屋に戻る。風呂は見送り、歯磨きして即ダウン。(続く)

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天空の世界遺産 チベット5日間

2020年1月14日(火) 年明け早々チベット拉薩のポタラ宮見物へ、ガイドブックを小脇に抱え、阪急交通社主催の4泊5日のコンパクトツアー「天空の世界遺産 チベット5日間」に参加、西安から空路3時間でラサに入れるお手軽さ、しかしそれが祟り、いきなり高度順化なしに高度差 3500mを上がってしまったため、ラサに着いたとたんに高山病の症状に見舞われ、頭痛こそなかったものの、ふらつき、食欲不振、倦怠感、更に鼻炎が悪化しさんざん、その上、飛行機が飛ばず、ラサに1日延泊する羽目になり四苦八苦、しっかりチベット仏教の苦しい高地修行をImg20200121_09233565 強いられました。これ迄、富士山には三回登り(1985年8月、2005年8月、2015年8月)、雲南省の玉龍雪山の標高4680mの展望台にも攀じ登ったし(2007年6月)、一昨年は四川省の夾金山(標高4114m)でブルーポピーを観察するフラワーハイキングに参加し(2018年7月)、昨年もペルーのクスコ(標高3360m)を歩き回って大丈夫だったので、つい油断をしました。今回は拉薩滞在が丸3日間と富士山頂と同等の高所に居る時間が長く、知らず知らずのうちににダメージが蓄積したようです。チベットに行くなら体力もあって回復も早い若いうちがお薦めです。
9:15南柏駅まで家内にハスラーで送ってもらう。今朝の京浜東北線の人身事故の影響で電車は軒並み遅れている。常磐線も遅れ、我孫子乗り換えの成田線も遅れて成田駅到着が10:43、これはいけないとJRを見限り、京成成田駅へ歩く。結局、京成線も17分遅れ、集合時刻ぎりぎりの11:45、ようやく三階出発ロビーの団体受付カウンターに辿り着く。阪急交通社のカウンターで受付を済ませ、中国東方航空カウンターに個人チェックイン、長蛇の列に並ぶ。スーツケース(SC)の重さは13.2kg、通路側座席は取れず。SCを預け身軽になって、妻に作ってもらったサンドイッチとミカンを食べ、キリンファイアを飲んで中食を済ます。何人のツアーかも教えてもらえず、儲からないツアーなのか阪急交通社の受付はそっけない。出国審査を済ませ、搭乗口97で暫く待機。13:35中国東方航空MU594便西安行きに搭乗、機種はA320、3-3席並び、32B席に座る。乗客は中国人の方がずっと多いが、幸運なことに両隣は日本人、窓側は後刻同じツアーメンバーと判明した若くスリムな美人、通路側はビジネスで西安と大連へ向かう中年男性。14:30離陸、座席は狭く、個人端末のTVも無く、トイレも非常に窮屈、まるでLCC。
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15:15食事。ビーフライスを選択したが、マッシュポテトとフルーツのみ食べ、青島啤酒を飲む。コーヒーはぬるくてまずい。暇つぶしに山崎佳代子著「パンと野いちご」を読む。時計を現地時間に合わせて1時間遅らせる。18:03(日本時間19:03)黄昏の西安国際空港に到着、成田を飛び立ってから4時間半、家を出てから約10時間、中国は近くて楽。入国審査は厳重、顔写真、左手と右手の親指以外の4本の指、左右の手の親指を写真撮影するので時間がかかる。税関を出るとき、更にSCのX線検査もある。18:50漸く空港ロビーに出ると、女性現地スルーガイドの田燕明さんの出迎えを受ける。そこで今回のメンバーは15名と判明。SCを引き摺り乍ら空港内を延々と歩き、19:15ようやく迎えのバスに乗り込む。ホテルまで40~50分とのこと、田さんの日本語は流暢、聞き易い。田さんは今回が4回目のチベットツアーの添乗で、私設銀行の両替パックは1万円が580元(1元=17.2円也)、酸素缶はラサの現地ガイドから入手可能とのことで、明日は4時半のモーニングコール、5時15分の出発などと説明を受ける。
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20:15漸く今宵の宿、西安西北民航大厦到着、22階建ての街中の大型ホテル、1619号室に入る。セミダブルベッド2台、丸テーブルに椅子2脚、書き物机、TV(TCL製)、冷蔵庫(空)、電気ポット、570ミリリットルのミネラルウォーター(MW)が2本、ティーバッグ2袋、スリッパ、ティッシュボックス、個別エアコン付き。浴室は浴槽があり、ドライヤー、歯磨きセット、櫛、シャワーキャップ、タンク式のシャンプーとボディジェルが付いている。ゴミ箱は部屋と浴室に各1個、アメニティーに不足はない。但し、絨毯もカーテンや壁の内装、机、テーブルの質感は今一、せいぜい三ツ星ホテルの感じ。夕食はないので、MWを沸かしてカップヌードルカレーを食べる。風呂に入るため浴槽に湯を張るとお湯が淡黄色で配管の錆が混じる。又、シャワーの切り替え栓、排水栓の調子が悪い。明日は早い、目覚まし時計を4時にセットして、22時過ぎベッドに入る。(続く)

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再びヒラタケ佃煮

2020年1月13日(月) 先日(9日)訪れた船橋県民の森でヒラタケが300g以上穫れたので、一部は家内の手でお吸い物に、残りは私の手料理で佃煮にしました。家内の佃煮の評価は「まぁまぁね、何とか食べられるレベル」と手厳しく、口惜しいので男の料理教室にでも通うことを真剣に考えています。若くて、美人で、優しい、女性講師が居る教室に!。
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菜園の恵み(217) コマツナ

P1120002 2020年1月12日(日) 今朝一番で菜園へ野菜屑やリンゴの皮、ミカンの皮などの生ごみを堆肥桶にあけに行ったら、コマツナの先端がギザギザに食いちぎられている。これはヒヨドリの仕業、そろそろ好物の木の実(ネズミモチ、ナンテン、マンリョウ、センリョウなど)を食べつくし、畑の葉物野菜に標的を変更したものとみえる。野菜の中ではブロッコリーが一番狙われやすいが、今の時期のコマツナやホウレンソウも霜に当って糖分を蓄え、肉厚になった葉が甘いので狙われる。ネットを掛ければよいのだが、少しくらいおすそ分けしてもと、畝に4分の1を残して、外は全部収穫してきました。 

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千葉菌類談話会スライド会

Dsc_0548 2020年1月11日(土) 今日は千葉菌類談話会の第28回スライド会、会員相互の勉強会である。8:35出発、ハスラーで会場の千葉市青葉の森の中央博物館へ。10:25ぎりぎり到着、1時間の昼食を挟んで、10:40~15:30の間、須賀さんの「2019年のきのこ」、木下さんの「胞子画」(左の写真)、中島さんの「菌類学文献からの自動トリプル抽出とその可視化」、井上さんの「最近発表した論文から」、根田さんの「日本人ときのこ」、中村さんの「行徳鳥獣保護区で活動しています!」、松崎さんの「退職夫婦のきのこ生活」の8題の発表を聴く。あと5、6題を残して中座、18:10帰宅。 

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干し芋完成

2020011034p1100001 2020年1月10日(金) 1月4日に着手した干し芋が出来上がりました。原料は10kg以上だったのに、製品収量は3.kg也。途中2日ほど雨の日がありカビが生えないかと心配しましたが、部屋に入れて除湿器をかけて懸命にケアしたので、何とか無事でした。冷凍庫に保存し、今年のサツマイモが穫れる秋まで、少しづつ食いつなぎます。

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定点観察・船橋県民の森(船橋市)

2020年1月9日(木) 昨年の3月26日以来9か月半ぶりに船橋県民の森できのこ観察、もはや定点観察の体をなしていない。園内は昨秋来襲した台風15号と19号の後遺症で、風倒木やかかり木が多く、遊歩道の至る所が危険のため立ち入り禁止、黄色のテープで封鎖されている。風倒木がこのまま放置されるならば、数年後には材上性のきのこが大発生するかも。直ぐに白樫の大径倒木にエノキタケとヒラタケを発見し幸先が良かったが後が続かない。外に観察できた種は、カイガラタケ、カワラタケ、キヒラタケ、シックイタケ、シロペンキタケ、スエヒロタケ、チャカイガラタケ、チャヒラタケの仲間、ツヤウチワタケ、ナラタケ(残骸)、ニクウスバタケ、ネンドタケ、ハナビラニカワタケなど。(写真は、左がエノキタケ、右がヒラタケ)
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アイスチューリップ

2020年1月9日(木) 午後から、久しぶりに船橋県民の森へ出向いてきのこ観察。その前に、せっかく近くまで来たのだからと、アンデルセン公園でアイスチューリップを鑑賞しました。船橋市は太っ腹、有難いことに65歳以上のシニアは免許証など年齢が判るものを提示すれば入園料が無料です。今日は春一番のような風が吹き暖かかったので、厳寒期に咲くチューリップに感激する気持ちの高ぶりは今一、まあ贅沢かもしれません。
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自家製沢庵漬け

P1080002 2020年1月8日(水) 昨年の12月4日に米糠と塩とザラメだけを使って漬けた自家製の沢庵が出来上がりました。香料や着色料は一切入っておりません。我が家の家庭菜園で採れた大根自体が完全無農薬、有機栽培100%のもの、安心・安全な食べ物です。味も素朴で、お正月の餡餅のお供にぴったり、純米吟醸酒のあてにもよろしいです。既に何本か食べてしまいましたが残りが15本ほどあり、まだまだ楽しめます。

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ハナビラタケ

20200106197p1060001 2020年1月6日(月) 家内のお供で柏駅前へ。用事を済ませてから、高島屋の駐車場料金無料のスタンプをもらうため柏店で買い物、地下一階の食料品売り場のきのこコーナーでハナビラタケを見つけ、1パック購入しました。税込み197円也。生産者は前橋市の三夜沢きのこ園、群馬県の桜の名所、赤城南面千本桜の近くで、シイタケやマイタケも栽培しているようです。ハナビラタケは過去に、天然のものを奥日光や雲取山で採取したことがありますが、針葉樹(カラマツなど)の根際に発生します。ダシが出るきのこではありませんが、コキコキした食感が面白く、中華風スープか油炒めにしようと思っています。

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成田山新勝寺(成田市)

P1050003 2020年1月5日(日) 今日は妻と一緒に4年ぶりに成田山新勝寺に初詣に行ってきました。いつものようにイオンの駐車場にハスラーを置かせてもらい、新勝寺を歩いて往復です。本堂に型通りお参りしたのち、堂内に上がり、13:00からの御護摩祈祷に参列してお不動様のご真言を一心に唱えました。『のーまく さんまんだー ばーざらだん せんだー まーか ろ しゃーだー そわ た や うんたらたー かんまん』。それから肩掛けバッグを僧侶に渡し、御護摩の火にあてる御火加持(おひかじ)をしてもらい、更に、お不動様の左手に結ばれた五色の羂索に手で触る御手綱参拝を行って、今年一年間の家内安全と無病息災を祈願してまいりました。

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乾し芋作り

2020年1月4日(土) 午後から妻と協働で干し芋作り、大型蒸し器2台を使い、サツマイモ(品種はシルクスィート)蒸しを繰り返すこと3回、皮を剥いて切って並べて、3時間ほどかかりました。大笊2枚、中ザル1枚、格子カゴ3基を使いベランダに干しました。冬晴れの好天が続けば、一週間ほどで美味しい芋干しが出来上がるでしょう。
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初ウォーキング/牛久沼周回

Dsc_0543_20200105094801 2020年1月3日(金) 令和二年の初ウォーキングは牛久沼一周、前回2018年4月13日に続き2回目。本当は今の季節、房総の低山歩きがベストであるが、昨年の台風15号、19号による風倒木被害がひどく、暇人の山遊びなど暫く論外、平場歩きで我慢する。11:10牛久沼水辺公園を出発し、前回同様時計回りに周回、今回は少し大回りし、駐車場に戻ったのは日没後の16:50、スマホの万歩計アプリの記録は32.205歩、23.8㎞、腰が痛くなりました。詳しくは姉妹ブログ「自惚山人ノオト」の記事「637.牛久沼周回」をご覧ください。

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セリ摘み

20200102p1020001 2020年1月2日(木) 今年の山菜事始めはセリ摘み、正月になってスーパーのセリの価格が高騰していると家内が嘆くので、それではと、近くの公園の湧水池まわりの湿地へセリ摘みに行く。野生のセリはスーパーで販売されている栽培セリよりずっと香りが高い。我が家の仙台風お雑煮の具に欠かせないので、小正月までは何回かセリ摘みに出撃することになるでしょう。 

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富士浅間神社(柏市)

2020年1月1日(水) 穏やかに令和二年の元日が明ける。午前、仙台風の具沢山のお雑煮と、娘夫婦が持ってきてくれた富山のおせち料理を食べる。午後、近所の富士浅間神社に初詣、今年一年の家内安全を祈願しました。
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