西国十三番札所 石山寺

2009年11月3日(火)Dsc00589 13:35元慶寺から山科駅に戻る。隣の京阪電鉄山科駅から京阪線を利用し 第十三番札所の石山寺へ向かう。浜大津乗り継ぎで14:20石山寺駅着、瀬田川沿いに参道を歩き東大門前に出る。東寺真言宗大本山の石光山石山寺は大寺である。聖武天皇の勅願寺で天平勝宝元年(749)の創建、開基は良弁僧正である。志納所で拝観券を求めて境内に入り、石段を2箇所登って天然記念物の硅灰石の前に出る。この黒々と隆起する奇岩こそ寺名の由来となった石、その左手上に懸下木造建築では我国最古といわれる国宝の石山寺本堂が建つ。正堂は永長元年(1096)の再建で13 礼堂は慶長年間に付けられたもの、本堂に入り 前立ちの大きな如意輪観世音にお参りする。内陣拝観は別料金で500円、仏の道も世知辛い。ご詠歌は「のちのよを、ねがうこころは、かろくとも、ほとけのちかい、おもきいしやま」。般若心経を唱えてから本堂内の納経所で御朱印をいただく。本堂の右手には紫式部が参籠の折、源氏物語の構想を練ったとされる「源氏の間」がある。境内をひと周りする。三十八社権現堂、校倉造の経堂、国宝の多宝塔を経て芭蕉庵、月見亭へと登る。Dsc00625月見亭の建つ丘上から瀬田川と琵琶湖を眺め、最上部の豊浄殿で折り返し、牡丹園、無憂園を回って下山する。東大門を出ると15:40、最早三井寺へ参拝に行くには遅過ぎる。まあ次の機会もあろうと再び瀬田川沿いを歩き石山寺駅に戻る。ちょうど陽が翳ってくる時刻、琵琶湖八景の「夕陽・瀬田石山の清流」とはまさに眼前の景色であろう。再び浜大津乗継ぎで京阪山科駅に出て、JRで京都駅に戻る。駅ビル1階の飲食店街にある食堂アミーチ(Amici)で腹ごしらえしてから、おたべとわらびもちを土産に買う。新都ホテルに戻り、朝クロークに預けた荷物を回収し、ロビーのソファで夜行バスの出発時刻まで休ませてもらう。

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番外 華頂山元慶寺

2009年11月3日(火) 京都駅から一駅電車に乗りJR山科駅下車、元慶寺のある北花山までの2.4kmを歩く。 Photo12.55華頂山元慶寺(天台宗)着、元慶寺は元慶元年(877)の建立、清和・陽成天皇の勅を奉じ遍照僧正が開山した寺である。寛和二年(986)、花山法皇が当寺で落飾、その後修業を積み、徳道上人のあと三百年ちかく途絶えていた観音霊場巡礼行を再興したと伝わる。由緒あるお寺であるが、現在は衰退し小さな本堂と庫裡があるだけにすぎない。境内も狭く見所とてないが、僅かに「人皇六拾五代花山院法皇御落飾道場」と刻まれた石碑が建つ。本堂で御本尊の薬師如来にお参りしてから、納経所で御朱印をもらう。ご詠歌は「まてといはば、いともかしこし、はなやまに、しばしとなかん、とりのねもがな」。10分ほどで元慶寺を後にし、山科醍醐街道のわらじ市(フリーマーケット)を覗いたりしながら、のんびりと山科駅に戻る。

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西国九番札所 興福寺南円堂

2009年11月2日(月) Dsc00441 この秋一番の強い寒気が入り冬型の気圧配置、北海道と東北は12月の気温で高山は雪の予報、寒い日になりそうである。8:35出発、近鉄線で奈良へ向かう。近鉄はJRより運賃が安いので助かるが、各駅停車の普通電車は非常に時間がかかる。10:10漸く近鉄奈良駅着、西国九番札所の興福寺南円堂へ向かう。興福寺では「お堂で観る阿修羅像」と題して仮金堂と北円堂を特別公開中、拝観料は1,500円と高額であるが、朝から観光客が長蛇の列を成している。それを横目で見ながら南円堂へ直行する。南円堂にお参りするのは二度目であるが、前回は御朱印をもらわなかったため今日の出直しとなる。扉がぴたりと閉じられており、9 御本尊の不空羂索観世音菩薩は拝めないが、堂前で般若心経を唱えてお参りする。その後、納経所で納経帳に御朱印をもらう。御詠歌は「はるのひは、なんえんだうに、かがやきて、みかさのやまに、はるるうすぐも」。隣の一言観音堂にもお参りしてから、正倉院展を観るため奈良国立博物館へ向かう。

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西国三十番札所 宝厳寺(ほうごんじ)

2009年11月1日(日) 大学卒業後40年目のクラス会は、北は郡山、南は徳島から12名の参加があり、 昨夜無事終わる。朝一、屋上の展望露天風呂へ入りに行き、琵琶湖東岸から昇る朝日を眺める。Dsc00368近江富士(三上山)のシルエットが美しい。朝食後、ホテルのバスでおごと温泉駅に送ってもらい、京都御所拝観へ行く皆と別れる。今日は竹生島にある西国三十番札所の宝厳寺にお参りするので、湖西線で船が出る近江今津へ向かう。近江舞子で電車を乗り継いで9:46近江今津着、みどりの窓口で竹生島クルーズ船往復割引キップを買う。クルーズ船が発着する今津港は駅から徒歩3分、湖に突き出た桟橋が1本あるだけの小さな港である。出船時刻まで間があるので近くの琵琶湖周航の歌資料館を見物して時間潰し、他には何もないのんびりした所である。「瑠璃の花園 珊瑚の宮 古い伝えの 竹生島 仏のDsc00400御手に 抱かれて 眠れ乙女子 やすらけく」、資料館は琵琶湖周航の歌を作詞作曲 した小口太郎と吉田千秋を詳しく紹介している。出船時刻が近づくと団体旅行客を乗せた観光バスがやってきて港もようやく活気づく。ツアー客は今津から竹生島へ渡り、更に長浜へと湖を横断するコース、乗客を下ろしたバスは直ぐに長浜へ走り去る。10:50出航、ジェット船は湖上を滑るように進み、たちまち竹生島が近づく。琵琶湖八景の「深緑・竹生島の沈影」とは、琵琶湖に濃い影を落とす緑豊かな竹生島のこと、まさに湖上から眺める眼前の竹生島のことであろう。11:15竹生島到着、船着場から先30の参道に土産物店が数軒並ぶだけの小さな島で、全島が宝厳寺と都久夫須麻神社の霊域である。 参道の入口で拝観券を求め、165段の急な石段を登る。先ず最上部の宝厳寺の本堂である弁才天堂にお参りする。本尊の弁財天は安芸の厳島、相模の江ノ島とともに日本三弁財天の一つに数えられている。その後、傍らの納経所で御朱印をもらい、三重塔と片桐勝元手植えと伝わる樹齢400年のモチノキを眺めてから観音堂へ下る。観音堂は安土桃山時代の建築、正面入口の唐門は国宝に、観音堂本体は重文に指定されている。Dsc00412 ご本尊の千手千眼観世音菩薩にお参りし般若心経を唱える。御詠歌は「つきもひも、なみまにうかぶ、ちくぶしま、ふねにたからを、つむここちして」。重文の船廊下を渡り、同じく安土桃山時代の建築で国宝に指定されている都久夫須麻神社にも参拝する。祭神は市杵島姫大神、浅井姫命、宇賀神の三柱、湖水を支配する姫神様とのことである。12:10船着場に戻ると、ぽつりぽつりと雨が落ちてくる。12:30出船、13:00今津港に戻る。午前中は陽も出ていたのに天気は急激に下り坂、本降りになってきたので、予定していた石山寺や三井寺などの巡礼を諦め、近江今津発13:27の電車で京都に戻る。八条口側の新都ホテル京都に15:00チェックイン、最上階10階の部屋に入る。

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西国十九番札所 革堂(こうどう)

2009年10月31日(土) Dsc00333 六角通りを東下し寺町通りを左折すると革堂までは一本道、鳩居堂などの老舗や本能寺を覗きながらぶらぶら行くと、13:30革堂に着く。革堂の正式寺号は霊麀山(れいゆうざん)行願寺(天台宗)といい、寛弘二年(1005)一条天皇の勅願、行円上人の開山と伝わる。行円上人は若い頃狩猟を好み、ある日牝鹿を射殺して、無情を感じ仏門に入り、射殺した牝鹿の革を衣にして常に身に着け、市中を歩き布教に努めたという。故に上人を革聖、その寺を革堂と呼ぶようになったらしい。ここもまた街中の狭いお寺さん、早速本堂の御本尊、千手観世音菩薩にお参りする。「十方三世一切佛(じーほうさんしーいーしーふー)諸尊菩薩摩訶薩04 (しーそんぶーさーもーこーさー)摩訶般若波羅蜜(もーこーほーじゃほーろーみー)」。その後、納経所で納経帳にご朱印をもらう。「はなをみて、いまはのぞみも、こうどうの、にはのちぐさも、さかりなるらん」、革堂の御詠歌も唱える。境内を一回りといっても見所は山門前の石標くらい、13:20早々に引き揚げる。今日は西国観音霊場を四箇所巡礼できたので大満足、丸太町駅へ出て地下鉄で京都駅に戻り、大学卒後40年の節目のクラス会に参加するべく湖西線近江舞子行きに乗り、おごと温泉へ向かう。

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西国十八番札所 六角堂

2009年10月31日(土)  Dsc00321 第十七番の六波羅蜜寺は以前にお参りし御朱印を戴いているので今回はパス、東大路通りを八坂神社まで歩き四条通りに左折する。途中、四条河原町の蕎麦屋で腹ごしらえ、天ぷらそばを食べる。錦市場を抜けていくとそこは京都市民の台所、野菜や鮮魚、漬物、乾物など京都独特の食材を商う店が所狭しと軒を並べ、アメ横のような雰囲気である。12:30六角堂着、六角堂は正式寺号を紫雲山頂法寺といい聖徳太子の建立、御本尊は太子護持仏の如意輪観世音菩薩と伝わる。また、親鸞聖人が比叡山からこの堂に百日間参籠し、この菩薩の霊告によって浄土真宗を開いたことは広く知られている。03先ず本堂にお参りする。「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経」、般若心経276文字を唱えてから納経所で御朱印を頂戴する。「わがおもふ、こころのうちは、むつのかど、ただまろかれと、いのるなりけり」、有りがたい。境内は狭く周囲をビルに囲まれ、優美な御堂が窮屈そうに見える。見所も嘗て下京の中心であった証の「へそ石」くらいしかないが、華道池坊発祥の地であり、境内と地続きで背後に高層の池坊ビルが建つ。隣接するWEST18ビルのエレベーターに乗り7階から六角形の屋根を眺める。13:05六角堂を辞し、第十九番の革堂(こうどう)へ向かう。

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西国十六番札所 音羽山清水寺

2009年10月31日(土) Dsc00272 天気が良過ぎるせいで五条坂、茶わん坂を登ると汗が出るほど。修学旅行生と観光客で早くも大混雑の清水寺門前に10:30到着。経堂特別公開中とのことで中に入ってみる。御本尊は宝冠釈迦如来であり、左右に文殊菩薩と普賢菩薩が侍る。お参りしてから、拝観料を支払い轟門をくぐる。寛永十年(1633)徳川家光によって再建された国宝の本堂にお参りする。御本尊は坂上田村麿奉納の十一面千手千眼観世音菩薩であるが、もちろん秘仏であり尊容は拝めない。「観世音 南無佛 與佛有因 與佛有縁 佛法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音02 念念従心起 念念不離心」、延命十句観音経を唱えてから、 清水の舞台へ出て京都の街を眺める。納経所へ回り、「まつかぜや、おとわのたきの、きよみづを、むすぶこころは、すずしかるらん」と御詠歌を唱えながら御朱印を頂戴する。それから境内を一巡り、いずれも国重要文化財に指定されている釈迦堂、阿弥陀堂、奥の院の順にお参りし、音羽の滝で長い行列に並ぶ。ようやくお不動さんの浄水をいただき喉を潤した後、11:20清水寺を辞し第十八番の六角堂へ向かう。

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西国十五番札所 今熊野観音寺

2009年10月31日(土) 6:50京都駅八条口に到着、高速夜行バスのプレミアムシートは横3人掛けで思いのほかゆったり、Dsc00235 フルリクライニングで幅広の座席は飛行機のビジネスクラス並みにくつろげる。とりあえず駅ビル2階のカフェデュモンドで腹ごしらえし、目覚ましにホットコーヒーを飲む。今日は夕方から大津市雄琴温泉のホテルで大学のクラス会があるので、その前に京都市内の西国観音霊場を巡るつもり、番外も含めて七箇所あるが幾つ回れるか。先ずJR奈良線で東福寺駅へ出て第十五番の今熊野観音寺へ向かう。駅から1.3㎞を歩き、泉涌寺(せんにゅうじ)塔頭の今熊野観音寺に9:00到着、早速本堂にお参りする。御本尊は十一面観世音菩薩、秘仏であるが明日から一ヶ月間特別ご開帳を行うとのこと、お寺はその準備で忙しい。Dsc00237何でも西国三十三所のお寺では一千年来初めて全所が揃って、 順次ご本尊のご開帳を行っているとのこと、今年の八月から始まり来年の五月までの予定である。第十番の三室戸寺などは84年ぶりのご開帳とか。「むかしより、たつともしらぬ、いまぐまの、ほとけのちかひ、あらたなりけり」、御詠歌を唱えながら納経所で御朱印を戴く。弘法大師の霊水なる五智水を飲んでから、境内を一巡り、大師堂、西国三十三観音霊場の写し、医聖堂(多宝塔)にもお参りする。今熊野観音寺の正式な山号寺号は新那智山観音寺(真言宗泉涌寺派)、天長年中(824-833)嵯峨帝の勅願建立、開基は弘法大師と伝わる。9:40観音寺を辞し、途中同じく泉涌寺塔頭の戒光寺の丈六の釈迦如来にもお参り、東大路通りを歩いて第十六番の清水寺へ向かう。

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坂東十八番札所 立木観音

Dsc09680 2009年10月16日(金) 今日は妻に付き合い観音霊場巡り、二箇所目は中禅寺湖畔の立木観音(日光山中禅寺又は補陀洛山中禅寺)。ここにお参りするのも2006年7月9日以来二度目である。境内のご神木、カツラの巨樹の紅葉が美しい。中禅寺は、15年間に亘る苦行の末に男体山を開山した勝道上人により延暦三年(784)に創建されたと伝えられる。上人が湖岸のカツラの大木に立木のままに手刻したと伝わる、像高5.4mの千手観世音菩薩立像が御本尊である。本堂に上がり、伏し目の穏やかな表情をした千手観世音(国指定重要文化財)にお参りする。 観世音の左右には四天王像(左に持国天、Dsc09677増長天、右に広目天、多聞天)が配置されており、おごそかな雰囲気が漂う。「中禅寺 のぼりて拝むみずうみの歌の浜ぢにたつは白波」、ありがたい。本堂から五大堂に昇ると、不動明王を中尊として降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王が祀られている。境内に下りて波之利大黒天堂、愛染堂、鐘楼の順にめぐる。鐘楼に登り諸願成就の梵鐘を撞く。一つ撞いては父母祖先有縁無縁供養のため、二つ撞いては延命福寿のため、三つ以上は願の数々と昔から言い伝えられた有名な鐘とのこと、鐘の音は湖上に流れゆき周囲の山峡に余韻を引く。立木観音を後にし、中禅寺湖畔の紅葉を眺めるため半月山展望台へ向かう。

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坂東十九番札所 大谷観音

Dsc09665 2009年10月16日(金) 日光旅行の途中、宇都宮ICで高速を降りお参り。坂東三十三観音霊場巡りは2006年8月19日に結願しているが、妻が初めてなのでお付き合い、まあ何度足を運んでもよい。弘仁元年(810)弘法大師によって開基されたと伝えられる。江戸時代、天海僧正の法弟・伝海が中興開山となり、その後は日光輪王寺末となり、宇都宮城主奥平氏なども帰依し、寺格は完備して伽藍は広壮を極めたという。しかしながら、たびたびの火災で寺宝や記録など悉く烏有に帰したといわれる。昭和26年、第二次大戦の戦没者の霊を弔い、永遠の平和を願って建立された平和観音にお参りしてから大谷観音の山門をくぐる。Dsc09651 受付で拝観料を納め、本堂内で御本尊の石造千手観世音菩薩立像(大谷観音、平安時代初期の作、像高389㎝)に、そして脇堂内で石造伝釈迦三尊像(中尊は釈迦如来、左脇侍は観音菩薩、右脇侍は地蔵菩薩、平安時代末期の作、像高354㎝)、石造伝薬師三尊像(中尊は薬師如来、左右脇侍は菩薩と伝えられているが磨損著しく像名を判断できない。平安時代初期の作、像高115㎝)、石造伝阿弥陀三尊像(中尊は阿弥陀如来、左菩薩形、右比丘尼形の脇侍が立つ。鎌倉時代の作、像高266㎝)にお参りする。何れも大谷石に浮き彫りされており、日本最古の磨崖佛として国指定特別史跡・重要文化財に二重指定されている。「なをきくも めぐみおおやの かんぜおん みちびきたまへ しるもしらぬも」、ありがたい。宝物館で約11,000年前の縄文最古の人骨などを見学し、境内を一回りしてから中禅寺湖畔の立木観音へ向かう。

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