奥州観音霊場 第三十二番 北上山正覚院(岩手町)

2018年6月13日(水) 北上山正覚院の所在地は、岩手県岩手郡岩手町御堂第3地割9、天台宗の寺院である。本尊は千手観世音菩薩(通称は御堂観音)。大同二年(807)坂上田村麻P6130093呂が奥州平定の折、戦没者の慰霊と天下泰平、五穀豊穣を祈願して一宇を建立したのが始まりと伝わる。その後、天喜五年(1057)旧六月、安倍頼時・貞任征伐(前九年役)の為、源頼義・義家父子が馬を進めた折、打ち続く炎暑に苦しみ岩手郡平定も捗らず、本国を伏し拝み救世祈念、義家が弓弭(ゆはず)を持って岩を穿ち泉を得たと云われ、今尚清水が湧き出て北上川の源泉をなしている。本堂の千手観音菩薩は、南部氏(盛岡市)が此の地を領した際、守り本尊として当院に寄託、今日に至る。御詠歌は「よしあしを何といわての岩つゝじ まよいをてらせ 九世の誓いに」。
P613010414:30 正覚院の直下にあるいわて町川の駅の駐車場に車を駐める。山門、楼門の順にくぐって石段を上り、本堂(観音堂)の前に進んでお参りし、般若心経を唱える。板扉が完全に閉まっておりご本尊は拝めない。まあ、これで足掛け7年がかりの奥州観音霊場巡礼も無事満願、ほっとする。境内をひと回り、北上川の源泉という「弓弭(ゆはず)の泉」が湧いており、傍らに北上川水神社が祀られている。また、岩手町と石巻市を結ぶ記念碑も建つ。昭和天皇もお参りした由緒ある寺院であるが、境内はやや荒れ気味。仙台へ帰る途中、早池峰山登山口の下見をするべく花巻市の岳集落へ向かう。

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奥州観音霊場 第三十一番 江峰山聖福寺(八幡平市)

P61300752018年6月13日(水) 江峰山聖福寺(こうほうさん しょうふくじ)の所在地は岩手県八幡平市西根寺田第20地割27、曹洞宗の寺院である。本尊は釈迦牟尼仏、札所本尊は七面観音。慶長元年(1596)初代寺田城主である北愛一(きた ちかかず)の開基、盛岡市永泉寺二世尽室長呑禅師の開山と伝わる。「白坂観音」の扁額を掲げる観音堂は、もと鹿角街道沿い七時雨山麓にあったが、大正八年(1919)観音堂別当南嶽院の還俗により、聖福寺に移転されたもの。この堂は神亀五年(728)聖武天皇の勅願により行基が創建したと伝えられ、桂清水(天台寺)、御堂観音(正覚院)とともに三観音あるいは兄弟観音と呼ばれる。
今日は、奥州観音霊場の残る二か所、岩手県北の第三十一番聖福寺と第三十二番正覚院を巡るべく長駆、早起きし7:15出発。まずは八幡平市西根の聖福寺を目指し国道4号線をひた走る。カーナビによると217㎞先、かなり遠い。ファミマ前沢向田店と道の駅にしね(西根)で計2回の休憩、13:35漸く聖福寺到着、墓地前のスペースに車を駐める。七時雨温泉のすぐ近P6130086く、7年前に七時雨山に登った時(2011年8月8日)にお参りしておくべきだったが・・。本堂の右手が観音堂、早速お参りし般若心経を唱える。鰐口を鳴らし、ご本尊を透き見したかったが、野生のミツバチ?が堂前と軒先にぶんぶん舞っており、とても近づけず。寺院の左手から山道を辿り裏山の寺田城址に上がる。天文年間(1538-1554)築城の山城跡、刈り払われた山頂広場には由緒書の案内板が建ち、秋葉神社と水神神社の小さな石祠が祀られている。眼下の西根地区の田園風景を眺めて引き返し、次は岩手町の正覚院へ。

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海雲山長勝寺(潮来市)

P52900302018年5月29日(火) 長勝寺(ちょうしょうじ)の所在地は潮来市潮来428、臨済宗妙心寺派の古刹である。本尊は阿弥陀如来。文治元年(1185)源頼朝の開基と伝えられ、元禄年間(1688-1704)に徳川光圀が荒廃していた堂宇を修復し、臨済宗妙心寺第二百五十三世住持の大嶽祖清禅師を中興開山として迎えて再興した。常陸七福神の福禄寿の札所。
潮来水郷あやめ園の見物を終えて、思案橋を渡り大門河岸公園横から延びる参道を真っすぐ歩いて行く。前門をくぐり、更に県指定有形文化財の朱塗りの山門(元禄十三年(1700)建立)をくぐる。県指定文化財の本堂(建立は元禄年間P5290033_2頃)に進み、格子の間から阿弥陀三尊佛を透き見し、お賽銭を投じてお参りする。その後境内を一巡、鐘楼に架かる「客船夜泊常陸蘇城」銘を持つ国指定重要文化財の銅鐘(元徳二年(1330)の鋳造、北条高時の寄進)や、芭蕉句碑の時雨塚(「旅人と我名呼ばれむ初しぐれ」)、市指定天然記念物の「長勝寺の菩提樹」、頼朝手植えと伝わるウメの古木「文治梅」などを眺め、中庭に入って庫裡書院に上がり、常陸七福神の福禄寿と、ふれあい観音にもお参りしてから退出。

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仙台三十三観音 第3番 慈雲山資福寺

2018年3月16日(金) 資福寺の所在地は、仙台市青葉区北山1-13-1、臨済宗の寺院である。本尊は聖観世音菩薩、奥州藤原氏三代秀衡の三男、和泉三郎忠衡の守り佛とされる。弘安年間(1278-87)米沢領主の長井時秀により建立、元亀P3160104三年(1572)伊達氏の米沢移転に伴い美濃から虎哉和尚を招いて中興開基、その後伊達氏の移転に伴い、天正十九年(1591)岩出山に移り、寛永十五年(1638)現在地に移転した。北山五山の一つで紫陽花寺と呼ばれる。ご詠歌は「おもふこと祈る心にさだまりて恵むほとけのひかり身にそふ」。
カーナビが上手く働かず、仕方がないので近くの輪王寺第一駐車場に車を駐めて歩いて資福寺へ。スマホのグーグルマップを見ながら歩き、アジサイが植栽された参道を上がり、三門を潜って境内に入る。北山五山に数えられるだけに立派な寺院である。手入れの行き届いた庭に、土井晩翠筆の平和観音が建つ。「平等窟」の扁額を掲げる本堂は大きく新しい。観音堂にお参りし般若心経を唱える。今日はこれまで、車に戻り、15:50帰宅。

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仙台三十三観音 第6番 功徳山荘厳寺

2018年3月16日(金) 荘厳寺の所在地は、仙台市青葉区新坂町12-1、浄土宗の寺院である。。札所本尊は十一面観世音菩薩。慶長六年(1601)開山、元和二年(1616)現在地に移P3160094転。ご詠歌は「ゆくすえをなほもたのしめいさをしをつみてかざりし花のうてなに」。
車を昌繁寺駐車場から荘厳寺駐車場に移動。山門は原田甲斐の屋敷門を移築したものと伝えられ、仙台市の指定文化財。境内には仙台市の指定保存樹木のモミジ(樹齢二百年)やアカマツ(樹齢三百五十年)が生える。本堂手前の左手に真新しい観音堂が建ち、その中に札所本尊の十一面観音菩薩を含む33体の観音像が納められている。すべて補修がなされたばかりで金ぴかの眩い仏様、お堂の前で般若心経を唱えてお参りする。次は第3番の資福寺へ。

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仙台三十三観音 第4番 通寶山永昌寺

P31600862018年3月16日(金) 永昌寺の所在地は、仙台市青葉区新坂町18-1、曹洞宗の寺院である。札所本尊は千手観世音菩薩、平安時代の仏師である定朝の作と伝わり、本堂に本尊として安置される。寛永十五年(1638)、伊達政宗の生母義姫(保春院)の灰塚を祀るために此の地に移転、中興開山された。ご詠歌は「たのもしな宝の山にかよひ来ていかでむなしくかへりやわせん」。
充国寺を後にし、歩いて北隣の永昌寺へ。新坂通には仙台三十三観音の4ヶ寺が並んでいるのでまとめてお参りすのに便利。本堂前に進み、般若心経を唱えただけで退出、次は一番南の第6番荘厳寺へ。

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仙台三十三観音 第2番 宝嶺山充国寺

P31600812018年3月16日(金) 充国寺の所在地は、仙台市青葉区新坂町17-1、浄土宗の寺院である。本尊は阿弥陀如来、札所本尊は観瀧庵観音堂より動座した千手観世音菩薩。慶長九年(1604)開山、当初は国分寺にあり、火災のため寛永五年(1628)現在地に移転。ご詠歌は「来る人はふかきめぐみに大崎や数ある御手の糸にひかれて」。
山門前に「仙臺二番観音寺」の定型の石標が建つ。山門をくぐり境内に入ると観音堂は見当たらず、千手観音像は恐らく本堂の須弥壇に安置されているものと思われる。本堂前でお参りし般若心経を唱えた後、更に北隣の第4番永昌寺へ。

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仙台三十三観音 第5番 大鶴山昌繁寺

2018年3月16日(金) 昌繁寺の所在地は仙台市青葉区新坂町13-1、浄土宗の寺院である。札所本尊は聖観世音菩薩。慶長六年(1601)元材木町に念仏堂として開山、寛永十三年(1636)現在地に移転。ご詠歌は「千代よばふ鶴のはやしのかひありていくよさかP3160079りに繁る山もと」。
宮城県美術館駐車場を出発し、第2番の観瀧庵観音堂がある八幡五丁目に到着、国道48号線沿いで駐車場がないので、近くの大崎八幡の駐車場にハスラーを駐める。ガイドブックの横山寛著「祈りの街 仙台三十三観音を訪ねる」(河北新報出版センター、2011年12月発行)によると、所在地は八幡五丁目3-12。鶏橋を渡ったものの観音堂がある辺りはアパートやマンションが建ち並び、堂守の中村家が見当たらない。アパート敷地内やマンション敷地内に立ち入ってもみたが分からない。スマホで調べてみると、中村さんが平成26年に亡くなり、ご本尊は新坂町の充国寺に引き取られた由、やれやれ、大崎八幡にお参りしてから車に戻り、北山の新坂町へ転進。第5番の昌繁寺駐車場に車を駐め、観音堂にお参りし、般若心経を唱える。車はそのままに、北隣の充国寺へ。

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亀岡八幡宮(仙台市)

2018年3月16日(金) 亀岡八幡宮の所在地は、仙台市青葉区川内亀岡62番地。主祭神は応神天皇、玉依姫命(たまよりひめのみこと)、神功皇后(じんぐうこうごう)。伊達家の氏神とP3160061して始祖の朝宗が建久元年(1190)、鎌倉の鶴岡八幡宮から勧請して福島県伊達郡に建立したのが始まり。鶴ではなく亀にしたのは、社殿建造時に霊亀が現れたためと伝えられる。伊達家二十代、仙台藩四代藩主の綱村が天和三年(1683)、現在地に遷座した。荘厳な建造物だったが、昭和二十年(1945)7月の仙台空襲で旧社殿は悉く焼失、往時を偲ぶのは大鳥居と石段だけになってしまった。現本殿は一本杉の伊達家の社殿を移し、幣殿・拝殿を造営して昭和四十年(1965)に竣工したもの。
仙台三十三観音霊場第一番の法楽院観音堂から南へ走るP31600691市道を進むと、亀岡八幡宮の大鳥居(県指定文化財)が見えてくる。その先は見上げるような大石段、「出世階段」と呼ばれ、段数は365段と称しているが、実際に数えてみると330段前後、「おくのほそ道」道中の芭蕉と曾良が元禄二年(1689)5月6日(陽暦6月22日)に足跡を記した大石段であり、東北大学や仙台二高、仙台商業高校の運動部の選手がトレーニングに汗を流した階段である。シチリア島カルタジローネの大階段ラ・スカーラよりすごい。ふらふら、ヨロヨロになって漸く社殿に辿り着き参拝する。次は仙台三十三観音霊場第二番の観瀧庵観音堂へ。

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仙台三十三観音 第1番 法楽院観音堂

2018年3月16日(金) 法楽院観音堂の所在地は、仙台市青葉区川内亀岡町2。東北大学の建物や公務員住宅が並ぶ川内界隈の道端にひっそり佇んでいる。札所本尊は聖観P3160054世音菩薩。仙台藩祖伊達政宗が仙台入りする前は、この一帯を治めていた国分氏の守り仏だったとされる。ご詠歌は「ふだらくやうつして祈る亀が岡よろづ代かけてたえぬちかひを」。
小家菩提寺の大林寺へ墓参に行ったその足で、仙台三十三観音霊場巡りへ。順打ちせんと先ずは川内の一番法楽院観音堂へ。現地には駐車場がないので、やむなく宮城県美術館駐車場に車を駐めさせてもらい、歩いてお参りに行く。街角に観音堂だけがぽつねんと建つ。聖観音は厨子の中で拝めないが、お賽銭を上げ、般若心経を唱える。次は近くの亀岡八幡宮へ。

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