高水山常福院龍學寺(青梅市)

P4280032 2019年4月28日(日) 真言宗豊山派の高水山常福院の所在地は、東京都青梅市成木7-1131、標高759mの高水山山頂直下に建つ。ご本尊は波切白不動明王で、寺院の通称は高水山不動尊。創建は詳らかでないが9世紀頃とされ、智証大師円珍(814-891)が日原の大日如来窟で修行中、波を切る不動明王が眼前に出現したものを彫刻し高水山に納めたのが始まりと伝わる。
高水三山ハイキングの途中、三山踏破を果たし、高水山山頂直下に建つ常福院に御参り、不動堂前に進み、不動明王のご真言「のーまく さんまんだー ばーざらだん せんだー まーかろしゃーだー そわたや うんたらたー かんまん」を唱えました。

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青渭神社(青梅市)

2019年4月28日(日) 青渭(あおい)神社の所在地は、東京都青梅市沢井三丁目1060番地、高水三山の一つ、標高756mの惣岳山の山頂に鎮座する。祭神は大国主命。創建は不明であるが、社伝によると崇神天皇七年。現在の社殿は弘化二年(1845)の再建。
青梅市の高水三山ハイキング(詳しくは姉妹ブログ「自惚山人ノオト」の記事「632.高水三山」参照)の途中で参詣、御嶽駅をスタートし、注連吊りの大杉の御神木を過ぎ、社名の由来となった霊泉真名井(別名:青渭の井)を過ぎると、急坂を上って間もなく山頂に出る。青渭神社(奥宮)は、覆屋とフェンスネットで保護されており、立派な彫刻で飾られた社殿を持つ。有難く参詣し、今日の山行の無事を祈願する。
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御崎神社(気仙沼市唐桑町)

2019年4月14日(日) 御崎(おさき)神社の所在地は、宮城県気仙沼市唐桑町字崎浜7番地、唐桑町の東南方に突出する岬に鎮座する。主祭神は大海津見大神(おおわたつみおおかみ)。創建は詳らかでないが、日向の外浦(宮崎県南那珂郡南郷町)鎮座の御崎神社を遷座させたもので少なくても七百年、同座する計仙麻大島神は千二百年の歴史を有する。
宮城オルレ・気仙沼唐桑コースを歩くべく、9:10唐桑半島ビジターセンター到着。歩き出す前に由緒ある古社に無事を祈願、海の神様であるので、コースアウトして海に落ちないように。
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あけましておめでとうございます!

2019年1月1日(火) 元日は冬晴れの好天で明ける。気温は低いけれど風もなく穏やかな新年のスタート。朝食は鶏出汁・具だくさんの仙台風雑煮と、娘夫婦持参の富山のお節料理を一緒に食べる。家人と一緒に近所の富士浅間神社に初詣、家内安全を祈願しました。さて、今年はどんな一年になるでしょうか。
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鏡山神社(唐津市)

Pc0801272018年12月8日(土) 鏡山神社の所在地は、佐賀県唐津市鏡6052-20番地、標高284mの鏡山の山頂に鎮座する。祭神は、息長足比売命(おきながたらしひめのみこと=神功皇后)、鏡山御食津大神(みけつのおおかみ)、保食神(うけもちのかみ)、天神地祇(てんじんちぎ)。皇紀860年(西暦200年)、第14代仲哀天皇妃である神功皇后が三韓征伐の時に鏡山に登り戦勝祈願したことにより創建されたと伝わる。
今日の観光の最初は鏡山展望台からの虹の松原や唐津湾の眺望、写真を撮ってからバスに戻る途中、駐車場に隣接する鏡山神社に大急ぎで参詣し家内安全を祈る。

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月読神社(壱岐市)

2018年12月7日(金) 月読神社の所在地は、長崎県壱岐市芦辺町国分東触464番地、壱岐島の中央部に鎮座する。祭神は、(右)月読尊、(中)月夜見Pc070040尊、(左)月弓尊の三柱であるが、すべて月読命(つくよみのみこと)、同神である。創建は不明であるが、日本書紀の顕宗天皇三年(487年)には、壱岐の県主(あがたぬし)の先祖、忍見宿祢(おしみのすくね)が西暦487年、月読神社を分霊して壱岐から京都に祀りに行き、その結果神道が中央に根付くことになったと言われている。つまり、壱岐島が神道発祥の地であり、京都の松尾大社の摂社月読神社や伊勢神宮の内宮にある月読宮、外宮にある月夜見神社の元宮は此の壱岐島の月読神社とされている。
11:05壱岐島観光の最初に立ち寄り参拝、懇ろに家内安全を祈願する。

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信濃国一之宮 諏訪大社下社(下諏訪町)

2018年11月9日(金) 7:00起床、ベッドが硬く右肩が痛む。7:45-8:20朝食。飲み物(ジューPb090044スやコーヒーの類)とサラダとフルーツのみバイキング方式で、それに和食か洋食のセットメニューが付く。洋食を選んだが味はいまいち、ハムやベーコンの脂がしつこい。朝食料金は2,800円とのことであるが、う~む。食後の腹ごなしにホテルの前のカラマツ林できのこ探し、アセタケ属、オオイチョウタケ?、シロヌメリイグチを見つける。その後、からまつ池の周りの遊歩道を一周するうち雨が落ちてきて部屋に引き返す。10:00ホテルのマイクロバスで諏訪大社下社秋宮へ送ってもらう。11:05秋宮入口の駐車場着、宿泊客向けオプションサービスで、帰りも此処に14:00集合でホテルまで無料送迎してくれる。七五三詣の時期なのでお参りにやって来る子供Pb090056連れの家族が多く、神楽殿では生まれて間もない子供のお宮参りの御祈祷が行われている。下社秋宮は、所在地が長野県諏訪郡下諏訪町5828、祭神は四宮(上社本宮、上社前宮、下社春宮、下社秋宮)共通で、建御名方神(たけみなかたのかみ)と八坂刀売神(やさかとめのかみ)の二柱、創建は不詳である。
神楽殿の後ろにある国指定重要文化財の幣拝殿にお参りし家内安全を祈願する。それから幣拝殿の四隅に立つ御柱を拝観、一之御柱は長さ17m余、直径1mを超えるモミの巨木である。境内を一巡り、ご神木?の「根入(ねい)りの杉」を眺めてから秋宮を後Pb090091にし、八幡坂を下り大社通りを歩いて大燈籠へ向かう。途中、日本電産サンキョーオルゴール記念館「すわのね」、そば処山猫亭、土産物屋食祭館を通過、食祭館で購入したソフトクリームをなめなめじゃらんじゃらん。文政十二年(1829)建立の大燈籠はびっくりするほど大きくはないが、それを眺め、明治二十五年(1892)建立の春宮大門をくぐり、大門通りを春宮へ。途中、諏訪大社下社最古の木造建築、屋根付き太鼓橋の「下馬橋」を見学、大鳥居をくぐって春宮境内に入り幣拝殿に参拝する。神楽殿、幣拝殿、四隅の御柱の造りと配置は秋宮と瓜二つ、根入りの杉に対する「結びの杉」まである。
境内から300m先の「万治の石仏」へもお参りに行く。岡本太郎が惚れ込んで世に出した石仏として有名で、岡本太郎Pb090101揮毫の同名石碑が入口に建つ。万治の石仏は春宮大鳥居の作者と同じ石工が彫ったとの口伝えがあり、万治三年(1660)十一月一日と建立年が刻まれているらしい。お参りの作法もあり、まず正面で一礼し手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じ、石仏の周りを願い事を心で唱えながら時計回りに三周し、正面に戻って「よろずおさまりました」と唱えてから一礼する。その通りにお参りしてから、春宮に戻り、旧中山道を秋宮へ帰る。途中、龍ノ口、信玄の矢除石、伏見屋邸(江戸時代当時の建築様式や生活用品の展示、無料)、七曜星社蔵(築120年以上の蔵、1階に製糸業の資料や写真を展示、無料)、今井邦子文学館(女性だけの短歌結社「明日香社」Pb090132を主宰したアララギ派の歌人今井邦子の資料館、無料。元は邦子の実家で茶屋「松屋」)、青塚古墳(諏訪地方唯一の前方後円墳、県指定文化財)、中山道下諏訪宿本陣岩波家(文久元年(1861)、関東降嫁の皇女和宮のお泊り所)、甲州道中・中山道合流の地など見物し、13:10秋宮に戻る。時間があるので、秋宮大駐車場の奥の霞ケ城跡へ行き、諏訪湖と湖岸の街並みを眺め、金刺盛澄騎馬像を眺める。また、秋宮の道向かいに聳える樹齢千年、下諏訪町天然記念物の「専女(とうめ)の欅(けやき)」も見物、13:45マイクロバスに戻る。始終曇ってはいたが雨に降られずラッキーな一日、14:45ホテルに帰着。1階ラウンジのアゼリアでウェルカムコーヒーを飲みながら新聞読み。円Pb090149筒形の巨大な排煙筒を備えた囲炉裏があり、本物の薪を燃やしているので、煙の臭いが漂い、炎の爆ぜる音が聞こえる。17:30-18:45夕食、今夜も一番搾りの中瓶を飲む。今日は洋食、メニューは、オードブル:イタリアンハムの盛り合わせ、スープ:南瓜のスープ、パン、肉料理:科乃豚のカツレツ、デザート:チーズケーキとフルーツ、コーヒーまたは紅茶。昨日の和食より美味しい。何よりデザートが洒落ている。食後、順番で温泉大浴場へ行くと、今日は週末のせいかバイクツーリングの若い人がちらほら。風呂の後遅くまでかかって、昨日、今日と2日分の日記を認める。

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早池峰神社(花巻市)

2018年6月13日(水) 早池峰神社の所在地は、岩手県花巻市大迫町内川目第1地割1。山頂奥宮に対する里宮であり、登山口の大迫町岳(たけ)に鎮座する。この他にも、早池峰山登山口の遠野市附馬牛(つきもうし或いはつくもうし)町大出、旧川井村(現宮古市)の江繋(えつP6130123_2なぎ)と門馬(かどま)の三ヵ所に里宮は存在する。祭神は瀬織津比売神(せおりつひめのかみ)。大同二年(807)田中兵部、始閣藤蔵(しかくとうぞう)の両名が山頂に姫大神を祀ったことが早池峰神社の始まり。正安二年(1300)越後の住人、阿闍梨円性が天下の霊地であると当地に止まり一宇を建立、早池峰大権現と崇め奉った。慶長十三年(1608)南部利直公巡視の際参詣し、社領百五十石を与え領内海陸総鎮守として帰依が篤かった。
15:00岩手町の御堂観音を後にし、早池峰山登山口の花巻市大迫町の岳集落へ向かう。途中、道の駅紫波で休憩、17:25道の駅はやちね着。早池峰ダムの湖畔に建つが観光シーズンが未だ始まらないのかレP6130128ストランは休業中。その先岳集落までは2車線道で快適だが、岳から先は対向車があれば難儀しそうな狭い道、駐車場や総合休憩所がある河原坊からの登山道は崩落で危険な為閉鎖されている。さらに先の小田越登山口に進み18:10着。そこには駐車場はなく路駐禁止の表示がずらり。すでに標高は1200m余、霧が渦巻き寒々としている。長居は無用と河原坊に引き返すと、広い駐車場に車中泊の登山者の車が1台も無い。今日は下見だけと気持ちを切り替え、岳集落に下りて黄昏迫る中、早池峰神社に参拝し、境内の珍木「妙泉寺しだれ桂」や妙泉寺跡の庫裡などを拝観してから仙台への帰路に就く。20:00国道4号線に出たところの幸楽苑水沢店で遅い夕食(新極上中華そばと餃子)をとり、22:55無事帰宅。本日の走行距離は約500㎞、一般道ばかり走ったのでフラフラ。

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奥州三十三観音霊場結願

2018年6月13日(水) 2012年9月27日の第9番箟峯寺(こんぽうじ)から始まり、本日の第32番正覚院(しょうがくいん)まで足掛け7年かかって奥州三十三観音霊場巡拝は無事満願。この間、帰省(柏と仙台の往復)の途次に立ち寄ったり、山行の行き帰りに立ち寄ったりした為なかなか捗らず、思いのほか時間がかかりました。各札所では、父母・弟をはじめ小家の先祖の霊を供養するとともに、2011年3月11日の東日本大震災の死者・行方不明者1万8千余名の鎮魂も、勝手ながら併せて祈願させてもらいました。合掌。

第01番 那智山 紹楽寺(宮城県名取市):①2015年4月21日、②2015年5月31日
第02番 天苗山 秀麓斎(宮城県名取市):2015年4月21日
第03番 桑島山 金剛寺(宮城県名取市):2015年5月31日
第04番 案狐山 斗蔵寺(宮城県角田市):2016年6月28日
第05番 名取千手観音堂(宮城県名取市):2015年4月21日
第06番 青龍山 瑞巌寺 三聖堂(宮城県松島町):2016年10月27日
第07番 富春山 大仰寺(宮城県松島町):2015年9月22日
第08番 両峯山 梅渓寺(宮城県石巻市):2016年9月27日
第09番 無夷山 箟峯寺(宮城県涌谷町):2012年9月27日発願
第10番 大嶽山 興福寺(宮城県登米市):2016年7月23日
第11番 香積山 天王寺(福島県福島市):2015年4月23日
第12番 大悲山 観音寺(福島県桑折町):2015年4月23日
第13番 明王山 大聖寺(福島県桑折町):2015年4月23日
第14番 法輪山 大慈寺(宮城県登米市):2016年7月24日
第15番 竹峯山 華足寺(宮城県登米市):2012年9月27日
第16番 音羽山 清水寺(宮城県栗原市):2016年5月18日
第17番 龍雲山 大祥寺(岩手県一関市):2017年6月15日
第18番 松澤山 六角堂(岩手県一関市):2017年6月15日
第19番 新山観音堂(岩手県一関市):2017年6月15日
第20番 中興山 徳壽院(岩手県一関市):2017年6月15日
第21番 円通山 観音寺(宮城県栗原市):2017年6月15日
第22番 楽峰山 勝大寺(宮城県栗原市):2017年6月15日
第23番 大白山 長承寺(宮城県登米市):2016年7月24日
第24番 遮那山 長谷寺(宮城県登米市):2016年7月24日
第25番 妙見山 黒石寺(岩手県奥州市):2017年9月26日
第26番 亀峰山 長泉寺(岩手県一関市):2017年9月26日
第27番 東光山 観福寺(岩手県一関市):2017年9月26日
第28番 大善院 蛸浦観音(岩手県大船渡市):2016年7月24日
第29番 海岸山 普門寺(岩手県陸前高田市):2016年7月24日
第30番 白華山 補陀寺(宮城県気仙沼市):2016年7月24日
第31番 江峰山 聖福寺(岩手県八幡平市):2018年6月13日
第32番 北上山 正覚院(岩手県岩手町):2018年6月13日結願
第33番 八葉山天台寺(岩手県二戸市):2016年10月28日
番外  関山 中尊寺(岩手県平泉町):2011年10月23日
番外  医王山 毛越寺(岩手県平泉町): 2011年10月23日
番外  瑠璃光山 医王寺(福島県福島市):2015年4月23日

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奥州観音霊場 第三十二番 北上山正覚院(岩手町)

2018年6月13日(水) 北上山正覚院の所在地は、岩手県岩手郡岩手町御堂第3地割9、天台宗の寺院である。本尊は千手観世音菩薩(通称は御堂観音)。大同二年(807)坂上田村麻P6130093呂が奥州平定の折、戦没者の慰霊と天下泰平、五穀豊穣を祈願して一宇を建立したのが始まりと伝わる。その後、天喜五年(1057)旧六月、安倍頼時・貞任征伐(前九年役)の為、源頼義・義家父子が馬を進めた折、打ち続く炎暑に苦しみ岩手郡平定も捗らず、本国を伏し拝み救世祈念、義家が弓弭(ゆはず)を持って岩を穿ち泉を得たと云われ、今尚清水が湧き出て北上川の源泉をなしている。本堂の千手観音菩薩は、南部氏(盛岡市)が此の地を領した際、守り本尊として当院に寄託、今日に至る。御詠歌は「よしあしを何といわての岩つゝじ まよいをてらせ 九世の誓いに」。
P613010414:30 正覚院の直下にあるいわて町川の駅の駐車場に車を駐める。山門、楼門の順にくぐって石段を上り、本堂(観音堂)の前に進んでお参りし、般若心経を唱える。板扉が完全に閉まっておりご本尊は拝めない。まあ、これで足掛け7年がかりの奥州観音霊場巡礼も無事満願、ほっとする。境内をひと回り、北上川の源泉という「弓弭(ゆはず)の泉」が湧いており、傍らに北上川水神社が祀られている。また、岩手町と石巻市を結ぶ記念碑も建つ。昭和天皇もお参りした由緒ある寺院であるが、境内はやや荒れ気味。仙台へ帰る途中、早池峰山登山口の下見をするべく花巻市の岳集落へ向かう。

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