仙台三十三観音 第3番 慈雲山資福寺

2018年3月16日(金) 資福寺の所在地は、仙台市青葉区北山1-13-1、臨済宗の寺院である。本尊は聖観世音菩薩、奥州藤原氏三代秀衡の三男、和泉三郎忠衡の守り佛とされる。弘安年間(1278-87)米沢領主の長井時秀により建立、元亀P3160104三年(1572)伊達氏の米沢移転に伴い美濃から虎哉和尚を招いて中興開基、その後伊達氏の移転に伴い、天正十九年(1591)岩出山に移り、寛永十五年(1638)現在地に移転した。北山五山の一つで紫陽花寺と呼ばれる。ご詠歌は「おもふこと祈る心にさだまりて恵むほとけのひかり身にそふ」。
カーナビが上手く働かず、仕方がないので近くの輪王寺第一駐車場に車を駐めて歩いて資福寺へ。スマホのグーグルマップを見ながら歩き、アジサイが植栽された参道を上がり、三門を潜って境内に入る。北山五山に数えられるだけに立派な寺院である。手入れの行き届いた庭に、土井晩翠筆の平和観音が建つ。「平等窟」の扁額を掲げる本堂は大きく新しい。観音堂にお参りし般若心経を唱える。今日はこれまで、車に戻り、15:50帰宅。

| | コメント (0)

仙台三十三観音 第6番 功徳山荘厳寺

2018年3月16日(金) 荘厳寺の所在地は、仙台市青葉区新坂町12-1、浄土宗の寺院である。。札所本尊は十一面観世音菩薩。慶長六年(1601)開山、元和二年(1616)現在地に移P3160094転。ご詠歌は「ゆくすえをなほもたのしめいさをしをつみてかざりし花のうてなに」。
車を昌繁寺駐車場から荘厳寺駐車場に移動。山門は原田甲斐の屋敷門を移築したものと伝えられ、仙台市の指定文化財。境内には仙台市の指定保存樹木のモミジ(樹齢二百年)やアカマツ(樹齢三百五十年)が生える。本堂手前の左手に真新しい観音堂が建ち、その中に札所本尊の十一面観音菩薩を含む33体の観音像が納められている。すべて補修がなされたばかりで金ぴかの眩い仏様、お堂の前で般若心経を唱えてお参りする。次は第3番の資福寺へ。

| | コメント (0)

仙台三十三観音 第4番 通寶山永昌寺

P31600862018年3月16日(金) 永昌寺の所在地は、仙台市青葉区新坂町18-1、曹洞宗の寺院である。札所本尊は千手観世音菩薩、平安時代の仏師である定朝の作と伝わり、本堂に本尊として安置される。寛永十五年(1638)、伊達政宗の生母義姫(保春院)の灰塚を祀るために此の地に移転、中興開山された。ご詠歌は「たのもしな宝の山にかよひ来ていかでむなしくかへりやわせん」。
充国寺を後にし、歩いて北隣の永昌寺へ。新坂通には仙台三十三観音の4ヶ寺が並んでいるのでまとめてお参りすのに便利。本堂前に進み、般若心経を唱えただけで退出、次は一番南の第6番荘厳寺へ。

| | コメント (0)

仙台三十三観音 第2番 宝嶺山充国寺

P31600812018年3月16日(金) 充国寺の所在地は、仙台市青葉区新坂町17-1、浄土宗の寺院である。本尊は阿弥陀如来、札所本尊は観瀧庵観音堂より動座した千手観世音菩薩。慶長九年(1604)開山、当初は国分寺にあり、火災のため寛永五年(1628)現在地に移転。ご詠歌は「来る人はふかきめぐみに大崎や数ある御手の糸にひかれて」。
山門前に「仙臺二番観音寺」の定型の石標が建つ。山門をくぐり境内に入ると観音堂は見当たらず、千手観音像は恐らく本堂の須弥壇に安置されているものと思われる。本堂前でお参りし般若心経を唱えた後、更に北隣の第4番永昌寺へ。

| | コメント (0)

仙台三十三観音 第5番 大鶴山昌繁寺

2018年3月16日(金) 昌繁寺の所在地は仙台市青葉区新坂町13-1、浄土宗の寺院である。札所本尊は聖観世音菩薩。慶長六年(1601)元材木町に念仏堂として開山、寛永十三年(1636)現在地に移転。ご詠歌は「千代よばふ鶴のはやしのかひありていくよさかP3160079りに繁る山もと」。
宮城県美術館駐車場を出発し、第2番の観瀧庵観音堂がある八幡五丁目に到着、国道48号線沿いで駐車場がないので、近くの大崎八幡の駐車場にハスラーを駐める。ガイドブックの横山寛著「祈りの街 仙台三十三観音を訪ねる」(河北新報出版センター、2011年12月発行)によると、所在地は八幡五丁目3-12。鶏橋を渡ったものの観音堂がある辺りはアパートやマンションが建ち並び、堂守の中村家が見当たらない。アパート敷地内やマンション敷地内に立ち入ってもみたが分からない。スマホで調べてみると、中村さんが平成26年に亡くなり、ご本尊は新坂町の充国寺に引き取られた由、やれやれ、大崎八幡にお参りしてから車に戻り、北山の新坂町へ転進。第5番の昌繁寺駐車場に車を駐め、観音堂にお参りし、般若心経を唱える。車はそのままに、北隣の充国寺へ。

| | コメント (0)

仙台三十三観音 第1番 法楽院観音堂

2018年3月16日(金) 法楽院観音堂の所在地は、仙台市青葉区川内亀岡町2。東北大学の建物や公務員住宅が並ぶ川内界隈の道端にひっそり佇んでいる。札所本尊は聖観P3160054世音菩薩。仙台藩祖伊達政宗が仙台入りする前は、この一帯を治めていた国分氏の守り仏だったとされる。ご詠歌は「ふだらくやうつして祈る亀が岡よろづ代かけてたえぬちかひを」。
小家菩提寺の大林寺へ墓参に行ったその足で、仙台三十三観音霊場巡りへ。順打ちせんと先ずは川内の一番法楽院観音堂へ。現地には駐車場がないので、やむなく宮城県美術館駐車場に車を駐めさせてもらい、歩いてお参りに行く。街角に観音堂だけがぽつねんと建つ。聖観音は厨子の中で拝めないが、お賽銭を上げ、般若心経を唱える。次は近くの亀岡八幡宮へ。

| | コメント (0)

仙台三十三観音 第14番 森城山大林寺

2017年4月12日(水) 大林寺の所在地は、仙台市若林区新寺4-7-6、曹洞宗の寺院である。観音堂の本尊は千手観世音菩薩、本堂の本尊は釈迦牟尼仏。天文元年(1532)、伊達家十四世稙宗の開基で羽州置賜郡米沢鮎見村に創建されたが、その後、政宗に随って岩出山に移り、更に仙台に移転して現在に至る。
今回の帰省は、春のお彼岸に帰れなかったための墓参がメイン、午前中で雨が上がったので宮城生協榴岡店でお供えの花を買って大林寺へ。墓地には外に誰も居ない。花を供え、線香を点けてから、般若心経を唱え、祖父母、父母、弟の菩提を弔う。そしていつものように観音堂に立ち寄り、千手観世音菩薩にお参りする。奥州観音霊場と奥の細道三十三霊場巡りも残す処僅か、次は地元の仙台三十三観音巡りを発願、菩提寺の大林寺を皮切りに本日から巡礼を開始する。
P4110020Dsc00268

| | コメント (0)

奥の細道三十三霊場 第二番/仙台三十三観音 第11番 仙岳院(仙台市)

2016年6月27日(月) 眺海山仙岳院(ちょうかいざん・せんがくいん)の所在地は仙台市青葉区東照宮1-1-16、仙台東照宮の参道脇にある天台宗の寺院である。本尊は釈迦三尊像(釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩P6270018薩)。承応三年(1654)二代藩主伊達忠宗公が幕府に願って東照宮を勧請した際に、その別当寺として創建されたもの。小萩観音と呼ばれる十一面観音菩薩を祀る観音堂は、仙台三十三観音第十一番札所に選定されており、御詠歌は「あとたれし神もすずしめ法の花 咲くやつつじが丘のみむろに」。
午前、大林寺の墓参を済ませてから仙岳院へ。10:20東照宮の参拝者用第3駐車場に車を駐める。まずは東照宮に参拝、社務所で仙岳院の場所を尋ねる。参道入り口の右側、踏切の傍と教えてもらい早速お参りに。山門に「奥の細道三十三霊場 第二番」の看板がしっかり掲げてある。「曾良旅日記」の五月七日の項に、権現宮(東照宮)に参詣した記述があるP6270019ので、あるいは別当寺の此処にも立ち寄っているかもしれぬ。境内は東日本大震災の影響かやや荒れており、本堂の釈迦殿(明和三年(1766)再建、仙台市指定文化財)と一代守り本尊堂は立ち入り禁止、クロマツも立ち枯れている。瑠璃殿(宝物館)を拝観しようと呼び鈴を押してみたが誰も出てこない。やむなく、小萩観音にお参りして般若心経を唱えてから退出。(→後日ネットで調べると、2007年ごろ境内の土地の一部が競売入札にかかり不動産会社が落札したとのこと、山門正面の庫裡があった場所は今や新築分譲マンション、仙台藩の一門格筆頭寺院の寺格を誇った仙岳院ですらこの有様、近年の寺院経営は厳しさを増すばかり)

| | コメント (0)