越後国一ノ宮 弥彦神社(弥彦村)

20P819032716年8月19日(金) 弥彦神社の所在地は新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦2887-2、越後の霊山、御神体の弥彦山の山麓に鎮座する。祭神は天香山命(あめのかごやまのみこと)。創建年代は不詳だが、万葉集にも歌われている古社である。
春日山城址見学を終えて上越ICから再び北陸道に乗り、大潟PAで妻と運転交代、三条燕ICで降りて、14:20弥彦神社大駐車場着。アスファルトが軟らかくなる程の暑さ、台風7号のフェーン現象か、とにかく暑い。早速表参道を辿り参拝へ。神門から拝殿を眺めると、その後背に御神体の弥彦P8190336山が鎮座している。さすがは一ノ宮、社殿も立派ならトイレもピカピカ。無事お参りを済ませ、授与所の巫女さんに山頂の奥の院(御神廟)へ登る方法を尋ねる。山頂へはロープウェイ若しくは車でスカイラインを上る方法がある由、14:45車に戻りスカイラインを上る。通行料は無料、15:10山頂大駐車場(標高530m)着。弥彦山へ登る前に、まず隣の一等三角点峰の多宝山(標高634m)に登り、下山してからクライミングカーに乗って弥彦山頂上へ。山頂一帯はNHKやFM新潟などの無線中継所が林立し電波塔銀座の様相を呈している。緑陰の長い階段を昇っていく。16:30弥彦山山頂(標P8190353高634m)、三角点はなく、山頂部を玉垣で囲み鳥居を建てた奥宮(御神廟)がある。常夜燈の銘は嘉永元年(1848)、日本海と越後平野が見渡せる。絶景かな、吹き渡る風が涼しい。クライミングカーの終発17:05にぎりぎり間に合い駐車場の車に戻る。巻潟東ICから北陸道に乗り、栄PAと越後川口SAで休憩、夕食も済ませる。20:15赤城高原SAで三度目の休憩、その後は一度も休まず関越道・外環道を走り抜け、22:35無事帰宅。この4日間の走行距離は約1000㎞。

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越後国一ノ宮 居多神社(上越市)

2016年8月19日(金) 居多(こた)神社は上越市五智6-1-11番地に鎮座する。祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと=大国主命)と奴奈川姫(ぬながP8190261わひめ)と建御名方命(たけみなかたのみこと)の三柱。創建は不詳であるが、遥かな神話時代に出雲族が此の地方まで勢力を張り、自分たちの守護神である出雲の祖神・大己貴命を祀ったのが当社の始まりであろう。弘仁四年(813)に従五位下、貞観三年(861)に従四位下を朝廷から賜った「延喜式」神名帳(延長五年(927)成立)に記載された式内社。
8:30ラ・フォーレ白馬をチェックアウト、弥彦山神社経由で帰ることとし、国道148号線を糸魚川方面へ走る。糸魚川ICから北陸道に乗り、直ぐの蓮台寺PAで妻に運転交代、下界は暑い。
弥彦神社の前に同じく越後国一之宮の居多神社にお参りすることにし、上越ICで北陸道をP8190265出る。10:20居多神社前大駐車場到着。境内はそこそこ広いが社殿等一ノ宮にしては質素な佇まい、さっそく拝殿にお参りする。その後境内をひと巡り。社殿の右手に親鸞像が建つが、鎌倉時代にここ越後国府に流罪となったとき、近くの浜に上陸するとまず当社に参拝し、「すゑ遠く法を守らせ居多の神弥陀と衆生のあらん限りは」と詠んで早期放免と念佛の興隆を祈願したという。そのゆかりを示すものである。境内に群生するという親鸞聖人越後七不思議のひとつ「片葉の葦」は見当たらず、聖人上陸の地という居多之浜海岸の見学へ行く。

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上野国一之宮 貫前神社(富岡市) 

P81600062016年8月16日(火) 貫前神社(ぬきさきじんじゃ)は、群馬県富岡市一ノ宮1535番地に鎮座する。祭神は経津主神(ふつぬしのかみ)と比売神(ひめがみ)の二柱。創建は(伝)安閑天皇元年(531?)。
旅行で白馬村へ行く途中、上信道を富岡ICで降りて参詣に立ち寄る。14:00駐車場着。此の社にお参りするのは実に34年振り二度目、1982年当時は勤務の関係で高崎に住いしており、娘と息子の七五三に当る年に詣でたことを思い出す。鏑川河岸段丘上の凹地に社殿が建つ所謂「下り宮」というユニークな形態をしており、江戸時代第三代将軍徳川家光、五代綱吉により整備されたP8160009極採色の楼門、拝殿、本殿(国指定重要文化財)は立派、さすがは一ノ宮である。富岡製糸場が世界文化遺産に登録されて以来、養蚕機織の女神を祀る当社にも参拝客が増えているらしく、まことに結構なことである。もっと境内をじっくり見学し、樹齢千二百年の藤太杉、樹齢千年のスダジイ、カエルの形のサルノコシカケが着生している蛙の木など見たかったが、今日は関越道の事故渋滞で2時間もロスしたため早々に退出、再び上信道に乗るべく下仁田ICへ向かう。

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出羽国一之宮 鳥海山大物忌神社吹浦口ノ宮(遊佐町)

2016年6月14日(火) 鳥海山大物忌神社(おおものいみじんじゃ)吹浦口ノ宮は山形県飽海P6140021郡遊佐町吹浦字布倉1番地に鎮座、鳥海山山頂に鎮座する本社の里宮である。祭神は大物忌神(おおものいみのかみ)と月読命(つきよみのみこと)。大物忌神は、食物神の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と同神とされるが、記紀神話などには登場しない神様であり、蝦夷の地の偉大な山の神、活火山である鳥海山の山霊である。創建は詳らかでなく、景行天皇または欽明天皇の御代とも。
奥の細道みちのく路三十三霊場第十八番札所の海禅寺から坂を下ると間もなく、14:20社務所下の広大な駐車場に車を駐める。受付に最北の一之宮の大看板が掛かる。他に参拝者は誰もいない。下拝殿でお参りした後、135段の急な石段を登り拝殿へ。石段手前に、「株式会社平田牧場 一金壱千萬円也 代P6140023表取締役新田嘉一殿」の寄進札が立つ。酒田市に本社を構えるブランド豚肉「三元豚」で有名な(株)平田牧場は、今や売上高150億円、従業員数660名を誇る庄内地方屈指の地場企業、大物忌神の御神徳に大いに肖ったものと見える。拝殿にお参りしてから、左手の鳥居をくぐり再び石段を登って最奥の最高所へ。平に白山姫神社と末社雷電神社が祀られており、透かし塀に囲まれて大物忌神を祀る本殿(向かって右)と月読命を祀る摂社月山神社本殿が建ち並ぶ。両本殿ともまったく同型同大である。来年の平成29年は20年に一度の山頂御本殿の式年遷座に当たるとのこと、今年8月に鳥海山登山を計画しているが、果たして無事登拝できるかどうか。

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豊前国一ノ宮 柞原八幡宮(大分市)

P31601172016年3月16日(火) 柞原(ゆすはら)八幡宮の所在地は大分市八幡987番地、別府湾南岸の高崎山の東南麓に位置する二葉山(八幡柞原山)に鎮座する。祭神は、仲哀天皇、応神天皇、神功皇后の三柱。天長四年(827)、宇佐神宮の分霊を迎えて創建され、「宇佐別宮」、「本宮宇佐宮」などとも呼ばれた。先の西寒多神社と豊前国一ノ宮争いをした歴史をもつが、一般的には中世以前が西寒多神社が一ノ宮とされ、それ以降は当社が一ノ宮と呼ばれるようになったとみられている。
12:05駐車場に到着、西門をくぐる。新婚さんが一組、結婚式写真の前撮り中、目出度い。靴を脱いで回廊に上り拝殿前にP3160106進んでお参りする。本殿、申殿(もうしでん)、拝殿、回廊などは国指定重要文化財、さすがに立派な神社である。境内をひと回り、勅使道から楼門を見上げ、南大門を見学する。南大門の手前左手に、国指定天然記念物で推定樹齢三千年の「柞原八幡宮の大クス」が聳える。胸高周囲18.5m、樹高36m、見事な巨樹である。駐車場に戻り車の中で昼食、パンをかじりミカンを食べる。竹林を渡る風の音が涼しい。12:50今回の旅行のハイライト、国宝・臼杵磨崖仏へ。

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豊前国一ノ宮 西寒多神社(大分市)

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2016年3月16日(水) 西寒多(ささむた)神社の所在地は大分市寒田1644番地。祭神は西寒多大神(ささむたのおおかみ)、天照皇大御神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)の総称とされる。創建は(伝)第15代応神天皇九年(278)。
11:00駐車場着、県指定有形文化財である文久二年(1862年)建造の石橋(万年橋)を渡り境内に入る。拝殿に進みお参りした後境内を一回り。社殿の右奥に本宮山山頂(標高608m)に祀られる奥宮へ通じる道があるが片道2時間もかかるのでパス。市指定文化財で校倉造の「神庫」、市天然記念物で樹齢四百年のヤマフジ(樹高3.5m、幹周2.8m)を見学するにとどめ、11:40もうひとつの豊前国一ノ宮、柞原(ゆすはら)八幡宮へ向かう。 

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豊前国一ノ宮 宇佐神宮(宇佐市)

P31500502016年3月15日(火) 宇佐神宮は全国に4万社余りある八幡社の総本宮、宇佐市南宇佐2859番地に鎮座する。祭神は応神天皇の御神霊である八幡大神(はちまんおおかみ)、比売大神(ひめのおおかみ)、神功皇后(じんぐうこうごう)の三柱。創建は神亀二年(725)、伊勢神宮に次ぐ第二の宗廟として皇室からも崇敬されている。
国東半島の史跡巡りを終えて、県道豊後高田国東線を走り、14:10宇佐神宮専用駐車場に車を入れる。駐車場は有料で400円。それにしても大分の道は信号が少なく、走る車も少ない。一般道が高速道並み、ストレスなく目的地に到着できる。P3150056宇佐神宮の神域は広大、先ずは最上部の上宮へ。上宮の本殿は国宝に指定されている。上宮の一之御殿(祭神は八幡大神)、二之御殿(比売大神)、三之御殿(神功皇后)の順にお参りする。正式作法は一般の神社とは異なり、二拝四拍手一拝。三之御殿前にそびえる推定樹齢八百年の御神木・大楠(樹高30m、目通り幹囲5.4m)に触れてパワーを頂戴し、片参りにならぬよう若宮神社と、下宮の一之御殿、二之御殿、三之御殿にもお参りする。お賽銭が沢山要るぞ。15:10宇佐神宮を後にし、今宵の宿がある別府へと向かう。

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相模国一宮 寒川神社(寒川町)

Dsc052232014年12月6日(土) 寒川(さむかわ)神社は、神奈川県高座郡寒川町宮山3916番地に鎮座し、祭神は寒川比古命(さむかわひこのみこと)と寒川比女命(さむかわひめのみこと)の2柱、2神を合せて寒川大明神と称している。創建は不詳であるが、日本総国風土記によれば、今から約千五百年前の雄略天皇の御代、朝廷より奉幣のことが記されている。
大磯町の高麗山に登った帰り、東海道線で平塚から横浜へ戻る途中、茅ヶ崎で相模線に乗り換え宮山駅で下車し神前に詣でる。到着した時はすでに15:00、一天俄かに掻き曇り、時雨まで降りだして気温急降下。境内が薄暗くなり、参詣客もまばらになる。一の宮にふさわしく確かに社殿は豪壮であるが、境内にこれといった見るべきものがなく、お参りを済ませただけで早々に退出する。

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武蔵国一宮 小野神社(多摩市)

2014年12月5日(金) 多摩市一ノ宮1-18-8番地に鎮座し、祭神は天下春命(あめのしたばるのみこと)と瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)の2柱。創建Dsc05176は安寧天皇十八年(紀元前532年)と伝わる。
義父の七回忌の墓参りに小平霊園へ行った序に、少し足を延ばしてお参りする。京王線聖蹟桜ヶ丘駅近くの住宅地の中にあり、参詣者用駐車場は僅かに2台。街中なので仕方がないかもしれないが、一の宮にしては境内地が狭い。朱塗りの社殿も派手ではあるが重厚さに欠けている。神主は常駐してはいない様子、社務所や御守授与所は閉まっており、境内は森閑としている。見所の木造随身倚像(東京都指定文化財、鎌倉時代末期の古像)を収める保管庫の扉も固く閉まっているし・・、お参りを済ませただけて早々に退出する。

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大和国一宮 大神神社(桜井市)

Dsc036852014年10月6日(月) 大和国一宮大神(おおみわ)神社は、奈良県桜井市三輪1422番地に鎮座し、主祭神は大物主神(おおものぬしのかみ)。創建年は不詳。当社が、伊勢神宮、出雲大社と並び日本最古の神社の一つと云われる所以は、本殿を持たず御神体の三輪山を遥拝する形式の古い祭祀形態を留める事と、記紀神話に記される創建の由緒から、ヤマト王権創始以前から祀られていたと考えられることなどによる。
近鉄桜井駅から山の辺の道を歩くこと1時間、ようやく大神神社に辿り着く。平成の大造営を終えた社殿は壮麗、檜皮葺きDsc03689が美しく日本三古社にふさわしい佇まいを見せる。拝殿の前に進み出て、奥にある三ッ鳥居を通して三輪山を遥拝し、三輪の神様に家内安全を祈願する。境内には縁結びの夫婦岩や樹齢700年と云われる巳の神杉などがあるが、秋の日は短く早くも黄昏てきたのでパス、JR三輪駅へと急ぐ。大神神社から山の辺の道を5分ほど行けば、三輪山への入山を受け付ける摂社狭井(さい)神社があるが、昨日の台風18号の後遺症で本日の登拝は中止とのこと、山頂往復2時間程度らしいが、果たして次の機会があるかどうか。

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