彼岸の中日

Dsc08992 2009年9月23日(水) 今日は彼岸の中日、早起きした家人が何やら台所で奮闘していると思ったら、おはぎを作っていたようです。早速仏壇に供える様子、娘に手厚く供養してもらい、昨年末に亡くなった義父の霊もさぞかし喜んでいることでしょう。十方三世一切佛(じーほうさんしーいーしーふー)諸尊菩薩摩訶薩(しーそんぶーさーもーこーさー)摩訶般若波羅蜜(もーこーほーじゃほーろーみー)、合掌。

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レミの墓

Dsc056242009年4月18日(土) 本日がレミの満一年の命日、早いものである。サンスイステレオの天板を祭壇代わりにして今日までお骨を安置してきたが、一年経ったところで庭に埋骨し土に返すことに。先日、群馬県の四万温泉で拾った石(稲包山を水源とする日向見川の川石と思われる)を墓石とし、花筒も立てる。淋しがるといけないので御付の人形も2体侍らせる。色々な花が次々と咲く我が家の庭の一等地、レミよ安らかに眠れ。合掌。

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森城山大林寺

2008年6月16日(月) 仙台市宮城野区新寺小路にある曹洞宗の寺で、小家の菩提寺である。Dsc07819自宅から徒歩10分、境内には、仙台三十三観音巡礼第十四番札所の千手観世音菩薩を祀る観音堂、土井晩翠・八枝夫妻の墓を含む土井家代々墓所、土井晩翠の歌碑(「おほいなる真ひるの夢を見よかしと生先長き子らに望まん」)、仙台市指定保存樹木の大カヤ(樹齢300年)などがある。大林寺の沿革史には「曹洞宗森城山と号し、本尊釈迦牟尼仏、寛文十三年の作(1672、壱寸八分之釈迦像篭置、弘法大師の実作と云う)脇立には大聖文殊大行普賢両菩薩を安置する。天文元年(1532)三月、伊達家十四世稙宗の開基で始め、羽洲置賜郡 米沢鮎見村にあり、Dsc07811弘治二年(1556)輪王寺五世勅特賜仏頂真光源庵守眞和尚を以って開山となし稙宗夫人泰心院殿怡稠悦公大姉(永禄十年二月十日寂)並びに、稙宗の弟大林寺殿光巖威公大居士(景宗、天文十二年五月十六日寂)両位牌を同寺に安置し、大林寺殿を以って当寺の開基と定められた。其の後政宗に随って岩出山に移り、 更に仙台に移るに及んで此の地を賜り、忠宗のとき十九石余の寺領を附し着座格に○せられた。維新の変革に際して藩の外護を失い、明治三十二年(1899)新寺小路西福寺Dsc07812を富山県射水郡新滝町字於津に移すに当り、事実上之を大林寺に合併する事となり、鐘楼、梵鐘等をも同時に移管されたが、昭和十九年(1944)第二次大戦末期、政府の命により梵鐘等供出せられた。現本堂 当山十六世興宗正禅和尚代 寛政六年(1794)建築 棟梁・平茂右衛門義富、位牌堂 当山廿六世禅峰信能和尚代 昭和十一年(1936)建築 棟梁・国友傳兵衛、庫裡 昭和四十三年(1968)建築、なお本堂は昭和四十四年(1969)大改修を施せるもの也。昭和四十七年五月吉日 当山廿七世禅徹信孝誌焉」とある。遠方に住んでいるとなかなか墓参もままならず、精々春秋のお彼岸、8月の旧盆と年三回お参りする位、ご先祖様には誠に申し訳ないことである。なお総本家の先祖代々墓は鎌倉の円覚寺にあるらしく、一度お参りに行かねばなるまい。

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レミ逝く、享年十一歳

02 2008年4月18日(金)8:15 春嵐の朝、家族の大事な一員のレミ、病魔に勝てず永眠、齢10歳10ヶ月。その時から心にぽっかりと穴が開いたような虚ろな時間が始まる。特に動物愛護センターから貰い受けてきた時以来、11年近くを一緒に過した家人と娘の喪失感は深く、悲しみが癒えるには相当長い時間がかかりそうである。レミ、たくさんの楽しい思い出をありがとう、そして長らくの総合警備保障係の重責お疲れさま。どうか安らかに眠ってください。合掌

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中無識 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色聲香味觸法 無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明盡 乃至無老死 亦無老死盡 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃三世諸佛 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経     

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4冊目のパスポ-ト

01_238 来年1月末にエジプトへ旅行するが入国時点でパスポートの残存有効期間が6ヶ月以上必要とのこと、ギリギリなので松戸にある東葛飾旅券事務所に更新に行く。22日無事受領、これで4冊目。ちなみにこれまでの渡航記録はというと、①1984年:米国(出張)、②1987年:西ドイツ・ベルギー・スイス・イギリス・アイルランド(出張)、③1988年:チェコスロバキア・西ドイツ(出張)、④1990年:フィンランド・スウェーデン・ノルウェー・デンマーク(旅行)、⑤1991年:オーストラリア・ニュージーランド・シンガポール(出張)、⑥1992年:イギリス・ドイツ・イタリア(出張)、⑦1993年:韓国(出張)、⑧1997年:ドイツ・オランダ(出張)、⑨2001年:中国(出張)、⑩2003年:タイ・カンボジア(旅行、以下同じ)、⑪2004年:韓国、⑫2004年:ニュージーランド、⑬⑭2004年:中国×2、⑮2004年:イタリア、⑯2005年:中国、⑰2005年:トルコ、⑱2005年:オーストラリア、⑲2005年:メキシコ、⑳2006年:スペイン、21.2006年:インド、22.2006年:中国、23.2006年:台湾、24.2006年:ヴェトナム。まだまだ行きたい国がある。

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六十而耳順

とうとうと言うか、やっとと云うか今日60歳の誕生日、還暦、耳順を迎える。馬齢を重ねて、ずいぶん長く生きたものである。もはや「太く短く」もなし、「美人薄命」も当てはまらない。ま、明日からはおまけの人生、何ものにもとらわれずいっそう自由な心で暮らすことにしよう。「一身は雲水の如く、悠悠として去来に任す」、果たしてどれほど虚心坦懐になれるものやら。夕食時、高島屋調達のお赤飯と赤魚(キンキ)の尾頭付き、ジョルジュ・デュブッフ社のボジョレー・ヴィラージュ・ヌーボー2006と樹杏(ジュアン)のイチゴタルトケーキで祝ってもらう。先ず今日一日、そして明日一日「天地一杯に生きる」。あとなしひとは「今日無事」と「いまが大事」。

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ブログ「釣魚迷日誌」

「釣魚迷日誌」は「自惚山人ノオト」とともに「楽山楽水日記」の姉妹編を構成するブログです。山に関心がある方、釣りに興味がある方は「楽山楽水日記」とともにこれらのブログもご愛読いただくようお願い申し上げます。なお“釣魚迷”(ティヤオ・ユイ・ミー)とは中国語で「釣り道楽」「釣りきちがい」を意味する言葉です。

「釣魚迷日誌」:http://shikamasonjin.cocolog-nifty.com/angeln/

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ブログ「自惚山人ノオト」

「自惚山人(うぬぼれやもーど)ノオト」は「楽山楽水日記」の姉妹編に相当するブログです。目標の『千山登拝』にはまだまだ届きませんが、今年漸く折り返し点の500山に達しましたので、これまで登った山を少しずつこのブログで紹介していきます。文中には当然のことながら、同行して頂いた方のお名前はなるべく登場させません。○○山想会○名として処理し、個人情報保護には今後とも充分留意いたします。なお県境の山は、カテゴリーの中で登山口側の山に分類しております(例えば日光白根山は、菅沼登山口から入山した場合は「群馬の山」、湯元から登った場合は「栃木の山」)。ということで、両ブログのご愛読を宜しくお願いいたします。

「自惚山人ノオト」; http://shikamasonjin.cocolog-nifty.com/wanderung/  

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登山用ステッキ

IMG_2389 10年ほど前から山歩きの友として欠かせないのが杖である。現在愛用しているのはLEKIとKOHLAのステッキであるが、有ると無いとでは降りの疲れ方が全く異なる。山を歩けなくなったその時は平地で使えるので、まさに一生ものの道具である。

『杖つきて歩く日が来む そして杖の要らぬ日が来む 君も彼も我も』(高野公彦歌集「天泣」の一首)

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