岩本千綱著「シャム・ラオス・安南 三国探検実記」

Img1252015年6月19日(金) 成田からバンクーバーへ飛ぶJAL018便と、バンクーバーから成田へ飛ぶJAL017便の機内で、岩本千綱著「シャム・ラオス・安南 三国探検実記」(中公文庫)を読む。5月のラオス旅行の復習のつもり、25年ぶりの再読。明治二十九年(1896)から同三十年(1897)にかけて、巡礼僧に身をやつし三国の人情・風俗・地理・宗教その他万般の実況を視察するべく、バンコクからハノイ迄徒歩旅行を試みた二人の日本人、岩本千綱氏と山本鋠介氏の見聞記が生き生きと綴られる。その中の「フランス領上ラオス ルアン・プラバン府」の項に、当府第一の寺院ワット・マイの宿坊に5泊し、その間の2月22日、王宮にて旧王カサリンタ殿下に親しく謁見したと記されているが、カサリンタ殿下とはカムスック王(King Kham Souk=King Zakarine、在位1895-1904)のことであろう。当時のラオスは既にフランス植民地(1893年、フランス領ラオス成立)であり、旧王は傀儡であった筈、東洋唯一の文明国日本の助力を頼みフランスに抗すべく心積りがあって、謁見を許したのであろうか。二人の冒険から120年の歳月が流れたが、特に地方の人情・風俗はまだまだ昔のままであり、あまり開けないうちに、もう一度訪ねてみたい国である。

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ラオスのトイレ事情

空港やホテル、日本人御用達の高級レストランのトイレは洋式であり、ペーパーの備え付けもあり問題ないが、排水管が細く水流の勢いが弱いので目詰まりを起こすペーパーは流せDsc09815ない。備え付けの屑籠に入れること。便器の横に必ずノズル付きのホースが掛けてあり、それは手動式ウォシュレット、お尻を洗うのに使う。慣れるとなかなかの優れもの、気持ちよく用足しができる。問題はラオス式トイレ、下の写真は2枚ともルアンパバーン郊外の観光名所クアンシーの滝にある公衆トイレであるが、紙の備え付けもなければ屑籠も見当たらない。現地ガイドのスーリアさんの話では、ラオス人は大の後、水槽やバケツに貯められた水を手桶で掬い、その水でお尻を洗っておしまい。紙でお尻を拭く習慣は無く自然乾燥とのこと。うーむ、出来る、究極のエコ。という訳でトイレはホテルかレストランで済ませるに如くはなし。
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ラオス旅行で飲んだビール

今回のラオス旅行で飲んだビールは3種類、製造元は全てLAO BREWERY COMPANY LTD.(1973年創業、政府とCarlsberg Groupと出資比率折半の共同経営)。従業員数1000名。年間製造量は2工場体制で21万キロリットル、マーケットシェア98%。ラオスではかつて国民酒であった米焼酎は好まれなくなり、近年ビールの消費量が急拡Dsc09630大しているとのこと、年中暑いし、料理は辛いしで、無理もない。日本人御用達のレストランの価格は、Beerlao Lager Beerの小瓶(330ミリリットル入り)が2US$、同じく缶(330ml)が1.5ないし2US$、Dark Lager小瓶(330ml)が2ないし2.5US$、プレミアムビールのGOLDが3UD$。秋篠宮殿下御来臨の高級レストランにも入ったが、中級レストランでも略同価格。一見安いように思えるが、ラオス人の月給は公務員でも100US$程度、従って日本なら小瓶1本2,000円、3,000円のビールを飲んだ勘定になる。ぼったくりバー並み!。原材料は不明であるが、恐らく副原料に米を使用しているものと考えられる。汗だくの観光の後に飲む冷えたビールが不味い訳もなく、いずれも温和ですっきり、悪くない。東南アジア産ビールの中では一番美味いかもしれない。
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ラオスに咲く花(2/2)

写真左上から時計回りに、ショウガ科のトーチジンジャー、バショウ科のヘリコニア・ロストラタ、マメ科のピーコックフラワー(赤花)、同じくピーコックフラワー(黄花)
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ラオスに咲く花(1/2)

乾季の終わりの5月初めのラオスはまだまだ酷暑、一年中で最も暑い時期あるが、花は逞しく咲いている。写真上段左はラオス国花のキョウチクトウ科プルメリア、同右はトウダイグサ科のユーフォルビア、下段の2枚は不明。
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ラオス土産(4/4) 胡麻おこしとドライフルーツ

ビエンチャン・ワッタイ国際空港の売店で最後の買い物。ラオスコーヒーは美味しくないし、竹製品やTシャツもいまいち、結局胡麻おこしとミックスドライフルーツを購入する。前者は4$(480円)、後者は15$(1800円)。毎食ビールやスプライトを飲みお土産も少々購入したが、今回使ったお金はふたりで1万円ほど。ひとり参加の方が、いきなり1万円を現地通貨キープ(kip)に両替してしまい、使い切るのに四苦八苦しているのを見かけたが、ラオスはどこでも(朝市、夜店、市場、レストランなど)米ドルが使える(1$=8000kip)ので、1ドル札、5ドル札などの少額紙幣を多めに持っていくのが便利。
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友好橋/帰国

2015年5月5日(火) 午後4時を回ると陽も翳り少し過ごしやすくなる。ラオス観光の最後、友好橋(Friendship Bridge)の畔でバスを下り、メコン川に架かる橋の中央、ラオス・タイ国境まで歩く。友好橋はオースDsc09928トラリア政府からラオスとタイ両国民に寄贈されたもの、1994年4月8日の完成で総工費は約40億円(4千2百万A$)。全長1174m、全幅12.7m、3.5m幅の車道が2車線、1.5m幅の歩道が両側にあり、鉄道線路(2009年3月完成)が中央に敷設されている。ラオス唯一の鉄道でビエンチャンのタナレーン(Thanaleng)駅とタイ側のノーンカーイ(Nongkhai)駅を結び1日2往復の列車が走る。全長3.5㎞、所要時間15分は世界一短い国際列車と云われ、鉄道ファンあこがれの的である。メコン川から吹きあがる涼しい風に吹かれながら国境まで歩くと、そこから先は立ち入り禁止。タイ側にも同じように歩道にゲーDsc09925トが設けられ、中間の50m位は緩衝地帯となっている。引き返す途中から俄かに一天掻き曇り、突風が吹いてくる。もうもうと土埃が上がる中、大慌てにバスに逃げ込む。砂埃で景色が何も見えなくなるほどであるが、ラオス人にはこの突風が歓迎されるらしく、理由は強風で落果するマンゴーを拾えるから、ほんまかいな?。大統領官邸の隣にある中華料理店で最後の晩餐、味はいまいち、川魚のフライがカビ臭い。食事中に一雨あって大分涼しくなる。19:30ホテルに戻る。シャワーを浴びて汗を流したいところであるが宿泊した部屋はもう使えない。中にはマッサージ(兼シャワー)に市中に繰り出した人も居るが、殆どの人は大人しくトイレで着替えし、洗面・歯磨きも済ませて、21時半の出発までロビーにて待機する。(完)

2015年5月6日(水) 0:05ラオス航空QV958便離陸。時計の針を2時間進める(→2:05)。5:10給油のため台北国際空港着陸、6:10再離陸。7:00朝食。8:55成田空港到着。ニコニコパーキングでハスラーを受け取り、11:30無事帰宅。

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タラートサオとブッダパーク

2015年5月5日(火) 昼食を済ませ、ラオス最大級のショッピングモール、タラートサオへ。ラオス観光はバスの移動時間が短いので盛りだくさん。13:30到着。8階建ての中央モールの4階以上は未完成、資金難で工Dsc09907事がストップしている。ラオスはやはり東南アジア最貧国。それでも3階には貴金属店が軒を並べ、1階には資生堂も入る。地下1階はバッグ、財布、ベルトなどの偽ブランド品を並べる店が幅を利かす。旧棟も覗いてみたがモン族の織物製品、ラオスコーヒーなどを商う店ばかり、結局何も買うものはなく涼みに来たようなもの。14:30バスに戻りブッダパークへ。国道1号線を走る途中、ラオ・ブルワリーの大工場が見えコニカルタンクが林立する。ラオスの一人当たり年間ビール消費量39リットルは東南アジア一らしく(因みに日本は2013年、43リットルで世界52位:キリンビール調べ)、今ラオスで一番の大金持ちはビール会社の社長とのこと。道中うとうと居眠り、冷房の効いたバスの中が一番気持ちが良い。友好橋の手前からブッダパークへ至る6、7㎞の道は最近まで悪路だったが今は簡易舗装路、右側にメコン川、乾季の今は砂利採取が盛んである。道沿いに砂利や砂の山、山、山、その間に砂利採取業者の御殿が建ち並ぶ。砂利採取業はマフィアがからむ裏稼業とのこと。又、タイとの国境を管理する税関職員も全員が大金持ち、高級車を10台Dsc09918持つのは当たり前で全て車の輸入業者からせしめたもの(賄賂)、これだから社会主義国の一般民衆は浮かばれない。15:15ブッダパーク到着。1958年から1971年にかけて、開祖ブンルアン・スリラット師の宗教観によって造られた公園で、巨大な寝仏などのオブジェが立ち並ぶ。仏教よりヒンズー教の仏像が多く、全部で338体あるとのこと。何のことはない、軍事援助の名のもとに米国から大量に持ち込まれたセメントを消化する為に、ブッダパークや凱旋門を造った由。宗教のテーマパークといった趣のB級スポット、有難味はまったくない。敷地の一番奥、メコン川の河川敷に畑が広がる境界にレストランがあり、そこの日陰に入ってヤシの実ジュースを飲む。1個4$、冷たくて美味しい。16:00バスに戻り友好橋へ。

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レストラン・クアラーオ(Kualao Restaurant)

2015年5月5日(火) レストラン・クア・ラーオで昼食(12:00-13:20)。フランス植民地時代の洒落た建物の入り口の壁に秋篠宮殿下御来臨の写真が飾ってある。ビエンチャン一のDsc09895高級レストランは冷房がよく効いており心地良い。竹編みの丸盆に並べられたラオス料理のセットメニューを食べる。手前から時計回りに、カオ・ニャオ(ラオスの主食は蒸したもち米、高級レストランは赤米を出す)、ケーン・チュート・タオフー(肉団子と豆腐と春雨とネギのスープ)、ラープ・ムー(ミンチ豚肉にレモン汁、レモングラス、香草を混ぜて炒めた料理)、豚肉・インゲン・ナスの煮物、モック・パー・ポ(魚のすり身に野菜を混ぜ蒸したもの)、ヨー・チューン(揚げた春巻)、ちまき?、辛子味噌の順、真中は茹で野菜で辛子味噌をつけて食べる。さすがは高級店、いずれも洗練された味でおいしい。最後に豪華なフルーツ盛り合せ(スイカ、ドラゴンフルーツ、パイナップル、メロン)とコーヒーが出る。
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パトゥーサイ(Patou Xai)とタートルアン(That Luang)

2015年5月5日(火) 10:10パトゥーサイ公園でバスを下りる。パトゥーサイ(凱旋門)は1960年Dsc09857代に建てられた戦没者慰霊塔、パリの凱旋門を模して造られたが内部は未完成のまま現在に至っている。高さ49m、内部は7階建て、3階から7階までは土産物屋が入る。入館料は3,000kip(45円)、右側から登り左側に下りる一方通行、石段を上り詰め最上階の展望台へ上がると市内を360度見渡せる。ビエンチャンのシンボルであり、ふもとの公園は市民憩いの場。10:55バスに戻る。殺人的な暑さで観光どころではなく、メモを取る気力も萎える。冷房の効いたバスの車内に戻るとホッとする。次はタートルアンへ。街中に駐車場は無いらしく車は歩道に乗り上げ縦に駐Dsc09932車、人が歩けない。更に路上にも二重、三重に駐車してあり、大型バスが通るのは一苦労。また通勤通学の足としてのバイクも多いが、ラオスで走るバイクは3種類。一番人気はタイ産の日本メーカー正規品、ホンダ、スズキ、ヤマハなどは1台20万円以上する。親のすねをかじる高校生が乗り回し、よく盗まれる。二番人気は韓国メーカー(現代、起亜)との合弁会社KOLAO製、1台10万円~、三番人気が中国産の偽ホンダ・偽スズキ・偽ヤマハ、1台4万円~、一番安いバイクに乗るのは親世代。鍵は不要、誰も盗まない。ラオスの若者は相当な見栄坊らしい。11:05タートルアン前広場到Dsc09875着。毎年11月の満月に合わせて全国から僧侶が参加し、ラオス最大の仏教の祭典が行われる広場はものすごく広い。周囲を三つの寺院と国会議事堂が取り囲む。大広場の正面遥かに高さ45mの黄金の仏塔が建つ。日陰がないので舗装面からの照り返しは強烈、日中の今は殆ど地元の人の姿はない。のろのろと入口へ歩いて行くと、鳥籠を下げた老婆が近寄ってくる。中に美しい小鳥が2羽入っており、3$で放生会の功徳を積むことができる。タートルアンの前に祀られる銅像はセタティラート王(1534-1572)、ルアンパバーンからの遷都後の1566年タートルアンを建立し、中にDsc09892釈迦の胸骨や頭髪を納めたとされる。現在の仏塔は1930年代の再建で、一辺60mの基壇、一辺85mの外壁を持つ。入場料は5,000kip(75円)、中に入り外壁の内側に陳列された仏像を眺め、仏塔の周りを時計回りに半周する。正式参拝は、生花とろうそくと線香を捧げ持ち、仏塔の周りを時計回りに3周してから正面の御堂にお参りする。外へ出てタートルアンヌア寺院(Wat That Luang Neua)の境内に入り、巨大な黄金の寝釈迦像、七曜仏など見学する。11:50バスに戻り冷たいおしぼりとミネラルウォーターをもらう。生き返る。外は灼熱地獄、熱中症で倒れる人が出てもおかしくない。昼食へ。

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