ゴール旧市街と要塞 / 帰国

2009年4月29日(水) 5:10起床、小鳥の鳴き声に起される。TVをつけてBBCにチャンネルを回すと、メキシコで豚インフP1090350ルエンザ(SWINE FLU)の人への感染が起っているとのニュース一色。既に感染者数が1,600人、死者も150人とのこと、最近TVを見ていなかったので吃驚。 英国やNZでもメキシコからの帰国者に感染者が出ているらしい。いよいよ新型インフルエンザの爆発的感染の始まりか、それにしても豚とは?。 アルゼンチンはメキシコの航空路線を閉鎖、メキシコ市でも全てのレストランを閉鎖するなどパニックに陥りつつある。旅行会社も観光地も大打撃であろう。果たしてこれからどうなるか。7:00朝食、マンゴージュースを飲み、目玉焼きとベーコンを食べる。8:00出発、世界遺産「ゴール旧市街と要塞」見学へ向う。港町ゴールは、16世紀末にはポルトガルの植民地となり、17世紀半ばからはオランダの、1815年からはイギリスの支配下にあって独自の発展を遂げてきた。インド洋に突き出た岬を砦が取り囲み、その中に旧市街はある。先ずは時計塔が建つメインゲートへ行き、そこから砦へ上る。先端の牢獄跡まで行って碧い海を眺める。次は岬の先端へ、白亜の灯台が青空に映える。P1090354 積丹半島の島武意海岸と較べても遜色ないほど水は澄んでいる。もう二度と来ることはあるまいと思うといささか感傷的な気分にもなろうというもの。さて、いよいよ植民地時代の 面影を残す街歩きかと思いきや、これで見学を打ち切りコロンボヘ向うと言う。昨日10時間もかけてやって来たというのに幾らなんでも余りにも連れない。とほほ。バスは国道2号線を北上し、途中のレストランで休憩を取る。海岸へ出てみると浅瀬に大型のムラサキウニ(?)がごろごろ、スリランカではウニを食べる習慣がなく誰も獲らないとのこと、実に勿体無い。因みに、竹林が沢山あるのにタケノコも食べないとのこと、 いやはや勿体無い。再び走り出すP1090356と津波慰霊塔を見る。2004年12月26日に発生したスマトラ沖大地震による津波のため、この辺りで1,270人の人が亡くなったとのこと、日本の本願寺が制作寄贈した仏陀像が立つ。確かに海岸沿いに今でも廃屋が目立つ。津波被害の後、海岸から30m以内に建物を建てることは禁止されたというが、堤防や護岸の類は全くなく余りに無防備、これでは津波を防ぎようがない。いつの間にかうとうとしてしまい、目が覚めるとバスはコロンボ市内を走っている。コロンボはスリランカ一の大都会だけあって、人間は勿論、車やバイクが多い。街角の要所要所に銃を構えた警察官が眼光鋭く立哨する。これまでの旅行中、内戦による危険や治安の悪さは全く感じなかったが、コロンボ市内ではLTTE(タミル・イーラP1090358ム解放のトラ)のテロ攻撃を厳戒している様子、それでも完全制圧の日も近いとか、早く平和が訪れてほしいものである。日傘をさしている女性が多い。 日焼けを気にするはずはなく、単なる暑さ凌ぎであろうか。昼食は市内のレストランでタイ料理。トムヤンクンは辛くて酸っぱいが、ヒラタケと野菜の煮込みは美味。コロンボ市内観光はテロが怖いとのことで、官庁街やアメリカ大使館地区には近づけない。先ずベイラ湖の湖上に浮ぶシーマ・マラカヤ寺院へ行く。スリランカ版浮御堂は、同国の天才建築家ジェフリー・バワ(1919-2003)の設計である。こじんまP1090360りしているが細部まで斬新な意匠が凝らしてあり、特に四面連子窓(壁)のフォルムが美しい。二箇所目はヴィハーラ・マハー・デーウイ公園、タウンホール の前にバスを停め、道路を渡って園内に入る。入口に金色の仏像が鎮座する。暑いので奥深くまで歩く気力が失せ、途中から引き返す。最後は独立記念館、ポロンナルワ期の集会場を模して建てたホールで、2段傾斜の屋根にシンハラ建築の特徴が現れている。広場に立つ石像は初代大統領、その前に置かれたライオン像の表情が豊かである。土産物店に寄り休憩、トイレを借りて着替えもできる。日本料理店さくらの和食弁当をもらい空港へ向う。早速おかかのお握りと鶏の唐揚げ弁当 を車内で平らげる。P109036216:00バンダーラナーヤカ国際空港に到着。プラバート氏にこの1週間のお礼を述べてお別れ。チェックインは個人毎、通路側座席を確保し搭乗券を受け取る。出国審査を済ませ、免税店でアラックの最高級品V.S.O.A.を購入する。それにしても時間がありすぎる。ロビー内をぶらぶらするが店舗が少ないので時間潰しに一苦労、書店でスリランカの野鳥図鑑を1冊買い求め、紅茶屋で紅茶5箱を買う。ドライフルーツを探したが見当たらない。19:50やっと搭乗、UL460便は来るとき同様がらがら。20:20離陸、マーレまで777㎞を成田とは逆方向に飛ぶ。やれやれ、直行便がある筈なのに・・。21:30マーレ国際空港着陸、機内待機のうちに後部の横3席を確保する。マーレから乗り込んでくる客も少なく3席占有可、間の肘掛を起こし横になる。22:30再離陸、時計を日本時間に合わせ3時間半進める(→4月30日2:00)。2:50食事が出る。3:30から8:20の間メモ帳に記録なし、いつしか眠ったようである。目覚めると香港上空を飛んでいる。今回の旅行中、T氏以外には3人の女性に色々とお世話になる。食事の席を確保してもらったり料理を運んでもらったりと至れり尽くせり、これが癖になったりしたら帰宅してから大変である。ために心して自戒する。8:50台湾南端のガランピ岬上空を通過、9:35機内に照明灯る。さあ、あと2時間、豚インフルの影響で成田空港は大騒ぎであろう。(完)

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スリランカの料理

写真上段左:ライス&カリー、大皿にご飯、野菜カリー、肉カリー、魚カリーなどを盛り付け、ご飯とカリーを混ぜて食べる。同上段右:ココナツミルク入り御椀型クレープのアーッパ、激辛野菜煮込みやチリソースをつけて食べる。同中段左:手前のきんとん様のものがジャックフルーツサラダ、味はポテトサラダ似。同中段右:手前のポテトチップ様のものがパパダン、ベサン粉を薄く円形にのばし油で揚げたもの。カリーをつけて食べるとビールのつまみに最高。同下段左:水牛乳のヨーグルト、固くてねっとり、コクがある。ヤシ蜜をかけて食べると美味。同下段右:フルーツ各種。パイナップルや短形バナナは甘い。P1090262 P1090269  P1090263   P1090253 P1090271_2 P1090264

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アンバランゴダの仮面博物館

2009年4月28日(火) 5:15起床、蚊の襲撃に遭い又もよく眠れず。さすがに高地、朝は冷える。お湯を沸かしモーニングP1090341コーヒーで暖まる。6:30朝食、目玉焼きとパッションフルーツを食べる。 今日までグループの20名は全員元気、誰も体調を崩していない。つまり、カットフルーツ、生野菜、ヨーグルト等を食べても問題ないということ、インドより衛生状態は良さそうである。7:15出発、今日は山を下りてゴール(Galle)迄8時間のロングドライブ、覚悟を決める。大型バスで一人2席占有なのでゆとりはあるが、後席ほど振動と騒音がひどい。長時間乗車ともなればかなり堪える。茶摘みの風景を写真に収めたり、紅茶店(ST.CLAIR'S TEA CENTER)で休憩したりしてゆるゆる山を下る。谷向いの山崖には大きな滝が何本も懸かる。途中、スリランカ随一の霊山アダムス・ピーク(標高2,238m)P1090342を遠望する。狭いくねくねの山道が続き、登っているのか下っているのか不分明になる。 時々現れるHOTELの看板は、宿泊施設ではなく食堂や喫茶店とのこと。11:45 AVISSAWELLAの町を通過、やっと平場に出る。まだゴールへの道程の半ば位の所であるが、そろそろ腰が痛み出す。12:10 Hanwellaという町の河畔に建つレストランで中食、スリランカ料理にも飽きてくる。14:15カルタラ(Kalutara)という町で、海岸沿いを走る国道2号線(ゴール通り)にぶつかる。波穏やかな紺碧の海、インド洋がどこまでも広がる。15:05ようやくアンバランゴダ(Ambalangoda)にある仮面博P1090345物館に到着、本日唯一の見学場所である。仮面はもともとこの地域の悪魔祓い の儀式に用いられたもので、今でも仮面工房が数多く存在する。博物館は1階2室のこじんまりしたもの、最初の部屋には新年等の祝祭に行われる仮面劇コーラム用の仮面が、次の部屋には病気治癒を目的に行われる悪魔祓いトウィル用の仮面が展示されている。秋田のなまはげを彷彿させるものもある。博物館を後にし、同町のスーパーCARGILLSに立ち寄る。昨日のヌアラ・エリアのスーパーと同系列で、始めは英国資本であったが、今は地元資本の経営である。野菜売り場を覗いて見ると、青トウガラシ、赤カブ、赤タマネギ、インゲン、オクラ、カボチャ、キャベツ、キュウリ、ゴーヤ、コリアンダー、シシトウ、ジャガイモ、生姜、白瓜、ダイコン、タマネギ、トマト、ナス、ニンジン、ニンニク、ネギ、バナナ、バナナの花、ヒョウタン、ブロッコリー、ヘチマなどが並んでいる。バナナの花を除けば日本の野菜売り場とさほどの違いはない。珍しいので孔雀ヤシの蜜を一瓶購入する。スーパーP1090343で買物をしているうち、バスは駐車違反の切符を切られてしまう。罰金は1,000Rs.(1,000円)、 運転手が気の毒なので皆で50Rs.づつカンパする。17:00やっとゴールのホテル、ウワナトゥナ・ビーチ・リゾートに到着。ヌワラ・エリアを出てから10時間、これほど難行苦行を重ねてやって来る価値があるのか疑問になる。むしろ、コロンボで丸1日ゆっくり観光する方が、体も楽だし、日程に余裕も生れる。106号室に入ると設備は古いがMWが置いてある。 夕食にはまだ早いのでビーチ散策へ。白砂青松の美しい海岸線が延び、砂浜にはグンバイヒルガオの緑が広がる。ビキニ姿で長椅子に寝そべる白人の若い女性が眩しい。傍らの椅子にP1090346坐り、目をつぶって波の音に耳を傾ける。なぜか「太陽がいっぱい」のラストシーンが思い浮かぶ。部屋に戻って、南アルプスの天然水を沸かし、明星のワンタン春雨と日本茶を作る。19:30から漸く夕食、野菜の天麩羅を肴にライオンビールを飲む。偶々、明日がT氏の誕生日とのこと、旅行会社からケーキの差し入れもあり、皆でお祝いする。T氏はメンバーの中で一番若く、ある時はタンザニア派遣のJAICA青年海外協力隊員、ある時はインド漂白の旅人、多彩な経験を持つ行動派である。一人参加同士の誼で一番良く話をする。今回の同行メンバーの内訳は、夫婦4組、女性の旅友達が3組、一人参加の男性4名、同女性2名の合計20名、何れも旅の達人揃いで中には既に90ケ国を廻ったご夫婦もいる。部屋に戻って風呂から上ると22:00、改めてSCの最終荷造りを行う。(続く)

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アラック・ARRACK・阿利吉酒

Arrackdsc06126スリランカを代表するお酒アラック、2本購入してきました。ココナツヤシの花序(花をつけた茎)を切って、滲出してくる樹液を集め、醗酵・蒸留させて造るようです。左は、ヌワラ・エリアのスーパーで購入したエクストラ・スペシャル、750ミリリットル容、アルコール分33.5%、価格は580Rs.(580円)でした。右はコロンボ空港の免税店で購入したV.S.O.A.(Very Special Old Arrack)、750ミリリットル容、アルコール分36.8%、価格は13ドル(約1,300円)でした。どちらも未だ開栓しておりませんが、スリランカ航空の機内で試飲した感じではラム酒の風味に限りなく近いようです。製造元は両方ともDISTILLERIES COMPANY OF SRI LANKA PLC.、一度製造工程を見学したいものです。

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避暑地ヌワラ・エリア

2009年4月27日(月) 5:00起床、ガイドブックを読み返し、これまでの復習を行う。部屋に蚊はいないが、ここも空調の音が騒々しい。髯を剃り日焼け止めクリームを塗る。6:30ドアの外にSCを出し朝食へ。スイカジュースに目玉焼き、それと水牛ヨーグルトにヤシ蜜をかけて食べる。02 8:00ホテルのマイクロバスで大型バスプールへ送ってもらい、観光バスに乗り換えて出発。昨日まで5箇所の世界遺産を廻ったので、今回の旅も山場を越える。今日からはいよいよ買い物ツアーの始まり、走り出して直ぐ宝石店(Premadasa & Co.Ltd.)に立ち寄る。スリランカといえば宝石の島、ダイアモンド以外は何でも出る。サファイアだけでも10種類以上あり、ダイアナ妃が結婚式の時に着けたブルー・サファイアも、世界一のキャッツアイもスリランカ産である。マルコ・ポーロの東方見聞録にも記述があるそうな。日本で買うよりは安いかもしれないが、良いと思うものは5万円以上、なかなか手が出ない。P1090331 10:30キャーガッラ(Kegalla)の郊外にあるピンナワラの象の孤児院に到着、川で水浴びする子象たちを眺める。大きさはまちまち、親を亡くしたり親にはぐれた子象50頭余りを保護している施設であるが、大きくなれば象使いや寺院に引き取られる。側の土産物屋で名物のエレファント・ペーパー(象の糞が原料)のメモ帳を2冊購入する。中食も傍らのレストラン(Elephant Bay Restaurant)、魚のフライが美味い。LION GINGER BEERなるものを飲んでみたが、ただの生姜エキス入り砂糖水、一応コカ・コーラ社製である。12:30再びバスに乗りヌワラ・エリアへ向う。水田はちょうど田植え時、景色は日本とさして変わらない。やがてバスは山中に分け入り、辺りは一面の茶畑に変わる。P1090332 紅茶は生育地の標高により3種類に分類され、1,500m以上がHigh Grow、1,500m~500mがMedium Grow、500m以下がLow Growとのこと、勿論H.G.が一番高級である。スリランカでは365日茶摘を行う。しかも全て手摘みである。そんな説明を聞きながら車窓を眺めていたら、突然ヒンドゥ教(?)の祭りの一団に出くわす。何と男性が6本の鈎針を背中や脚に突き刺され、ワイヤーで空中に吊るされている。最初は祭りとは思えず、てっきり私刑か何かと思ったが、さにあらず、神への信仰の証し(修業)というから二度びっくり、なんともすさまじい荒行があったものである。高度が増すにつれめっきり涼しくなる。茶畑撮影のためバスを停めると、P1090335 地元の少年達がカブやレタスを売りに来る。高原野菜ということで低地に住む人々には珍しいのであろう。16:30マクウッド社のラブケリー工場(Labookellie Tea Center)に到着する。同工場はスリランカ最古の紅茶工場であり、ISO9001もHACCPの認証も受けている。萎凋、揉捻、醗酵、乾燥、等級区分、ティスティング、梱包とある製茶工程をひと通り見学させてもらう。確かに工場内は清潔であり、従業員はきびきびしている。喫茶室で紅茶を一杯ふるまわれ、そして売店へという段取り。お土産として配るのに価格は手頃、見栄えも良いとあって、皆が何箱も買い込み、たちまち商品棚が空になる。そこでも自重して、OP(オレンジ・ペコー)とBOP(ブロークン・オレンジ・ペコー)とP1090338 BOPF(ブロークン・オレンジ・ペコー・ファニングス)を各1箱づつ購入するに止める。OP、BOP、BOPFというのは、茶葉の大きさにより等級分けしたもので、どれが高級というものではないが、単位重量当りの価格で見るとOPがBOPやBOPFの2倍、やっぱりフルリーフが一番高い。因みに、乾燥工程のサイクロンで集めたダストは主にティーバッグ用とのこと、いろいろ勉強になる。海抜1,800mの峠を越えてヌワラ・エリア(Nuwara Eliya)の町に入る。周囲にゴルフ場が多く、プレー代は1日5,000円程度、英国人の避暑地だっただけに街もどことなく垢抜けている。ホテルに入る前に一般の市場見学、通りの彼方にスリランカ最高峰のピドウルタラガーラ山(標高2,524m)が見える。P1090339 市場には野菜、果物、穀類、豆類、各種スパイス、干し魚など実に豊富な食材が並んでいる。路上に坐り、古靴や古草履を重ね並べる人がいる。まさか売り物とは思えないし、正体不明の御仁である。17:30セント・アンドリュースホテル着、114号室に入る。カーテンと椅子カバーがお揃いのタータンチェック柄、今回一番の瀟洒なホテルである。しかも初めての浴槽付き、何より電気ポットと紅茶・コーヒーのサービスもある。なんだか嬉しくなる。19:00から夕食、これまた初のセットメニューで上品である。デザートのチョコレートムースが絶品。食事を済ませてから有志でスーパーへ買物に出かける。海抜は2,000m位か、外は上着がないと寒い。皆、菓子類や豆類(ヒヨコ豆)を大量に買い込む。そこでも自重し、アラック(ARRACK)の750ミリリットル瓶1本を購入するに止める。久し振りに湯に浸かり、のんびりくつろぐ。風呂から上ると22:00、アラックをタオル等でぐるぐる巻きにし、SCの真ん中に詰め込む。(続く)

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スリランカで出逢った木の子

2009年4月26日(日) 古都キャンディにあるペーラデニア植物園の中で見つけたもの。腐朽が進んだ倒木に2本だけ生えていました。傘径は5㎝ほど、ちょっと見はムキタケに似ていますが、傘裏は微細な管孔であり、イグチの仲間のようです。材上生のイグチを見るのは初めてなので少し驚きました。(日本にもアヤメイグチやオオキノボリイグチなど材上生のイグチがありますが、駆け出しのため見たことがありません)。ガイドのプラバート氏の説明によると、スリランカでも山採りのきのこを食べるとのことでしたが、見物した市場には全く見当たらず、料理にも使われている形跡はありません。旅行中、ひたすら切株や倒木を観察したものの、出逢いは只の一種類、きのこに関しては収穫の乏しい旅に終わりました。P1090266 P1090268

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聖地キャンディ

2009年4月26日(日) 6:10起床、髯を剃り日焼け止めクリームを塗る。6:45朝食、目玉焼きとバナナを食べ紅茶を飲む。7:45出発、走り出すと間もなく、プラバート氏が今晩キャンディでアーユルヴェーダ・マッサージを受けたい人を募る。2時間コースで8,000円、5、6人の手が挙がる。P10903178:35ダンブッラ近くのろうけつ染め工房、Henry Batiksに立ち寄る。図柄、質感ともいまいち、これならインドネシアの方が優れる。ダンブッラの町を過ぎ、道端の果物屋でマンゴーを試食する。完熟品で甘く美味、因みにマンゴスチンは1個15円。キャンディに通じる幹線道路はその先で通行止め、何でも道路に大木が倒れたとのことで急遽間道に入る。 抜け道はその狭い道しかないらしく、対向車も次々にやってきてすれ違うのに一苦労、大渋滞に陥る。村の人は大型観光バスを見るのは初めてらしく、皆戸口に出てきて見物、山間僻地にしては意外にどの家も綺麗である。漸く幹線道路に復し、 11:20 Kaudupelella村にあるランウェリ・スパイスガーデンに立ち寄る。アロエ、ウコン、カカオ、コショウ、トロボ、ナツメグ、バニラ、赤パイナップルなど園内植物を案内してもらいP1090321、ハーブティーとスリランカ養命酒を馳走になる。特製のカリー粉には肉用と野菜用の2種類があり、前者は15種類、後者は7種類のスパイスをブレンドしてあるとのこと、ガイド氏は日本語ペラペラの説明上手、そのお陰で売店のカリー粉が飛ぶように売れる。自重してカリー・リーブズ(スリランカ独特のスパイス、ローレルとは異なる)のみ購入する。序にヴィヤディ・モダキャ(回春薬)も買うべきだったかもしれない。スパイスガーデンの道路向にあるレストランで昼食をとる。ジャックフルーツのサラダを初めて食べる。ちょうどポテトサラダのような味、まずくはないが平凡。レストランの庭に生るアボガドとカシューナッツの実が珍しい。スリランカではたいていの家で自家消費用に果樹を植えているとのこと、羨ましい。13:20美人の産地で名高いマータレー(Matale)の町にさしかかり、ヤシの葉仏典の元祖を作り出したと云われる石窟寺院アルヴィハーラの前を通過する。そこから道は峠へ登っていく。13:50イスラム系住民が多いアクラナ(Akurana)の町を通り過ぎる。所々に製材工場があり原木はヤシの木が大部分、非常に硬くて丈夫であるらしい。14:10スリランカ一の大河マハヴェリ川の河畔にあるペーラデニア植物園に到着。総面積5.6平方キロメP1090283ートル、植物の種類は4,000種以上もあるとのこと、1時間の見学時間ではとても足りない。それでもプラバート氏は熱心に案内してくれる。 セーシェル諸島のプララン島原産の双子ヤシ、ミャンマー原産の世界最大の竹GIANT BAMBOO、日立のCMにそっくりの大ジャワ・ビンロー、天皇陛下が皇太子時代の1981年3月5日に植樹された記念樹など。運良く園内の倒木にイグチ科のきのこが発生しているのも観察する。それにしても若いカップルが多い。園内のベンチの競争率は極めて高いらしく、開園と同時に埋まってしまうとか、あちらにもこちらにもアツアツの姿が見られる。入園料は我々外国人は600円、現地の人は30円、何と20倍もの開きがある。植物園を後にし、キャンディへ向う途中、一軒のシルク屋でトイレを借りる。そこの可愛い売り子にせがまれて、ついつい日本から持ってきた団扇をあげてしまう。この先もスリランカ旅行には欠かせないのに・・、年々歳々美人の定義がゆるくなる、困ったものである。先ずレーク・ビュー・ポイントなる見晴台に上がり、キャンディ市街地と仏歯寺、キャンディ湖を眺める。キャンディ(Kandy)は、2,000年以上続いたシンハラ王朝の最後の都である。 1592年の遷都から、イギリスの完全植民地化によP1090322り滅亡する1815年まで、シンハラ文化の華を咲かせた古都である。町の中心にある仏歯寺(ダラダー・マーリガーワ寺院)には、紀元4世紀にもたらされたと伝えられる仏陀の犬歯が祀られており、かつては王権の象徴として、現在はスリランカ仏教徒の信仰の中心として、大切に護持されている。仏歯寺へ参拝に下りると、門前は全国からやって来る善男善女で大賑わいの有様。内部は柱も壁も天井も極彩色の仏教彫刻や壁画で彩られ、贅の限りを尽くした壮麗な寺院である。建物の中心に仏歯を祀る仏歯堂があり、2階正面扉前は祈りを捧げる敬虔な信者で溢れている。お賽銭をあげ、短く真言を唱える。P1090326仏歯堂1階の象牙で結界された祭壇の黄金仏、彫刻の門、永平寺寄贈の梵鐘などを巡って拝観を終える。この頃から又も同行のメンバーに「町村さん」と呼ばれるようになる。他人が見るとよっぽど似ているらしい。やれやれ、若い時分は円月殺法の市川雷蔵似と言われたものを・・、まあ、旅も4日目、お互いに打ち解けてきた証であろう。その足で、近くのキャンディ芸術協会で行われるキャンディアン・ダンスの鑑賞に廻る。17:30から1時間、ドラムを激しく連打するマグル・ベラに始まり、女性達が優雅に舞うプージャ・ナトゥマ、 戦場へ赴く勇士を表すパンゼル・ナトゥマ、コブラの踊り、仮面をつけた悪魔祓いの踊りラクッシャ・ナトゥマ、勝利を祈るP1090327孔雀の舞いマユラ・ナトゥマ、ラパンの踊り、ヴェの踊り、燃え盛る松明を肌に押し付けたり口に含んだりするギニ・シシーラ、最終章の火渡りの儀式と全10幕が息継ぐ間もなく次々と繰り広げられる。燃え盛る炭火の上を裸足で歩くなぞ人間業とは思えぬが、よくよく見ると彼等の足裏は靴底のように分厚い。普段から素足で暮らして鍛え抜いてあり、我々のような柔な足とは全く異なる。19:00山上に建つホテル・トパズにチェックイン、112号室に入る。19:30からレストランで夕食、ココナツミルク入りお椀型クレープのアーッパ(Appa)に、激辛野菜炒めやチリ・ソースを乗せて食べる。辛いのでライオンビールが美味い。部屋に戻り、シャワーを浴び髪を洗う。ガイドブックを眺めるうちに眠くなる。(続く)

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スリランカのビール

今回のスリランカ旅行中に飲んだビールは2種類、ライオン・ラガー(LION LAGER)とゴールドブリュー・ラガー(GOLDBREW LAGER)である。1881年創業のLION BREWERY社が造るライオン・ラガーはナショナルブランドであり、各地のホテルやレストランに万遍なく置いてある。一方、ゴールドブリュー・ラガーはローカルビールらしく、ポロンナルワ市の宿泊先のレストランで出合っただけである。いずれも625ミリリットル入りの大瓶で、値段はライオン・ラガーが320~380円、ゴールドブリュー・ラガーが300円と格安。ツーリスト価格にしてもスリランカは良心的である。色調はやや濃く、赤味がかっている。香味はしっかりしており、喉ごしもまずまず。スリランカは1815年以来130年間、イギリスの植民地支配を受けていたので、てっきりエールタイプかと思ったが、しっかりと低温熟成させたラガービールのようである。能書きはともかく、蒸し暑いスリランカで飲む冷たいビールには、人生の至福の味がする。P1090255 P1090258

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古代都市シーギリアと古都ポロンナルワ

2009年4月25日(土) 5:45起床、エアコンは静穏だったが今度は蚊がうるさい。コンセントが一個しかなく、デジカメ充電に当てたため電気蚊取り線香が使えない。夜中3匹撃墜、2箇所刺される。やれやれ。6:30から朝食、目玉焼きとバナナを食べ紅茶を飲む。7:30出発、いよいよ旅のハイライト、世界遺産「古代都市シーギリア」観光へ向う。早朝なので野生動物が見られるかもと、バスはジャングルの中の間道を進む。スリランカには、アジア象、イノシシ、サンバー(大鹿)、ヒョウなど大型の動物が棲息し、国立公園や自然保護区ではサファリも行われている。P1090293 そこまでは行かないが、雉、孔雀、ジャッカル、マングースなどを見ることが出来、ミニサファリを味わう。世界広しと雖も、スリランカほど人間と動物が蜜月状態で暮らしている国はなく、まさに野生の王国である。最後のアクセス道路は藪の小道、突然の大型バスの進入に驚いて黒い蜂がぶんぶん襲いかかる。8:40シーギリア到着、都城を囲む堀を渡り参道に入る。左右は水の広場と呼ばれる庭園で、沐浴場や噴水設備跡も見られる。前方に切り立った赤褐色の岩山、シーギリアロック(獅子の山)が現れる。ちょっと登れそうもないほど威圧感がある。この山上に王宮が築かれたのは5世紀後半、狂気の王カッサバ1世の時代である。短命政権であったため僅か11年で廃都とP1090294 なったシーギリアが、今ではスリランカを代表する観光資源となっている。蓋し歴史の皮肉である。山頂までは1,200段の階段があるという。この暑さの中、山寺(1,000段余)以上の階段登りかと思うとうんざりするが、天女達(シーギリア・レディ)に逢わずには帰れない。たちまちヘルパーと称する地元の人々が「アシスタント!、アシスタント!」と言いながら寄って来る。階段で手を引いたりお尻を押したりしてくれるそうであるが、中には悪質な者もいるというので用心して誰も頼まない。ピンク大理石製の石段を延々と昇って行く。プラバート氏も心得たもの、見晴らしの良いP1090297 箇所で、都度休憩を入れてくれる。途中の石窟の天井に天女の絵が2体かすかに残るが、劣化が進んでおり、顔や持物はわからない。中腹のミラー・ウォール(鏡の回廊)に辿り着くと、そこからは岩壁を垂直に登る螺旋階段が待ち受ける。周囲を金網で囲っているので危険はないが、下界の見晴らしが良すぎるため高所恐怖症の人は堪らない。螺旋階段の最上部にオーバーハングした岩壁があり、天女像はそこに描かれている。見学用の足場が岩壁に沿って横に延びる。一応遮光用の布がかけてあるので恐怖感はないが、布の隙間から見える足下の高度感はP1090295 妙義山の丁須岩をも凌ぐ。足場板に乗る人の人数制限もしていない様子、ひやひやする。嘗ては500体ほど描かれていたという天女のフレスコ画も、1,500年の風雨に晒されるうちに殆どが失われ、現在残っているのは僅かに22体(18体、23体とする資料もある)である。いずれも妖艶な美女が散華している様子を描いたものであるが、完成当初は極楽浄土もかくやの華やかさであったろう。最初の6体を撮影していると、監視人(?)が手招いてくれ、仕切りの奥にある7体の写真も撮るよう勧められる。後で1ドルのチップを請求されたが一体あの人は何者、遺跡の管理はどうなっているのだろう。それはともかく、お陰で13体もの天女像に出逢え大満足、P1090302確かにスリランカ美術の白眉といえる。螺旋階段を下り、ミラー・ウォールを通り抜けて、 中腹にある広場、ライオンの入口に辿り着く。ミラー・ウオールには7~11世紀頃シンハラ文字で彫られた叙事詩が残されている。ライオンの入口は、今でこそ頭胸部が崩れ落ち、前足の爪の部分しか残っていないが、往時の威容が十分窺える。そこから山頂まで岸壁に沿う急な鉄製階段が延びている。そこで21人中10人がリタイア、木陰で待機することに。10:10山頂着、風が涼しい。石積みの基壇と貯水池が残るだけの王宮跡から360度の展望を楽しむ。視界を遮るものは何もなく、シーギリアの中原は緑濃い。P1090304 下りにかかると突然蜂の大群が現れる。真っ黒な小型の蜂でスズメバチではなさそうであるが、黒雲の湧く勢いで恐ろしい。刺されて病院行きになった団体もあるとのこと、事実、ライオンの入口広場には避難小屋もある。良く見ると断崖のあちこちに蜂の巣がぶら下がる。蜂を刺激しないようにそおっと静かに下りる。ミラ・ウォールを通り抜けると一安心、そこから下り専用の階段を下りる。玉座のある会議堂跡、礼拝堂、コブラ岩などを見物しながらバスに戻る。それにしても他に外国人観光客の姿は殆どない。クラ・ツーの団体パック旅行も今回が再開2回目、やはり内戦が影を落としている。シギリ貯水池越しのシーギリアロックを眺めた後、近くのホテル、シーギリア・ヴィレッジで中食をとる。野菜カリーとパパダンとフルーツサP1090307ラダを食べ、コーラを飲む。食後プールサイドの長椅子でまどろめば、もう何も言うことなし。 12:30出発、世界遺産の「古都ポロンナルワ」観光のために引き返す。スリランカの人々はフレンドリー、大人も子供も観光バスに笑顔で手を振る。ポロンナルワは米作地帯、水源となるパークラマ・サムドラはスリランカで3番目に大きい貯水池とのこと、貯水池といっても広大で周囲30キロメートル、とても人口湖とは思えない。全国に大小10万箇所の貯水池があるらしく、シンハラ王朝は紀元前後の早くから灌漑用貯水池を建設するなど、高度な土木技術を有していたのである。因みP1090306に米の値段が1キログラム65円、月給は平均2万円(都市労働者?)というから、物価は日本の10分の1程度と思われる。農業国で貧しいけれども、イモ類などを豊富に産し、喰うには困らない。 人々の表情が穏やかな理由であろう。14:00からポロンナルワの遺跡地区見学、ポロンナルワは、10~12世紀にシンハラ王朝第二の都(アヌラーダプラから遷都)があった所で、中世スリランカ美術が花開き、南アジア屈指の仏教都市として繁栄した歴史を持つ。一箇所目は「石立像」、最盛期の王、パラークラマ1世の像とされる。貝葉(ばいよう)と呼ばれる仏典を両手に持つ姿は、王が敬虔な仏教徒であったことを示している。それにしてもこの時間帯は暑さがピーク、くらくらする。二箇所目は「ポトグル・ヴィハーラ」、図書館跡とのことである。三箇所目は「ポロンナルワ博物館」、館内は冷房なしのサウナ状態、遺跡修復前後の写真や復元模型などが展示されている。四箇所目は「宮殿跡」、現在は3階部分までしか残っていないが、かつては7階建ての壮麗な建造物で、部屋は50室P1090309 (一説には1,000室)もあったらしい。鰐口の水樋がある沐浴場、獅子像が印象的な閣議場も見学する。バスに乗ったり降りたりして短時間移動の繰り返し、ひどく疲れる。五箇所目は遺跡群の中心「クワドラングル」(ダラダーマルワ寺院)、円形仏堂ワタダーゲに登壇し、真言を唱えながら中心仏塔を時計回りに一周する。その外、蓮の茎を模った石柱が並ぶラター・マンダパヤ、孤高の立像(弥勒菩薩像とも)、7階層の塔サットマハル・プラサーダ、ヤシの葉の本の形をした大石碑ガル・ポタなどを見学する。六箇所目は「ランカ・ティラカ仏堂」、一番奥に高さ13メートル、P1090316 頭部の欠けた巨大なレンガ製仏立像が祀られている。その前でも真言。最後は「ガル・ヴィハーラ寺院」、自然石に彫り出された14メートルの涅槃像、7メートルの立像、4.6メートルの坐像が左から右に並んでいる。衣の二重線はポロンナルワ独特の様式とか、いずれの仏像も穏やかな良いお顔をしている。お賽銭をあげて般若心経を唱える。夕方になり漸く涼しくなる。17:00バスに戻りホテルへ向う。部屋に入るとエアコンが効いておりほっとする。お湯を沸かしカップ・ヌードルを食べる。旅先ではこれが一番美味い。19:30からの夕食は前日と全く同じ料理が並ぶ。早くもスリランカ料理に食傷気味、ゴールドブルー・ラガーを1本飲む。部屋に戻り「秘密」の続きを読むうち、ポロンナルワの夜が耽る。(続く)

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黄金寺院ダンブッラと聖地アヌラーダプラ

2009年4月24日(金) 5:15起床、空調の音がうるさく良く眠れず。6:00SCをドアの外に出し食堂へ行く。小振りのバナナを食べ紅茶を飲む。昨夜の到着時は暗くて分らなかったが、シーサイドに建つリゾートホテルである。それなのに僅か7時間、それも寝るだけの滞在では勿体無い。7:00出発、40席以上ある大型バスに現地ガイドのプラバート氏、添乗員のY嬢を含めても22名乗車なので、一人2席を占めゆったり。先ずは世界遺産「黄金寺院ダンブッラ」観光へ向う。幹線道路とは思えないほど道幅が狭く、対向車が来るたびにスピードダウンを余儀なくされる。車内でメモしたり写真を撮ったりするのが困難なほど凹凸もある。信号は全くない。P1090287沿道の樹木はチーク、バナナ、マンゴー、ヤシなど、水田も広がる。日本以上に緑が濃い。 昨日の強行軍の疲れからついつい居眠り、プラバート氏の日本語は達者であるが、その説明を殆ど聞き逃す。クルネーガラの町に入り、湖畔のホテルで少憩。対岸に聳える岩山(クルネーガラ・ロック)の上に白い大仏が鎮座するのが見える。陽射しが強く、人間も動物も緑陰に宿り涼をとる。スローライフのお手本のよう、ここでは時間がゆっくり流れている。10:45ダンブッラの町に入る。文化三角地帯(アヌラーダプラ、ポロンナルワ、キャンディの3都市を結んだ三角形に囲まれる地域を指し、世界P1090286有数の仏教遺跡群が残る地として知られる)の中心に位置するダンブッラに、スリランカ最大の石窟寺院を建立したのは、シンハラ朝第19代王ワッタガーマニー・アバヤ王(在位BC89-BC77)である。 参道入口の建物の屋上に巨大な黄金大仏が鎮座する。駐車場から参道を登っていくと、石窟寺院がある岩山の頂上部がのしかかるように迫る。眼下の中原に眼を転じると、遥か彼方にシーギリア・ロックが望める。寺院に入る前にプラバート氏から「仏像との記念写真は禁止、即ち仏像にお尻を向けて一緒に写真に収まってはいけない」との注意を受ける。仏像の法力が失P1090288われることを恐れるらしい。手前の第一窟から一番奥の第五窟まで駆け足で拝観する。各石窟には名前が付けられており、最も古い第一窟はデーワ・ラージャ・ヴィハーラ(神々の王の寺)、そこにはこの寺院最大の仏像、約14メートルの涅槃像が横たわる。 後の壁と同じ自然石に彫られたもので、金箔に覆われている。第二窟以降にも夥しい数の仏像が収められ、全部で160体余もあるとのこと。仏像はもとより、壁も天井も色鮮やかに彩色されており、意外に古さを感じない。時の王朝により何度も修復が重ねられたと聞いて納得する。時間がないので各窟の主尊の前で短く真言のみを唱える。12:00バスに戻る。次は同じく世界遺産の「聖地アヌラーダプラ」観光、バスは北へ向ってひた走る。車窓に岩山がぽつりポツリと現れる。ダンブッラやシーギリア・ロックのような岩山はスリランカに沢山存在し、いずれも遥か昔から神域としてP1090289人々の信仰を集めている模様。13:30アヌラーダプラの新市街にあるレストランに到着、昼食をとる。早速スリランカのビール、LION LAGERを飲む。製造元のLION BREWERY社は1881年の創業というから、アジアで最も歴史あるビールメーカーのひとつである。大瓶(625ミリリットル)が350円と嬉しい限りであるが、昼酒に顔が赤くなる。 料理もスープもピリ辛なのでビールが美味い。名物の水牛乳のヨーグルトを試食、ヤシ蜜をかけるとなかなかいける。14:50からアヌラーダプラ遺跡地区を巡る。アヌラーダプラは紀元前5世紀から10世紀末までの1400年間、シンハラ王P1090290朝最初の都が置かれた所である。紀元前3世紀、仏教に帰依したデーヴァナンピヤ・ティッサ王は、この地に多数の寺院や仏塔を建立し、また、仏陀が悟りを開いたインド・ブッダガヤから菩提樹の枝を分けてもらい移植した。それ以来、アヌラーダプラはスリランカ仏教発祥の聖地として崇められている。 最初に紀元前3世紀建立の「イスルムニア精舎」を 拝観する。ティッサ・ウェア湖畔の岩山に寄り添うように建つ小さな御堂に参拝した後、本堂に上り、真紅の袈裟を纏った大きな涅槃物を拝観する。掌と足の裏も真紅に塗られているのは何か意味があるのだろうか。傍らの宝物館にある恋人の像(The Lovers)は5世紀の作品、インド・カジュラーホの寺院で見たミトゥナ像よりもずっと上品で微笑ましい。御堂の背後の岩山に登り、東方遥かの山上に白い仏塔(マハー・サーヤ大塔)が建つ聖地ミヒンタレー(真の仏教伝来地)を眺める。岩山の登り口にある巨岩は、筑波山の弁慶の七戻石そっくりである。それにしても暑い。境内に入る前に靴を脱ぎ帽子も脱がねばならないのP1090291で尚更である。二箇所目は「ルワンウェリ・サーヤ大塔」、紀元前2世紀に建立された世界最大級の仏塔である。現在の高さは55メートルだが、完成当初は110メートルもあったそうな、年一回石灰で化粧直しされる巨塔は、蒼天をバックに純白に輝き圧倒的存在感がある。基壇上に設けられた供花台の蓮の花は、お参りする人が去った途端、たちまち野猿(スリランカ・ハイイロオナガザル)に食べられる。まあ、これも供養なのであろう。 真言を唱えながら時計回りに大塔を一周する。三箇所目は「スリー・マハー菩提樹」、ルワンウェリ・サーヤ大塔から参道を南に500メートルほど歩いた所にある。分け枝がブッダガヤから運ばれたのが紀元前3世紀というから、それが本当なら樹齢2200年以上になる。けれども幹も枝も細く、それ程の巨樹古木には見えない。きっと何回か代替わりしているのであろう。それでも周囲に白壁をめぐらし、横枝には何本もの黄金の支柱を当てて大事に大切に祀ってある。ハスの花を抱えた人々が続々とお参りにやってくる。同じ仏教徒といってもP1090292日本人より余程信仰心が篤い。史跡公園内には沢山の野猿、リス、アマサギなどが遊ぶ。スリランカでは人間と動物が共生していて全く隔てがない。アヌラーダプラにある三大仏塔の残る2つ、アバヤギリ大塔とジェタワナ仏塔も見学したかったが、パック旅行ではままならない。17:00バスに戻り、宿のあるポロンナルワへ向う。18:40ギリタレ貯水池の湖畔に建つロイヤル・ロータスホテルにチェックイン、212号室に入る。昨日のホテルより高級、ここに2連泊は嬉しい。やはり電気式蚊取り線香が備えてある。19:30からレストランで夕食、GOLDBREW LAGERの大瓶を飲む。スリランカ料理はインドのカリー料理よりはましで何とか食べられる。ホットシャワーで汗を流すと21:45、即寝る。(続く)

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