安宅関址(石川県小松市)

Pb0303732017年11月3日(金) 肩が痛くてハンドルを握るのも辛く、柏へ直帰したいのだが、歌舞伎好きの家人のたっての願いで勧進帳で有名な安宅関址へ立ち寄ることに。安宅関は芭蕉の「おくのほそ道」にも曾良の「曾良旅日記」にも言及がないので、実在したのかどうか怪しいが、まあ仕方がない。10:15安宅関駐車場到着、一帯は海岸に近い松林、きのこが出そうな雰囲気の良い所。遊歩道を歩いていくと、金毘羅社と安宅住吉神社が建ち、七五三の家族連れで賑っている。お参りした後、巫女さんの勧めるままに勧進帳の説明を聞いてしまったので、弁慶の「難関突破お守り」を受け、800円を納める。松林の中で「安宅関址」の石碑を見学し、海岸Pb030375へ出て、与謝野晶子の歌碑「松たてる安宅の砂丘その中に清きは文治三年の関」、及び二代目市川左團次をモデルとした富樫像(1966年制作)と七代目松本幸四郎をモデルとした弁慶像(同)と義経像(1995年制作)を眺め、10:50車に戻る。小松ICから北陸道に乗り徳光PAで運転交代、12:25有磯海PAで昼食、白えび天ぷらそばを食べる。15:15松代SAでシナノスイートと秋映の2種類のリンゴを購入、16:00佐久平PAで運転交代して高坂SAでガソリン補給、19:45無事帰宅。この4日間の走行距離1,457㎞、福井は遠い。

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東尋坊(福井県坂井市)

Pb0303582017年11月3日(金) 6:15起床。今朝も部屋食、ウグイスパンと春雨スープ、リンゴを食べ、コーヒーを飲む。7:35三日間お世話になった福井アカデミアホテルをチェックアウト、東尋坊へ向かう。8:30二回目となる東尋坊着(前回は2011年5月15日)、海鮮処夕なぎの無料駐車場に車を入れる。海岸へ出て、千畳敷と三段岩を眺め、高浜虚子と森田愛子、伊藤柏翠Pb030350の句碑を眺めてから引き上げる。
「野菊むら東尋坊に咲き乱れ」(虚子)
「雪国の深き庇や寝待月」(愛子)
「日本海秋潮となる頃淋し」(柏翠)
次は安宅関址へ。

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若狭国一之宮 若狭彦神社/若狭姫神社(小浜市)

2017年11月2日(木) 若狭彦神社(上社)の所在地は、福井県小浜市竜前28-7、祭神は彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、創建は霊亀元年(715)。若狭姫神社(下社)の所在Pb020319地は、小浜市遠敷(おにゅう)65-41、祭神は豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、創建は養老五年(721)。
15:10 若狭姫神社到着、駐車場はなく、社の前を流れる掘割の傍のスペースに駐車。早速拝殿にお参りする。また、拝殿左側の瑞垣内に聳えるご神木「若狭一宮の千年杉」にも、作法通り下から梢を眺めて願い事をひとつ。それから南へ1.5㎞と云う若狭彦神社へ歩いて向かう。随分遠い。2~3㎞あるのでは。竜前地区の山裾に鎮座する若狭彦神社の参道を進むと、二の鳥居代わりの二本の大杉が聳え、次いで幹が2本に分かれた夫婦杉が現れる。こちらの境内は更に神さびている。すでに夕刻、境内には誰もいない。拝殿に参拝し直ぐに引きあげる。帰りもテクテク、16:20車に戻る。帰路は敦賀ICから北陸道に乗り、福井北ICで降りて、娘夫婦の社宅に18:45帰着。夕食に娘の手料理を御馳走になってからホテルに戻る。
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若狭小浜土産/焼鯖とエイひれ

2017年11月2日(木) 蘇洞門めぐり遊覧船乗り場のある若狭フィッシャーマンズ・ワーフの物販コーナーで土産ものを物色、娘は1尾1,200円の大きな焼鯖とホタルイカの瓶詰を、私はエイ鰭を2袋1,000円で購入しました。サバは婿殿の大好物、脂がのっていて実に美味しかったとのこと。ベトナム産のエイ鰭は、軽く炙ってビールのお供に、これまた結構な味でした。 
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蘇洞門巡り(小浜市)

Pb0202672017年11月2日(木) 小浜駅前で美味しい海鮮丼を食べて満足したので、次は若狭湾国定公園の景勝地「蘇洞門(そとも)」巡りへ。蘇洞門は、小浜湾の東側に位置する内外海(うちとみ)半島北側の海岸にある海蝕洞で、花崗岩が日本海の波の作用で削られ、奇岩・洞門・洞窟などが6㎞にわたって続き、豪壮な景観をなしている。駅前から遊覧船乗り場のある若狭フィシャーマンズ・ワーフへ移動、何とか14:00の出航時刻に間に合う。料金は大人2,000円、所要時間は50分。早速桟橋から、のちせ号に乗り込み、見晴らしの良い甲板デッキに陣取る。のちせ号は総トン数19トン、航海速力24ノット、定員90名である。Pb020301一緒に乗船したのは20名ぐらいか、スカスカ。今年の2月、同じような景観が売りの、北長門海岸国定公園・青海島(おおみじま)で遊覧船に乗った時は荒天、海は時化てジェットコースターに乗ってるような大揺れの連続、景色を見るどころではなかったが、今日は秋晴れの好天でクルージングの醍醐味が楽しめる。船は松ヶ崎の鼻を回って小浜湾の湾口を出てからスピードを落とし、「鎌の腰」、「唐船島」、「あみかけ岩」、「夫婦亀岩」、「白糸の滝」、「大門・小門」などの奇岩や洞門、断崖美とを巡っていく。やや波が荒く、最大の見どころの大門・小門に上陸できなかったのは残念。まあ陸中海岸の北山崎や下北半島の仏ヶ浦を見てしまうと、吃驚するような景色でもないが。大門・小門の前で反転し帰港する途中、大島半島側に建つドーム状の大飯原子力発電所を眺める。14:50帰港、フィッシャーマンズ・ワーフ1階のうまいもん売店で、土産物を買ってから、若狭国一之宮の若狭彦神社&若狭姫神社へ向かう。

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小浜名物・海鮮丼

2017年11月2日(木) 13:10小浜駅前に到着、お食事処はまがわの駐車場に車を駐める。人気店らしく店内は遠来の客で混んでいる。店長の一押しメニュー、海鮮てんはま丼(1,300円)を注文、イカ、鮭、イクラ、甘えび、ブリ、ヒラメが乗っており、ネタが新鮮でおいしい。14時発の蘇洞門(そとも)巡り遊覧船に間に合うように店を出る。
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三方五湖・レインボーライン

2017年11月2日(木) 10:55三方五湖レークセンター到着。三方郡美浜町は、さだまさし原作の同名小説を映画化した「サクラサク」(2014年公開)のロケ地になったらしく、あちこちに看板が建つ。九々子湖(くくしこ)の湖畔に建Pb020217つレークセンターは、日向湖(ひるがこ)を除く4湖巡り遊覧船の発着場であったが、客足が減少し2016年12月末で休業、遊覧船も丘に引き上げられ、侘しい姿を晒している。「サクラサク」のロケ地効果も3年経って薄れたらしく誰も人がいない。レインボーラインの日向料金所に着くと、普通車(軽も同じ)の通行料金1,040円のところ、割引期間とのことで半額の520円、有難い。第一展望台で日向湖と九々子湖を、第二展望台で日本海と左手の海岸線を、第三展望台で同じく日本海と右手の海岸線を眺める。第三駐車場では三方五湖Pb020239が見渡せるが逆光で写真を撮るにはいまいち、山頂直下の第一駐車場に上がる。そこから梅杖岳山頂公園(標高400m)へ上がる遊歩道が見つからず、仕方なく往復800円の料金を支払いリフトに乗る。リフトとケーブルが並行して走っており、どちらを利用しても構わないが、僅か2分、標高差にして100mくらいなのに料金が高過ぎる。山頂公園展望台から三方五湖の5つの湖、即ち三方湖(みかたこ)、菅湖(すがこ)、水月湖(すいげつこ)、九々子湖、日向湖が見渡せるが、各湖が水路でつながっているので、大きな一つの湖に島が浮かんでいるように見え、さほど感動するような景Pb020247色でもない。その上、山頂公園には、客寄せのためか、それともケーブル&リフト料金のコスパ・アップの為か知らないが、恋人の聖地の碑、和合神社、誓いの鍵、天狗堂、かわらけ投げ、友好の鐘(中国古鐘研究会から寄贈された編鐘の複製品、本物は1977年湖北省で発掘された紀元前5世紀のもの)、カブトムシの館、ヘラクレスオオカブトムシの像、五木の園(美浜町出身の五木ひろしの功績を讃えて設置)、バラ園、短歌の小道、めだか村、休憩室など、雑多な施設がごちゃごちゃと置かれている。三方五湖の眺めひとつを売り物にして、リフト&ケーブルの料金を下げる方がベター、感心しない。12:10早々に車に戻り、昼食に海鮮丼を食べようと小浜へ向かう。

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越前国一之宮 気比神宮(敦賀市)

2017年11月2日(木) 6:00起床。今日も朝は部屋食、アンパンとフルーツヨーグルトを食べコーヒーを飲む。今日は主に一之宮巡り、7時45分に福井アカPb020194デミアホテルを出発し、文京5丁目の社宅へ寄って娘をピックアップ、先ずは気比(けひ)神宮へ。気比神宮の所在地は、敦賀市曙町11-68番地、祭神は伊奢沙別命(いざさわけのみこと)、創建は大宝二年(702)。
福井ICから北陸道に乗り、敦賀ICで出て、9:45気比神宮駐車場到着。国指定重要文化財の大鳥居を見物に行くと、生憎修繕工事の最中で拝めない。現在の鳥居は正保二年(1645)小浜藩主酒井忠勝公の再建、高さ三十六尺(10.9m)、柱間二十四尺(7.3m)で、春日大社、厳島神社の大鳥居と並ぶ日本三大木造鳥居として名高いとのこと、竣工予定は今年の12月Pb020197末、遥々やって来たのに残念。拝殿にお参りし、そこに展示されている大鳥居の扁額「氣比神宮」(1901年制作、高さ2m、幅1.5m)を見物してから境内を一巡り。一角に芭蕉像が建つ。敦賀信用金庫創立五十周年記念(1982年11月13日)事業として、日本芸術院会員・富永正樹氏に依頼して制作されたもの。「おくのほそ道」によると、芭蕉が気比明神に参詣したのは元禄二年(1689)八月十四日(陽暦9月27日)、敦賀の名月を愛でて詠んだ『月清し遊行のもてる砂の上』の句碑が建っている。その句碑の後ろの樹齢七百年のタブの大木や市指定天然記念物のユーカリの巨樹を眺めてから退出、次は三方五湖のレインボーラインへ。

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平泉寺白山神社(勝山市)

2017年11月1日(水) 平泉寺白山神社(へいせんじはくさんじんじゃ)の所在地は福井県勝山市平泉寺町平泉寺56-63。主祭神は伊弉冊尊(いざなみのみこと)。養老元年(717)、白山を開山した泰澄禅師によって開かれたと伝わる。白山信仰の越前側の禅定道の拠点(越前馬場)として山伏僧兵Pb010152が集まるところとなり、室町時代後半の最盛期には、48社、36堂、6千坊、僧兵8千人の巨大な宗教都市を形成した。寛政八年(1796)江戸幕府の裁定により、白山山頂が平泉寺領と定められ、白山頂上本社の祭祀権を獲得した。明治時代までは霊応山平泉寺という天台宗の有力な寺院だったが、神仏分離令により寺号を捨て神社となって今日に至る。
14:10駐車場着。今年が開創千三百年、そのせいか奥越の山の中であるに関わらず参拝客が結構多い。老杉が林立し苔むした参道を緩く上っていく。福井の苔寺と称されるPb010180らしいが、本家の西芳寺より素晴らしく、幽玄な雰囲気が漂う。一の鳥居をくぐり、国指定名勝の旧玄成院庭園、御手洗池に立ち寄り、二の鳥居をくぐる。その辺りから眺める拝殿へ延びる参道と、樹木の間一面を埋める緑の苔の景色は何とも厳かな雰囲気、霊域、神域として申し分ない。安政六年(1859)造営の簡素な造りの拝殿にお参りする。拝殿に掛かる「中宮平泉寺」の扁額は一品天眞親王の筆。天正二年(1574)兵火にかかって焼失する以前は、正面四十五間という我が国最大の拝殿であった由、その礎石が左右に残っており、往時の威容を偲ぶことができる。拝殿の後ろにPb010164回り、石段を昇って御本社にお参りする。寛政七年(1795)の造営で祭神は伊弉冊尊。御本社の右に天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)を祀る別山社、左に大己貴尊(大国主)を祀る越南知社(おおなむちしゃ)を配し、三社は白山山頂の三山のそれぞれの神を祀っている。たいていの参詣客はそこまでで下山するが、我々は更に最上部の三ノ宮と大楠公墓所まで上り詰める。三ノ宮は明治二十二年(1889)の改築、安産の守護神とのこと、その左手に建つ楠木正成公墓塔は、延元年間(約650年前)の建立。吉川英治著の「私本太平記」を読んだばかりなので、大楠公墓所には懇ろにお参りする。三ノ宮の後ろが白山禅Pb010174定道平泉寺登拝口、一本の山道が杉林の中を劔ノ宮へと続き、究極には白山御前峰へと登っていく。それを確かめて引き返し、途中、開山社にもお参りし、15:20車に戻る。福井市へ戻る途中、勝山市内の越前大仏(清大寺)に寄ってもらったが、広大な駐車場に参拝客の車は僅かに1、2台、門前町は軒並みシャッターが下りているし、がらんとして不気味だったので拝観は諦める。16:10無事社宅到着、娘は丸一日ひとりで長距離を運転し大分疲れた様子なので、夕食は適当に外で食べることにして福井アカデミアホテルへ引き上げる。(続く)

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十割そば処・七間本陣(大野市)

2017年11月1日(水) 12:40御清水(おしょうず)前駐車場に着く。娘が2リットルペットボトル2本に湧水を汲む。一口飲んでみると軟らかい味、うまい水である。七間通りを散策した後、十割そば処・七間本陣に入り、本陣そば五間盛り(2~2.5人前)を食べる。おろしと胡麻だれとで味わったが、越前そばは香りが高く味が良い。次は平泉寺白山神社へ。
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