寺泊海岸温泉「美味探求の宿 住吉屋」3日間

2019年12月1日(日) 10:50のバスで北小金駅へ。今日から長岡市の寺泊へ2泊3日の旅、妻が会員の大人の休日倶楽部主催の『日本海を望む!寺泊海岸温泉「美味探求の宿 住吉屋」3日間』に参加、先日の私の誕生日祝いに妻のご招待、後が怖いが。12:10上野駅新幹線ホームに着いて弁当を食べる。12:46発Maxとき321号の普通指定席に乗り込むと、席は二階建て車両の1階、外の景色は楽しめない。14:36燕三条駅到着、迎えのマイクロバスに乗りこむ。30分ほど走って15:30、寺泊港が目の前の、元禄年間(1688-1703年)創業の歴史ある宿、住吉屋到着。風待ちする北前船や佐渡渡りの船の船頭や船客目当てに開業したものか、今は6階建ての中規模旅館である。大人の休日倶楽部のメンバーは10名、内訳は夫婦3組、母娘1組、男性と女性の一人参加が2名。
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割り当ての最上階603号室に入る。純和風の10畳間で、エアコンが備えてあり、ユニットバスがあり、トイレはウオシュレット。座卓と座椅子があるが、椅子やソファがないので立ったり座ったりが一苦労、年寄りには辛い。お茶請けの新潟の月とワカメ煎餅を食べ、お茶を飲んでから宿の付近を散歩(16:00-17:00)。裏口から出て、日蓮上人像→寺泊港→みなと公園→魚の市場通り(通称魚のアメ横)と歩く。寺泊港では日本海に沈む夕日を見たが水平線に雲が多く今一、みなと公園ではクロマツ林を覗いてみたがシモコシ(キンタケ)は見当たらず。寺泊随一の観光名所、魚のアメ横は国道402号線沿いに10軒ほどの魚屋、食堂、土産物屋が並び、道路を挟んだ海側に大駐車場がある。店舗は関東で馴染みの角上魚類をはじめ、寺泊中央水産、山六水産、活きガニ海産金八、食堂まるおか、清起商店など。
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辺り一面に香ばしく漂う匂いの元は名物の浜焼き、大勢の観光客が店外のテーブルや長椅子に座って、アカウオ、イカ、サバ、ノドグロなどの串焼きに舌鼓を打っている。協定料金なのか、浜焼きはどの店もほぼ同価格である。今の時期、店頭で一番目立つのはズワイガニ、中型一杯が2、3千円、どうも安いと思ったら、生ガニではなく冷凍品のようである。また、正月用の新巻きサケも店の裏手に沢山吊るし干しされている。
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寺泊産のギス(10尾一皿、200円)、舌ビラメ(2尾あるいは3尾一皿、500円)、トラギス(一皿7尾、300円)は驚くほど安いが、新潟産ノドグロの大きい物は2尾2,300円、あるいは3尾2,800円とやっぱり高級品、生のメガニ(ズワイガニの雌、新潟産)も5匹1,500円の値がつけられている。更に、秋田県産のハタハタ、千葉県産のホンビノスガイ、鳥取県産のツブガイなど県外産の魚介類の取り扱いも多い。美味探求の宿の今宵の食事に期待して、何も食べずに宿に戻る。18:00-19:10四階中宴会場にて夕食、メバル・甘エビ・ぶり・イカのお造り、茹でズワイガニ丸ごと一杯、ホンビノスガイとエビの鍋物、エビ・キス・シイタケ・シシトウの天麩羅、煮魚(鮭?)、クチボソカレイ(マコガレイ)の焼き物、イカの塩辛、イクラの大根おろし和え、ホタテの炊き込みご飯、ワタリガニのカニ汁、香の物と海の幸がてんこ盛り、私のような魚好きには堪りません。キリンラガーの中瓶(仙台工場製)を飲む。
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部屋に戻って一休みしてから二階温泉大浴場へ。男湯はかもめの湯、大浴場といっても左程広くはなく、洗い場は6口、浴槽も7人前後入るのがせいぜいで、お湯はぬるめ。源泉は寺泊温泉2号井、泉温14.8℃、pH7.7。鉱泉の沸かし湯で、加温、加水、循環、塩素殺菌と何でもあり、お湯は無色透明、かすかに硫化水素臭はあるが、期待外れ。シャンプーやボディソープは資生堂製品である。蒲団に腹ばいになって「飢餓海峡」を読み、22時過ぎ就寝。(続く)

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弘前城

P9200248 2019年9月20日(金) 14:00アクアグリーンビレッジANMONを後にし弘前へ向かう。途中、津軽白神湖(旧美山湖)を眺め、30Km余走って、14:45弘前文化会館駐車場に車を入れる。敷地内に津軽藩藩祖津軽為信公(1550-1608)の銅像が建つ。東門から城郭に入り、二の丸、本丸、南門、追手門、外堀の順に巡り、15:55車に戻る。万歩計の歩数は4,421歩。天守が建つ本丸区域のみ有料(310円)であるが、天守といっても九代藩主寧親公が十万石となった文化七年(1810年)に隅櫓を改造して構築したもの、三層の見栄えのしないもので、内部は小さな資料館として利用されている。スケールの小さい城郭で何てことはなく、特に堀端の桜が咲いていない今の時期は観光客もまばら。くろくまの滝、太宰治の生家・斜陽館、三内丸山遺跡、蔦温泉と大町桂月の墓など見たいところ、寄りたい所はまだ まだあったが、車中泊は辛いので仙台へ帰ることに。一般道で370㎞の大返し。16:25ファミマ平川岩舘店で休P9200262 憩、アイスバー食べる。国道7号線→大館→国道103号線→鹿角→国道282号線→八幡平市を走る。16:50道の駅碇ヶ関に寄り、汐が島で頂いたおにぎりを食べる。津軽関ノ庄直売所の野菜の安いのに吃驚、大型洋梨ヒメンコ3個とヤマブドウ1袋、それとナス1袋を買う。19:30ローソン八幡平安代インター店で休憩、コーヒーを飲みアイスバーを食べる。国道4号線に入り盛岡を過ぎ、22:00ローソン花巻東バイパス店で休憩、バナナ1本食べる。23:45ようやく宮城県に入りファミマ金成店で肉まん食べる。とうとう午前様になって、9月21日(土)の1:45無事榴岡のマンションに帰宅。シャワーを浴び歯磨きして3時頃ダウン。この3日間の走行距離867Km。(完)

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白神ラインと暗門の滝

2019年9月20日(金) 5:00集落にチャイムが鳴り渡る。皆早起き、5:30起床。朝は冷え込む。7:00-7:30朝食。その後支払い(税込み8,910円)を済ませる。歯磨きをして、奥様にお昼のお握りとリンゴを頂戴し、ご主人とがっちり握手して再会を誓い、民宿汐ケ島を後にする。8:00出発、今日は白神山地の観光名所「暗門の滝」を見物、それから弘前城を見学して仙台へ帰ることに。先ずは国道101号線に出て北上、直ぐに県道28号岩崎西目屋弘崎線(通称白神ライン)に入る。暗門滝まで57㎞、そのうち白神山地を貫く42㎞はダートの砂利道、まるで林道まがいの県道であるが、愛車のハスラーはこれ迄殆ど街乗りで、せっかくの地上最低高180mmを活かしてこなかったので、白神ラインでSUVとしての実力を試してみるつもり。県道に入って始めの15㎞、ゲートが現れるまでは舗装されていたが、その先42㎞はダートに変わる。一ツ森公衆トイレを過ぎ一ツ森峠に上がる。そこからは長い下り、ダート又ダート、乗用車ではちょっと厳しいかも。所々短い舗装区間はあるが、全体に道幅が狭く速度はせいぜい20km/H前後、これは時間がかかりそう。幸い対向車は全く来ない。9:30天狗岳展望所(標高750m)到着、南面が開け最高峰の向白神岳(標高1243m)など白神山地の山並みと世界一のブナ林が眺められる。
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その先、ほどなく深浦町と鰺ヶ沢町の町境の天狗峠、展望はないが尾根伝いに天狗岳(標高958m)への登山道が延びている。登っている人は皆無と見え、駐車場に1台の車もない。鰺ヶ沢町側は同じダートながら良く整備されており走りやすい。一途な下りで速度も30~40㎞/H出せる。それにしてもハスラーは路面の凹凸を良く拾い、縦揺れ&横揺れが激しい。街乗りでも感じていたが、未舗装路では余計に増幅される感じ、地上最低高だけ高くてもダートに適しているとはとても言えない。途中、軽トラックが何台か点々と駐まっており、その中の1台はトチの実拾いの夫婦、トチ餅の原料として業者に売るらしく、今の季節の貴重な現金収入なのであろう。下りきって9:57、奥赤石公衆トイレの駐車場で休憩、リポビタンDを飲む。赤石大橋を渡り、再び登り返して、10:26津軽峠(標高640m)に着く。
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広い駐車場と立派なトイレが整備してあり、向白神岳、白神岳(1232m)、太夫峰(1164m)、天狗岳など白神山地の大展望台、そこまで西目屋・弘前方面から路線バスが通じており、終着のバス停まである。後で調べて分かった事だが、津軽峠には日本で一番有名なブナの木「マザーツリー」と呼ばれる巨木(樹高30m、胸高幹回り4.65m、胸高直径1.48m、推定樹齢400年)があり、それを目当てにやってくる見物客があったらしいが、昨年の9月4、5日に襲来した台風21号の暴風で根元から9mの高さの所で幹が折れてしまったとのこと、遥々と津軽峠まで行って、其処から片道300mのマザーツリーに逢わずに素通りしてしまうとは、我ながら大失敗。津軽峠からの下りは何か所か路面が溝状に抉れており、乗用車では腹をこするかも。下りで初めて路線バスも含めて対向車5台とすれ違う。10:55漸く暗門の滝入り口の大駐車場到着、一帯はアクアグリーンビレッジANMONと名付けられ、食堂や土産物店、日帰り温泉施設が建ち並ぶ。名誉ある世界自然遺産なのだから、人工物はビジターセンターと遊歩道位に止めて欲しいものだが・・。
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駐車場の一角に、明治・大正期の文人、大町桂月(1869-1925)の歌碑『大瀑(おおばく)の底まではみえぬ紅葉(もみじ)かな』と、桂月が岩木山登山を果たした翌々日の大正十一年(1922年)10月16日、暗門滝を探勝しての紀行文「岩木山より暗門滝へ、四、暗門滝」の抜粋が次のように黒御影石に刻まれている。『津軽平野を貫流する岩木川の奥に、暗門滝とて、陸奥第一の大瀑あるが、地僻(ちへき)にして訪ふ者稀なりとは、惜しきもの哉。いでや、我れ岩木山を下りて、之を訪はむとす。(中略)―林道と別れて渓流を縫う。山高く、谷ふかし、屏風の如き巨巌に挟まれて、渓流踊る。右岸を伝ふに、一尺幅の路つき居れり。滝見物の便を図りて、斎藤氏の開けるなりと聞く。之を過ぎて、直Img20191019_11001042 下十七尋(ひろ)の瀑布を仰ぐ。斎藤氏の開けたる石路はなほその右崖につづく。滝の上部に至りて石路尽きて、巌の傾斜急也。手がかりも無く、足がかりも無し。滑らば窮谷(きゅうこく)の鬼とならむ。手も足も胸も腹も巌面に付着させて、横に這ひて、ほっと一と息つく。直下二十二尋の瀑布を仰ぐ。木の根巌角にとりつきて左の崖を攀じ、一峰の上に出で、下りて渓流に逢ひ、渓流に沿うて下りて、一瀑布の頭に至る。落口を見て、瀑身を見ず。一寸左に上がれば、二個の陰石あり。(中略)―残れる陰石よりなほ少し進めば、一樹巌頭に横はる。その樹にすがりて、始めて瀑布の全身を見る。この滝も直下す。三十三尋と称す。三瀑を総称して暗門滝といふ。在来の書物に三段の滝と記せるは誤れり。段には非ず。数町づつ隔てる也。大中小と上より順にかかる。大瀑一つにても天下の壮観なるに、中と小とを加へ、上下十数町の間、岸壁高く、老樹茂りて、深山幽谷の極致を発揮す。岩木山が天下の名山なると同じく、暗門滝も天下の名瀑也』。
登山靴に履き替え、行動食と飲み物だけ持って身軽に滝見物へ。暗門大橋を渡って右折、公衆トイレを過ぎると、入り口ゲートが現れ、傍らの小屋に「白神山地・暗門の滝」森林環境整備推進協議会スタッフが駐在する。そこで、遊歩道整備協力金300円、安全ヘルメットのレンタル料100円を支払い、マザーツリー絵柄の「協力者カード」を受け取る。滝見物にお金を払うのは袋田の滝以来、半強制なのだから協力金などと言わず見学料として堂々と徴収したらよいのでは。今日の見学者は自分で5人目とか、2015年の落石死傷事故以来一旦遊歩道を閉鎖して昨夏ようやく再開したばかり、見学者は激減している。始めは右岸の遊歩道を行く。トチの実がコロコロ、清流に30cm位の大イワナが泳ぐ。橋で左岸に移って林の中を歩く。
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花はウメバチソウ、キツリフネ、ダイモンジソウ、ツリフネソウ、ミゾソバなど、きのこはアセタケの仲間、オシロイタケ、カヤタケ、キホコリタケ、スギヒラタケ、チャワンタケの仲間など。その先の橋の袂の案内板が分かり難く、誤ってブナ林遊歩道に迷い込む。駐車場にあと1.3km道標地点まで上って道迷いに気付き、橋まで戻って左岸を直進。渓谷沿いの狭い桟道を進む。岩木川の支流暗門川は渓谷美には程遠く平凡な渓相であるが、岩魚が泳ぎ野生の猿が出現するなど、さすがに自然度は高い。道は良く整備されており、ハイヒールでは厳しいが登山靴じゃなくても大丈夫。ダイモンジソウが群落を成す岩壁をへつるように進むと、12:20ようやく第三の滝(落差26m)に到着、びっくりするほどの大滝ではないが清々しい。
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第二滝へは右側から急階段を上がり、大岩ゴロゴロの間の路を行く。12:30第二の滝(落差37m)に出る。垂直に落下する瀑身が美しく滝壺近くまで寄れるので水飛沫とマイナスイオンをたっぷり浴びることが出来る。千葉市から来たという男性と互いに記念写真を撮り合う。第一の滝(落差42m)へは右手から道があるが、登り口に立ち入り禁止の看板とロープが張られており、登路は藪に覆われている。帰りはトチの実を拾いながら往路を引き返し、13:45無事車に戻る。所要2時間45分、10500歩、7.7㎞の散策。バナナを食べてから、カーナビ目的地を弘前文化会館にセット、弘前城見学へ。(続く)

 

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不老不死温泉と民宿汐ケ島

2019年9月19日(木) 5:45に大平山山頂の参篭所を後にし、9:30登山口の旭又キャンプ場跡駐車場に無事下山。靴の履き替え、着替え、栄養補給など行ってから、青森県深浦町の不老不死温泉へ向けて出発したのは10:10。直ぐ下の仁別森林博物館に立ち寄るも、毎週火・水・木は休館、入館無料で今は「仁別の森のきのこ展」を開催中であるのに残念。とりあえず外トイレの鏡を拝借し、髭を剃り顔を洗ってさっぱりする。11:35国道7号線に下りてファミマ昭和豊川店の駐車場から、白神山麓の深浦町の定宿、民宿汐ケ島(電話0173-77-2174、代表 山本光治氏)に電話し今夜の一泊を申し込む。OK!、序にトイレを借用しアイスバーを食べる。能代市内から国道101号線を北上、青森県に入り12:55八峰町の道の駅みねはまで休憩、山崎の白あんパンを食べる。吹く風が心地よく、こんな涼風は柏ではなかなか感じられない。14時過ぎ、130㎞走って漸く汐ケ島到着、荷物を部屋に置かせてもらい、替えの下着とタオルだけ持って温泉へ。
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14:40黄金崎不老不死温泉到着、日帰り入浴は600円也。ここに入るのは三度目であるが、いつの間にか名物の波打ち際の露店風呂は16時以降宿泊客専用となり、日帰り客は15:30までの利用に制限されている。それではと先ず露天風呂に入り、次に内湯に入って髪と体を洗いさっぱりする。源泉かけ流しの良い湯であるが、泉温が高く長湯はできない。露天風呂で弘前大学の学生と引率の先生と一緒になる。近くで合宿している由。16:00汐ケ島に戻り、部屋のTVで大相撲観戦、いつの間にか汐ケ島にもWi-Fiが設置されている。
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18:00-19:15夕食、キリンビールを置いていないので仕方なく他社の大瓶を1本、ミズのお浸しやそのムカゴの醤油漬け、シッタカ(ニシキウズガイ科のバテイラ)の塩茹で、ホヤの酢の物、ナラタケの佃煮などを肴に飲む。一人分と云うのに相変わらず盛り沢山の料理がテーブル一杯に並び、とても食べきれない。東京の料亭で注文したら、刺身の盛り合わせだけでも宿泊料金の7,500円を軽く越えてしまうのでは・・。ちょっとサービスのし過ぎ、それと味付けが少し濃い。今日は疲れたので、歯磨きをして直ぐに布団に潜り込む。(続く)
 

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大平山中で出逢ったきのこ

2019年9月18日(水)&19日(木) 大平山の登山路、旭又コースは登山口の旭又キャンプ場(標高330m)から標高500m付近まで秋田杉の植林地、その上は標高1000m付近までブナ林、その上が山頂(標高1170m)近くまでダケカンバ林が広がる。きのこに出逢ったのはブナ林が主で、種類は、エノキタケ、オツネンタケモドキ、カバイロツルタケ、カワラタケ、キアミアシイグチ、クチベニタケ、クヌギタケ属、コゲチャイロガワリ、スギタケモドキ、チチタケ、チリメンタケ、ツエタケ、ツキヨタケ、ツリガネタケ(小型)、ドクツルタケ、ヌメリツバタケモドキ、ハナビラニカワタケ、ヒメコガネツルタケ、ヒメコナカブリツルタケ、ヒメベニテングタケ、フクロツルタケ、ベニタケ属数種、ホウロクタケ、モエギタケなど。(写真は上段左がクチベニタケ、同右がスギタケモドキ、中段左がツキヨタケ、同右がヒメコガネツルタケ、下段左がヒメベニテングタケ、同右がホウロクタケ)
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大平山登頂と三吉神社奥宮参篭所宿泊

2019年9月18日(水) 秋田の山にはこれ迄あまり登っていないので、秋田市郊外の霊峰大平山(標高1170m)に登るべく仙台のマンションを早朝に出発、久しぶりの車中泊や温泉も楽しもうとハスラーに色々荷物を積み込みました。秋田との県境を花山峠で越え、ずっと一般道を走ったため、秋田市郊外の仁別国民の森の奥にある登山口(旭又キャンプ場跡)に到着したのは午後一時過ぎ、それから登り始めたため、山頂着は薄暗くなり始めた午後四時半過ぎ、三吉神社奥宮にお参りしてから、三か月ぶりの山歩きのせいか非常に疲れてしまい、ヘッドランプを点けて下山する元気はなく、参篭所兼山小屋に泊めてもらうことにして戸を叩きました。参篭所には神職の男性がひとり小屋番をして居り、予約もなしに宵闇迫る頃に突然現れた怪しい登山者を泊めていいものかどうか大分悩まれる様子、渋々ながら何とか素泊まりならと受け入れてもらえました。平成21年(2009年)に再建された参篭所の、30人は宿泊可能な大部屋に今宵の客は自分ひとり(宿泊者は一週間に一組あるかどうか)、寝具を出してもらい、素泊まり料金は4,000円也、日本海に沈む夕陽と男鹿半島、八郎潟残湖、秋田市街地夜景など見るうち、間もなく天気が急変して雷雨襲来、泊めてもらって非常に助かりました。昨17日、奥宮の閉山祭を行い、今月末には参篭所も閉鎖して山を下りるとの事、いやはやぎりぎりのセーフ。(山行記は姉妹ブログ『自惚山人ノオト』の「634大平山」をご覧ください)
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頂いたパンフレットに拠ると、三吉神社(みよしじんじゃ)は秋田市広面に里宮、大平山山頂に奥宮を祀り、ご祭神は大己貴大神(おおなむちのおおかみ)、少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)、三吉霊神(みよしおおかみ)の三柱。その由緒は、天武天皇の白鳳2年(673年)、役行者小角の創建と伝えられ、桓武天皇延暦20年(801年)には征夷大将軍坂上田村麻呂東夷征討の際、戦勝を祈願して堂宇を建立し、奉納された御鏑は神宝として今に伝えられている。古くから薬師の峰・修験の山としての大平山信仰と、力の神・勝負の神を崇める三吉信仰が相まって、累代秋田藩主佐竹公の崇敬も篤く、古来より勝利成功・事業繁栄の守護神として広く崇敬を受けている。毎年1月17日に行われる特殊神事の三吉梵天祭は秋田の冬の風物詩、奥宮は平成22年(2010年)に改築されたもので未だ新しい。また、山頂直下に秋田県が設置したチップ制の立派なトイレがある。(続く)

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公益財団法人 濱田庄司記念益子参考館(益子町)

2019年9月5日(木) 今日は家内のスポーツジムの休みの日、焼き物・骨董品好きの家内を誘って益子の濱田庄司記念益子参考館見学へ。同館は陶芸家濱田庄司が、国内外で自ら多年に亘って蒐集した陶磁器、漆器、木工、金工、家具、染織、その他の工芸品を展示公開するために設立したもので、1977年(昭和52年)4月開館。9:30出発、R294を走り、12:15益子参考館駐車場着。広い駐車場に先着車は1台、閑散としている。ハスラー車内で中食のパンを食べてから見学開始、入場料は大人800円也。入り口の長屋門にある受付の対面に設けられた1号館から観覧スタート、そこでは7月13日~12月15日の間、企画展「土器と土偶」展を開催中。青森県出土の縄文時代の遮光器土偶、ペルーのリャマ型壺、ペルシャ・アムラッシュ出土の羊型注口土器などが展示されている。
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次いで中庭に進み、栃木県産の大谷石で出来ている石倉で元は肥料庫と云う2号館へ。西洋の陶器と工芸品が並べてあり、親交のあったバーナード・リーチの作品「鹿文大皿」「楽焼コンロ」とともに手賀沼畔を描いたと思われるエッチング「湖畔の図」が展示されている。他にはオランダ・デルフトのタイルなど、個人的にはスウェーデンの木製酒注に惚れ惚れする。

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2号館と隣り合う3号館も同じく大谷石の元肥料庫を改装した展示館、東洋の陶器と工芸品が展示されている。例えば、沖縄で洗骨後の骨を収めた容器の厨子甕があり、朝鮮の白磁大壺と鉄絵草文瓶があり、中国・元時代の黒釉掻落草魚文双耳大壺がある。勿論、濱田庄司作品の益子町指定有形文化財「柿青釉白格子描大鉢」など数点と、親交があった棟方志功の書、河井寛次郎の焼き物も展示されている。
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次いで濱田庄司館へ。そこも1号館と同じく昭和初期に近在の農家から買い受けた長屋門で、濱田庄司の作品が数十点、それと愛用の品の数々、例えば外出時の帽子、台湾製のバッグなどがダイニングテーブル上に並べられている。

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その先は、江戸時代末期の庄屋の母屋を、昭和17年に移築した4号館(栃木県重要有形文化財)、上ン台(うえんたい)と呼ばれ、国内外の家具が展示されている。常滑大壺(桃山時代)や塩釉蓋付甕(ニュージーランド)などの大型陶磁器も飾られ、濱田庄司愛用のラウンジチェアーもある。館内の一角に上ン台茶房(喫茶室)が設けられ、さんぴん茶と琉球菓子、又はお抹茶と和菓子が各500円で味わえる。
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そして工房へ。轆轤が6台も並んでおり、お弟子さんを沢山抱えていたのであろう。濱田が83歳で亡くなる直前まで作陶を続けていたそのままの姿で保存してある。
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最後は、工房に隣接する赤絵窯、塩釉窯、登り窯(1943年築窯、益子町文化財)を見学。駆け足で約1時間、園内は広く、自然豊かで、各展示館の配置もゆったりしており、くつろげる。江戸時代にタイムスリップし、昔の庄屋屋敷に迷い込み、蔵のお宝を覗き見るような感覚か、とにかく見ごたえは十分で、入場料800円は安い!。また、カビにやられてはいたが、園内のきのこの種類と発生数は非常に多い。
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但し、展示室内が薄暗く、やぶ蚊が潜んでおり数か所刺されてしまったので、今の時期、虫除けスプレーか虫刺され軟膏を持参するのが良さそう。13:30満足して車に戻り、復路も同じ道を走る。途中、道の駅二宮で一服、梨や野菜(オクラ、ナス、モロヘイヤ)を買って、16:30無事帰宅。

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気仙沼大島大橋と龍舞崎(気仙沼市)

2019年4月14日(日) 宮城オルレ・気仙沼唐桑コースを歩いた後で、此処まで来た序にと、4月7日に開通したばかりの気仙沼大島大橋に寄り道、さらに気仙沼大島最南端の龍舞崎まで足を延ばし、岬先端まで歩いて、灯台や乙姫窟を見学してきました。
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鋸山(富津市・鋸南町)

P22400112019年2月24日(日) 千葉県一有名な山の鋸山には過去に2回観光に行っておりますが、いずれも乾坤山日本寺の境内止まり、一等三角点のある山頂(標高329m)を未だ踏んでいないので、本日一大決心して登ってきました。ロープウエーで山頂駅へ上がり、日本寺の境内を通り抜けて、関東ふれあいの道へ下り、地球が丸く見える展望台経由、山頂に到達。帰りは車力道コースで浜金谷に下山しました。スマホ万歩計の記録は、9700歩、6.8㎞ですが、数字よりもずっとハードなアルバイト、超急な石段や丸太階段の上り下りの連続に非常に疲れました。興味と関心のある方は、姉妹ブログ「自惚山人ノオト」の記事も併せてご一読くださいませ。

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茅ヶ崎散歩

P22100052019年2月21日(木) 今日は横浜に住む弟と13:00茅ヶ崎駅改札口待ち合わせ、東海岸一丁目にある本家筋に当たる親戚の家に、亡父の預かり品?を返却に行ってきました。弟は30年ほど前に何回か訪問したことがあるけれど自分は初めて、住所も電話番号も分からないので、弟を先達にしていきなり訪ねて行きました。断捨離・身辺整理の一環ですが、長男というのは何も良いことがないのに、いろいろと面倒なものであります。何とか目的を果たし、二人で拝観料無料の氷室椿庭P2210011園を見学した後(写真の花の品種は氷室雪月花)、駅前に戻ってスタバでコーヒーブレーク、改札口で弟と別れてから、一人で開高健記念館へ。すると、残念なことに開館日は金・土・日曜・祝日のみ、仕方なくサザンビーチへ出て、菱沼海岸を歩き、沖合の伊豆大島、手前の烏帽子岩、左手の江の島、右手の伊豆半島を眺め、国道134号線も歩いて茅ヶ崎駅に戻りました。スマホの万歩計アプリ「からだメイト」によると、14163歩、10.4㎞のウォーキング。いささか疲れました。

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