雲南省の高山植物(4の4)

2007年6月17日白恾雪山峠&ナパ海、18日シャングリラ郊外松賛林寺にて観察。Cimg6925 Cimg6923 Dsc01583_1 Dsc01573 Dsc01575_1 Dsc01589 Dsc01587 Cimg6936_1 Cimg6933 Cimg6934   Cimg6937_1 Cimg6941

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香格里拉・松賛林寺

2007年6月18日(月) 6:50起床、今日が実質的には観光の最終日、7:30朝食に行く。うどんを食べるとスープの味がいまいち、Cimg6804 ベトナムのフォーのようには美味しくない。食後バファリンを飲み9:00出発、バス車内で未使用の酸素缶2缶を現地ガイドに返却し代金80元を受け取る。陽光燦燦と降る中、郊外にある雲南省最大のラマ教寺院、松賛林寺(1679年創建)へ向う。9:20着、お寺へ続く車道は工事中のため大分手前でバスから降ろされ、畦道を15分ほど歩かされる。門前の参道には露店が並び賑やか、観光客も多いが地元の参拝客も多い。本殿に続く150段の石段登りがきつい。主たる建物は3棟あり、向って左側が本殿、真ん中が釈迦牟尼大殿、Cimg6832 右側がゾンカーワ大殿(チベット仏教の新派である黄帽派ゲルク派の開祖)である。文化大革命のときに一度破壊されたらしいが、その後修復されて今では創建当時の金色燦然たる輝きを取り戻している。但し修行僧の数は最盛期の7,000人に較べると10分の1程度に減っているとのこと、経済発展のあおりを受け信仰心も衰退していると見える。ラマになる唯一の資格が実家がお金持ちであることらしく、これでは衆生済度どころではない。左の本殿内に見学に入る。内部の写真撮影は禁止である。祭壇にCimg6835_1 向って縦に何列もの蓮華座が並び、上座から下座に向かい老若順(序列順)に僧侶が座り瞑想に耽る。祭壇には数多の仏像が居並ぶ。中心にはこの寺を創建したダライラマ5世像、その左手には釈迦牟尼像、純金の仏舎利塔(松賛林寺の活仏の遺骨を納めている)、活仏像、薬師如来像、そして右手には活仏席、パンチェンラーマの席、ダライラーマの席、活仏像、歓喜仏像(交合像)など。本殿二階に上がると3室あり、それぞれ開祖ゾンカーワ像、弥勒菩薩像、観音菩薩像の順で祀られている。 観音菩薩Cimg6883様の前で十句観音経を唱える。見学を終え再びウスユキソウやリンドウの咲く小道を歩いてバスに戻る。市内に戻って西蔵天珠展覧館なる天珠石を扱う土産物店へ行く。天珠石はチベット族のお守りで値段はピンキリ、自然石から作られた100万円もする老天珠もあれば、数百円で買える加工品の新天珠もある。とりあえず娘の土産用に携帯ストラップ型一目天珠100元也を買う。昼食は実力大酒店で摂る。やはりチベット族料理、食べたくなるものが無い。風邪気味となり食後プレコールを2錠飲む。最後の観 光は香格里拉(シャングリラ)旧市街散策、Cimg6874旧市街といっても客寄せに再建された地域で建物は皆新しい。麗江と同じく中心が四方街という広場でそこから延びる道沿いに土産物屋や食堂や喫茶店が軒を並べる。そもそも麗江、香格里拉(中甸)、徳欽などはチベット産の馬と雲南省産の茶の交易場として栄えた街道沿いの町である。町の一角に“茶馬古道重鎮”の石碑が建つ。四方街の裏手の三層の楼閣が建つ高台に登り、もう二度と来ることもあるまいシャングリラの町に別れを告げる。14:00全ての観光を終えて空港Cimg6889 へ向う。14:15空港着、スルーガイドのZEN氏、現地ガイドの揚氏、運転手の馬氏にお礼を言って別れる。香格里拉空港は日本で言えば女満別空港のような小空港、1日10便ほどが上海、成都、昆明へ飛ぶ。15:30搭乗、CZ3418便はラサから飛んできたトランジット便、既に半分くらいの席が埋まっている。15:50離陸、約4日間過ごした海抜3,000m超の高地を後にする。機内食のパンが美味しい。18:05広州新白雲国際空港に安着、海抜たったの85m、空気が濃く本当に呼吸が楽である。SCを受け取り迎えのCimg6903 バスに乗り込む。2年前に出来た新空港は中国一大きいとのこと、未完成で工事中の箇所もある。市内まで30km、高速道を走る。市内はバイクの乗り入れを禁止したとのことですっきり、市街地に近い旧空港跡地は再開発の真っ只中である。19:30今宵の宿の華厦大酒店到着、ホテルには入らず歩いて5分のレストラン鴻星海鮮酒家へ直行する。スズキの蒸し煮、蒸しエビなどの海鮮料理にほっとする。ビールは珠江麦酒純生(OE10%)、これもまずまず。21:20ホテルにチェックイン、1211号室に入る。3年前の昆明・桂林旅行の時にも泊まったホテルであるがビジネスホテルのように狭苦しいのが難、NHKを観ながら出国書類を作成する。さあ日本へ帰ろう。(完)

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雲南省の高山植物(4の3)

2007年6月15日、16日、金沙江大湾展望所、白茫雪山峠、徳欽にて観察。Dsc01531Dsc01533 Dsc01537 Dsc01540 Dsc01564 Dsc01549 Dsc01555 Dsc01557 Dsc01559 Dsc01560

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ナパ海(徳欽→香格里拉)

2007年6月17日(日) 6:30起床、やはり頭が痛い。酸素を吸うが効き目があるのか判然としない。ま、気休めのようなもの。01_60高地の影響かバファリンの飲み過ぎか胃腸の調子が悪い。 肝心の梅里雪山はとうとう今日も現れない。昨日より雲が低く谷底まで真っ白、その上雨まで降っている。6月に梅里雪山が見られる確率は25%以下、雨季に入り条件が悪いので諦めるしかない(写真はこう見える筈という見本)。7:00モーニングコール代わりに小姐がドアをノックしに来る。部屋の電話は故障とのこと、やれやれとんだ3つ星ホテルである。コーヒーを沸かし、昨日添乗員さんからもらった蒸しパンを食べる。7:30の朝食は梅干でお茶を戴いたのみ、Cimg6754_1自分はバファリン、妻は酔い止めの薬を飲む。8:30出発、又も6時間のバスの旅、この雨の 中あの峠越えをするかと思うとぞっとする。バスの運転手の馬氏は慣れているのか鼻歌交じり、カーブ毎にホーンを鳴らし214国道を香格里拉(シャングリラ)目指して飛ばして行く。対向車は少ないものの濃いガスと霧が立ち込め見通しが悪い。9:40一回目のトイレ休憩(3,700m)、辺りはクリンソウ似のプリムラ(サクラソウ科)の群生地、黄花と赤紫の花の2色ある。オキナグサ似の花も咲く。10:10白茫雪山峠(4,292m)Cimg6769 で二回目のトイレ休憩、2日しか経っていないのに矮性ムラサキツツジが満開を迎えている。白茫雪山も又姿を隠したまま、今の時期は高山植物鑑賞には最適であるが、山を眺めるには不適である。11:45三度目の休憩(2,700m)、路傍にはタンポポ、ニガナ、ハハコグサ、ホトケノザ、ムラサキモメンヅル?など日本で見かける植物も多い。12:30谷底の街の奔子欄(2,100m)に着き、一つ星ホテルの食堂で昼食を摂る。メニューは鯉の蒸し煮、鶏スープ、卵スープ、お粥で、デザートは小プラム、どうも食欲が湧かない。Cimg6786食後ぶらぶら街歩き、露店で桃とプラムを買う。田舎町の土産物屋が時ならぬ日本人観光客で大賑わい、民芸品の魔除け人形などが飛ぶように売れる。 13:30出立、天候回復し青空も覗く。14:20四回目のトイレ休憩(2,600m)、行きにも利用した所で大きなクルミの木がある。15:30ナパ海(3,226m)に着く。季節湖とのことで今は水が無く、見渡す限りの草原である。昨日に代わる乗馬体験(30分)と付近の植物観察を行う。馬に乗るのは大学時代の農場実習以来40年ぶりであるが、小型馬なのとチベット族少年の馬子が手綱を引いてくれるので全く不安はない。草原の中ほどまで進んで引き返す。Cimg6801 ナパ海は野鳥の天国とのことであったが、時期が悪いのかカラスしか見当たらない。国道を挟んで反対側の山道に入り植物観察を行う。どこもかしこも小さな花、花、花、植物好きにはたまらない所である。16:30無事シャングリラの町に生還する。友誼商店に寄ってから天界神川ホテルに到着したのが17:05、今度は1129号室を割り当てられる。もちろん浴室の作りは同じで、透明ガラス入りのラブホ仕様である。ホテルのレストランで夕食、ビールのつまみの“地虫”(漢方薬の一種、植物の根と思われる)の唐揚げが珍しい。マツタケと牛肝茸(雲南省ではマツタケより珍重されるきのこ)の野菜炒めの皿も出たがチベット料理には飽き飽きして箸が伸びない。部屋に戻って昼に買った桃とプラムを食べる。お茶を沸かしてクッキーと煎餅で腹を拵える。日本食が恋しい。(続く)

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徳欽市自由市場・飛来寺

2007年6月16日(土) 6:00起床、エアコンが効かないので部屋が寒い。夜中から頭痛に悩まされうつらうつら、2本目の酸素缶を開ける。朝日に映える梅里雪山を期待してカーテンを開けると、雲がホテルより下の谷まで降りている。残念、裾野どころか今日は全く姿を拝めない。Cimg6702_1 どうも連日頭が痛く詳細なメモを取る気力が湧かない。とりあえずお茶を沸かし煎餅とチョコレートをかじる。8:30朝食、メニューはお粥、蒸しパン、野菜炒め、卵、温めた牛乳など、山奥に来て贅沢は言えないが何も食べるものが無い。部屋に戻り持参の味噌汁を飲む。これが一番うまい。食後念のためバファリンを服用する。今日の当初の予定は梅里雪山山中の明永氷河乗馬ハイキングであったが、明永村へ通じる道が先日豪雨で崩壊してしまったため中止、その代わりとして徳欽市内や飛来寺村を散策することになる。10:30出発、先ず徳欽市内へ向う。Cimg6677_1 市内散策といっても山峡の小さな町で何も無い。徳欽は田舎の田舎の田舎の田舎とのこと(その心は即ち、昆明は広州の田舎、麗江は昆明の田舎、シャングリラは麗江の田舎、徳欽はシャングリラの田舎)、仕方が無いので自由市場を見学し、その後昼食まで街を自由に歩くことになる。自由市場は現地の人々の生鮮食品市場、果物(スモモ、モモ、プラム、ブドウ、リンゴ等)、野菜(インゲン、南瓜、胡瓜、グリーンピース、ゴーヤ、生姜、タケノコ、チンゲン菜、唐辛子、トウモロコシ、トマト、Cimg6693 茄子、菜花、人参、ピーマン、ブロッコリーなど)、魚(鯉、タウナギ、ドジョウ)、肉(ヤク、豚、鶏)、米麺、パスタ、調味料、香辛料など何でもある。海の魚がない位で食材は豊富、現地チベット族の売り手と買い手でごった返し活気がある。スーパーに入ってみると大理麦酒の中瓶が1本2.5元(45円)、ホテルで飲むと10元とられる。土産物屋で香木で作られた佛字入りの数珠を買う。昼食は街中心部にある彩虹大酒店(☆☆)のレストラン、徳欽料理とのことであるがどれもニンニク臭ぷんぷん、花豆の塩煮が一番美味しい。瀾滄江ビールが1本つく。Cimg6715 13:30昼食を終えて飛来寺村に戻る。村の名の由来となっているラマ教(チベット仏教)の小さなお寺、飛来寺を見学する。本堂の右手前に檜葉をくべる香炉があり、もうもうと煙をたてている。本堂外陣ではバターでこしらえた大中小のろうそく(灯明)をお布施の額(20元~5元)に応じて渡してくれる。内陣に入ってろうそくをお供えしお参りする。般若心経を唱えてみるが、酸素が薄いためか頭が働かず途中でつかえること数度、やれやれまだまだ修行が足りない。次いで道路向いのチベット族一般民家の見学をさせてもらう。Cimg6726 木造3階建てで、一階は藁を敷いた家畜小屋、二階は仏壇のある居間と寝室、三階は食糧備蓄庫と寝室である。名物のバター茶も準備してあったが、前回それを飲んだツアーの人の殆どがお腹をこわしたとのこと、匂いも仕込粕の腐敗臭のようにすさまじく試飲を辞退する。生業は農業と牧畜業とのこと、お風呂に入る習慣はなく、年に一回近くの温泉に行くだけらしい。どうりで皆煤けた様な真っ黒い顔や手をしている訳である。14:50一旦ホテルに戻り、余分な荷物を部屋に置いて付近のミニハイキングに出かける。Cimg6738 ホテルの直ぐ近く、瀾滄江の深い谷を挟んで梅里雪山と対峙する丘に日中友好第2次合同登山隊の遭難慰霊碑が建つ。1991年梅里雪山登頂に挑み雪崩に巻き込まれて全員遭難した京大・北京大合同登山隊17名を慰霊する碑である。碑に曰く「梅里雪山峰の初登に挑んだ勇士ここに眠る。秀峰大地静相照、高潔精神在其間(大地あり、美しき峰ありて気高き人がいて)」。残念なことに中国人の隊員名のみ遺され、日本人隊員名は削り取られている。数年前に反日感情が高まったときの蛮行であるが、Cimg6742 情けない所業である。こんな所に案内してもらっても中国人嫌いになるだけ、修復してからに願いたいものである。山腹に水平につけられた道を行くと、山中は白色の雲南バラと紫色の雲南ツツジの花盛り、アツモリソウ、シオガマ、クサイチゴ、ヒメアヤメなど高山植物も花盛り。コース終点(山道はもっと奥に続くが)のテラスから峡谷を見下ろすと、メコン川源流の瀾滄江が一筋流れ、今日訪ねる予定であった明永村が谷底にへばりついている。17:10ホテルに戻る。三階の部屋まで階段を登るのがCimg6745一苦労、息が切れる。夕方になり晴れてきたものの梅里雪山にまとわりつく雲は離れない。18:20停電、薄暗い食堂で鶏鍋の夕食を摂る。チベット料理は不味、どれも感心しない。部屋に戻っても停電は復旧せず、したがってお湯も出ない、TVもつかない、電気マットも冷たい、部屋は冷え込んでくるの四重苦、慣れたもので 小姐がロウソクを配りに来る。20:40やっと停電復旧、急いでシャワーを浴びる。電気マットだけでは明け方寒いので妻は布団の2枚掛け、自分はパジャマの上に服を重ね着してベッドにもぐりこむ。(続く)

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雲南省の高山植物(4の2)

  2007年6月15日、属都湖、碧塔海にて観察。Dsc01481Dsc01491_1  Dsc01487Dsc01488Dsc01495 Dsc01497 Dsc01498 Dsc01499 Dsc01508 Dsc01518 Dsc01521   Dsc01524 Dsc01500Dsc01522

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属都湖・碧塔海

2007年6月15日(金) 5:40起床、高地の影響で一晩中うつらうつら、何となく頭が重い。6:30食事に下りる。朝食は5つ星ホテルにしてはお粗末、ジュースも果物も美味しくない。部屋に戻ってお茶を沸かし日本から持参したクッキーを食べる。Cimg6611_1 7:30出発、今日は高山湖2つの湖畔を散策し高山植物を鑑賞するのがメインである。沿道風景は松山と麦畑と牧場、時々現れる チベット族の建物は木造二階建、窓が小さい。8:06バス終点、そこから10分ほど歩いてシャトルバスに乗り込む。付近は丘陵のような山が連なる高原地形、少し肌寒くセーターかヤッケがほしい。ゴアテックスの雨具をバスに置いてきたのは失敗、やむなく妻にはダイソーの100円ビニルカッパを着せる。樹木の枝という枝にはサルオガセが長く垂れ下がり林床は苔に覆Cimg6602われる。樹種はモミやシラカバなど。草地に群生するミズバショウ似の広葉植物は“水黄”といって夏に黄色い花が咲くとのこと。8:52属都湖の遊歩道入口に着く。 海抜は3,590mもあるが、湖畔の木道は平坦で歩行時間も20分、酸素を吸いながら行けば誰でも歩ける。湖自体は至って平凡、感激するほどの美しさはない。シャクナゲ、タカネバラ?の花木の他、キエビネ?、サクラソウ?、シオガマ、チゴユリ?など名前の判らぬ小さな花をつけた高山植物がいっぱいある。9:15遊歩道終点で再びシャトルバスに乗り碧塔海へ向う。Cimg6616車内にはチベット音楽がゆるやかに流れる。 10:00碧塔海湖畔着、ここも海抜は3,560mある。少し頭痛がしてきたので、1本40元で購入した酸素缶を吸いながら歩く。湖の西岸に沿って4.2kmの木道が整備されており、多少の階段を除けば平坦で歩きやすい。タカネバラ?やムラサキツツジ?、イブキトラノオ?、ナルコユリ?クリンソウ似のプリムラ、ヘビイチゴ?、ミミナグサ?などの花を愛でながら湖畔をゆっくり歩く。できれば高山植物の一々を説明してくれる専門ガイドが欲しいところである。 ビジターセンターや船着場のある所を過ぎるとCimg6622広大な湿原と牧地にさしかかり遊歩道の終点に近づく。途中から降ってきた雨が本降りになる。再びシャトルバスに乗り入口駐車場に戻る。ツアーバスに乗り換えてシャングリラ市内に戻り、順鑫商務酒店のレストランで山菜料理の中食、ワラビとタラの芽が出るが味付けがいまいち。ビールは瀾滄江麦酒(OE10%)、頭が痛み出したので一口すするにとどめる。13:40バスで出発、梅里雪山を望む街、徳欽目指して雲南アルペンルート(214国道)を一路北上する。183kmの道程に6時間かかるとのこと、 チベットのラサまで続く214国道Cimg6643はシャングリラから先が悪路である。それでも徳欽までは何とか舗装されており、山側の斜面はオンタデ?、タカネバラ?、ヨツバヒヨドリ?などの花に彩られる。樹木は圧倒的にマツが多い。八幡平アスピーデラインの景観を幾層倍もスケールアップし、志賀草津道路の景観を何倍も雄大にしたような景色が続く。14:55峠(2,600m)で一回目の休憩、傍らに或るトイレは有料で一人一回5角(=8円)取られる。内部は一段高くなったコンクリート台に数列の溝が切ってあるだけ、扉もなければ仕切り壁もない。所謂ニーハオ・トイレ仕様で非常にハードルが高い。Cimg6644  小はともかく日本人に大は難しい。出るものも出なくなる。この間を利用してバスはブレーキ冷却水を補充する。バスは峠から谷底の街の奔子欄(2,100m)に下り、橋を渡って雲南省から一旦四川省に入る。金沙江の左岸を暫く走り、再び橋を渡って雲南省徳欽県に入る。そこから急激に高度を上げていく。16:00金沙江大湾が眺められる展望台で写真タイム、通称オメガと呼ばれる景勝の地は世界遺産「三江併流」の一部でもある。これまで走ってきた道路が眼下遥かに見渡せる。こうして俯瞰すると雲南 アルペCimg6650ンルートのとんでもなさが分かる。バスは更に白茫雪山峠をめざし断崖絶壁に付けられた道を登っていく。谷底まで1,000m以上ある目もくらむ山岳道路が延々と続き、谷側の席は高所恐怖症の人にはとても耐えられない。カーブミラーも無ければガードレールも無し、対向車が来るたびに肝を冷やし、命が幾つあっても足りない。16:40再びトイレ休憩、観光バスが停まるとどこからか直ぐにチップ係が現れ、20元までならちゃんとお釣をくれる。よく観察するとトイレの下は垂れ流しではなく汲み取り式貯槽になっている。Cimg6656この辺りでは人間様の屎尿は貴重な金肥、チップも取って肥料も得る。一石二鳥でまことに抜け目が無い。海抜3,400m位から上は礫で舗装されたデコボコ道になり無茶苦茶揺れる。冬季降雪対策の滑り止めとのこと、とうとう森林限界を超えて4,000m以上の所を走る。18:25白茫雪山峠(4,292m)に着く。チベット族のテントが一張りと5角トイレが建つ。一帯は白茫雪山国家級自然保護区、珍獣のキンシコウ(金絲猴)が棲むという。主峰(5,137m)は雲に隠れて見えない。周囲の地面にへばりついている潅木は矮小なムCimg6658_1 ラサキツツジで三分咲き。峠から10分も下るとデコボコ道から解放され、やがて徳欽の街に入る。谷へ落ちこむ斜面の段丘に腰掛けるように造られた小さな町である。今宵の宿は徳欽から20分ほど先の飛来寺村、19:53とうとう明珠酒店(海抜3,400m)に到着する。とんでもない所に来てしまったという感じ、危険極まりない長時間ドライブの後で皆ふらふらである。西側正面に眺められる筈の梅里雪山は一部が見えるだけで主峰(6,740m)は雲の中に隠れる。梅里雪山はチベット族が崇める8大神山の中のトップ、エヴェレストより神聖視される山Cimg6670とのことで未だに未踏峰である(中国政府方針により2005年以降登山禁止)。 ホテルのレストランに直行し夕食をとる。ゴーヤやチンゲンサイの炒め物では食欲もわかずお粥を少しだけ食べる。カップラーメンを持ってこなかったのが悔やまれる。エレベーターが無いので3階まで階段を上り315号室に入る。床板張りの部屋はひんやり、エアコンはスイッチを入れても動かない。その代わりベッドには電気マットが敷いてある。徳欽地区唯一の3つ星ホテルといっても山小屋に毛が生えた程度、お湯は6:00~9:00と20:00~24:00の間しか使えない。国際電話も両替も不可、色々制約が多い。お茶を沸かし煎餅をかじる。お湯が出るうちに急いでシャワーを使いベッドにもぐりこむ。エアコンなしの部屋は深更とともにしんしんと冷えてくる。(続く)

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雲南省の高山植物(4の1)

2007年6月14日、玉龍雪山、虎跳峡、小中甸にて観察。Dsc01445_1 Dsc01446_1 Dsc01474_3 Dsc01453_1 Dsc01454_2 Dsc01466_1

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玉龍雪山氷河公園・虎跳峡

2007年6月14日(木) 5:20起床、6:00SCを部屋のドアの外に出す。明け方まで雨の音が聞こえていたがカーテンを開けるともう止んでいる。6:05朝食、うどんもメロンも気の抜けた味がする。 7:00バスに乗車、Cimg6497各自に防寒着と酸素缶が配られる。料金に含まれているのであろうが、さすがにクリスタルハートと悪い気はしない。バスは麗江の北15kmに聳える玉龍雪山(最高峰は5,596m)へ向う。玉龍雪山は5,000m以上の峰が13連なる麗江のシンボル、納西族が神と崇める山で未だに未踏峰である。今日はロープウェイで標高4,506mの氷河公園まで上がる。前山は全てマツ林、なるほど雲南省でマツタケが沢山取れる訳である。7:50甘海子到着、 そこでシャトルバスに乗り換える。せっかく見えていた主峰が次第に雲に隠れる。Cimg6503 この辺りは既に海抜3,000mを越えているが、針葉樹の高木が天を突いて立ち並び森林限界には程遠い。8:02海抜3,356mのロープウェイ山麓駅に着く。早朝にも関わらず続々中国人観光客が押し寄せる。1台に6人づつ乗って氷河公園へ登る。腕時計の高度計で確かめると森林限界は3,900m~4,000m位、最上部の樹木はシャクナゲである。氷河の先端が現れると間もなくの8:28、ロープウェイ頂上駅(4,506m)に着く。 防寒着を着て丁度良い位、なんとなく息苦しい。木の階段を辿って4,680mの展望台を目指す。Cimg6510_1頭がふらふらする。足が地に着かない。酸素を吸いながらじりじり高度を稼ぐ。山頂は雲に隠れたり出たりする。荒々しい氷河が現れる。9:11漸く4,680mの高みにある展望台に着く。避難小屋が建ち、到達証明書が売られている。周りは中国人観光客ばかり、日本人や欧米人はまだ少ない。酸素缶を持って続いていた筈の家人は一向にやって来ない。後で確かめると途中で酸素が切れたので登るのを諦め退却したとのこと、それはない。ハ ーハーゼーゼー、この高さでは比高170mを上るのも楽ではない。 証拠写真を撮ってもらって直ぐに下山、Cimg6523ツアーメンバーも半数は途中で諦めたようである。9:35ロープウェイ頂上駅に戻る。家人の言い訳を聞くと、支給された酸素缶は吸っても吸っても効き目がなく、もしかしたら空気缶かもしれぬとのこと、中国では十分有り得る話である。10:00ロープウェイ山麓駅に戻る。辺り一面に柳の綿毛(柳絮)がふわふわと漂う。再び索道駅~甘海子間のシャトルバスに乗りツアーバスに戻る。麗江市内に戻る途中の草原で高山植物の観察タイム、色とりどりの小さな花が咲いている。 日本のアズマギクやイワオウギ、ノウルDsc01456 シにヤマハハコに似ている気もするが微妙に異なる。また日本では見かけない種類も多い。11:23麗江市内に戻り玉を商う店に立ち寄る。何も買うものはない。麗江観光酒店のレストランで昼食を摂る。納西族の家庭料理というが、とりたててこれはというものは出ない。ビールは四川省攀枝花市産の山城麦酒、水っぽく美味しくない。頭の芯に少し痛みが残るものの空気が濃いので人心地がつく。12:52バスに乗り出発、雲南アルペンルートを北上し虎跳峡へ向う。海抜2,500m~3,000mの山中を行くが、 山の斜面を覆うのはどこまで行っても松林、 Cimg6547今が新緑の季節で滴るような緑が鮮やかである。金沙江の渓谷沿いの道を走るようになると海抜も2,000mに下がり、農村風景が展開する。14:40虎跳峡入口着、渓谷の最も川幅が狭まった箇所を虎が飛び越えたという伝説から付けられた名前である。玉龍雪山(5,596m)と哈巴雪山(5,396m)に挟まれ、世界有数の深さ(世界一とも三番目とも?)を誇る大峡谷でもある。入口から虎跳峡(狭義:川幅が最も狭い箇所)までは右岸沿いに水平な石畳の遊歩道が延びる。麗江ガイドの孫嬢はここまで、別れの挨拶を交わしてから往復5.2kmのミニハイクを開始するCimg6570 。落石事故が多いらしくオーバーハング気味の山側に沿って歩くよう指示される。両岸は見上げるような断崖絶壁、雄大な景観が続く。けれども日本の渓谷のように奇岩怪石がある訳でもなく滝が懸かるでもない。荒々しいだけの単調な渓相である。時々人力車と擦れ違う。2人乗りで片道30元である。黄龍の急坂を登る駕籠かきよりは楽であろうが、乗っている人はと見れば皆メタボ、やはり大変そうである。歩いているうちにも対岸で落石に続く岩崩れが起きる。15:40虎跳峡到着、川幅は真ん中の虎跳石まで5m位か、盛り上がった水がCimg6556 激流となって岩を噛み奔流となって流れ去る。まさに虎の咆哮のような轟音が絶え間なく響き渡る。雷鳴が聞こえてきたので急いで引き返す。途中からとうとう雨が振り出す。16:35バスに戻った途端に大雨になり危うくセーフ、今宵の宿があるシャングリラ(香格里拉)へ向う。シャングリラは以前は中甸(ちゅうでん)という名の町であったが、ジェームズ・ヒルトン著「失われた地平線」に出てくる理想郷(=シャングリ・ラ)に景観や寺院が何となく似ているとの理由で2002年5月に改名したとのこと、以来中国人カップルの新婚旅行先として人気が出てきているらしい。Dsc01475 中国ではお金になる事なら何でもありである。スルーガイドのZ氏の話によると、理想郷とは名ばかりで、冬は降雪多く気温も氷点下20度、作物はジャガイモと裸麦くらいしか穫れず、輸入に頼る野菜は肉より高いという厳しい土地らしい。バスは金沙江支流に沿って遡り、山また山へと分け入って行く。標高が再び3,000mを越える。登り上げると牧場や草地などの高原が広がる。17:46漢方薬店のトイレを借りて小休止、18:10小中甸にある御花畑で写真タイム、トウダイグサに似た黄色い花(狼毒?)と ランに似た赤紫の花が一面に咲いている。18:55Cimg6588 市内レストランでキノコ料理の夕食、紙のように薄くスライスされたマツタケにヤク肉、豆腐、白菜が入った火鍋、それにキノコと野菜の炒め物が4皿出る。後者のキノコは姫茸、ヒラタケ、ホウキモタシ、白霊茸のようであるが、どれを食べても同じような味、キノコ自体に旨味がある訳ではないので味付けに一工夫が欲しい。雲南省の食用きのこは23種類、マツタケのシーズンは8、9月とのことである。レストランでチベット族の現地ガイド揚氏が加わりホテルへ向う。 シャングリラ市内は現在ホテルの建設ラッシュ、そこかしこで工事中Cimg6596である。19:45天界神川酒店(5つ星)にチェックイン、2322号室に入る。新婚さんが泊まるホテルということで何もかもが若作り、浴室はガラス張りのシースルーで度肝を抜かれる。こんな所に熟年カップルを泊めてどういう積り?、既に棺桶に片足を突っ込んでいるのに何をしろというの?、まあ冥土への土産にはなるか・・・。NHKが入り今日関東梅雨入りを告げている。明日から泊まる徳欽のホテルはSCを持っていけないとのこと、2日間の着替えなどを手提げカバンに詰める。頭痛はないが頭がふらふらする。さすがは標高3,250m、念のため寝る前にバファリンを2錠飲む。デジカメ充電を仕掛け、お互い見ない約束でシャワーを浴びる。(続く)

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中国雲南省のビール

01_338 雲南省を代表する(と思われる)ビールは大理麦酒と瀾滄江(らんそうこう)麦酒の2種類である。前者は原麦汁濃度10.5%、アルコール分3.7%、原材料は甘泉・麦芽・大米・酒花(ホップ)、製造元は雲南省大理市・大理麦酒有限公司である。後者は原麦汁濃度11%と10%のものがあり、アルコール分は各々3.7%と3.3%、原材料は泉水・麦芽・大米・酒花、製造元は雲南省保山市・瀾滄江麦酒集団保山有限公司である。因みに瀾滄江とは雲南省を流れるメコン川の源流部の呼名であり、世界遺産に01_339登録されている「雲南保護区の三江併流」とは、怒江(どこう:サルフィン川の源流部)、瀾滄江、金沙江(きんさこう:揚子江の源流部)の3つの川が長さ170kmに亘り一度も交わらず南北に平行して流れている地域を指す。金沙江ビールや怒江ビールは見かけなかったので、どういう理由があるのか判らないが雲南省における三川の代表は瀾滄江ということらしい(或いは醸造所がある保山市の近くを瀾滄江が流れているという単純な理由によるものかも)。いずれにしても中国のビールにしては水っぽさがなく味がしっかりしている。

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世界遺産「麗江の旧市街」

2007年6月13日(水) 4:45起床、ベッドが硬く床か畳に直に寝かされた感じ、また枕は柔らか過ぎ、どうも寝覚めがすっきりしない。水道水を沸かしてコーヒーを飲む。朝食の弁当を貰って6:00出発、6:10広州新白雲空港に着く。チェックインしてSCを預け搭乗券を受け取る。ロビーの椅子に座って弁当を開くとCimg6341中味は油べとべとの焼きうどん、見ただけで食欲は失せる。7:20中国南方航空CZ3409便昆明行きに搭乗、ほぼ満席である。7:40離陸、ほどなく提供された機内食もパス、桑の実ジュースやコーヒーなど飲み物だけ戴く。9:36昆明国際空港安着、海抜1,890mの高地だけあってさすがに涼しい。 ロビーでの待ち時間に空港果業なる売店で大粒のビワ4個とヤマモモ20個を購入する。両方で11元は安い。他には長寿果(人参果)、香梨、サクランボ、ドラゴンフルーツ、パイナップル、パパイヤ、プラム、マンゴスチン、Cimg6348_1 モモ、竜眼、松の実、椰子の実など多彩な果物が並ぶ。別の店では巨大なサルノコシカケが1個32万円で売られている。 10:50空港近くのレストランへ行き早目の昼食、コラーゲン100%という鶏の脚の爪の煮込み料理が出る。見ただけで胸が一杯、これでは先が思いやられる。各テーブル(8名)にビール2本とスプライト1本の飲み物サービスが付く。ビールの銘柄は大理麦酒(OE10.5%)と瀾滄江麦酒(OE11%)、どちらも雲南省を代表するビールである。昼食を終え、現地スルーガイドのZEN氏(29歳男性)の案内で再び空港へ行く。Cimg6367 上海航空のカウンターで個人チェックイン、麗江行きの搭乗券を受け取る。FM9451便は約1時間のフライトで麗江空港に着陸、外は爽やかで陽射しが強い。麗江の海抜は2,400m、中国では青海、拉薩に次ぎ3番目に紫外線が強い所とか、住民は色黒の人が多い。納西(なし)族の現地ガイド孫さん(25歳女性)に迎えられる。14:10バスに乗り込み世界遺産「麗江の旧市街」見学へ向う。麗江は年間平均気温が7~19度、少数民族の納西族が多く暮らす街である。14:55旧市街入口に着く。バスを降りると早速Cimg6391果物売り(イチゴやプラム)が寄ってくる。 麗江の旧市街「大研鎮(だいけんちん)」は宋末元初に造られた街で800年の歴史を持つ。中心の四方街から五花石(大理石の一種)で造られた石畳の狭い道が四方八方に網の目のように延びる。道の両側には木造瓦葺きの二階家が軒を連ねる。水路が縦横に街を巡る。先ず高台に建つ萬古楼へ登る。登る途中の双景平台から麗江の街並と明代領主の館である木府を眺める。玉龍雪山は雲に隠れて見えないが、びっしりとひしめく灰 黒色の甍の波は美しい。高台のCimg6380 最上部に建つ五層の楼閣萬古楼は1997年完成の新しい建物である。息苦しさを我慢して登楼したものの、新市街地が見渡せるおまけがある位で、双景平台からの景色とさして変わらない。石畳の道の両側に並ぶ家は全て店舗か食堂に改装されており、建物は古いのかもしれないが世界文化遺産の風趣は全く感じられない。アクセサリー、バッグ、帽子、民芸品、ヤクの皮や骨や角を加工した製品、漢方薬、毛皮、銀器など種々雑多な商品を扱う店が並び、世界遺産登録が商売に利用されている(日本の白川郷なども変わらないが・・・)。狭い道は人、Cimg6470ひと、ヒトで溢れている。中国人観光客の数が圧倒的に多く、西洋人や日本人の姿はちらほら。四方街に出て千年橋という大石橋を渡り、三眼井(上池飲用、中池洗菜、下池洗衣)を見学、東巴(とんぱ)文字の印章店に立ち寄る。東巴文字は納西族の原始宗教に用いられた象形文字で、細々ながら今も生きている。17:00今宵の宿王府飯店にチェックイン、2108号室に入る。2005年完成の4つ星ホテルはゆったりしておりアメニティーは至れり尽くせり、NHKが入らないのだけが不満である。Cimg6446 18:00ロビーに集合しホテルのレストランで夕食を摂る。メニューはヤク肉と豆腐の火鍋、鶏スープ、鮒の唐揚げ、コンニャクの煮込みなど、どれもぱっとしない。ビールは大理麦酒、これはまずまず。食後再び旧市街散策に出る。午後の8時近いのに未だ明るい。四方街へ行くと広場はライトアップを待つ人々で大賑わい、明朝が早いので名物の生姜飴を買っただけでホテルに戻る。デジカメの充電を仕掛け風呂に入る。(続く)

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雲南アルプス二大名峰とシャングリラハイキングの旅

2007年6月12日(火) 9:28のバスで南柏駅へ。我孫子、成田で乗り換え11:45成田空港第2ターミナル着。平日のせいか或いは出発便が少ない時間帯なのか、ロビーは珍しく閑散としている。阪急交通社の団体旅客受付へ行き航空券を受け取る。その足で中国南方航空のカウンターに行きチェックイン、Cimg6311SCを預け搭乗券を受け取る。身軽になってAIUカウンターを探し出し 海外旅行保険に入る。中国の奥地は何があるか分からない。スタバでコーヒーを飲み12:50の集合時刻を待つ。添乗員は30歳前後の女性Fさん、ツアーメンバーは24名(内訳;夫婦4組、男女5人組、女性2人組*2、男性2人組、父娘、一人参加3名)、いずれも山男や山女とみえ身支度も板についている。出国審査を終え出発ゲートロビーの97に入る。広州行き中国南方航空CZ386便はJALとの共同運航、14:05搭乗する。39AB席は最後尾から2番目、Cimg6314 2席並びで上手い具合に窓側と通路側を同時に確保する。空席が目立ち搭乗率は4、5割程度、機体は新しく個人端末付きである。14:40離陸、広州まで2,800㎞、4時間の空の旅の始まり。今日は天気がよく、九十九里浜の海岸線や銚子の犬吠崎がくっきり見える。青島麦酒を飲みながら朝日新聞とプレジデント2007.7.2号を読む。時計を1時間遅らせ、入国カード、税関申告書、健康検疫カードの3種類の書類を二人分記入する。中国語でスッチーは空姐、なるほどと変なところで感心する。分厚い雨雲の下に出て17:38広州新白雲国際空港に安着、Cimg6318_1 曇りで30度は蒸し暑い。前回来た時から丸3年が経ち、白雲空港も街中から郊外に引越し、中国一の巨大な空港に変身している。18:25迎えのバスに乗る。10分ほどで空港近くの4つ星ホテル、南航明珠大酒店にチェックイン、中国南方航空の系列ホテルで新しく立派である。一旦部屋(3022号室)に入る。19:20から1階レストランで広東料理の夕食、スズキの蒸し物はまあまあ美味しい。現地ガイドの包(ボウ)氏が日本円を元に両替してくれる。1万円が580元(17.24円/元)で、成田空港で両替するより若干率が良い。部屋はゆったり、調度品は落ち着いていて合理的、アメニティーも電気ポットからスリッパ、蚊取り線香まで何でも揃っている。但しNHKが入らないのとトイレの水勢が弱いのが難、風呂に入り22:00ごろベッドにもぐりこむ。(続く) 

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杭州市内観光(Ⅱ)/帰国

2006年5月24日(水)  6:00起床、早くも帰国の日がくる。6:45朝食に下りる。今日もサラダと果物、ロールケーキにコーヒCimg3912ーとする。9:00ロビー集合、ホテル内の売店で堂々とニセブランド品を売っている。 中国政府の知財権保護も建前だけで当てにならない。空は相変わらずどんよりしており、朝から蒸し暑い。最後の観光は河坊街の自由散策、河坊街は古い街並を再現した特産品ショッピングモールである。清河坊歴史文化特色街区とあるが建物自体はみな新しい。ちょっと見には屯渓の老街に似ている。竹炭・竹酢液、アクセサリー、お茶・乾物、漢方薬、玉器、シルクを扱う店がずらりと建ち並ぶ。レストランや屋台街もあり、買い物客でCimg3917 賑やかである。2006年産龍 井新茶の大缶を2缶70元で購入する。友誼商店の8分の1の価格、旅慣れていればこういう所で買物が出来る。もっとも龍井茶もピンからキリ、見た目も香りも同じだが50gで48元のものもあれば、68元、88元、果ては180元のものもある。どうも良く判らない。安いものは木の葉が混じっている粗悪品もあると言うので、釜炒りし立ての茶葉を目の前で缶に詰めてもらう。又、土笛(塤)1個と甘栗500g10元を2袋買う。10:30バスに乗り空港へ向う。銭塘江を渡るのも三度目、 橋長1,453mは利根川より余程広い。Cimg3916 11:20杭州蕭山国際空港に着く。税関申告書を書いて税関を抜け、ガイドのKさんに別れの挨拶を送る。出国審査を済ませて出発ロビーに入る。免税店で最終の土産を物色、紹興酒の8年物(80元)と10年物(98元)を1本づつ購入する。Kさん所属の中国旅行社の斡旋品は6年物が1本140元、やっぱり空港で買うのが正解である。帰りの便も全日空、NH930便に13:30搭乗する。35C席、ガラガラで横3席を占領する。14:05離陸、時計を1時間進ませる。(完)

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杭州市内観光(Ⅰ)

2006年5月23日(火)   6:00にモーニングコールで起きる。CH4で中国中央電視台制作の「新シルクロード」をやっている。NHKより内容は真面目、ずっと学術的である。6:30朝食、このホテル洋食があるので助かる。ロールケーキに野菜に果物を取り、コーヒーを飲む。7:30出発、今日は世界遺産の見学はなく杭州市内の観光、先ず西湖遊覧からスタートを切る。通勤風景を見るとまだまだ自転車やバイクが多い。バスも満員である。車も結構多いが北京や上海、広州ほどではない。並木の樹種はエンジュ、プラタナス、タブノキ、クスノキ、イチョウなど、何故か幹のかなり高い所まで縄を巻きつけている。杭州は美人の産地として中国では有名らしいが、街行く女性を見る限りそうでもない。今晩のオプション、総合舞踏の“西湖の夜”もパスした方がよさそうである。空は大気汚染のせいか、どんよりしてどうもすっきりしない。Cimg38248:40蘇堤の乗船場から遊覧船に乗る。韓国人グループと一緒になるとこれが最悪、早速酒盛りが始まる。うるさくてガイドの説明が聞えない。中国といい韓国といい儒教の本家本元の国であるのに、国民のモラロジー教育は一体どうなっているのか。日本人以上に自己中ばかりである。西湖は周囲15km、面積は琵琶湖の100分の1というので箱根芦ノ湖位か、 最深部でも2.8mしかない。水色は美しいとは言えないが、ドブでもない。臭くない。聞けば彼の有名な銭塘江の逆流で毎月1回湖水が入れ替わるとのこと、なるほどと納得する。船は湖面をCimg3834 ゆっくり進む。雷峰塔や保俶塔が霞んで見える。西湖十景の“蘇堤春暁”を左に眺め、“三潭印月”を右に眺める。眞に優雅な舟遊び、白居易や蘇塘坡の昔が偲ばれる。優雅な気分に浸れたのも30分ほど、ほんの触りだけで西湖遊覧は終る。風雨亭の所で船を降り、湖畔のプラタナス並木を歩いて浙江省博物館の見学にゆく。湖中を覗くとウグイモドキが沢山泳いでいる。博物館は常年免費、即ち無料である。1階は5300~4000年前の良渚文化の文物、2階は越、呉越、宋時代の文物、3階は辛亥風雲(革命)に関するパネル写真等を展示している。10万点以上の収蔵品があり、ゆっくり見るには1日かかるとのこと、ここも触り程度に終る。予報では最高気温が29℃、今日も暑い。再びバスに乗って今度は龍井村に向う。連れて行かれたのは浙江友誼商店“龍井茶道館”、Cimg3854 外国人(特に日本人)を相手に割高な商品(この場合はお茶と茶器)を売りつける店である。エリザベス女王来店時の写真が殊更麗々しく掲げてある。日本の緑茶は生葉を蒸して醗酵を止めるが、中国の緑茶(龍井茶etc)は釜炒りで醗酵を止める。店頭で実演を見せられた後、奥まった一室に案内される。看板娘がお茶を入れてくれると見る間に、日本語を流暢に操る中年女性が出てきて売り込みにかかる。ウーロン茶1箱170元、プーアール茶170元、一葉茶238元、花茶(ジャスミン工芸茶)380元、ジャスミン茶240元、本命の龍井茶(ロンジン茶)は65g缶120元、130g缶240元と言う。つまり緑茶100gが2,800円、そんな高いお茶は日本でも飲んだことがない。自宅で飲むのはいつもグラム500円、昔会社で出していたのは確か350円である。非常に高い、高過ぎる。ここは当然見送るのが正しいが、同行の何人かは根負けして購入したようである。市内に戻って漸く昼食、麺点料Cimg3890理とのことで小龍包など出る。食後、仏教禅宗十大寺院の一つ、 霊隠寺に参拝する。13:20着、駐車場は観光バスで満杯、境内も観光客で溢れている。ギンギラギンの観光寺、余り有り難みは感じられない。文革で破壊され荒廃していた寺を1980年代に再建したとのこと、開山祖師の慧理を讃える理公塔、慧理の像、龍泓堂、威鎮三洲、大雄宝殿、五百羅漢堂、951年に造られた石窟坐像(写真)などを巡る。象に乗ったり獅子に乗ったりしている仏像は、今年2月にインドで見たジャイナ教窟の祖師像そっくりである。次Cimg3899いで銭塘江の北岸に建つ六和塔(リクワトウ)の見学に行く。呉越王の銭弘俶が銭塘江の高波を鎮めるため970年に建立したもので、高さ60m、7層8角の大塔である。 西安の大雁塔が高さ64mなので丁度同じ位であるが、外から眺めると13層に見える分一回り大きい感じがする。せっかくなので登楼料10元を支払って最上階まで登ってみる。全ての階に回廊が付いていて内部は大雁塔より広い。塔上から眺める杭州市街と銭塘江畔の景色は広闊且つ雄大である。最上階まで223段ある階段を登ると汗びっしょりになる。毎年陰暦8月18日に起きるという銭江観潮(海水の大逆流)を観に再び訪れる日が来るとよいが、、、。最後に予定にはなかったシルク博物館を案内するという。いやにサービスが良いと思ったら案の定、博物館には入らず敷地内にある商場へ連れ込まれる。シルクを纏った美女のファッションショーを見せられてから売り場の一室に拉致され、絹綿の布団はじめシルク製品の売り込み始まる。中国人は商魂Cimg3908たくましい。やっと解放されて夕食に行く。会場はホテル百合花飯店のレストラン、 そこで杭州名物のトンボーロ(東坡肉;豚の角煮)と乞食鳥(叫化鶏)が出る。トンボーロは醤油で煮しめたように真っ黒で見た目は悪いが、口当たりはとろけるように柔らかく美味。乞食鳥(写真)も真っ黒でグロテスク、何でもハスの葉で鶏をくるみ、ラップで包んで蒸し焼きにしたものらしい。恐る恐る箸を伸ばして食べてみると淡白でパサパサ、茹でたマグロの赤身を食べるようで案外いける。「西湖の夜」を観劇に行く8人と別れ、19:00タクシーでホテルに戻る。(続く)

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黄山(Ⅱ)

2006年5月22日(月)  黄山山中での一夜明ける。夜中に秘かにドアをノックする音、無視していると電話がかかってきて「マッサージは要りませんか?」と艶かしい女性の声、もはや特殊マッサージを必要とするほど若くは無い。どうりで部屋に入る時、客室係の女性が「お客さん一人?」と何度も確かめた訳である。今朝は天気が良ければ、4:15モーニングコールで清涼台まで御来光を仰ぎに行く予定であったが、生憎の土砂降り。まあ昨日天気に恵まれただけでもめっけもの、登って来て何も見えずそのまま下る羽目になる観光客も多いらしい。お粥、卵、漬物のあっさり朝食を済ませ7:40ロビーに集合、100円のビニルカッパを着て傘もさし、完全防水態勢で出発する。カメラ等はビニル袋に入れてリュックに仕舞う。先ずは始信峰に向う。Cimg3777_1同行のメンバーは、昨日のロングウォーキングが崇り膝が痛むらしく、下りが辛そうである。団結松、連理松(十大名松)、竜爪松など見事な枝ぶりの奇松が次々に現れる。どれも樹齢は1,000年ほど、種類は松科松属黄山松という固有種である。8:30始信峰直下のテラスに着く。始信峰(1,683m)は2年前から自然保護のため登頂禁止だそうである。テラスから始信峰の断崖に生える十大名松の一つ、“探海松”(写真上)を眺める。江沢民国家主席もそれを背景にして写真を撮ったという名松中の名松である。近くに竪琴松Cimg3782(写真下)という別の十大名松もある。最後に黒虎松を観て、9:00雲谷ロープウェー山頂駅に戻る。すでに山を下りる人で長蛇の列が出来ており、まともに並べば3、4時間待ちは覚悟しなければならぬ。 料金の高い貴賓票を買って傍らの土産物屋で一旦休憩、10:30貴賓待合室に入って呼び出しがかかるのを待つ。中国は今国内旅行ブーム、有名観光地はどこへ行っても大混雑する。声高な中国語が飛び交い喧しい。うるさいし、煩わしい。いずれ世界中の観光地がかくの如くなるかと思うとうんざり、今のうちである。11:10やっとお呼びがかかる。外はガスで真っ白、ロープウェーからの絶景が今日は全く拝めない。雲谷寺跡に下り着き、迎えのバスに乗る。下界もガスがかかり何も見えない。温泉区まで下りて食苑楼にて昼食、20元を支払い特別料理のキノコスープを頼む。色々なキノコの良い出汁が出ており美味い。アシナガシメジとナメコの炒め物、Cimg3802 ワラビの煮物もいける。山の幸はみな美味しい。一階の櫻緑石なる店で買物タイム、何も欲しい物がなくこの時間が勿体無い。13:30漸く屯渓へ向けて出発、幸い雨も上る。14:40~15:50の間屯渓区の老街見物、宋や明時代の古い街並が保存されている。建物の一階は商店、二階が住居である。「買わないものには手を触れない」「落として壊したら法外な弁償金を請求されるよ」と何度もガイドのKさんから注意を受ける。通りには硯屋、玉器屋、乾物屋(キノコ、果物、花)、お茶屋、菓子屋、雑貨屋(扇子、櫛、etc)が並ぶ。こんなに沢山同じような品物を扱う 店が並んでいて商売が成り立つのかと、Cimg3797他人事ながら心配になる。中国政府が天皇陛下に贈った硯を作ったという“三百硯斎”という硯屋に案内される。店主は周小林氏、硯作りの名人で、江沢民国家主席と一緒に撮った写真が飾られている。又天皇陛下に贈った硯と同じものも飾られている(同時に2本制作)。今では端渓より歙県硯の方が珍重されるとのこと、最低でも一本10数万円と高い。次いでKさんが勤める旅行会社経営のお茶屋に入り休憩する。美形の看板娘は商売上手、名物のゴマ煎餅1箱50元(750円)のところ、7箱3,500円で よいと言う。皆喜んでまとめ買いする。後で老街を自由散策して菓子屋を覗くと、簡易包装ながらCimg39381箱20元で売られている。しかも「便宜一点!」と言うと10元まで値引きしてくれる。中国旅行会社(現地ガイド)が日本人観光客を連れて行く店は総じて高い。包装などの体裁は良いが市場価格の5~10倍もする。日本で買う値段と変わりが無い、下手したら日本より高い。もう中国も5回目、手の内は読めている。乾物屋で大粒のナツメを5元分(30個ほど)買う。これが旅の達人である。一旦一昨日泊まったホテルに寄り、スーツケースを回収する。16:10杭州へ向け出発、再び徽杭高速を走る。沿線風景には桑畑が多い。杭州が中国一のシルクの産地と聞けば納得である。水田では田植えの真っ最中、全てが人海戦術、農業機械は全く見られない。茶畑も又多い。但し日本のように整然と刈り込まれているわけではなく虎刈り、中国人は上流階級はともかく農民に美意識や美的感覚の余裕はない。19:50杭州市内の夕食会場、杭州洪橋度假村に着く。21:00まで夕食、西湖麦酒を飲む。やはり水っぽいがアルコール含量3.6%は今までで一番まし。21:30今宵の宿、杭州皇冠大酒店(☆☆☆☆)に入る。部屋は802号室、バスローブも置いてあり今回の旅で一番良い。早速傘や濡れ物を拡げて乾かし、デジカメの充電を行う。(続く)

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黄山(Ⅰ)

2006年5月21日(日) ぐったり疲れてCimg3685移動する車内で少し居眠りするうち、バスは早くも黄山の山麓にさしかかる。 付近は松、スギ、モミ、竹の混生林、特に竹の密度が高く竹が南方系の植物であることが良く判る。13:35ロープウェー駅がある雲谷寺跡(標高980m)に着く。そこから見上げる黄山の峰々はでっかい妙義山といったところ、なかなかの景色である。やはり中国人観光客のグループが多く、ガイドがマイクを使って機関銃のようにしゃべる。やかましくて仕方が無い。午前中は3時間待ちだったらしいが、1時間ほど並ぶとロープウェーの順番がくる。 Cimg3689_1 14:40山頂駅へ上る。早速石の階段道を踏みしめ、黄山の中で2番目に高い峰・光明頂へ向う。東西40km 、南北30kmからなる黄山には全部で15万段の石段があるとのこと、みな人海戦術で担ぎ上げ、人手で築き上げたものである。万里の長城を築く民族ならではの発想と成果物である。奇松、怪石、雲海、温泉で有名な黄山は中国十大風景名勝の一つである。(他の9つは、万里長城、故宮博物館、西湖、承徳の避暑山荘、桂林の山水、蘇州の庭園、西安の兵馬俑、三峡、台湾の日月潭) 明の地理学者霞客(カキャク)が五岳Cimg3743(泰山、衡山、崋山、恒山、嵩山)を凌ぐ中国一の山と讃えたとのことであるが、なるほどいかにも文人墨客好みの山水画の世界である。年寄りには応える石段の登下降であるが、樹木に名札が掛けてあり、それを読みながら進むと苦しさも和らぐ。樹木も下草も隣国だけに日本の山と似ている。何でも1,452種類の植物があるとのこと、一番目に付くのはやはり黄山松である。固有種とのことであるが松枯れ病とは無縁と見え、皆樹勢盛んである。その他にはナナカマド、ミヤマナラ、ヤマボウシ、ミツバツツジ、ヤマツツジ、Cimg3710 シャクナゲなどがある。日本の山で見るものとは少し異なるような気がする。15:30光明頂(1,840m)に着く。気象観測所とホテルが建ち観光客で溢れる山頂は俗化の極み、余り感激はない。黄山最高峰の蓮華峰(1,864m)と3番目の天都峰(1,810m)の眺めが良いのが救いである。どちらも峨峨とした岩山でどっしりと重量感に溢れている。1,800mを越える峰は3座しかないが、1,000mを越える峰が72もあり、峰と谷が複雑に入り組んだ険しい地形である。30分の写真タイムの後、飛来峰に向け出発する。Cimg3736 一旦下って20分ほど歩き、ひと登りすると飛来峰の直下に出る。金華山の天柱石に酷似した大岩、高さ12mの“飛来石”が台座のようなピーク(飛来峰)の上に聳えている。山頂に登る階段は一人通るのがやっとの広さ、登る人と降る人で大渋滞し交通整理が必要なほど。漸く台座に上ると転落防止用柵が半分だけ回してあり、飛来石の表面に「書境」なる大文字が彫り込まれている。中国人は自然に手を加え過ぎる。日本で世界遺産にこんな彫り物をしたら大騒ぎになる。ここも眺めは申し分なく素晴らしい。雲海が出ていない点は物足りないが贅沢は言えぬ。黄山では年間80日しか晴れ間がないとのこと、きょうはその貴重な一日である。幸運なのである。17:25日没を眺める好ポイントとされる排雲亭に着く。日没の景色を愛でるのは日本人だけらしく、中国人は全く関心がないらしい。日没まで未だ1時間以上あるというので、更に絶景ポイントを求めて丹霞峰を越え、太平索道山頂駅まで足を延ばす。駅舎最上階のベCimg3766ランダに陣取り、夕陽が沈むのを待つ。18:45漸く日没、残念ながら太陽は山の端ではなく、その上の雲に隠れる。それでも黄山の峰峰が墨絵のようなシルエットに静まるのを見届け皆満足する。大分冷えてきたので急いで宿へ向う。 19:00西海山荘着、山中では最高級の4ツ星ホテルである。標高は1,600mほど、割り当ての334号室に入る。隣の建物に在るレストラン・海中閣で夕食を摂る。料理はマズマズ、茄子とピーマン炒め、モヤシ炒め、大根スープなどあっさりしたものが多い。食材は全て強力によりここまで運び上げるとのこと、中国の失業者対策事業であろう。日本ならヘリコプターで搬送する。部屋に戻って風呂に入る。山荘とはいえ日本の山小屋とは全く違う。シャワーしかないが他は至れり尽くせり、アメニティーは何でも揃っている。水処理はどうなっているのか逆に心配になる。明らかにオーバーユースである。まさか垂れ流しではないと思うが、とかく金儲け最優先の国、自然保護は二の次、三の次になりかねぬ。風呂に入ってさっぱりすると20:50、TVを観ている内に眠くなる。(続く)

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中国(黄山市)のビール

Cimg3613_1  今回の黄山・杭州5日間の旅で飲んだビールは全部で4種類。“黄山泉”、“雲海”、“黄山山水”(以上3種類は黄山市迎客松麦酒有限公司製造)、“西湖麦酒”(杭州西湖麦酒朝日股分有限公司製造)。いずれも非常に味わいが薄く水っぽい。それも其のはず、前3者の原麦汁濃度は僅か8%、日本のビールは普通11%なので、3割ほど水増ししている勘定になる。従ってアルコール含量も3%前後、油っこい中国料理には合うかもしれないが、これじゃ酔えない。大瓶1本20元(300円)は安いように思うが、水増しであることと中国の物価を考えると決して安くはない。最後の西湖麦酒はアルコール含量3.6%、これもやはり薄い。

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安徽省南部の古村落/西逓村・宏村

2006年5月20日(土) 5:00起床、雨は上ったものの低気圧の通過で風が強い。南柏駅まで家内に送ってもらい6:00の電車に乗る。我孫子、成田で乗り継ぎ、7:40成田空港第2ターミナルビルに着く。8:20集合なので大分余裕がある。受付で搭乗券と帰りの航空券を受け取り、ANAカウンターでスーツケースを預ける。出国審査を済ませて8:20には搭乗口ロビー(70K)に入る。添乗員が付かないツアーはシンプル、案内も説明もない。何人のツアーかも、どんなメンバーかも杭州空港へ着いてみなければ判らずミステリアス、未だ離陸まで2時間もある。暇なのでマイレージ登録など行う。10:00いよいよ搭乗、NH929便(B767)はほぼ満席、Cimg3602 41E席に納まる。中国へ出発する便が多いとのことで予定より1時間も遅れ11:15離陸、早速腕時計を1時間遅らせる。直ぐに昼食が出る。サワラの西京焼きに茶蕎麦のメニュー、ビールも飲む。 入国書類を記入し、映画「キング・コング」を30分ほど観たところで早くも着陸態勢に入る。13:10杭州蕭山国際空港着陸、飛行時間3時間、中国は近くてよい。外は蒸し暑く、今日の最高気温32℃とのこと、半袖シャツを持って来なかったのは失敗である。現地添乗員のK氏に迎えられる。30代半ば位の男性、日本語が上手く安心する。ツアーメンバーは14名、Cimg3604 内訳は夫婦4組、父娘1組、一人参加4名で、サプライズは無いが少人数なのでほっとする。14:00迎えのバスに乗り込み屯渓へ向かう。44人乗りの大型 バスなのでゆったりしており、4時間のバスの旅も苦にならない。道沿いには、屋上に茶室を備えた総タイル張りの洒落た住宅が建ち並ぶ。浙江省は中国34の行政区の中で4番目に豊かとのこと、沿海部の経済発展は目覚ましい。車窓から眺める風景が水田、養魚池、麦畑、茶畑、竹林などに変わる。ちょうど麦秋の時期で麦藁を焼く煙があちこちで立ち昇る。一昔前の日本の農村風景を見るようでなんとも懐かしい。バスはガラガラの徽杭高速を走る。2008年北京オリンピックに向け全国で高速道路網を整備中との事、昼夜の突貫工事らしく所々工事中の個所がある。18:00黄山市に入る。1990年に黄山が世界遺産に登録されたのを機にCimg3616 従来の屯渓市から改名したとのこと、人口は150万人で1区4県から成る。もともとは農業が主産業であったが、今は黄山のお陰で観光業がメインである。屯渓区が市の中心で、黟県(イケン)は古民居、歙県(キュウケン)は硯、祁門県(キーモンケン)は紅茶、休寧県(キュウネイケン)はゴマで有名とのこと。18:15黄山国際大酒店にチェックイン、4つ星ホテルで黄山市では最高クラスとのこと、225号室に入る。荷物だけ置いてロビーに集まり、市内のレストラン・桂麓酒楼に夕食に行く。草魚とヒメタケノコが主菜では推して知るべし、珍味もない。ビールもまた水のように薄い。19:45ホテルに戻る。TVをつけると娯楽番組が増え、内容も急速に垢抜けしつつある。風呂に入ってさっぱりすると21:00。

5月21日(日) 5:30起床、6:30からの朝食を済ませホテルの周辺を散策する。ホテルの前を流れる新安江の川岸で洗濯をしている人が大勢いる。7:40ロビー集合、今夜は黄山山中泊なのでリュックに下着一組を詰Cimg3627めただけの軽装備、大きな荷物はホテルに預けて行く。現地ガイドKさんの自宅は新安江の対岸に建つ新築マンションの一室で130㎡、価格30万元(450万円)を20年ローンで 購入したとのこと。なんでも中国では結婚式の費用も住居も全て男性側が揃えねばならず、資力のない男性は結婚も出来ないとのこと、「男はつらいよ」と頻りにぼやく。日本も似たようなものである。 7:45出発、黄山に行く途中の世界文化遺産、安徽省南部の古村落“西逓村(セイテイソン)”と“宏村(コウソン)”の見学に向う。陽光燦燦、北緯30度Cimg3645のこの地はもう夏である。8:40西逓村着、白壁に黒瓦、馬頭壁(日本で言うウダツ)を特徴とする明代( 500~600年前)の古民家群がひとかたまりの村落を形成している。村の入口をくぐり狭い 路地を進む。殆どの家が一階で土産物を商っている。役人の家という“廣古斎”や、村一番の豪邸“瑞玉庭”を見学する。客間には正面に床の間があり、額、掛け軸、聯、時計(中央)、筆立て(両側)、鏡(左)、花瓶(右)がセットで飾られている。何か意味があるらしいが説明を聞き漏らす。この辺りの標高は300m、それにしても蒸し暑い。1時間ほどで切り上げ宏村へ向う。9:55着、入場料は80元と高い。村を囲む湖沼にかかる石橋を渡って村内に入る。古民家の造りは西逓村と同じであるが、この村の方が一回りも二廻りも大きい。Cimg3659 中央広場に半月池があり、その側らの水郷茶楼・根心堂に入ってティーブレーク、龍井茶(緑茶)と祁門紅茶を飲む。村内一の豪邸“承志堂”を見学、阿片の吸引室、麻雀室、妾部屋、客室などを順順に巡る。例のごとく写真とメモに熱中していると、何時の間にか仲間の姿が消え失せる。30秒かそこらのことであるが、見事に置いてきぼりである。慌てて承志堂の出口から飛び出してみたものの、そこから先の路地は迷路のように入り組み、どこへどう曲がったものやら見当もつかない。悪いことに中国人の団体旅行者がCimg3668 何組もいて視界も効かない。やれやれ、確か村内で昼食を摂ると言っていたようであるが店の名前を聞いていない。行き先を尋ねようにも尋ねられない。まさか「私はどこへ行ったら良いのでしょう」とも聞けないし、、、。もっとも周りは中国人ばかり、日本語も通じない。携帯電話も無いし、あったとしてもKさんの番号を知らないし、、、全くのお手上げである。仕方が無いので道標に従い一旦駐車場に戻る。ずらりと居並ぶバスの中から乗ってきたバスを漸く探し当て、運転手の携Cimg3666帯電話でKさんに連絡を取ってもらう。 日本語も英語もドイツ語も通じないので筆談である。ただでさえ蒸し暑くて汗だくなのに、冷や汗や脂汗まで出てくる。やっとKさんに繋がる。探し回っていたらしく先方も切迫した声である。10分ほどで迎えに来てくれる。いやー参った、参りました、中国で道に迷うと実に始末が悪い。レストランは十三楼という名前で山手の奥まった所、皆の残り物を急いで食べる。ここもヒメタケノコがご馳走である。食事の後、村の出口にある市場を覗く。フナや鯉、泥鰌、タニシなどの川の幸、ワラビ、ウスヒラタケ、アラゲキクラゲ、シイタケなどの山の幸が並んでいる。が、珍品はない。12:30バスに乗り黄山へ向う。(続く)

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苦瓜ビール

kuguabeer01中国の西安のレストランで飲んだゴーヤ入りビール。日本なら発泡酒に分類される代物であるが、苦味はホップの方がずっと上品である。健康酒なのかも。

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始皇帝陵と兵馬俑坑

2005年1月22日(土) 5:30騒々しいモーニングコールで目覚める。荷物を自分で下ろし、朝食代わりの弁当を受け取ってバスに乗り込む 。6:30出発、曇天で未だ暗い。7:05空港着、旧正月が近いせいか国内線は故郷に帰る人々でごったがえす。 スルーガイドのKさんの話では_050空港利用税は航空券料金に含まれるようになったとのこと、中国は変わり身が速い。8:35中国東方航空2106便に乗り込む。10:15西安咸陽国際空港に無事着陸、外はマイナス3℃、ぼんやり霞んでいる。西安ガイドは女性のSさん、小柄だがハキハキしていて説明も要領がよい。大学を卒業してから11年間この仕事をしているとかで、日本語も達者である。西安の11~2月は霧の季節、飛行機は遅れることが多いらしく今日の定時着陸は幸運らしい。西安は隋・唐時代の都の長安であり、北京に首都が移ってから西方安定を意味する西安に名前を変えたという。陝西省は小麦とトウモロコシの2毛作が可能でザクロも沢山採れるとのこと、そういえば西安市の市花はザクロである。地元の人はザクロを種ごと食べるらしい。そのほか柿、林檎、梨などの果物が豊かに実る土地である。 また、餃子の故郷でもある。先ず華清池見学、御湯遺址博物館はじめ建物は1990年代に再建されたもので皆新しい。楊貴妃の海棠湯、玄宗皇帝の蓮華湯、皇太子用の太子湯、貴官用の星辰湯など巡る。いずれも殺風景な石畳の浴槽で情趣に欠ける。背後の驪山は最近降った雪が残っていて真っ白である。華清池に建つ楊貴妃像の前で、男性は玄宗皇帝、女性は楊貴妃になったつもりで記念写真に収まる。 バスで秦俑博物館へ移動、途中車窓から眺める秦始皇帝陵は高さ75mの人口の山、_06870万人を38年間動員して築いたという途方もない代物である。 見学は昼食を挟み12:50~15:15、最初に銅車馬展覧館、次いで一号坑を観る。2,220年前の世界が眼前に甦る。敷地内にあるレストラン友誼餐庁で昼食、麻婆豆腐などの四川料理で2種類のスープヌードルも出る。手打ちウドンと手打ち蕎麦の実演は中国らしく派手派手。その後三号坑(司令部)と二号坑(多彩な俑)を観る。再びバスで移動し、唐代の建物で唯一今に残る大雁塔を見物する。大雁塔は大慈恩寺にあり、玄奘がインドから持ち帰った経典や仏像を保管するため652年に建立されたもの。七層、高さ64mの均整のとれた堂塔は、姿形が美しい。山門を潜ると左右に鼓楼と鐘楼が配され、朝な夕なに時を告げる。本堂の大雄宝殿には釈迦三尊像が安置されており、左の像には過去(ご先祖)の、中央の像には現在の、右の像には未来(子孫)の願い事をするらしい。20元を払って大雁塔に登ってみる。 内部は248段の木の階段が旋廻して続く。各階の四方には開口窓がついているが内部は意外に殺風景、最上階からの 西安市街の眺めも靄でぼやけている。帰り道、翡翠専門店の土産物屋に寄る。_083 白菜を模った翡翠の置物は56万8千元(740万円)もする。白菜に百歳と百財をかけた目出度い物らしい。夕食は餃子の有名店の解放路龍海餃子館、西安名物の苦瓜ビールを飲んでみたがまずい。食後に唐代舞楽ショーを観に行く。場所は唐楽宮という所で20:30~21:40の上演、昨年東京国立博物館で中国国宝展を開いた時も訪日して披露したという出し物である。 当時の衣装と楽器を忠実に復元し、玄宗皇帝と楊貴妃の物語を繰り広げる舞台は、玄妙にして華やかである。薄物を纏った踊り子はみな柳腰のスリム美人、持参の双眼鏡が大いに役立ち、目の保養となる。22:00古都新世界大酒店にチェックインする。NHKが5CHで入り、四つ星ホテルでも快適である。

1月23日(日) 6:30起床、もう帰国する日になる。スーツケースをドアの外に出し朝食に行く。お粥に野菜、果物と軽めにする。_089洋食もあるので大助かり、毎食そして朝から中華料理では胃腸が草臥れる。今回の旅の食事は北京ダック、飲茶、餃子に四川料理、上海料理とヴァラエティに富んでおりまずまず 。8:00バスに乗り込み出発。曇天で薄暗い。先ず、シルクロードの出発点である西安城の西門(安定門)を見学に行く。唯一残る明代の城壁が旧市街をぐるりと取り囲む。 全長13km、幅12~14m、土台部分の幅15~18mもある。城壁上の通路はまるで高速道路のような眺めである。今はシーズンオフなので城楼の修復工事をやっている。西域へ旅立つ人の別れの宴を開いたという西楼へ登ってみる。内部は絨毯を売る土産物屋になっており、「記念玄奘三蔵法師天竺取経返唐一千三百六十周年」の幕が掲げてある。西楼はEmbrasure Watch Tower(外敵を見張る塔)、東楼はGate Towerで、中庭をはさんで対峙する二楼はその役割が異なる。111 西楼の最上階から西の方、シルクロードを望む。今は大路の舗装道路が真っ直ぐ西に延びている。再びバスに乗り、ツアー最後の見学先、陝西省歴史博物館へ行く。 アジア最大の博物館で37万点の文物を収蔵するとか、昨年の中国国宝展に出品されていた物も多い。115万年前の南京原人の時代から、周、漢、隋、唐、秦と時代別に展示された文物を要領よく案内してもらう。ガイドのSさんは聡明で博識である。その後お茶屋で一服、5種類の茶の試飲をする。すなわち白毛猿、一葉茶、球状ジャスミン茶、人参烏龍茶、陝西紫陽毛茶である。昼食は西安賓館の上海料理で小籠包も出る。紹興酒の酔いと連日の睡眠不足のため、空港までのバス車内ではぐっすり眠る。13:30空港着、出国審査を済ませ出発ロビーに入る。搭乗まで時間があるので傍らの喫茶室でコーヒーを飲むと何と一杯が68元(約1,000円)、帝国ホテル並みの法外な値段である。中国は来るたびにいろいろ勉強になる。15:00搭乗開始、日差しが出てくる。B767型、JL600便はシーズンオフで空席が目立つ。早速時計を1時間進める。16:40離陸、20:10成田空港着陸。成田は小雨、外気温4℃である。迎えのマイクロバスに乗ってRVRを回収し、23:00無事帰宅。やれやれである。(完)

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天壇・故宮・万里長城

2005年1月20日(木)  3度目の中国旅行は北京・西安の旅、RVRにスーツケースを積んで13:10出発。 14:25成田空港手前の駐車場へ車を預ける。4日間で2,415円也、これが一番楽で安上がりかもしれぬ。空港ターミナルまでマイクロバスで送ってもらう。チェックインは16:00、スーツケースを預けて搭乗券を受け取る。出国審査を済ませ、免税店で娘に頼まれた化粧品を買う。マイレージサービスを登録するうち搭乗開始時間になる。JL789便、偶然にも機内でY氏夫妻に会う。お嬢さんが北京に留学しており訪ねていくところ、全く奇遇である。 18:40やっと離陸、ずいぶん揺れる。001 それにしてもJALは座席が窮屈、個人端末で「隠し剣、鬼の爪」(松たか子主演)を観る。21:10北京新首都国際空港へ着陸、気温マイナス2℃、晴れている。滑走路がとてつもなく長い巨大空港である。中国人は何でも大きいのが好きとみえる。入国審査をパスしてロビーへ出ると現地ガイド3名が待ち受けている。グループは全部で39名、青組19名と赤組20名の2グループに分かれる。22:20迎えのバスに乗り込む。底冷えする寒さであるが今年はこれでも暖冬とのこと、先ず夜食を食べに東海明珠なるレストランへ行く。ラーメンと言っていたようなので軽食かと思いきや、10皿も副食付き、麺が粉っぽい。早速テーブルに係員が廻ってきて木魚石なる石の茶器の売り込み、中国が初めての人はこの洗礼にびっくりする。売り子の日本語が達者なことに又びっくり。今宵の宿は五つ星ホテルの京広新世界飯店、814号室、55階建てで北京でも有数の高層ホテルであるが設備は古い。風呂に入ると既に1:00、日本では午前2:00である。

1月21日(金)  部屋は暖房が効き過ぎ、調節できないので暑くてよく眠れない。14階のシングルの部屋は逆に暖房が効かず、011 オーバーコートを着て寝ても寒かったとのこと。6:00ジリンジリンとやかましいモーニングコールで目が覚める。どうも中国は全てに品が悪い。朝食を済ませ、7:30完全防寒スタイルでホテルを出発、漸く明るくなる。北京の朝の通勤風景は車も多いが自転車も多い。道路は8~10車線もある。先ず天壇公園見学、道端や植え込みに残る雪はガチガチに固い。7:45日の出、東から赤い太陽が昇る。公園では付近の住民が太極拳やダンス、トランプに興じている。 代表的建築物の祈年殿は三層構造の円堂、 中国最大の祭祀建造物で三層の基壇の上に建つ。大屋根を支える柱は上層から4本、12本、12本で合計の数字28にも意味があると019いう(二十八宿?)。深い瑠璃色の瓦が美しい。寒さのためにデジカメの電池消耗が異常に早い。 続いて天安門広場の見物、40万㎡の面積を持つ世界一の広場で50万枚の石畳から成る。北には天安門、西側には人民大会堂が建ち、中国最大のオベリスクである人民英雄記念碑も立っている。今日はカナダの要人が来ているとかでカナダ国旗がはためいている。10車線の道路を地下道で渡り、紫禁城見学に行く。紫禁城は北京オリンピック前の2007年まで毎年1億元をかけて大修復するとのこと、場内のあちこちに 槌音が響く。天安門、端門、午門を潜る。 午門から先が紫禁城内である。建物の用材はすべて楠とのこと、040巨木になり又香木であるゆえか。太和門から太和殿、 中和殿、保和殿と進み、殿内と玉座を見物する。それにしても紫禁城は圧倒的なスケール、清朝皇帝の富と権力はローマ法王をも上回る。サンピエトロ寺院も真っ青である。 後宮入口の乾清門に至った後VIP用貴賓館という清韻堂に案内されて休憩する。クリントン前米国大統領や細川首相の来堂写真が飾られているが、何のことはない書画の展示即売館である。 ○鶴先生という書道家がおり、「心清事達」「福寿康寧」「一生感動」などと書いてもらうと一幅10,000円、軸にすると50,000円である。余り感動しない書体でなんとも怪しげであるが、5万円や30万円の軸物や水墨画を平気で購入する社長さんが多いのにびっくり。珍宝館には金、銀、宝石、宝玉の細工物がこれでもかといわんばかりに並んでいる。何でも故宮博物館には90万点の国宝があり、これらはそのほんの一部らしい。神武門を抜けて紫禁城を出る。12:10再びバスに乗り、清河料金所から高速道に入り万里長城へ向かう。 途中北京金殿友誼商城の2階レストランで飲茶料理の昼食、アルコール分56%の白酒を嘗めただけで酔いに酔う。食後1階土産物店で費消する時間がやたらに長く勿体無い。04214:50から万里長城の八達嶺の見物、荒涼とした冬枯れの峰から峰へ、稜線を伝う城壁が延々と見渡す限り続いている。総延長6,350キロメートルは空前絶後の建造物である。降雪時には見学させないとのことで、今日は幸運である。右のなだらかな方は女坂、左の急な方は男坂である。迷わず男坂を登る。女坂の方は蟻の行列であるが、こちらは登る人が少ない。床は石畳で階段やスロープになっており、壁は墨色のレンガで出来ている。結構傾斜がきつい。15:15男坂の最高点にある城楼に到達、駐車場からの標高差200mほどである。15:30下山、再びバスで北京市内に戻る。夕食は北京ダックの有名店の全聚徳へ。北京ダックは油が強くいまいちであるが、他の料理はあっさり味で食べやすい。ホテルへ帰る前に屋台街の王府井を見学する。コオロギ、サソリ、タガメ、芋虫、蝉、雀、蛇などのげてものが串に刺して並べてある。ひと串5~8元と安く、注文すれば焼いてくれるが、なかなか勇気が出ない。20:15連泊の京広新世界飯店に戻る。(続く)

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広州市内観光/帰国

2004年6月28日(月) 6:30のMCで目覚めると外は雨、昨日じゃなくて助かったのである。久し振りにまともな朝食を食べる。パンとコーヒー、ジュースにフルーツヨーグルトの取り合わせで、ニンニクからようやく解放される。8:00ロビーに集合、土産物屋と永年礼品坊なるスーパーマーケットに寄り道してから成都空港へ向う。10:10着、搭乗したCZ3404便は満席である。11:20離陸、504 2時間ちょうどで広州白雲空港に着陸する。広州は相変わらずの高温多湿、空気がべとべとする。気温35℃&湿度90%は不快指数にして93、蒸し暑くてたまらない。空港に隣接する白雲国際機場賓館で昼食、もう中華料理に飽きたのか誰も殆ど手をつけない。広州ガイドの楊氏の案内で午後は市内観光に出る。最初に広州一広いという越秀公園(92万8千平方メートル)へ行き、羊城ないしは花城と呼ばれる広州のシンボル、ヤギの石像を見物する。次いで、2年前にメインストリート北京路の工事中に偶然発見されたという「千年古道」を見学する。宋代と明代の石畳の道が北京路の1、2m下層から見つかったものである。北京路が千年前から城市のメインストリートであったことが分る。中国の歴史には厚みがある。506 今は歩行者天国になり、古道部分はガラスケース越しに覗けるよう工夫されている。最後は広州芸術博物院に案内される。博物館かと思ったら、そこは骨董品や玉(ギョク)を日本人観光客に売りつける施設、ひと棚で100万円~200万円もする。主任研究員が出てきて箔付けの説明を行うが、誰も信用せず何も買わず仕舞い、楊氏も研究員も渋い顔になる。楊さんはガイドの外に通訳などのサイドビジネスも手がけているとのこと、通訳料は一日700元、日本車のカムリ(40万元)に乗るやり手である。広州の金持ち連中を連れて日本ツアーにも出かける。都庁、横浜中華街、京都が定番コースであるが、中華街の料理は穏やか過ぎて広州人の受けは良くないとのこと、さもありなん。18:00初日に泊まった中央大酒店に再びチェックイン、19:00ロビーに集まり広州三大酒家の北園へ夕食に行く。北園の料理は伴渓酒家よりましで、何より香辛料が穏やかである。厨房の裏を覗くと美味そうな食材がゴマンとある。丸蟹、ワタリガニ、カジカ、タウナギ、鯰、ハマグリなど。ギリギリツアーはこれらの高級食材とは無縁、「食は広州に在り」を実感できないまま今回の旅も終わる。さあ日本に帰ろう。(完)

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臥龍・都江堰観光を断念

2004年6月27日(日) 4:00のモーニングコールを待たず3:45起床、酸素が薄く熟睡はできないものの、バファリンが効いたのか頭痛は治まる。4:30朝食、お粥だけすする。5:10出発、道は引き続き洗濯板状態、バスは絶え間なく揺れる。岷江左岸に沿って下って行く。沿道に建ち並ぶ民家から朝餉の準備と思われる炊煙が立ち昇る。トンネルや橋は殆どなく、いつ何時落石が起きてもおかしくない物騒な道が延々と続く。402 7:00道路工事にぶつかり停滞を余儀なくされる。幹線道路の真ん中に大穴を開けて悠々と工事をする。待たされるドライバーも慣れたもので、一向焦る気配はない。仕方が無いのでバスを降りて附近の見物に出る。その辺りはリンゴと山椒の産地とのこと、山椒の木は日本のものよりずっと大きく、棘も鋭く猛々しい。リンゴは摘果しないのか小粒な果実が枝一杯についている。民家の門口に立ち丼を抱えて朝食を食べる人が多い。裕福なところを見せつけているものらしい。漸く工事が終わり再びバスは走る。8:10蜂蜜屋で手洗い休憩、3,000mの 高地に咲く高山植物から採蜜したという製品は値段も高い。それに従業員が着ている白衣が薄汚れているのでいかにも不衛生な感じを受ける。結局誰も買わない。また、401傍の露店で種々の乾燥きのこを販売している。覗いてみると、キクラゲ、シイタケ、タモギタケ、ヒメマツタケ(松茸ではなく、松林に生える小型きのこ)など、値段は極めて安い。8:30叠渓上海を見下ろす峠に着く。近年の大地震により岷江が堰き止められて出来た湖である。そこから先は目も眩むような断崖絶壁に刻まれた道を行く。まさに現代の蜀の桟道である。9:30タイヤがパンクし二度目の停滞を余儀なくされる。40分ほどでタイヤ交換を終え再出発、茂県(標高1,600m)の市街地を抜けた所で、これから向う汶川と映秀間の国道が崖崩れのため不通と云う情報が入る。やむなく茂県の城市に引き返し、茂県貴賓酒店なるホテルで早目の昼食をとる。果樹園を備えるなど田舎にしては洒落たホテルである。張さんは携帯電話による情報収集に大忙し、結局崩れた箇所の回復は明日までかかるとのことで、臥龍のパンダ繁殖地見物も都江堰見学も諦め、間道を抜けて成都に帰ることになる。早朝4時起きが水泡に帰し一同の落胆と嘆きは大きい。北川に通じる枝道に入る。普段はトラックしか通らないとのことで、日本の林道より遥かに悪く、バスは揺り篭のように揺れる。時速はせいぜい10㎞、北川まで102㎞もあり今日中に帰れないかもと覚悟を決める。途中ぬかるみでスタックしている車を皆で押したり、車高を上げるため全員バスを降りたりとハプニングの連続、403 それにしても奥地の農民の生活は貧しい。子供の服などいつ洗ったのか分らぬほど垢と埃にまみれている。但しどんな家にもTVのパラボラアンテナがあることに感心する。普通の観光コースでは有り得ない経験である。45㎞の悪路に4時間半かかりやっとまともに走れる道になる。18:30北川県城(標高720m)、ガソリンスタンドのトイレを借りる。妻の話では出るものが出なくなるほど凄まじいトイレらしい。そこで、リヤカー売りのスイカとプラムを張さんに馳走になる。包丁が極めて不衛生であり遠慮したメンバーもいるが、好意を無にするのも申し訳ない。大玉のスイカは20元、喉が渇いていたせいか甘くて美味しい。19:45綿陽市、大きな町である。そこから漸く高速道路に乗る。中国では高速道路はもとより一級、二級国道も有料で、料金所がしょっちゅうある。21:40漸く成都市域に入る。22:40夕食会場の陳麻婆食府に到着、元祖マーボー豆腐の有名店で130年の歴史がある。自慢の麻婆豆腐は真っ黒になるほどサンショウがふりかけてあり、とにかく辛い。ブタの耳、魚の胃袋、キヌガサタケの炒め物とスープ、草魚と鮒の唐揚げと珍味の皿が並ぶがいずれも辛い。17時間を超えるバス旅の疲れで誰も彼も食欲がない。0:15岷山飯店にチェックイン、21階建ての4つ星ホテルである。府江の畔に建ち10車線道路に面している。風呂から上ると1:00、それにしても中国人は逞しい。張さんといい運転手といい今日見せてもらったプロ根性は見事である。(続く)

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避邪獣

_0082004年6月26日(土) 四川省の奥地、黄龍観光の拠点、川主寺の西部地礦なる土産物屋で購入したもの。最初は麒麟かと思ったが避邪獣とのこと、魔除けのようである。何でも岷江特産の硬い石を彫って造ったとかで表示価格は何と7,500元(10万5千円)、大分値切ったのでご利益は期待できないかも。

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黄龍(コウリュウ)

2004年6月26日(土)  6:20起床、窓から外を覗くと、チベット族の人々が道路をぞろぞろ九寨溝の方角へ歩いていく。皆貧しく、結構距離があるが徒歩通勤である。相変わらずの朝食、羌族料理は香辛料がきつく口に合わない。朝食を終えて部屋に戻るとカードキーで鍵が開かない。  レセプションの女性は日本語も英語も通じず、ガイドの張さんを呼び出して事なきを得る。 4つ星ホテルでも奥地はまだまだである。8:30バスで出発、黄龍まで130km余、好天である。道端に立ち笑顔で手を振る若い女性はヒッチハイカー、公共交通機関のバスが一301日2本と不便なため、毎朝通勤のために観光バスを捕まえている。我々のバスも羌族の美人姉妹を乗せる。27歳と19歳、二人とも乗車賃代わりにチベット族の歌を聴かせてくれる。9:25海抜3,500mの峠で小休止、その辺りが岷江源流部とのこと、外へ出るとさすがに風が涼しい。道は良いが峠越えの連続で雪峰が次々と現れる。朶米寺という集落で羌族姉妹は降りる。そこの土産物屋の売り子として夕方まで働くと言う。 周囲は畑で青稞麦(チンクウムギ)が密に生えている。チベット族の主食ツァンパの原料である。雄大な景色が続き、中には妙義山のような峨々たる山もある。10:05川西寺に着く。そこの西部地礦なる店でトイレ休憩、岷江特産の二色石を彫り上げた魔除け、避邪獣一体を購入する。 「便宜一点」(Discount please!)と書いた手帳の頁を示し、粘りに粘って大分安くしてもらう。川西寺は昨秋空港が開港して以来急速に発展したらしく、この辺りでは大きな街である。専門店で酸素ボンベ(14リットル、純度99.5%)をひとり2本ずつ購入し、黄龍における高地観光に備える。302一本50元、約10分間は使えるそうである。 いよいよ最高所の峠越え、ぐんぐん登る道の両側斜面にヤクが群れている。長い毛並みが風になびいて美しい。海抜3,500mでも針葉樹がまばらに生えており、橙色の花粉をびっしり付けている。行く道は高原ハイウェー、草津白根道路を何倍か雄大にした感じである。今回の旅の最高点である弓杠岺峠に着く。標高は3,840mで既に富士山の高さを越えている。岷山山脈の主峰、雪宝頂(5,588m)を望む望岳台であるが、残念ながら今日はガスがかかり見えない(写真は2004年8月20日の雪宝頂)。 土産物屋がありトイレ休憩、外へ出ると寒い。12:05黄龍着、先ずホテル黄龍山庄のレストランで腹ごしらえする。豆乳、大根角煮、茹でキャベツに白菜と赤蕪の漬物など野菜中心のメニュー、あっさり味で食べやすい。黄龍は高所 (3,100~3,500m)で体力等個人差が出るため、各自のペースでばらばらに観光することになる。303 13:05出発の17:30ホテルロビー集合と決まる。入場料は110元、 そこでもパスポート提示を求められる。中国の世界遺産見学はまことにやかましい。酸素ボンベを携えながら歩き出す。針葉樹の喬木は紫果雲杉と岷江冷杉、林床にはアツモリソウやサクラソウが群生する。池子と呼ばれる小池が棚田状に並ぶ石灰棚地形は奇勝である。13:22迎賓池、上山桟道を登る。きわめて緩やかな登りであるが 息苦しく時々酸素を吸う。吸った途端に身も心も軽くなるから不思議である。13:30飛瀑流輝、竜頭の滝のようである。13:40洗身洞、酸素ボンベの変わりに空気枕持参の人も多い。13:45金沙舗地、世界最長の石灰化浅流とのことで、黄色の川床をうねうねと流下する様はまさしく「黄龍」である。13:55盆景池、330余の小池の集まりである。306無料で酸素を吸える小屋(酸素バー)は大行列である。14:10明鏡倒映(標高3,300m)、180の小池の集まりで、鏡のような水面に雲が映る。グミの木の花が咲いている。14:15娑夢映彩池、400余の小池より成り躑躅の木が多いとのこと、確かにシャクナゲが満開である。 14:25争艶彩池、チベット族の駕籠かきがお客を乗せて登るスピードはもの凄い。当方が酸素を吸ってもついていけない。14:45黄龍中寺(標高3,400m)、シャクナゲ道が続きリシリオウギやノウゴウイチゴ(近縁種)も咲いている。雲が厚くなりポツリポツリ雨が降り出す。 シオガマやミヤマアズマギク(近縁種)、紫花のヒメツツジが咲き、まるで高山植物の図鑑を開いているかの様、花を鑑賞するなら今がベストシーズンである。15:05黄龍上寺(標高3,500m)、漸く妻に追いつく。15:15最奥の東屋、もう一段高いところにも四阿が見えるが遊歩道はついていない。304眼下に五彩池と黄龍上寺を望むビューポイントである。 証拠写真を撮り下山にかかる。 酸素ボンベを早くも1本使い切って2本目に手をつける。頭がフラフラし意識朦朧となる。酸素を吸い吸い下山桟道を下って、16:50黄龍入口門に戻る。17:00ホテルロビー着、結局一行14名のうち11名が最上部まで登ったとのこと、70歳の長老も元気である。頭痛が始まったので二人でバファリンを飲む。再びバスに乗り県城の松藩へ向う。往路の弓杠岺峠を再び越える。四川省の奥地は山また山、3,000m位では名前すらつけてもらえない。所々に採蜜の巣箱が置かれている。川西寺から岷江右岸を降る2級国道に入る。2級の名の通り、道路は洗濯板のようでバスは大揺れに揺れる。四川の母なる川は土砂で濁っており、その河岸段丘は青稞麦とソラマメの畑、耕して天に昇る風景が延々と続く。18:35松藩の街に入る。海抜は2,800mほど、ここでもホテルの建築ラッシュはすさまじい。空路が開け世界中から観光客が来るのであろう。今宵の宿は3つ星ホテルの黄龍国際大酒店、夕食は鯉の旨煮にもやしとササゲの炒め物、肉じゃがに椎茸と豚肉の炒め物、ありふれているのが有難い。青稞酒(モルトリカーの如し)を飲むとこれが甘ったるい。夜ブレーカーが二度落ちて、ルームメイドがろうそくを持ってくる。手慣れたもので、さすがに中国の奥地である。(続く)

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九寨溝(キュウサイコウ)

2004年6月25日(金)  6:30起床、203早朝から遠慮会釈のないクラクション音がうるさい。窓から外を見ると、道路の向う側は急傾斜の山の斜面、その麓と中腹にチベット族の家が建ち並び、経文を印字した五彩の旗が林立する。羌(チャン)族の集落である。 朝食のメニューは水粥に胡瓜炒め、茹で卵に南瓜。ニンニクや香辛料の使い過ぎ、箸が進まない。早々に切り上げ部屋で持参のコーヒーを飲む。8:00バスで出発、高曇りである。長江水系のひとつ、嘉陵江源流部の渓谷沿いにチベット族の村が9つあることから、この地域は「九寨溝」と呼ばれる。1982年に開放されて、1992年に世界自然遺産に登録され、201更に1997年には国際植物保護区に指定されたとのこと、道路沿いにホテルがずらりと建ち並ぶ。5つ星が一軒、4つ星が4軒、3つ星になると70軒ものホテルがあり今尚発展途上、 急速に俗化しつつある。15分ほどで九寨溝の入口に着く。駐車場は既に観光バスで満車である。ここで指定の専用バスに乗り換えねばならぬ。入場料は一人145元、入口ゲートでパスポートの提示を求められる。 民族衣装を着けた若いチベット族女性がガイドに加わり、指定マイクロバスは一路谷奥を目指して進む。途中下車して諾日朗瀑布の見物、幅320mの大瀑布である。海抜は2,300mほど、204そこから森の中を諾日朗三叉路まで散策する。アカカンバ、ダイオウグミ、タラノキ、コナラ、フキなど、目につく植物は日本とさほど変わらない。 空気が清浄で涼しくて気持がよい。三叉路から再びバスに乗り、 一気に左谷(則査窪溝)最奥の長海まで上る。海抜3,100mの長海は、周囲の山々に囲まれ幽玄な雰囲気を醸しだす。その水はあくまで澄明である。今日は奥山が雲に隠れて見えないのが惜しまれる。空気が薄く階段の登り降りは息切れする。長海から少し下って、九寨溝で最も美しいといわれる五彩池へ。エメラルドグリーンの湖水は底石の一つ一つがはっきり見えるほど 透明度が高く、神々しいほど美しい。但し小205_2池なのが玉に瑕。それにしても人が多い。殆どが中国人の団体旅行客である。俄かに富裕になったためか傍若無人の振る舞いが目立ち行儀が悪い。 アカカンバ(ダケカンバより樹皮がはるかに赤い)やシャクナゲ、タカネバラを見る。 その後諾日朗旅遊服務中心(ビジターセンター)の2階レストランで昼食をとる。食後、1階の売店でチベット族の民芸品である連珠やネックレス、ヤクの骨で出来ている箸などを購入する。余りに値段が安いので気の毒になるほど。午後は右谷(日則溝)の奥に入り、海抜2,930mの最上部、原生始林に上がる。そこではシオガマやヤマオダマキの群落に出合う。緯度が低いせいか、海抜3,000mの高地でもなお森林帯である。往路を戻り、要所要所の景勝地でバスを降りて見物する。 箭竹海、熊猫海、五花海では湖畔を散策、 水の中には雷魚(日本でいう雷魚ではなく裸鯉の一種)が沢山泳いでおり、時々ライジングしては羽虫を捕らえる。中では 五花海の水色が素晴らしく、北海道のオンネトーや上高地の明神池を遥かに凌駕する。珍珠灘は巨大な滑滝、手が切れるように冷たい水が流れ、207水中に樹木が林立する。 けだし奇勝である。その後も鏡海、老虎海、樹正瀑布、九寨溝民族文化村、盆景灘などを次々と見物する。実に懇切丁寧な案内である。 現地ガイドの張氏は職務に忠実で真面目である。柳の綿毛が飛びヤマハギが咲く谷を後にして指定バスで入口に戻る。入口近くの巨大な一枚岩は宝鏡岩、最後の最後まで見所が繰り出される。集合場所への途中、露店で桃を買うと10元で20個もくる。中国奥地の物価は呆れるほど安い。迎えのバスでホテルに戻ると17:10、部屋で日本茶を飲み梅干を食べて胃腸を整える。18:00からのホテル夕食は相変わらずの不味、中国の奥地の料理とあればこれも止むを得ない(続く)                                                                                 

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成都市内観光

2004年6月24日(木) 5:30起床、夜中蚊の襲来を受け良くは眠れず。雨の朝を迎える。広州は今が雨季、朝食後バスで空港へ行く。7:15白雲空港着、朝から人が多い。8:15漸く搭乗、成都行きCZ3403便は満席である。101 機内は人いきれで蒸し暑いほど、約2時間のフライトで三国志の舞台である成都の双龍国際空港に着陸する。標高は600m程、広州に較べれば爽やかである。市街地に向う高速道路にETC専用の出入り口があることに感心する。中国の近代化は内陸部の都市でも著しい。成都はBC316年建都、市内人口340万人、域内人口1,000万人、悠久の歴史を秘めた大都会である。どんな縁か甲府市と姉妹都市とのこと。先ず「杜甫草堂」を見学する。安史の乱(755-763年)の際の759年、杜甫(712-770年)は成都に避難し、4年余りを暮らしたという。その住居が杜甫草堂であるが、時代が下るにつれ次第に拡張されて、現在では杜甫記念博物館の様相を呈している。街中にもかかわらず樹木の緑が豊かで静かな所である。陳列室には杜甫の像、詩文石碑などが数多く展示されており、杜甫研究に有用な資料も多数収蔵されているらしい。昼食は人気レストラン「食品軒」の四川料理、13皿の料理は皆ぴりから。それでも一皿ごとに個性があり、乾し豆腐の紐、もち米コロッケ、104 成都ダック、豚足、生ピーナッツ、ちまき、甘酒等は結構いける。午後は「武侯祠」見学、三国志で有名な蜀の丞相諸葛孔明の祠堂である。大門を入って直ぐの左右に諸葛孔明の事跡を顕彰する唐碑(809年建立)と明碑(1547年建立)が建つ。碑の土台の亀のような像は、亀ではなく竜の子供の贔屓(ひいき)と云うものらしい。又ひとつ勉強する。劉備殿には劉備玄徳像を中心にして、左側に関羽、厖統など14名の軍師像が、右側には張飛、趙雲など14人の将軍像が並ぶ。「誠貫金石」の扁額が掲げられ、「前出師表」と「後出師表」も全文掲示されている。三国志ファンには堪えられない演出である。三義廟と劉備玄徳の陵墓「漢昭烈陵」002 を見学してから併設の土産物屋でティーブレーク、一息入れる。17:00再び双流空港に戻り、九寨溝行きCA4485便に乗る。搭乗手続きの合間に売店で人参果なる見慣れない果実を買う。白いマンゴーのような外見で値段はドラゴンフルーツと同じく1kg36元、食べてみると甘味のない洋梨といったところで不味。18:20搭乗、見渡す限り山また山の中を飛び、19:17九寨・黄龍空港に着陸。外気温9度、雨、海抜3,400mの空港は切り崩した山中にあり、辺りの景色は荒涼としている。迎えのマイクロバスに乗り込み、ホテルまで2時間の山下り、うとうとするうち今宵の宿、中旅大酒店に着く。腕時計の高度計を見ると標高は2,100mほど、この高さなら高山病の心配はない。既に21:00を回り、レストランへ直行して夕食をとる。香辛料がきつくどの皿も大量に料理が残る。雑きのこの煮物以外はどれも不味。22:00やっと部屋に入る。(続く)

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九寨溝と黄龍・臥龍・成都7日間

2004年6月23日(水) 自宅を10:00に出発、常磐線と成田線を乗り継いで11:40成田空港第2ターミナルビルに到着。早速旅行会社(日本旅行)の受付を済ませ搭乗券を受け取る。搭乗手続きをしてスーツケース(SC)を預け、直ぐに手荷物検査、出国検査を受ける。搭乗口はC88、添乗員が付かない方が何かとスムースである。搭乗機は中国南方航空CZ386便、5月に桂林へ行った時と同じである。今年4回目の海外旅行とあって妻も大分旅慣れた様子、中国は「ちょっとそこまで」感覚らしい。13:50搭乗、14:30離陸、空席が目立ち3人掛けの座席を二人で使えるのが有り難い。18:35(現地時間17:35)約4時間のフライトで広州白雲空港に到着、外は気温32℃、湿度90%と相変わらず超不快な蒸し暑さ。入国審査を済ませSCを受け取ってロビーへ出ると、現地ガイド2人の出迎えを受ける。今回の旅に参加したのは水戸市の男性6人組と夫婦4組の計14名である。スルーガイドは四川西蔵明珠国際旅行社の張さん、広州ガイドは楊さんで、二人とも日本語が達者なので安心する。18:15迎えのバスに乗り込み夕食会場へ直行する。何と又も「泮渓酒家」である。今回は名物の仔豚の丸焼きもなく野菜中心の8皿、魚はスズキ(水槽で観るとイシモチの如し)が出るが前回の草魚よりましと云う程度、美味には程遠い。料理の値段は1皿300円前後で日本の五分の一程度。ホテルは4つ星の中央大酒店、手続きは全て張氏と楊氏がやってくれる。明日は5:40のモーニングコール、早起きせねば。(続く)

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帰国(広州→成田)

2004年5月31日(月) 5:10のMCで起床、昨夜遅かったために眠い。ドアの外にSCを出し朝食へ下りる。食欲なくヨーグルトにコーヒーのみとする。他のメンバーをみると朝から大皿にてんこ盛り、皆タフである。6:20ロビーに集合し空港へ向け出発、帰国の途に着く。市街地の街路樹をみるとマンゴーが鈴なり、贅沢なものである。6:45広州国際空港着、8:12 CZ385便に搭乗する。空席が目立ちゆったり座れる。早速時計を1時間進める。アンケートに記入するうち機内食が出る。青島ビールを飲みながら、久し振りの邦字新聞と島崎藤村の「夜明け前」を読む。フェーン現象で南風が強く、九州上空にさしかかる頃から揺れがひどくなる(この日、千葉や東京では風速30mを記録)。13:26成田空港に安着、16:15帰宅。今日の東京の最高気温は31℃、日本も暑くさして広州と変わらない。(完)

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昆明・龍門石窟

2004年5月30日(日) 朝起きると妻が風邪気味で体調が悪いと訴える。喉が痛み鼻水が出るというのでかぜ薬を飲ませる。501 今日が実質的には観光の最終日、7:00ドアの外にSCを出し朝食に下りる。中華料理には手が伸びず、パンとコーヒーとフルーツにする。8:10バスで出発、西山森林公園の「龍門石窟」へ向う。司馬遼太郎の作品、「街道をゆく・蜀と雲南の道」にも出てくる名所である。昆明湖(滇池)は中国で6番目に大きい淡水湖であるが、富栄養化が進み青緑色をしている。その湖畔から立ち上がる西山の断崖に刻み込まれた寺院と桟道が龍門石窟である。登りはペアリフト、広大な昆明湖を眺めながら15分ほどで標高2,225mのリフト終点に上る。途中の斜面にはワラビもどきのシダ植物が沢山生えており、葉身の長いマ502 ツの木(大王松?)が多い。リフト終点から山頂に通じる道があるが、今回は登らず、そこから拝観料20元を支払い龍霊雲崖なる桟道に入る。72年間の歳月をかけて断崖に築かれた岩の道を進む。コース中の最高地点、標高2,280mの遥騁亭から昆明湖の眺めを楽しみ、天台から隧道内の急な石段を下る。道幅が狭く下から歩いて登ってくる中国人観光客とすれ違うのに一苦労、因みに徒歩の拝観料は2元である。9:50龍門につく。龍門に埋め込まれた玉に触ると子孫繁栄の幸運を呼ぶとのこと、人が多くて触るのも順番待ちの有様。503 普陀勝境という所を過ぎて10:10真武殿に出る。そこに亀に蛇が巻き付いている石像があり、触れれば長寿が得られるとのこと、皆素直に触っていく。10:22羅漢崖、そこには財神像(三国志の関羽像)が祀られている。触れば裕福になると云うのでやはり順番待ち。かくして無事滞りなく3種の神器に触れた後、参道入口の翠波楼に下山する。そこから電気自動車に乗りバスに戻る。次は大観公園へ、やはり昆明湖畔にある。三層の楼閣である大観楼まで歩きフリータイム、大観楼入口の左右に掲げられている聯には漢詩が書かれている。有名な詩らしいが、 門外漢には作者(孫髯翁先生)504も内容も良く分らない。友誼商場に立ち寄ってから昆明中玉酒店で昼食をとる。青島ビールと紹興酒をすごしてしまい酔う。14:10昆明空港着、広州行きCZ3410便に乗る。16:25離陸、18:50広州空港着陸。機内食を配る乗務員の手袋は汚れた軍手、衛生観念はまだまだ低い。SCを受け取り迎えのバスに乗って夕食会場へ直行する。広州は蒸し暑いが午前中雨が降ったとかで、入国した時よりは幾分涼しい。今は雨季である。広州三大酒家のひとつという泮渓酒家が夕食会場、広東名物の料理が次々出てくる。但し香辛料がきつく、仔豚の丸焼きも草魚の蒸し煮も不味、珍しいだけである。宿泊先の華厦大酒店(4つ星)にチェックインし、32階10号室に入る。部屋で日記の記帳、出国カード・健康カードの記入、SCの整理を行う。ホテルは珠江河畔に建ち広州市街の夜景が美しい。0:30就寝。(続く)

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昆明・石林

2004年5月29日(土) 6:45モーニングコールで目覚める。何たる硬いベッドであるか、畳か床の上に直に寝たような感じである。402妻の話では空港やホテルのトイレで扉を開けたまま用を足している女性を何人も見かけるとのこと、また扉のない箇所さえ有るとのこと、中国人の感覚は大陸的というか日本人とはまるで異なる。7:10朝食、ドラゴンフルーツが出る。 8:30バスで出発、今日のハイライトは「石林」観光である。石林は中国4大自然風景区の第二とのこと(第一は桂林、第三は三峡、第四はXX)、昆明から南東へ90㎞の距離にある。道の両側は山頂まで耕された段々畑で、主にタバコが栽培されている。10:20石林着、秋吉台と同じカルスト地形である。 スケールはこちらの方が大きいが、云わば妙義山の石門巡りの趣き、大石林から見物を始め、剣峰池、望峰亭を巡る。屹立する岩峰の底に迷路のような道がつけられており、グループからはぐれでもしたら大変である。中国人観光客が多く、その賑やかさに圧倒される。山頂に東屋のある望峰亭は押し合い圧し合いで、写真を撮るのも容易でない。キンシバイ、ブーゲンビリア、マリーゴールドなどが咲き乱れる小石林を観てから、レストランで昼食をとる。 現地白族(ペーゾク)の料理とのことで、ヤク肉がスペアリブ風と焼き豚風で出る。401高地で働く役牛は赤血球が多いのか肉が真っ黒である。牛肉に似ているが独特の臭みがあり何とか食べられるというレベル、お世辞にも美味とはいえない。寧ろ付合せのカボチャとジャガイモが旨い。油が少なくさっぱりしている。ここでもビーフンヌードルと炒飯は味付けが薄く、どうも口に合わない。帰路の昆石高速道を走る一時間の車内は皆疲れて昼寝、14:10春城に戻る。市内見物の手始めは「昆明博物館」、2000~2800年前の王墓から出土した青銅器、貝器(昔の貨幣・ タカラガイを入れる貯金箱)、銅鼓、矛、剣、滇王金印(日本で発見された倭国王印と同種のもの)、恐竜化石などが展示されている。案内の女性の日本語が見事なのに感心していると、学芸員から突然玉(ギョク)販売員に変身する。403何でも博物館は半官半民になり、国からの補助は運営費の半分しか出ないとのこと、残りは自前で稼がねばならないらしい。雲南省産の黄玉、白玉、古玉を材料に麒麟像や杯を彫り出した9品プラス紫檀製棚で98万円也、昨日来た日本人ツアーの一人が購入したとのことでご丁寧にも売約済の札まで掛けてある。すべて演技とヤラセであろう、中国人はしたたかである。次に生花市場見学に行く。生花と造花の大規模専用市場である。 バラの花一本が5円と安い。これなら百万本は無理としても一万本くらいならプレゼントできる。その市場の出口にある露店で、全氏が薦める「観音王」なる鉄観音茶を購入する。とんだ無印粗悪品で、ガイドと業者が裏で手を組んでいる。404最後は自由市場の見学、現地の人相手の市場は驚くほど安い。果物の女王マンゴスチンなど1キログラム(16個)で10元(140円)である。 日本なら1個200円もする。その他、ドラゴンフルーツ、ナシ、ブドウ、プラム、マンゴー、ヤマモモ、リンゴ、レイシなど何でもある。野菜も豊富、ゴーヤもある。 キノコはキクラゲが多く、ほかにシイタケ、シメジ、タモギタケを見かける。鯉、蛙、イナゴまで売られている。やはり庶民相手の市場は面白い。ホテルで暫く休憩した後、外のレストラン(XX宴会庁)へ夕食に行く。 雲南の名物料理に少数民族タイ族の踊り付きである。踊り子は皆スリムで背の高い美形揃い、名物料理も赤米とパイナップルの蒸し物、過橋米線(ビーフンヌードル?)、キヌガサタケのスープなど珍味が出て、すっかり満足する。ホテルに帰ってから周辺の散歩に出る。高級スーパーマーケットに行くと、果汁30%ジュースが4元、キリンの生茶(現地生産品)が3.5元、ミネラルウォーターが1元と格安、これでも中~上級市民相手の相場である。観光地のミネラルウオーター5元は高すぎる。ホテルの冷蔵庫で冷やしておいたマンゴスチンは美味、うますぎる。(続く)

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桂林市内観光

2004年5月28日(金) 6:30部屋の外へSCを出す。7:00ビュッフェ式朝食、昨日と全く同じ料理が並ぶ。ビーフンヌードルを食べる。301今日は市内観光であるが桂林は盆地なので暑くなりそう、年寄りには応える。 最初は50元紙幣の裏図案に採用されている「象鼻山」へ行く。山頂に仏舎利塔が建つ岩山は、海蝕洞窟を鼻と口に見立てると、確かに象に見えなくもない。写真を撮っただけで直ぐに次の目的地「畳彩山」へ移動する。畳彩山は桂林市の見晴台である。375段もある急な石段を大汗かいて登ると、山頂は中国人旅行者で大混雑。中国人は誰もが負けじと高声を発し、とにかく喧しい。360度の展望台から桂林市街と離江の流れを眺めれば一幅の絵のようである。それにしてもこの地では日本人添乗員は何の力もない。中国の旅行会社が全権を握り、全て現地ガイドにお任せ、員数チェックくらいしか仕事がない。畳彩山の上り下りで皆へとへと、山頂へ登るのを見合わせた人も5人いる。次いでお茶屋(土産物店)へ行く。そこの社長は大分県出身の日本人、桂林に17年間暮らしているとのこと、苦茶、甘茶、ウーロン茶などいろいろ試飲させてくれる。仕方なく烏梅(黒梅)を2箱購入する。302最後に「七星公園」へ行き駱駝峰を見物する。公園には 動物園があり、珍獣のキンシコウやパンダが飼育されている。25元支払えばトラに跨って記念撮影ができる。中国では何でもお金、少数民族の衣装をつけた女性とのツウショットも、景色の良い場所での撮影も全てお金を要求される。景勝地は人工の手が加わり俗化はなはだしいし、物売りだらけでそのしつこさに閉口する。12:00から昼食、又も中華料理で通算6回目、早や食傷気味である。13:40桂林空港に着き、昆明行きCZ8947便に乗り込む。15:10離陸、気流が悪くひどく揺れる。16:25昆明空港安着、外気温25度は爽やかである。303 昆明は雲南省の省都で人口300万人、ベトナム、ミャンマー、ラオスと国境を接する山国である。海抜1,890mの高原都市で「春城」とも呼ばれる。現地ガイドは全氏、日本語は上手とはいえないが意味は通じる。1999年に花博覧会を開催してから5つ星ホテルが建ち、急激な発展を遂げたらしい。17:30今宵の宿、4つ星ホテルの昆明飯店にチェックイン。723号室はコンパクトなツインルーム、NHKの衛星放送が映る。18:30ロビーに集合し、100年の歴史を誇るレストラン、雲秀楼へ夕食に行く。昆明名物のマツタケ料理がスープと炒め物とで供される。文句なく美味しい。そのほか、キクラゲ、シメジ等きのこをふんだんに使った料理が並ぶ。20:00黄昏の中をホテルに戻る。風呂から上がり直ぐに晩安(おやすみなさい)。(続く)

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桂林・灕江下り

2004年5月27日(木) 6:00起床、脂っこい食事を真夜中に食べたせいで胃もたれがひどい。7:00ビュッフェ式の朝食、205お粥に果物にコーヒーと軽目にする。果物はスイカ、プラム、ミカンにパイナップルと出るがいずれも二級品、甘味がうすい。8:00バスで出発、通り雨が来る。 今日は今回の旅のハイライト、灕江下りである。8:40竹江から乗船する。63名で二船貸切、船室内はエアコンが効いている。テーブル席に展望デッキがあり、安心トイレも付いていて立派な観光船である。船内でお茶を一服飲むや否や、写真集、バッグ、扇子、根付にキンモクセイ飴の売込みが始まり、これが実にしつこい。売子は全て船内スタッフ、船の中では逃れようも無く全く始末が悪い。昼の特別料理とて、灕江産川エビの蒸し物1,500円、ボラの蒸し物3,000円、スッポン料理幾千円など薦めにくるが、日本で食べるよりも遥かに高い。203 缶ビールも1本20元と全て観光地料金、割高である。何も買わないのが正解であるが、とうとう根負けしてキンモクセイ飴(桂花穌)を4箱を購入する。灕江の水は思ったより澄んでいる。9:30冠岩鍾乳洞に接岸し、一旦上陸して見物する。巨大な鍾乳洞で内部は25℃くらいか、外に比べると大分涼しい。台湾資本が開発し40年の借地権を取られているとの事、手の加え過ぎであり、赤青緑紫の照明で鍾乳石や石筍をライトアップしているかと思えば、トロッコ電車が洞窟内を走り、地底湖には舟まで浮かぶ。又窟内に土産物屋や酒屋もある。幸いオフシーズンでゆったり廻れるが、201 5月の連休中はヒトヒトヒトで身動きもままならぬらしい。別料金で不動大滝も見物する。水勢もの凄く、洞内にごうごうと落水流水の音が響きわたる。外へ出ると猛烈に蒸し暑く、日本の真夏以上である。11:30船に戻り灕江下りを再開、奇峰が両岸に次々と現れる。 石灰岩の硬い部分が残った地形であるが流石に世界の奇勝、自然の造詣の妙に息を呑む。物売りは激しいが、観音岩、林檎岩、五指峰などの名所の説明は何もない。「友達!これ欲しいですか?」、これが売子の客に話しかける言葉であるか、カンボジアの物売りの子供だってもう少しましな事を言う。12:00バイキング式の船内昼食、テールスープとスイカは美味、あとはありふれた中華料理である。206 川風はそれでも涼しくどこを見ても絵になる。時々竹筏の船とすれ違う。岸辺の水牛とともに風情がある。20元紙幣の裏図案になっている「興平」の船着場を過ぎ、14:20陽朔に着く。そこが灕江下りの終着点、立ち並ぶ土産物屋の売り込みをかわして、電気自動車に乗り込み、漸くバスに辿り着く。桂林への帰路、「桃花源」に寄る。陶淵明の詩で有名なそうな。湖を舟で一周するが、水郷巡りの趣である。地上にはハナモモが咲き、水上ではコウホネやホテイアオイが黄と紫の花をつける。また水中には水草や藻が繁茂しており、 日本の湖沼から失われて久しい風景がある。一帯は少数民族の居住地域であり、荘(ちわん)族などが民族衣装で踊りながら歓迎してくれる。204沿道はキョウチクトウの花盛り、桂林の町に戻り、土産物店に寄ってから連泊の桂山大酒店に帰る。18:30再集合して街中の別のホテル、桂林賓館(ホリディイン系列)へ夕食に行く。桂林の名物料理とのことで10皿ほどの中華料理が並ぶが、どれもこれもとにかく油っこい。コップ1杯のビールがサービスに付く。ビール大壜1本が15~20元は良心的値段であるが、 アルコール含量が3.3%と薄い(O.E.10%)。夕食の後オプショナルツアーとして中国でも有名な雑技団のショーを観に行く。参加者は63名中21名、一人3,500円である。「夢的灕江」(Dreamlike Lijiang)という劇場で21:00から1時間半、内容はバレエと曲芸である。父子或いは母子相伝で2、3歳から訓練するとのこと、10脚も積み上げた椅子上のバランスや3段輪潜りなど見事な技で一見の価値はある。サントリーのアミノ式の宣伝の技も出る。ホテルに戻ってシャワーを浴びると23:00、初日の日記を認めると早や24:00。(続く)

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桂林・石林・昆明・広州 6日間

2004年5月26日(水) 中新宿9:30のバスで南柏駅へ出る。我孫子と成田で乗り継ぎ、11:35成田空港第2ターミナルビルに到着。12:20集合なので大分早い。スーツケース(SC)を預けて搭乗券を受け取り、折り詰め寿司を買って腹ごしらえする。12:50添乗員のH氏から説明があり、今回の旅は63名のツアーとのこと、添乗員はH氏のほかにS氏も付く2名体制である。14:00中国南方航空CZ386便に搭乗する。スチュワーデスは若く美形であるが笑顔がないのが惜しい。14:30離陸、B777型機であるが座席スペースが狭く4時間半のフライトでも辛い。妻と二人分の入国カード、健康調査カードに記入するうち昼食になる。それにしても愛嬌のないスチュワーデス揃いで機内の楽しみも半減、ついつい青島ビールと赤ワインを飲み過ぎる。17:42(日本時間18:42)広州国際空港に着陸、101 タラップを降りるとそこは亜熱帯、生暖かい風が吹き蒸し暑い。空港内は大混雑でさすがに中国は人が多い。隣のビルの国内線搭乗口へ移動する途中、売店で大玉のライチ(茘枝王、因みに日本でお目にかかる小粒のものは小核茘枝)を500グラム28元で購入する。少し渋いが冷やすと美味。とにかく63名のツアーは人数が多すぎて何をするにも時間がかかる。国内線搭乗口は人、人、人で騒然としており、人いきれのせいでエアコンも効かない。国内線空港使用料は1回50元とのこと、3回分と最終日の国際線空港使用料90元を合せ、2人分の480元をH氏に支払う。20:50ようやく離陸、お茶を一杯飲むと間もなくの21:40、たちまち桂林空港に着陸する。4年前に完成したばかりの新しい空港は桂林市内まで30㎞余の高速道路で結ばれている。ここもまた蒸し暑い。今日は34度まで最高気温が上昇したとのこと、SCを受け取り涼しいバスに乗り込む。現地ガイドは陳氏、氏の説明によると、桂林の「桂」は日本で言うところのカツラではなくキンモクセイとのこと、確かに桂林市内の街路樹はみなキンモクセイである。市内全域で10万本もあるらしい。桂林は広西チワン族始め少数民族の町である。22:50宿泊先の4つ星ホテル、桂山大酒店に入る。レストランに直行し夕食をとる。油でべとべとの中華料理が出てくる。ようやく部屋(3348号室)に入った時はすでに御前様、風呂から上ると1:00になる。モーニングコール(MC)は6:00、パック旅行は初手から強行軍である。それでも中国の良いところは日本と同じくルームメイドにもポーターにもチップが要らぬこと、これは気楽である。(続く)

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