百観音霊場巡礼満願

2014年6月12日(木) 一昨日、西国観音霊場第二十一番札所菩提山穴太寺(あなおじ)にお参りを済ませたことで、代表的な観音霊場百カ所(西国33所、坂東33所、秩父34所)巡礼の無事満願を果たしました。健康と時間とお金に恵まれ、足かけ10年、父母・弟をはじめ先祖の霊を供養するために始めた観音霊場巡礼の旅に漸くひと区切りつきました。

《十句観音経》
観世音 南無佛 与佛有因 与佛有縁 佛法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音 念念従心起 念念不離心

《西国観音霊場》
 第一番 那智山青岸渡寺:①2003年5月3日、②2008年4月7日
 第二番 紀三井山金剛宝寺:2013年1月22日
 第三番 風猛山粉河寺:2013年1月22日
 第四番 槇尾山施福寺:2013年1月22日
 第五番 紫雲山葛井寺:2014年3月24日
 第六番 壺阪山南法華寺:2012年5月25日
 第七番 東光山岡寺:①2004年3月9日、②2012年5月25日
 第八番 豊山長谷寺:2012年5月25日
 番外   豊山法起院:2012年5月25日
 第九番 興福寺南円堂:①2004年3月8日、②2009年11月2日
 第十番 明星山三室戸寺:2013年6月25日
 第十一番 深雪山上醍醐寺:2013年6月25日
 第十二番 岩間山正法寺:2013年6月25日
 第十三番 石光山石山寺:①2009年11月3日、②2014年6月10日
 第十四番 長等山園城寺(三井寺):2013年6月25日
 番外        華頂山元慶寺:2009年11月3日
 第十五番 新那智山観音寺(今熊野):2009年10月31日
 第十六番 音羽山清水寺:①2005年9月25日、②2009年10月31日
 第十七番 補陀落山六波羅蜜寺:2007年9月30日
 第十八番 紫雲山頂法寺(六角堂):2009年10月31日
 第十九番 霊麀山行願寺(革堂):2009年10月31日
 第二十番 西山善峯寺:2014年6月9日
 第二十一番 菩提山穴太寺:2014年6月10日
 第二十二番 補陀落山総持寺:2014年3月24日
 第二十三番 応頂山勝尾寺:2014年6月9日
 第二十四番 紫雲山中山寺:2014年6月9日
 番外           東光山花山院菩提寺:2014年6月9日
 第二十五番 御嶽山清水寺:2014年3月25日
 第二十六番 法華山一乗寺:2014年3月25日
 第二十七番 書寫山圓教寺:2014年3月25日
 第二十八番 成相山成相寺:2013年6月24日
 第二十九番 青葉山松尾寺:2013年6月24日
 第三十番    厳金山宝厳寺:2009年11月1日
 第三十一番 姨綺耶山長命寺:2011年5月15日
 第三十二番 繖山観音正寺:2011年5月15日
 第三十三番 谷汲山華厳寺:2011年5月14日

《坂東観音霊場》
 第一番 大蔵山杉本寺(杉本観音):2006年4月22日
 第二番 海雲山岩殿寺:2006年4月22日
 第三番 祇園山安養院(田代観音):2006年4月22日 
 第四番 海光山長谷寺(長谷観音):2006年4月22日
 第五番 飯泉山勝福寺(飯泉観音):2006年7月2日
 第六番 飯上山長谷寺(飯山観音):2006年7月2日
 第七番 金目山光明寺(金目観音):2006年7月2日
 第八番 妙法山星谷寺(星の谷観音):2006年7月2日
 第九番 都幾山慈光寺:2006年4月15日
 第十番 巌殿山正法寺(岩殿観音):2006年4月15日
 第十一番  岩殿山安楽寺(吉見観音):2006年4月15日
 第十二番 華林山慈恩寺:2006年8月4日
 第十三番 金龍山浅草寺(浅草観音):①2006年4月6日、②2013年1月15日
 第十四番 瑞応山弘明寺(弘明寺観音):2006年4月22日
 第十五番 白岩山長谷寺(白岩観音):2006年8月4日
 第十六番 五徳山水澤寺(水沢観音):2006年8月4日
 第十七番 出流山満願寺(出流観音):2006年7月9日
 第十八番 日光山中禅寺(立木観音):①2006年7月9日、②2009年10月16日
 第十九番 天開山大谷寺(大谷観音):①2006年7月9日、②2009年10月16日
 第二十番 獨鈷山西明寺:2006年1月7日
 第二十一番 八溝山日輪寺:2006年6月3日
 第二十二番 妙福山佐竹寺:2006年1月29日
 第二十三番 佐白山観世音寺(佐白観音):2006年1月7日
 第二十四番 雨引山楽法寺(雨引観音):①2005年12月25日、②2010年1月25日
 第二十五番 筑波山知足院中禅寺大御堂:2006年1月7日
 第二十六番 南明山清滝寺:2005年12月25日
  第二十七番  飯沼山圓福寺(飯沼観音):2006年3月8日  
 第二十七番・奥ノ院 補陀落山満願寺:2006年4月14日
 第二十八番 滑河山龍正院(滑河観音):2006年3月8日
 第二十九番 海上山千葉寺:2006年6月7日
 第三十番   平野山高蔵寺(高倉観音):2006年8月19日
 第三十一番  大悲山笠森寺(笠森観音):2006年3月8日 
 第三十二番 音羽山清水寺(清水観音):2006年6月7日
 第三十三番 補陀落山那古寺(那古観音):2006年8月19日

《秩父観音霊場》
 第壱番 誦経山四萬部寺(妙音寺):2006年10月28日
 第二番 大棚山真福寺:2006年10月28日
 第三番 岩本山常泉寺(岩本寺):2006年10月28日
 第四番 高谷山金昌寺(新木寺):2006年10月28日
 第五番 小川山長興寺(語歌堂):2006年10月28日
 第六番 向陽山卜雲寺(萩野堂):2006年10月28日
 第七番 青苔山法長寺(牛伏堂):2006年10月28日
 第八番 清泰山西善寺:2006年10月28日
 第九番 明星山明智寺:2006年12月23日
 第十番 万松山大慈寺:2006年12月23日
 第十一番 南石山常楽寺:2006年12月23日
 第十二番 仏道山野坂寺:2007年1月8日
 第十三番 旗下山慈眼寺:2007年1月8日
 第十四番 長岳山今宮坊:2007年1月8日
 第十五番 母巣山少林寺(蔵福寺):2007年1月8日
 第十六番 無量山西光寺:2007年1月8日
 第十七番 実正山定林寺(林寺):2007年3月13日
 第十八番 白道山神門寺:2007年3月13日
 第十九番 飛淵山竜石寺:2007年3月13日
 第二十番 法王山岩之上堂:2007年3月13日
 第二十一番 要光山観音寺(矢之堂):2007年3月13日
 第二十二番 華台山童子堂(永福寺):2007年3月13日
 第二十三番 松風山音楽寺:2007年3月13日
 第二十四番 光智山法泉寺:2007年3月13日
 第二十五番 岩谷山久昌寺(御手判寺):2007年3月13日
 第二十六番 万松山円融寺(岩井堂):2007年4月10日
 第二十七番 竜河山大淵寺(月影堂):2007年4月10日
 第二十八番 石竜山橋立寺:2007年4月10日
 第二十九番 笹戸山長泉院(石札堂):207年4月10日
 第三十番   瑞竜山法雲寺:2007年3月4日
 第三十一番 鷲窟山観音院:2007年4月10日
 第三十二番 般若山法性寺:2007年4月20日
 第三十三番 延命山菊水寺:2007年4月20日
 第三十四番 日沢山水潜寺:①2007年4月20日、②2008年2月29日

《摩訶般若波羅蜜多心経》
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無限界 乃至無意識界 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顚倒夢想 究境涅槃 三世諸佛 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三貘三菩提 故知般若波羅蜜多 是大神咒 是大明咒 是無上咒 是無等等咒 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多咒 即説咒曰 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経 

  
 
 
 

 

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西国二十一番札所 菩提山穴太寺(天台宗山門派)

2014年6月10日(火) 穴太寺(あなおじ)の所在地は京都府亀岡市曽我部町穴太東の辻46Dsc00281番地。ご本尊は聖観世音菩薩。宝徳二年(1450)成立の「穴太寺観音縁起」によれば、文武天皇勅願により慶雲二年(705)、大伴古麻呂が開創したと伝えられる。

ご詠歌 「かかる世に 生まれあふ身の あな憂やと 思はで頼め 十声一声」

8:25大津プリンスホテルを出発、国道9号線を走り老いの坂トンネルを抜けて、10:00穴太寺門前の有料駐車場(500円)に車を駐める。仁王門(江戸時代中期再建、京都府登録文化21img080財)をくぐり、本堂(享保二十年(1735)再建、府指定文化財)に進んでお参りする。仏前で般若心経を唱えるが、ご本尊の国指定重要文化財、木造聖観音立像(鎌倉時代、伝・感世作)は1968年11月に盗難に遭い、未だ見つかっていないとのこと、罰当たりなことをする。納経所で御朱印を頂戴し、西国観音霊場巡礼の結願、及び百観音霊場(西国、坂東、秩父)の満願を果たす。ありがたや。本堂内陣にある鎌倉時代作の釈迦涅槃像や、京都府文化財名勝に指定されている江戸時代中期作庭の庭園も拝観したかったが、気が抜けてしまい力が入らない。境内の鐘楼や多宝塔を眺めただけで穴太寺を辞し、丹波国一ノ宮出雲大神宮へお参りに向かう。

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西国二十番札所 西山善峯寺((天台系単立)

Dsc002432014年6月9日(月) 善峯寺(よしみねでら)の所在地は京都市西京区大原野小塩町1372番地、釈迦が岳(標高679m)の支峰善峯の、京都市街を一望できる海抜300mの山腹に建つ。ご本尊は千手観世音菩薩。
平安中期の長元二年(1029)、比叡山横川の恵心僧都(源信)の弟子にあたる源算上人により開かれる。

ご詠歌 「野をもすぎ 山路にむかふ 雨の空 善峯よりも 晴るる夕立」

勝尾寺を後にし国道171号線を走る。東向日駅から善峯寺へ通じる昔ながらの参道(よしみね道)は、竹林の中を縫うように西へ向かうが、一方通行であってもおかしくないほど狭く、対向車が来てもかわせない。15:40漸く到着、機械式駐車場(有料500円)に車を駐める。入山料500円を納めて正徳六年(1716)建立の豪壮な山門をくぐり、まっすぐ本堂(元禄五年(1692)建立)へ。佛前で般若心経を唱える。仁20img084弘法師作のご本尊千手観音と開山源算上人作の脇本尊千手観音は秘仏、厨子の扉は固く閉ざされ拝めない。納経所で御朱印を戴いてから境内巡り。まず国指定天然記念物、日本一の松と云われる「遊龍の松」を見学。樹齢600年の五葉マツで幹周1.8m、北と西に伸びる横枝の全長は現在37m、元は50数mあったが松くい虫の被害により20年前に10m余切断してしまったとのこと。それでも龍がのたうつ様に伸びた姿は圧巻、一見の価値がある。次いで、国指定重要文化財の多宝塔(元和七年(1621)建立)、経堂(宝永二年(1705)建立)、宝篋印塔(鎌倉時代)、桂昌院廟Dsc00269(宝永二年(1705)建立)、鎮守社(十三仏堂、弁財天堂、毘沙門堂、護法堂の4社、全て元禄五年(1692)建立)、幸福地蔵(330年前)、釈迦堂(明治十八年(1885)建立)、阿弥陀堂(寛文十三年(1673)建立)など見学する。徳川五代将軍綱吉公の生母桂昌院(1624-1705)は、仏教の信仰厚く、当山の大檀那となって、現在の鐘楼、観音堂、鎮守社、薬師堂、経堂を再建寄進している。また、釈迦堂の本尊釈迦如来像は珍しい合掌姿、神経痛など当病悉除に霊験あらたかなお釈迦様とのことで、念入りにお参りする。16:20駐車場に戻り、今日はこれまでと大津プリンスホテルへ引き揚げる。

 

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西国二十三番札所 応頂山勝尾寺(高野山真言宗)

2014年6月9日(月) 勝尾寺(かつおうじ)の所在地は大阪府箕面市勝尾寺、海抜450mの山中に建つ。ご本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。
神亀四年Dsc00231(727)、藤原致房の子の善仲・善算の兄弟が当山に登り草堂を立てたのが始まりと伝わる。

ご詠歌 「重くとも 罪には法(のり)の 勝尾寺 ほとけを頼む 身こそやすけれ」

中山寺を後に国道9号線を走り13:00勝尾寺到着、機械式地下駐車場(有料500円)に車を駐める。関西のお寺は何かと進んでいるが、便利になるほど有難味は逆に薄れるのでは?。気を取り直して受付で入山料(400円)を納め、朱塗りの楼門をくぐり境内に入る。弁天池にかかる橋を渡って一願不動堂の前で左折、石段を上って本堂へ。まず大師堂にお参りし、四Img081国八十八カ所の第一番霊山寺から第八十八番大窪寺までのお砂踏みを行う。朱塗りの巨大な本堂にお参りし佛前で般若心経を唱える。本堂右手の納経所で御朱印を頂戴し、椅子に腰をおろしひと休み、標高が高いだけに窓から涼しい風が入る。勝尾寺は、今では西国観音霊場札所として巡礼する人より、勝運、厄除、試験、商売、スポーツ、芸事、病気等あらゆる勝負の成功を願って参詣する人の方がずっと多い様子、勝ちダルマ奉納棚をはじめ境内の至る所に勝運成就した証の両目ダルマが並べられている。そのお蔭で、広大な境内は隅々まで手入れが行き届き、宿坊の応頂閣や総合案内所兼食堂兼休憩所の花の茶屋は恐らく西国一の豪華な施設、寺勢は極めて盛んである。最後に弁財天にお参りし14:00駐車場に戻る。次は善峯寺へ。

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西国二十四番札所 紫雲山中山寺(真言宗中山寺派)

2014年6月9日(月) 中山寺(なかやまでら)の所在地は、兵庫県宝塚市中山寺2-11-1、阪急宝塚線中山駅から徒歩3分の好立地。Dsc00198ご本尊は十一面観世音菩薩でインドのアユジャ国の王妃シュリーマーラ(勝鬘夫人;しょうまんぶにん)の姿を写した尊像と云われ、弘仁期(810-23)の作。
聖徳太子の創建による我国最初の観音霊場であり、太子は物部守屋の亡霊を鎮めるとともに、仲哀天皇の先妃であった大仲姫一門の供養のため、この地に堂宇を建立したと言われる。

ご詠歌 「野をもすぎ 里をもゆきて 中山の 寺へまいるは のちの世のため」

Img082番外の花山院から一般道を走り、11:25中山駅前の有料駐車場スターモータープール(2時間700円)に車を駐める。正保三年(1646)徳川家光再建の立派な楼門(兵庫県指定有形文化財)をくぐり、左右に塔頭が建ち並ぶ参道を行く。真っ直ぐ本堂に進み、佛前で般若心経を唱える。本堂厨子内に納まるご本尊木造十一面観音菩薩立像(国指定重要文化財、平安時代前期)と両脇侍の木造十一面観音菩薩立像(県指定文化財、鎌倉時代)は秘仏で拝めない。県指定有形文化財の本堂は慶長八年(1603)、豊臣秀頼の命を受け片桐勝元が再建したもの、極彩色で華やかに荘厳されている。お参りしてから境内の見学、大黒堂(大黒天と両脇に千手観音を祀る)、寿老人堂(寿老人と勢至菩薩を祀る)、閻魔堂、五百羅漢堂などを見学、最後に納経所で御朱印を戴き駐車用に戻る。カンカン照りとなり、関西は猛烈に蒸し暑い。次は勝尾寺へ。

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番外 東光山花山院菩提寺(真言宗花山院派)

Dsc001872014年6月9日(月) 花山院の所在地は兵庫県三田市尼寺352番地、東光山上海抜400mにある。御本尊は薬師瑠璃光如来。この山は、古くは阿弥陀が峰と呼ばれ、白雉二年(651)中国から渡来した法道仙人が開創したと伝わる。西国三十三所観音霊場中興の祖、花山法皇が晩年の5年間を過されたところである。

ご詠歌 「有馬富士 ふもとの霧は 海に似て 波かときけば 小野の松風」

Img083_28:15大津プリンスホテルをフィットで出発し、大津ICから西宮北ICまで高速道を走る。10:10山門前の駐車場着、県道から山門に至る参道の琴弾坂はかなりの急傾斜、フィットはパワーがなくローギアで喘ぎ喘ぎ漸く上がる。ここに来るのは今年の3月に続き2度目、前回は5分遅れて閉門の憂き目に遭い御朱印をもらい損ねたが、今日はどうやら一番乗りの様である。山門をくぐり、こじんまりした本堂(花山法皇殿)にお参りし、般若心経を唱える。納経所で御朱印を頂戴し、納経料300円と参道護持費(駐車場代)500円を納める。境内から有馬富士と三田市街地と千丈寺湖を眺めてから下山、麓の十二妃(じゅうDsc00194にきさき)の墓にも詣でる。法皇付きの女房11名が法皇寵愛の弘徽殿の女御の位牌を奉じて訪ねて来たものの、女人禁制のために登ることが出来ず、尼となって麓に住みついたと云う。山麓の30戸ほどの集落は今でも尼寺(にんじ)と呼ばれ、墓所は参道入り口に近い小丘上に設けられている。竹垣に囲まれてひっそりと、一番大きい弘徽殿の女御の墓を中心に左右に女房たちの墓が並び、折しも婦人連が墓所の清掃中、床しき女人たちの墓は今も地元の人々に大切に守られている。

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西国二十五番札所 御嶽山清水寺(天台宗)

Dsc08381 2014年3月25日(火) 清水寺(きよみずでら)の所在地は兵庫県加東市平木1194番地、標高552mの御嶽山山上に伽藍が建つ。ご本尊は十一面千手観世音菩薩。寺伝では景行天皇時代に天竺僧の法道仙人が創建したとされ、推古天皇三十五年(627)に天皇直々に根本中堂を建立、更に神亀二年(725)聖武天皇が行基に命じて講堂を建立したと伝える。京都の清水寺、坂東三十二番の清水寺とここ播州清水寺を日本三清水寺と称する。

ご詠歌 「あはれみや 普(あまね)き門(かど)の 品々(しなじな)に なにをか波(なみ)の ここに清水(きよみず)」

25img071一乗寺を後に更に国道372号線を東に走り、15:15清水寺駐車場着。専用道路入り口にゲートと受付(料金所)があり、通行料と入山料を二人分1,000円納付。仁王門(昭和五十五年(1980)再建)をくぐり、暫らく参道を行くと大講堂(大正六年(1917)再建)の前に出る。西国三十三所の札所本尊は大講堂に祀られており納経印の案内もある。堂内に上り、ご本尊の千手観音坐像(大正時代作)にお参りする。秘仏でないのが有難く、十句観音経を勤行する。堂内の納経所で御朱印を頂いた後、境内を一巡り。根本中堂(大正六年(1917)再建)の内陣に上り、前立十一面観音菩薩像にお参りする。根本中堂のご本尊は秘仏、うしろの黄金の厨子の中に納まる。最後に、清水寺と称される由緒の地、法道仙人が水神に祈って湧出したといわれる「滾浄水(こんじょうすい)」(おかげの井戸)で心を浄め、大塔(多宝塔)跡を眺めてから退場、15:50車に戻る。

 

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西国二十六番札所 法華山一乗寺(天台宗)

2014年3月25日(火)  一乗寺の所在地は兵庫県加西市坂本町821-17。ご本尊は聖観世音菩薩。寺伝では孝徳天皇の勅願で白雉元年(650)に創建、開Dsc08365基は法道仙人とされる。

ご詠歌 「春は花 夏は橘 秋は菊 いつも妙なる 法の華山」

13:00書写山ロープウェイ山麓駐車場を出発し、姫路城の前を通り、国道372号線を走って、13:40一乗寺駐車場到着。志納所で入山料を納め長い石段を上る。境内は数段に分けて整地されており、最初の平地に建つのは常行堂(明治元年(1868)再建)、次の平地には国宝の三重塔が建つ。三重塔は国内屈指の古塔、承安元年(1171)建立の平安時代後期を代表する和様建築の塔であり、塔身部の逓減率(初重から三重に向かって小さくなる率)の大きいことが特色である。三重塔の直上、さらに階段を上った26img072位置に梁間九間、奥行八間の懸崖造りの金堂(本堂)が建つ。現在の金堂(大悲閣)は、寛永五年(1628)姫路藩主本多忠政公により再建されたもので、国の重要文化財に指定されている。本尊の銅造聖観世音菩薩(白鳳初期、重文)は秘仏で拝めないが、金堂に上り仏前で般若心経を唱える。堂内の納経所で納経帳に御朱印を頂いてから、金堂の縁に立ち山内を眺める。それから境内を一回り、金堂裏手の護法堂(鎌倉時代、重文)、妙見堂(室町時代、重文)、弁天堂(同、同)、横手の鐘楼(寛永六年(1629)再建、県指定文化財)などを見学する。金堂以外の建物はこじんまりしているが、東京国立博物館や奈良国立博物館に寄託している国宝(聖徳太子及び天台高僧画像拾幅)など数多くの文化財を所蔵し、由緒正しき古刹である。時間がないので奥之院開山堂までは上らず、14:15車に戻る。

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西国二十七番札所 書寫山圓教寺(天台宗)

2014年3月25日(火) 書寫山圓教寺の所在地は姫路市書写2968番地、標高371mの書写山山上に伽藍が散在する。Dsc08332「西の比叡山」と呼ばれるほど寺格は高く、西国三十三所中最大規模の寺院で、中世には比叡山、大山とともに天台の三大道場と並び称された巨刹である。御本尊は摩尼殿(観音堂)安置の六臂如意輪観世音菩薩坐像(像高97㎝、昭和八年、石本暁海作)で秘仏。康保三年(966)、性空(しょうくう)上人の創建と伝える。

御詠歌 「はるばると 登れば 書写の山おろし 松の響きも 御法(みのり)なるらむ」

連泊の大阪シェラトン都ホテルを出発し、トヨタレンタリース谷町六丁目店でヴィッツを借り、阪神高速道路、第二神明道路、加古川バイパスと走り、中地ランプで姫路バイパスを出て、少し迷って10:50、漸く書写山ロープウェイ山麓駐車場到着。11:00発のロープウェイに乗り山頂駅(標高270m)に上る。そこから摩尼殿までマイクロバスの便もあるが 特別志納金は1,000円、もったいないので500円の入山料を納めて歩Dsc08331くことに。僅か0.6㎞の山道であり、外国人や家族連れなど歩いている人は多い。書写山の参詣道は6本(東坂、西坂、六角坂、刀出坂、鯰尾坂、置塩坂)あるが、今はロープウェイの架かる東坂がメイン。参道には摩尼殿本尊写しの銅製如意輪観音像や西国三十三所本尊写しの銅製観音像が並ぶ。仁王門(県指定文化財、江戸時代初期)をくぐり、塔頭の壽量院(客殿と庫裡及び唐門が重文)と十妙院(客殿と庫裡、棟門が重文)を過ぎ、一旦下って湯屋橋という石橋を渡ると、眼前に舞台づくりの巨大な摩尼殿(天禄元年(970)創建、昭和八年再建)が現れる。摩尼殿内陣に造り付けの大厨子は5間に分かれ、向かって左の間から広目天(重文、10世紀作)、増長天(同)、本尊如意輪観音、多聞天(重文、10世紀作)、持国天(同)を安置するがいずれも秘仏、直接拝むことは出来ない。お参りし、堂内の納経所で御朱印を戴く。摩尼殿から西に向かう参道を辿り三之堂(みつのどう)が建つ広場に出る。白砂の広場を囲んで、右に大講堂(重文、15世紀再建)、正面に食堂(同、同)、左に常行堂(同、享徳二年27img073(1453)再建)の三棟がコの字型に並ぶ。大講堂に接して元五重塔跡地に築地塀で囲まれた姫路城主の本多家墓所がある。食堂(じきどう)二階が宝物館として公開されており、ガラスケースの中に元五重塔本尊の大日如来像はじめ、寺内の諸堂にあった仏像や鬼瓦などが展示されている。三之堂から更に西に進むと奥之院があり、性空上人像(重文)を祀る開山堂(重文、江戸時代初期)、護法堂拝殿(重文)、シート掛け修復中の乙天社(重文)と若天社(重文)の二棟の護法堂が建つ。約六万坪の広大な境内全域が国指定史跡であり、山内に重要文化財が数多存在する。1、2時間の拝観では実に勿体なく立ち去り難いが、今日中にあと2箇所は回りたいし、やむなく引き揚げることに。ロープウェイ山上駅経由、12:55車に戻る。

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西国二十二番札所 補陀落山総持寺 (高野山真言宗)

Dsc08273 2014年3月24日(月) 総持寺の所在地は大阪府茨木市総持寺一丁目6番1号。ご本尊は木造千手観音立像、秘仏、像高75㎝、助けた亀の恩返しと観音の霊験に関する当寺の草創説話に基づき、亀の背に乗っている。寺伝によると、仁和二年(886)頃、藤原山蔭が創建し、寛平二年(890)七堂伽藍が完成したとされる。

御詠歌 「おしなべて 老いも若きも 総持寺の 仏の誓ひ 頼まぬはなし」

22img070 13:40阪急京都本線総持寺駅着、山門まで約400m、お屋敷街を抜けていく。山門をくぐると境内は明るく整備が行き届いている。慶長六年(1601)再建の本堂を除くと、大師堂、薬師堂、普非観音堂、不動明王堂などの諸堂はみな新しい。本堂にお参りし延命十句観音経を唱えてから、真新しい寺務所で納経帳に御朱印を戴く。境内を一回りし、ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第六番の普非観音に懇ろにお参りし、御堂内の西国三十三所と四国八十八所の写しを拝観する。抜苦地蔵尊にもお参りし、総持寺を後にする。

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